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コラム

その比較、大丈夫?:人事データ分析における多母集団同時分析

コラム

組織内の様々なグループ間でエンゲージメントやその要因を比較分析することは、人事施策の効果検証や組織開発において重要な意味を持ちます。例えば、「管理職と一般社員でエンゲージメント構造に違いはあるか」「年齢層によって働きやすさを感じる職場環境に違いがあるか」といった問いに対して、単純な平均値比較だけでは不十分なケースがあります。そこで役立つのが「多母集団同時分析」です。

多母集団同時分析は、同一の分析モデルが異なるグループで同様に当てはまるかを検証したり、その違いを比較する手法です。人事データ分析において、部署間、雇用形態間、年齢層間などの比較を行う際に、測定の等価性を担保しながら構造的な差異を明らかにすることができます。例えば、「上司のサポートがエンゲージメントに与える影響プロセス」という全体的な関連が、新入社員と中堅社員でどう異なるかを検証できます。

本コラムでは、多母集団同時分析の基本概念から実施手順、解釈のポイントまでを解説します。組織サーベイなど人事領域の例を交えて説明していきます。

多母集団同時分析とは

多母集団同時分析とは、一般に「同じモデルを複数のグループで同時に検証し、その結果を比較する」手法を指します。構造方程式モデリング[1]で用いられる手法で、同じモデルが異なる集団(性別、年齢層、文化的背景、組織の異なるグループなど)において同様に当てはまるかどうかを検証する際に使われます。

例えば、組織サーベイにおいて「上司からの支援」「成長機会」「職場環境」という3つの要因が「従業員エンゲージメント」にどのように影響するかというモデルを考えるとします。このモデルをまず「管理職層」と「一般社員層」という2つのグループに対して同時に当てはめ、どちらのグループでも同じように機能するのか、あるいはグループによって影響の強さや構造が異なるのかを検証するのが多母集団同時分析です。

なぜ多母集団同時分析が必要か

組織サーベイにおいて、例えば「職場環境」という概念を測定するために複数の質問項目を用いたとします。しかし、「職場環境」という概念そのものが、本社勤務の社員と工場勤務の社員では異なる意味を持っているかもしれません。本社では「オフィスのレイアウトや設備」を中心に考える傾向がある一方、工場では「安全性や作業効率性」を重視するかもしれません。

このような状況で単純に「職場環境の平均点」を比較しても、そもそも測っているものが異なるため、正確な比較にはなりません。多母集団同時分析では、まず「測定の等価性(測定不変性)」を検証することで、異なるグループでも同じ概念を同じように測定できているかを確認します。

測定不変性が確認できなければ、グループ間でパス係数や平均値を比較すること自体が不適切となります。これは技術的な問題にとどまらず、分析結果の解釈や施策への活用につながる問題です。

多母集団同時分析のもう一つの意義は、モデルの構造やパラメータの集団間差異を検討できることです。例えば、組織サーベイにおいて、「上司のサポート→エンゲージメント」というパスの強さ(つまり関連の強さ)が、新入社員と中堅社員で異なるかどうかを検証できます。

グループ間の構造的差異を明らかにすることで、「なぜある施策が特定のグループでより効果的なのか」「どのグループにどのような介入が必要か」といった人事施策の立案につながります。

多母集団同時分析の流れ

単一集団ごとにモデルを構築・検証

多母集団同時分析の第一歩は、比較したい各グループに対して、別々にモデルを構築し検証することです。例えば、組織サーベイのデータを使用して、「上司のサポート」「成長機会」「職場環境」という3つの要因が「エンゲージメント」に影響するというモデルを考えるとします。

このモデルを「管理職グループ」に当てはめ、モデルの適合度やパラメータ推定値を確認します。モデル適合度の指標がそれぞれのグループで許容範囲内にあるかを確認すると良いでしょう。

例えば、管理職グループで良好な適合度が得られたとします。次に同じモデルを「一般社員グループ」に当てはめ、同様に適合度やパラメータを確認します。こちらも良好な適合度が得られたとします。

各グループで適合度が良好であれば、「同じモデルが各グループに適用可能である」という条件が満たされたことになります。もし一方のグループで適合度が悪い場合は、そのグループにはモデルの修正が必要です。

グループをまとめて解析し、段階的に制約を加える

次のステップにおいて、すべてのグループを同時に分析対象とし、一つの大きなモデルとして同時に推定します。ここでは、グループ間でどのパラメータを「等しい」と制約するかを段階的に変えながら、モデルの適合度を比較していきます。

