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概念項目表とは何か:使い方と実践的な意義

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本コラムでは「概念項目表」について取り上げます。この言葉を初めて耳にする方もいるかもしれません。ビジネスリサーチラボでは、サービスを提供する際に、概念項目表を作成・利用することがしばしばあります。

概念項目表とは何か、その特徴や利用方法、さらには、その背後にある知見も紹介します。概念項目表の内容や、その背後にある考え方を把握すると、心理測定に関する理解が深まるはずです。

1.概念項目表とは何か

概念項目表とは、組織サーベイで測定する事柄に関する情報をまとめた表を指します。そこでは、質問内容などの測定事項のメモだけでなく、良いサーベイに仕上げるために必要となる様々な要素が盛り込まれています。

まずは、実物の概念項目表を見ていただくのが早いでしょう。下記は概念項目表の一部です(仮想例)。

概念項目表は8つの要素で構成されています。「成果指標」「影響指標」「概念」「定義」「項目」「教示文」「選択肢」「参照」です。各要素が何を意味するのかを説明することで、概念項目表がどのような情報を整理したものか理解していただけるはずです。

成果指標

成果指標は概念を区分けする枠組みの一つで、人や組織が目指すべき状態を意味します。組織サーベイを通じて達成したいゴールと言っても良いでしょう。例えば、近年はエンゲージメントを成果指標に定めるケースが増えています。しかし、何を成果指標にするのかは自由で、企業ごとに異なります。

影響指標

影響指標も概念を区分けする枠組みの一つで、成果指標を促進/阻害する要因を示します。例えば、エンゲージメントを成果指標とする場合、上司からの支援やチーム内の協力などは影響指標として考えられます。一つの成果指標に対して、多くの影響指標を考慮することが一般的です。

概念

概念項目表でいう「概念」とは、私たちが測定したい特定の物事や現象を指します。例えば、組織サーベイでは、エンゲージメント、上司からの支援、自律性、心理的安全性など、多岐にわたる概念を測定します。

定義

「定義」とは、各概念が何を意味するのかを示すものです。それぞれの概念の範囲や、その概念として認識されなくなる境界を明確にします。同じ言葉を使っても人によって意味合いが異なることがあるため、利害関係者間での認識のズレを防ぐためにも、定義は重要な役割を果たします。

項目

「項目」は、概念を測定するためのアイテムを指します。例えば、心理的安全性という概念を測定する際には、「職場では、問題点を提起できる」「職場では、メンバーどうしで故意に努力を損ねることはしない」などの項目を設定します。一つの概念に対して、複数の項目を設定することが一般的です。

教示文

教示文は、質問項目について何を考えて回答すれば良いかを示す説明文のことです。例えば、「以下の内容があなた自身にどの程度あてはまるか、選択肢からひとつずつ選んでお答えください」などの文章です。教示文があることによって、回答者はその質問項目の背景や目的を理解することができ、より適切な回答を行えます。

選択肢

選択肢は、質問項目に対する回答者の態度や感じ方を示すスケールを指します。例えば、リッカート尺度を用いる場合、「あてはまる」から「あてはまらない」という複数段階のスケールがあり得ます。回答者は、選択肢の中から自分の状況や感じ方に合ったものを選びます。

参照

概念や項目、選択肢を検討する際には、過去の学術研究を参考にすることがあります。全てをそのまま利用するわけではありませんが、類似した議論を参照することで、概念や項目、選択肢の精度を向上させることができます。

概念、定義、項目、教示文、選択肢、成果指標、影響指標、参照という要素を組み合わせて、情報を整理したものが概念項目表となります。

なお、従業員に組織サーベイの回答を求めるに際して、概念項目表の内容すべてが回答画面に表示されるわけではありません。回答画面に示されるのは、これらの要素のうち、教示文、項目、選択肢のみとなります。下記が、概念項目表をアンケートの回答画面に落とし込んだ例となります。

2.概念項目表の活用シーン

当社は、さまざまなシチュエーションで概念項目表を活用しています。概念項目表を作り、用いるシーンを紹介します。

例えば、当社は企業の人事部門をクライアントに、オーダーメイド型の組織サーベイを提供しています。オーダーメイド型とは、各企業の独自の事情や背景を考慮し、それに合わせて一から組み立てる組織サーベイのことです。

オーダーメイド型の組織サーベイにおいては、企業ごとに目指す成果やそれに影響する要因、さらには質問の内容や選択肢が異なります。そのため、それぞれの企業に合わせて概念項目表を作成することになります。

また、当社はHR事業者向けに、いわゆる「パッケージ型」の組織サーベイの開発をサポートすることもあります。パッケージ型の組織サーベイは、質問項目や計算方法があらかじめ設定された、既製品です。

HR事業者はパッケージ型の組織サーベイを商品として市場にリリースしており、その開発のサポートを当社が担います。この場合も、HR事業者の意向やニーズを踏まえて、概念項目表を作成します。

