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コラム

副業がもたらすもの:実証データが示す転職への影響

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日本の労働市場において「副業」という働き方が注目を集めています。かつては「本業に専念すべき」という考え方が主流でしたが、働き方改革の流れや政府の後押しもあり、副業を認める企業が増えてきました。2018年以降、政府は副業・兼業を推奨する政策を打ち出し、労働力不足への対応策としても副業の普及を進めています。

副業は収入を増やすだけでなく、新たな技能の習得やキャリア形成の機会としても期待されています。しかし、副業と本業の関係性、特に副業が転職や離職にどのような関わりを持つのかについては、これまであまり知られていませんでした。

副業は本当に人々のキャリアにプラスになるのでしょうか。それとも、働きすぎによる負担増加といったマイナス面が大きいのでしょうか。こうした疑問に答えるためには、実証的なデータに基づいた分析が必要です。

本コラムでは、日本における副業と転職に関する複数の研究結果を紹介します。副業が転職希望にどう影響するのか、実際の転職後の賃金はどうなるのか、副業によって本業のスキルは向上するのか、さらには心理的な健康との関係性についても見ていきます。

少子高齢化が進み、労働市場の流動性が高まる可能性のある中で、副業というキャリア戦略は今後ますます重要になるかもしれません。本コラムを通じて、副業と転職の関係性について理解を深め、自身のキャリア選択の参考にしていただければ嬉しいです。

副業が転職希望を促す

副業をしている人は転職を考えやすくなるのでしょうか。この疑問に答えるために、「就業構造基本調査」の2002年と2007年のデータを用いた研究があります[1]。研究では、日本の労働市場において、副業を持つことが転職希望にどのように関連するかを検討しています。

性別や雇用形態(正規・非正規)によって副業の影響が異なるかどうかも分析されました。対象は60歳未満の働く人(役員を除く雇用者)です。

結果としては、女性の雇用者(正規・非正規どちらも)と男性の正規雇用者においては、副業を持っている人は転職を希望する割合が高いことがわかりました。この関係は統計的に意味のあるものでした。

例えば、副業を持つ女性の正規雇用者は、副業を持たない女性の正規雇用者と比べて、転職を希望する確率が高くなっています。同様に、男性の正規雇用者でも副業をしている人はそうでない人に比べて転職希望の確率が高まっていました。

一方で、男性の非正規雇用者では、副業の有無と転職希望の間に明確な関連は見られませんでした。男性の非正規雇用者については、副業が必ずしも転職希望につながるわけではないことを表しています。

さらに、副業が本業と同じ産業分野である場合と、異なる産業分野である場合で比較すると、いくつかの発見がありました。男性の正規雇用者(2002年)と女性の非正規雇用者(2007年)では、本業と同じ産業で副業を行っている場合、転職希望が特に強まりました。

なぜこのような結果が出たのでしょうか。副業をすることで新たな職業スキルや人脈を獲得し、それが転職の自信につながる可能性があります。副業は収入源だけではなく、キャリアアップや新たな職場を探すための足がかりとなっているのです。

また、本業と同じ産業で副業をしている場合は、その産業内でより良い条件の職場を見つけやすくなる、あるいは本業での待遇や評価に不満を感じていることが副業の動機になっている可能性もあります。

反対に、本業と異なる産業で副業をしている場合は、純粋に収入を増やす目的や、全く異なる分野での経験を得たいという動機が強いのかもしれません。

この結果から見えてくるのは、副業が「お小遣い稼ぎ」というだけではなく、労働者のキャリア意識や将来の転職に関わる要素となっていることです。特に女性や正規雇用の男性にとって、副業はキャリア形成の一環として機能している可能性が高いと言えるでしょう。

ただし、この研究で使われたデータは2002年と2007年のものであり、現在の労働市場の状況とは異なる点もあります。副業を促進する政策が強化された近年においては、さらに状況が変化している可能性もあります。

副業は転職で賃金を高める

副業をしている人が転職をした場合、賃金はどうなるのでしょうか。「日本家計パネル調査」(JHPS/KHPS)の2005年から2018年までのデータを使った研究が、この問いに答えてくれます。