例えば、組織サーベイのデータを管理職グループと一般社員グループに分け、同じモデルを同時に当てはめます。初めに、何の制約もない「配置不変」モデルを推定し、その後、因子負荷量が等しいという制約を加えた「測定不変」モデル、さらに構造パスが等しいという制約を加えたモデルなどというように段階的に制約を増やしていきます[2]

このプロセスを通じて、「どのパラメータが集団間で共通であり、どのパラメータが異なるのか」という点について、根拠に基づく結果を導くことができます。例えば、「測定モデルの不変性は支持されたが、『上司のサポート→エンゲージメント』のパス係数は管理職グループと一般社員グループで有意に異なる」といった知見が得られるということです。

測定不変性の検証

測定不変性の検証は、多母集団同時分析において大事なステップの一つです。「測定している概念が各グループで同じように捉えられ、測定されているか」を確認します。例えば、組織サーベイの質問項目が、若手社員とベテラン社員で同じ意味合いを持っているかを検証します。測定不変性は、例えば、次のような流れで検証されます。

配置不変性(Configural Invariance

各グループで同じ因子構造が当てはまるかを確認します。例えば、組織サーベイの「上司のサポート」因子が両グループで同じ4つの質問項目から構成されているかを確認します。

具体的には、グループ間で何の制約も置かず、同じ因子構造を仮定したモデルを当てはめ、適合度を評価します。例えば、管理職グループと一般社員グループの両方で、「上司は私の成長を気にかけてくれる」「上司は適切なフィードバックをくれる」などの項目が「上司のサポート」因子に負荷するモデルを構築し、全体の適合度が良好であることを確認します。

配置不変性が成立しなければ、そもそも集団間で測定している概念の構造が異なることを意味するため、それ以降の比較は意味をなさなくなります。

計量不変性(Metric Invariance[3]

これは潜在変数を仮定するモデルにおいて検証される不変性であり、潜在変数と項目間で推定される因子負荷量がグループ間で等しいかを検証します。例えば、「上司は私の成長を気にかけてくれる」という項目が「上司のサポート」因子にどれだけ強く関連しているかが、管理職グループと一般社員グループで同程度かを確認します。

具体的には、全グループの因子負荷量を等しいと制約したモデルを構築し、配置不変性モデルとの適合度の差を検証します。適合度の悪化が軽微であれば、計量不変性が支持されたと判断します。

計量不変性が成立すれば、「因子と項目の関連の強さ」が集団間で同等であることを意味し、潜在変数が集団間で同等の概念を捉えていると見なして、相関やパス係数の集団間比較が可能になります。例えば、「上司のサポートとエンゲージメントの関連の強さ」を管理職グループと一般社員グループで比較できるようになるのです。

スカラー不変性(Scalar Invariance[4]

この不変性は潜在変数に加えて平均構造を仮定するモデルで検証される不変性であり、測定項目の切片(平均に関わるパラメータ)をグループ間で等しいと仮定します。前述の計量不変性とこの不変性によって、因子の平均値をグループ間で比較する正当性が得られます。例えば、潜在変数として推定した「上司のサポート」の平均レベルを管理職グループと一般社員グループで比較するためには、スカラー不変性が必要です。

具体的には、全グループの項目切片を等しいと制約したモデルを構築し、計量不変性モデルとの適合度の差を検証します。適合度の悪化が軽微であれば、スカラー不変性が支持されたと判断します。

スカラー不変性が成立すれば、「上司のサポート」などの因子の平均値を集団間で直接比較することが正当化されます。例えば、「管理職グループは一般社員グループよりも平均的に上司のサポートを0.5ポイント高く知覚している」といった結論が導けます。

測定不変性の検証は段階的に進められ、前の段階の不変性が確認できなければ次の段階に進むことは通常ありません。また、すべての不変性が厳密に成立しなくても、一部のパラメータに制約を緩めつつグループ間比較を行うことも可能です[5]

構造モデルの検証

測定モデルの不変性(少なくとも計量不変性)が確認できたら、続いて構造モデル(因子間のパスや関連)がグループ間で等しいかどうかを検証します。これによって、「要因間の関連性がグループによって異なるか」という問いに答えることができます。

組織サーベイの例では、「上司のサポート→エンゲージメント」「成長機会→エンゲージメント」「職場環境→エンゲージメント」といったパス係数が、管理職グループと一般社員グループで等しいかどうかを検証します。

この検証では、因子間のパス係数をすべてグループ間で等しいと制約したモデルを構築し、その制約を入れないモデルとの適合度の差を検証します。適合度の悪化が有意であれば、「少なくとも一つのパス係数がグループ間で異なる」ことを示唆しています。