概念項目表を作成する際のポイントは、組織サーベイによって達成したいゴールである「成果指標」とその原因に位置づけられる「影響指標」の枠組みを考慮しつつ、「概念」から考え始めることです。まず何を測定したいのかを検討し、その後に質問項目を作ります。

この順番を守ることで、高い精度を持った組織サーベイの設計が可能となります。逆に、最初から質問項目を考えるアプローチでは、適切な測定ができない可能性があります。

3.概念項目表の実践的な意義

概念項目表を作成し、活用することには、どのような実践的意義があるのでしょうか。5つの観点を挙げたいと思います。

一覧性がある

概念項目表では、概念、定義、項目、教示文、選択肢、成果指標、影響指標、参照といった多岐にわたる要素を一つの資料にまとめています。そのため、概念項目表を確認すれば、各概念や項目の過不足を一目で把握し、議論することができます。

各概念の共通理解を築くベースになる

項目のみを共有している場合、その背後にある概念やその定義についての理解が異なる可能性があります。例えば、「エンゲージメント」という概念について、どのような意味で捉えるかは人それぞれ異なるかもしれません。しかし、概念項目表を通じて、それぞれの概念の共通理解を築くことができます。

要素の関係性が分かる

概念項目表においては、概念、定義、項目、教示文、選択肢などが互いに関連し合っています。概念項目表を通じて、それらの要素の関連性を捉えることができます。特に概念、定義、項目の間の関係性に注目できるのは有効です。

設計の議論の土台になる

概念項目表は当社とクライアントとの設計時のコミュニケーションツールとして機能します。概念項目表を土台に話し合いを行い、議論の内容を反映させたり、議論の結果をまとめたりすることが可能です。

後から見返す際に役立つ

概念項目表があれば、後からそれぞれの項目がどのような意図で設定されたのかを振り返ることができます。時間が経過すると、項目の背後にある意図を忘れてしまうこともあります。概念項目表があれば、そういった忘却を防げます。

4.概念項目表の構成と心理測定のポイントの対応

ここからは、心理測定に焦点を当てて、概念項目表の構成の意義を紹介していきます。概念項目表の枠組みは、心理測定において考えるべきポイントが自然と考慮されるように設計しています。

「成果指標・影響指標」の意義

概念項目表では、取り上げた概念や項目が成果指標か影響指標か、区分けする枠が最初にあります。これは、サーベイで測定する様々な事柄の位置づけを定めるものです。

組織サーベイでは、様々な事柄をなんとなく測定しても有効ではありません。サーベイを通して実現したい目指すべき姿を明確化し、それを正確に捉えるよう考える必要があります。その上で、その目指すべき姿を達成するために必要な事柄を整理するのが有効です。

成果指標の枠が概念項目表の最初にあることで、「サーベイ設計では、まずは目指すべき姿やサーベイの目的について考える必要がある」ことを強調しています。また、最初に成果指標の内容が並ぶことで、「このサーベイは何を目的にして設計されたのか」が明示され、その点の議論しやすくなります。

加えて、それに影響指標の枠が続くことで「目指すべき姿につながる事柄は何か」と考える流れが生まれます。成果指標と影響指標の順で整理する展開が概念項目表の構成から生まれることで、サーベイ設計で最初に考えるべきポイントを押さえることができます。

「概念」の意義

概念の枠組みがある意義は、サーベイで測定する事柄が何かを明記することです。

繰り返しになりますが、組織サーベイは深く考えずに作成した質問項目で測定したデータを検証しても、有益な結果は得られません。データ測定は、「どのような目的のもとで、どんな内容の事柄を、どうやって測定したのか」がはっきりしていることが重要です[1]

概念は、サーベイで何を測定するかについて、「」「」など一言で明記します。概念項目表の序盤でこれを記載するのは、質問項目を作成する前に、「サーベイでは、成果指標・影響指標のそれぞれで、何を測定するか」を決めることを徹底するためです。

成果指標と影響指標の枠組みを意識しつつ、「実現したい目指すべき姿」を現す事柄やそれを促進する事柄のそれぞれについて、一言で述べると何になるのか。概念は、それをしっかり議論して整理することを求める枠組みです。

「定義」の意義

定義の枠組みでは、概念で取り上げられた事柄がどういったものか、その内容の説明が記載されます。概念項目表の大きな特徴は、概念に対する定義の併記を求める構成になっている点です。

概念の定義は、心理測定において最も重要な特徴のひとつです。これが明確に定まっていないと、測定されたデータが何を表すかよくわからず、そのデータの分析結果も適切に解釈できなくなります[2]

すべての概念に対して定義を決める構成を取ることは概念項目表の大きな特徴です。それぞれの概念が何を意味するのか、サーベイで測定するすべての事柄について、それがどういったものか説明できることが求めるのが、定義の枠組みです。