研究では、60歳未満の正規雇用者を対象に、副業の経験が転職および本業の賃金にどのような影響を与えるかを分析しています[2]。研究の特徴は、同じ人物を長期間追跡するパネルデータを用いて、個人の特性(観察できない個人固有の特徴)をコントロールした上で分析している点です。

初めに、副業経験と転職の関係について見てみましょう。男性の正規雇用者のうち、転職を希望している人において、副業経験がある人は実際に転職する確率が高くなることがわかりました。これは先ほど見た「副業が転職希望を促す」という結果とも一致しています。

一方、女性については、全体的に見ると副業経験が転職を促進する傾向がわずかにありましたが、転職希望者に限定すると、その関係は明確ではありませんでした。これは、女性の場合、副業と転職の関係がより複雑であることを示唆しています。

続いて、副業経験と賃金の関係について見てみましょう。副業経験そのものが直接本業の賃金を上げる効果は限定的でした。しかし、副業経験を持ちながら転職した場合には、男女ともに賃金が上昇する傾向が見られました。

特に男性の正規雇用者では、転職後に副業経験が賃金上昇要因となっていました。これは副業によって培われた能力やスキルが、新しい職場で評価されていることを示唆しています。例えば、副業で得た専門知識や人脈、コミュニケーション能力などが、転職先でのパフォーマンスや交渉力に好影響を与えているのかもしれません。

女性の場合も、「副業または転職希望」の場合に限り、転職後に賃金が高まる傾向が確認されました。女性が副業を通じて獲得したスキルや経験が、新しい職場での評価につながることを示しています。

この研究から、副業は転職を通じて賃金を高める効果があると言えるでしょう。副業によって獲得された能力やスキルは、必ずしも現在の職場では評価されないかもしれませんが、転職という形でより自分の能力が評価される職場へ移ることで、経済的なリターンを得ることができるのです。

ただし、副業の動機や内容によって、その効果は異なる可能性があります。たとえば、収入を補うためだけの副業と、将来のキャリアを見据えたスキルアップのための副業では、その後の転職や賃金への影響が異なるかもしれません。この研究では副業の動機や内容についての詳細なデータがないため、そうした側面までは分析できていません。

いずれにせよ、副業が転職を促し、転職を通じて賃金の向上につながるという結果は、副業がキャリア形成の一手段として有効である可能性を示しています。

副業で本業の技能が高まる

副業をすることで、本業に活かせる技能が身につくのでしょうか。「慶應義塾大学家計パネル調査」のデータを用いた別の研究が、この問いを掘り下げています。

研究では、副業を通じた技能獲得効果が本業の生産性や賃金率の向上につながるかどうかを検証しています[3]。特徴的なのは、労働者のタイプによって副業の効果が異なるかどうかを分析している点です。

研究では、まず「二重労働供給モデル」という理論的枠組みを提示しています。このモデルでは、副業の労働時間に技能訓練の効果が含まれる場合、労働時間の制約が少ない労働者ほど副業を持ちやすいことを説明しています。副業が収入増加だけでなく、「経験を通じたスキル向上」の機会となる場合、労働者は自発的に副業を選択する可能性が高まるということです。

実際の分析では、労働者を次のような属性で分類して、副業の効果を検証しています。

  • 本業の労働時間(フルタイムかパートタイムか)
  • 本業の職務内容(分析的職務か身体的職務か)
  • 転職の有無

分析的職務とは主に知識を使った仕事(事務、専門職など)、身体的職務とは主に体を使った仕事(製造、建設、サービス業など)を指します。

分析の結果、フルタイムで分析的職務(知識集約型の職務)に従事しており、かつ転職をしていない労働者は、副業から明確な技能獲得効果を得ていることがわかりました。副業を通じて獲得したスキルや経験が本業でも活かされ、結果として賃金率が向上していました。