その後、どのパス係数がグループ間で異なるのかを特定するために、パス係数を一つずつ自由に推定するモデルを順に構築し、適合度の改善を確認していきます。例えば、「上司のサポート→エンゲージメント」のパスだけをグループ間で自由に推定すると、適合度が大幅に改善するかもしれません。

こうした分析を通じて、「上司のサポートがエンゲージメントに与える影響は一般社員グループ(パス係数=0.65)の方が管理職グループ(パス係数=0.35)よりも強い」といった知見が得られます。

因子の分散や共分散構造の不変性も検証することで、「各要因の変動性や要因間の関連がグループによってどう異なるか」を明らかにすることができます。例えば、「上司のサポート」と「成長機会」の相関が管理職グループでは強いが、一般社員グループでは弱いといった発見があるかもしれません[6]

グループ間の差異の検証

ここまでは、グループ間でさまざまな指標が同じといえるかを検証する方法を解説してきました。それに加えて、多母集団同時分析では「指標間のパスや相関係数の推定値がグループ間で有意に異なるか」を、パス係数の差の検定と呼ばれる分析で検証できます。

例えば、「上司のサポート→エンゲージメント」「成長機会→エンゲージメント」「職場環境→エンゲージメント」といったパス係数が、管理職グループと一般社員グループで異なるかをパス係数の差の検定で検証します。その結果として、例えば「上司のサポート→エンゲージメントのパス係数が有意に異なり、一般社員グループの方がより値が大きい」といったことが示されます。パス係数の値は関連の強さを表すため、この結果は、「上司のサポートとエンゲージメントの関連は、一般社員でより強い」ことを表しており、一般社員における上司サポートの重要性をより強調することができます。

このように、グループ間にある概念の影響プロセスの違いを積極的に検証できるのも、多母集団同時分析の特徴です。

多母集団同時分析のポイント

測定不変性が前提

多母集団同時分析における前提条件は、特に潜在変数を仮定するモデルにおいて測定不変性の成立です。これが確保できなければ、グループ間の比較自体が不適切になる可能性があります。

例えば、組織サーベイにおいて「この会社で働くことを誇りに思う」という質問項目が、日本オフィス勤務の社員と海外オフィス勤務の社員で違う解釈がされて回答されているとしたら、そこから抽出された概念(潜在変数)の意味も異なってくるため、他指標の関連を比較検証しても意味がありません。

測定不変性の検証は、統計的な手続きというだけでなく、「測定の妥当性」という分析の根幹に関わる問題です。特に文化や言語が異なるグループの比較(例えば、日本法人と米国法人の比較)においては、翻訳の問題も含めて、測定不変性を慎重に確認する必要があります。

測定不変性が成立しない項目については、「なぜグループ間で異なる解釈がされているのか」を定性的に探索することで、重要な洞察が得られる場合もあります[7]

モデル適合度の評価

多母集団同時分析では、段階的に制約を加えたモデルの適合度を比較していくため、適合度指標の評価が重要になります。主要な適合度指標としては、χ2CFIRMSEASRMRなどがあります。

一般的には、CFIは高いほど、RMSEASRMRは低いほど適合度が良いことを意味します。これらの指標には基準値があり、それぞれの指標が特定の閾値を超えるか下回るかによって、モデルの適合度を評価することが多いと言えます。

さらに、モデル間の比較においては「χ二乗値の差」を検証することも有効です。χ二乗値の大きさは「モデルがデータとずれている度合い」を数値化しており、この値がより小さいモデルは「モデルがデータによりフィットしている」ことを表します。例えば、計量不変モデルと配置不変モデルを比較する際には、計量不変モデルと配置不変モデルのχ二乗値の差を検証します。その結果、計量不変モデルの方が配置不変モデルよりもχ二乗値が有意に大きくないならば、計量不変性における制約を入れてもモデルとデータのフィットはほとんど違っていないと判断し、計量不変性が示されたと解釈します。

モデル適合度の評価では、単一の指標に頼るのではなく、複数の指標を総合的に判断することが重要です。また、モデルの複雑さ、サンプルサイズ、推定法などによって適合度指標の振る舞いが異なることも考慮する必要があります。

集団数が増えると複雑さが増す

多母集団同時分析は、2つのグループから始めることが多いですが、3つ以上のグループを比較する場合もあります。しかし、グループ数が増えるほど分析の複雑さは増加します。