「項目」の意義

項目の枠組みですが、組織サーベイの内容に関する資料ですから、質問内容など具体的な測定内容を述べた項目が記載されることは当然でしょう。これは、概念項目表に限らず、組織サーベイの内容をまとめた資料であれば、まず書かれている事項です。

概念項目表の良さとしては、各項目が概念・定義・教示文・選択肢・参照と並べて示されていることで、内容に関する議論がしやすいメリットがあります。概念項目表の実践的な意義を支えるのは、項目が他の枠組みとワンセットになっている構成によるものです。

概念項目表の全体が仕上がったら、定義や教示文、選択肢などの枠組みで考えるべきポイントを項目の具体的内容と照らし合わせて掘り下げることで、測定内容をさらに洗練することもできます。

「教示文」の意義

教示文は、定義や項目と照らし合わせながら注意深く作りこむ必要があり、それらと並べて構成している点が概念項目表の特徴です。

教示文は項目より先に回答者が読む情報であり、項目をどう読み取って回答するかを方向付ける情報になります。そのため、教示文と定義・項目の内容がマッチしていなければ、回答者が混乱したり、定義とは異なる事柄を思い浮かべて回答してしまう恐れがあります。

そのような問題を防ぎ、回答者が定義通りに項目を読み取ってスムーズに回答できるよう教示文を作成することが大切です。

教示文の枠組みが定義・項目と並んでいることで、それぞれの概念に対して教示文と定義・項目にズレがないか、定義どおりに項目が理解されることを教示文が促せているかなど、見比べて確認することを求めるのが教示文の枠組みとなります。

「選択肢」の意義

選択肢は、教示文と同様に、定義や項目、さらには教示文と照らし合わせて作りこむ必要があり、そのために定義・項目・教示文に併記する構成となっています。

選択肢は、「あてはまる~あてはまらない」という一般的な選択肢のほかに、「まったくない~とてもある」といった量的な選択肢、「ない~いつも」といった頻度的な選択肢、さらには「Aが良い~Bが良い」といった2つの極のどちらが良いかを問う選択肢など、様々なものがあります。

選択肢は、データの上では1~5といった同じような数値として入力されますが、上記のような内容によって回答の意味が大きく変わります。また、教示文や項目と選択肢の内容がかみ合っていないと、回答者が混乱してしまうでしょう。

そのため選択肢も、定義と合った内容になっているか、教示文や項目と齟齬がないかについて比べて確認する必要があります。概念項目表に選択肢の枠組みが設けられているのは、この確認をスムーズに行うためです。

「参照」の意義

参照は、定義、項目の内容作成における背景情報を記載する枠組みです。なお、当社が作成する概念項目表では、ほとんどの場合で参照した学術研究が記載されます。

ここで記載する背景情報は、「なぜその概念を測定したのか」というサーベイの目的レベルの情報ではなく、「その概念を測定するにあたって、その定義と項目はどの情報をもとに考えて作成したのか」という作成内容に関する情報となります。

サーベイで測定する概念は多岐にわたるため、各概念の定義や項目がどういった観点を重視して作られたかについて覚え続けることは困難です。しかし、サーベイの内容を議論したり、分析結果を考察する際には、その情報が必要になります。

加えて、そもそもサーベイで測定する項目の内容は、なんとなくのアイデアで作れるものではなく、概念のどういった特徴を狙うのか、その特徴をどういった質問内容で捉えるかをしっかり考える必要があります。それを考えるきっかけとして、学術研究などの背景情報が必要になります。

定義や項目作成にあたってエビデンスとなる情報を把握していること、そして、その情報を後で活用するために記録することを、参照の枠組みは求めているのです。

以上のように、概念項目表に設けられたそれぞれの枠組みは、心理測定において考えるべきポイントを押さえることを求める構成となっています。

脚注

[1] この文章では単純化して述べていますが、より専門的には「(1)目的=サーベイの目的/リサーチクエスチョン、(2)事柄の内容=概念的定義、(3)測定方法=操作的定義」となります。これらの語句については、当社コラム「組織サーベイ成否のカギは『仮説』にある 効果的な仮説構築のポイント(セミナーレポート)」で詳しく解説しています。

[2] 定義の考え方やポイントについては、上記コラムに加えて、当社コラム「心理尺度の作り方・考え方:組織サーベイの質問項目作成のポイント」でも解説しています。


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

能渡 真澄
株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー。信州大学人文学部卒業、信州大学大学院人文科学研究科修士課程修了。修士(文学)。価値観の多様化が進む現代における個人のアイデンティティや自己意識の在り方を、他者との相互作用や対人関係の変容から明らかにする理論研究や実証研究を行っている。高いデータ解析技術を有しており、通常では捉えることが困難な、様々なデータの背後にある特徴や関係性を分析・可視化し、その実態を把握する支援を行っている。

 

 

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