ただし、この効果は副業を許可している企業で働いている場合に限られます。企業によっては副業を禁止しているところもありますが、そうした企業では副業の禁止と引き換えに、何らかの形で労働者に報酬を与えている可能性があります。「副業禁止」という制約の代わりに、賃金面での優遇があるかもしれないのです。

一方、パートタイムで身体的職務に従事する労働者では、副業による疲労が生じ、本業での賃金率が低下するという負の効果が見られました。このグループにとっては、副業は技能向上よりもむしろ疲労による負担が大きく、本業のパフォーマンスを下げる結果になっていました。

この結果から、副業が技能向上につながるかどうかは、本業の性質や労働時間などの条件によって異なることがわかります。知識を使う仕事をフルタイムでしている人は、副業を通じて新たなスキルを獲得し、それが本業にも活かされる可能性が高いと言えます。一方、体を使う仕事をパートタイムでしている人は、副業によって疲労が蓄積し、本業のパフォーマンスが低下する可能性があります。

副業は心の不調で離職を招く

副業は必ずしもポジティブな結果だけをもたらすわけではありません。特に心理的な健康状態との関係において、副業が離職にどのような影響を与えるかを調査した研究を見てみましょう。

2022年から2023年にかけて実施された全国規模の前向きコホート研究では、企業が副業を許可している2783名の日本人正社員(20歳以上)を対象に、副業の保有が心理的ストレスとの相互作用を通じて離職に与える影響を調査しました[4]

研究では、「過去1年間に本業以外の副業を行ったか」という質問で副業の有無を確認し、心理的苦痛はK6尺度(心理的ストレスを測定する質問票)を使用して測定しました。5点以上を「心理的苦痛あり」と分類しています。そして1年後の追跡調査で自己都合による離職の有無を確認しました。

全体的な分析結果を見ると、副業をしている従業員は、副業をしていない従業員と比較して、離職する確率が約1.5倍高いことがわかりました。これは統計的に意味のある差です。

しかし、より興味深いのは心理的苦痛との相互作用です。心理的苦痛がある従業員においては、副業をしていると離職するリスクが約2倍にまで高まりました。一方、心理的苦痛がない従業員では、副業の有無は離職と特に関係がありませんでした。

要するに、副業が離職に与える影響は、従業員が抱える心理的苦痛の状態によって大きく異なるのです。すでに心理的なストレスを抱えている人が副業をすると、さらなる負担が増し、最終的に離職という選択につながりやすいようです。

なぜこのような結果になるのでしょうか。いくつか考えられる理由があります。心理的苦痛を抱えている人は、元々の心の余裕が少ない状態です。そこに副業という追加の負担が加わると、さらにストレスが増加し、心身の疲労が蓄積します。これが本業への不満や離職意向を強める可能性があります。

副業をしている理由自体が、本業への不満(給与面や仕事内容など)に起因している場合、その不満が心理的苦痛となって現れ、最終的に離職につながる可能性もあります。

一方、心理的に健康な状態の従業員にとっては、副業は必ずしも負担とはならず、むしろ新たなスキル獲得や自己実現の機会として前向きに捉えられているのかもしれません。そのため、離職につながりにくいと考えられます。

ただし、この研究にも限界があります。例えば、因果関係が明確でない点(副業が離職を引き起こしたのか、それとも離職を考えていたから副業を始めたのか)や、副業の具体的な内容や動機、頻度などの情報がない点などです。

脚注

[1] 鈴木紫(2022)「日本の労働市場における副業保有と転職希望」『経済政策ジャーナル』第182号、73-95頁。

[2] 何芳(2022)「正規雇用者の副業の保有と転職、賃金の関係:パネルデータを用いた実証分析」『経済分析』第205巻、133-156頁。

[3] Kawakami, A. (2019). Multiple job holding as a strategy for skills development. Japan and the World Economy, 49, 73-83.

[4] Hara, T., Mori, T., Nagata, T., Odagami, K., Adi, N. P., Nagata, M., and Mori, K. (2024). Effect of side jobs and psychological distress on employee turnover in Japanese employees: A nationwide prospective cohort study. Journal of Occupational and Environmental Medicine, 66(10), e452-e459.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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