例えば、4つの年齢層と3つの部門を掛け合わせた12グループの比較を行おうとすると、次のような問題が生じます。

  • モデルのパラメータ数が膨大になり、推定の安定性が低下する
  • 各グループに十分なサンプルサイズの確保が難しくなる
  • 全グループで同時に測定不変性を成立させることが困難になる
  • 結果の解釈や視覚化が複雑になる

多母集団同時分析を行う際は、十分なサンプルサイズを確保できる集団間の比較に留めて、いくつもの集団を比較するのは避けた方が無難です。

多母集団同時分析の意義

モデルの一般化可能性

多母集団同時分析の意義の一つは、モデルがどのグループにも適用可能かどうかを検証できることです。例えば、「上司のサポート→心理的安全性→エンゲージメント」というプロセスが、様々な部門、階層、年齢層に共通して当てはまるかを検証できます。

組織サーベイの文脈では、「エンゲージメント向上の要因構造」が企業全体で共通しているのか、あるいは部門ごとに独自の構造があるのかを明らかにすることで、全社一律の施策と部門別カスタマイズ施策のバランスを検討する根拠が得られます。

例えば、「成長機会→エンゲージメント」というパスが全グループで有意であれば、成長機会の充実は全社的な施策として有効と言えます。一方で、「上司のサポート→エンゲージメント」というパスが技術部門では強いが営業部門では弱いという結果が出れば、技術部門ではマネジメント研修の強化がより効果的かもしれません。

集団間差異の検討

多母集団同時分析のもう一つの意義は、「なぜ集団間に差異が生じるのか」という要因の検討に役立つことです。多母集団同時分析では、構造モデルのパラメータを比較したりパス係数の差の検定を行うことで、深い洞察が得られます。例えば、次のようなことが明らかになるかもしれません。

  • A部門では「成長機会」がエンゲージメントに最も強く影響しているのに対し、B部門では「職場環境」の影響が最も強い
  • 若手社員では「上司のサポート→エンゲージメント」のパスが強いが、ベテラン社員では「仕事裁量→エンゲージメント」のパスが強い

こうした知見は、人事施策の優先順位づけや資源配分において有用です。限られたリソースの中で最大の効果を得るためには、各グループで最も影響力の大きい要因に焦点を当てた施策が効率的だからです。

脚注

[1] 構造方程式モデリングの詳細は当社のセミナーレポートをご確認ください。

[2] このように、各種パラメータの推定において特定の指標の値が等しくなるような制約をモデルに含めることを「等値制約を課す」と言います。

[3] 「弱測定不変性」とも呼ばれます。

[4] 「強測定不変性」とも呼ばれます。

[5] より厳格な測定不変性の検証では、上記の3段階に加えて「誤差不変性(厳密な不変性)」の検証も行われます。これは観測変数の誤差分散や誤差間の共分散がグループ間で等しいことを検証するステップです。誤差不変性が確認されると、観測変数の信頼性がグループ間で同等であることが示されます。

組織サーベイ分析において、誤差不変性が確立されると「測定誤差の程度がグループ間で同じ」という意味になり、例えば「管理職と一般社員で回答の一貫性が同程度である」ことが示されます。しかし、実践的には配置・計量・スカラー不変性までが確認できれば、多くの目的において十分であることが多いです。

[6] 構造方程式モデリングと多母集団同時分析では、モデルにおいてしばしば単方向の矢印(パス)が用いられますが、これらは必ずしも因果関係をそのまま示すものではありません。特に、横断的なサーベイデータを用いた分析では、変数間の関連性は相関的なものであり、因果的解釈には限界があります。

例えば「上司のサポート→エンゲージメント」というパスは、上司のサポートがエンゲージメントを高める可能性だけでなく、エンゲージメントが高い社員に対して上司がより多くサポートを提供する可能性や、両者が第三の変数によって影響を受けている可能性も排除できません。

[7] 実際のデータ分析では、完全な測定不変性が成立しないこともあります。例えば、10項目からなる尺度において、2項目だけが測定不変性を満たさないといった状況です。このような場合、「部分的測定不変性」という概念が重要になります。

部分的測定不変性では、一部の項目のパラメータ(因子負荷量や切片など)を自由推定とし、残りの項目のパラメータはグループ間で等値制約を課します。これは考え方にもよりますが、測定項目の過半数が不変であれば、意味のあるグループ間比較が可能だとみなすことも可能です。

ただし、部分的測定不変性が成立する場合でも、どの項目が不変でないかを詳細に分析し、その原因を理解することが、結果の解釈において重要です。


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

#伊達洋駆 #人事データ分析

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