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コラム

組織サーベイの効果を引き上げる 影響指標の設定方法とチェックポイント

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本コラムでは、影響指標を設定する方法と、設定した影響指標を確認する方法について解説します。 

ビジネスリサーチラボは、組織サーベイや社内データ分析のサービスを提供していますが、その際に「成果指標」「影響指標」という2つの指標を区別しています。

成果指標とは、人や組織の目指すべき状態を示すものです。影響指標は、成果指標に対してプラスあるいはマイナスの影響を与える要因を指します。例えば、ウェルビーイングを成果指標としたときに、影響指標としては、能力開発の機会、上司からの支援、仕事の負荷(の低さ)などが挙げられます[1]

成果指標と影響指標を設定する方法の中には、ある種のノウハウがたくさんあります。成果指標については、以前にコラム「良い成果指標を定めるための4ステップ」で解説しました。そちらをぜひご参照ください。今回のテーマは成果指標が定まった後の話であり、影響指標を定める方法です。

実際に行ってみると分かりますが、影響指標を挙げるのは、一見簡単に見えて実は難しいものです。例えば、組織市民行動(会社にとって有益で主体的な役割外行動)を成果指標に定めたとします。その上で、「組織市民行動の影響指標を10個挙げてみてください」と言われたら、どうでしょうか。困り果てる人も少なくないはずです。

かといって、「えいや」と半ば投げやりに影響指標を設定してしまうのは、大きな禍根を残すことになりかねません。というのも、いざデータ分析をしてみると、「成果指標との関連がほとんど見られなかった」といった結果になる可能性もあるからです。

内製型の組織サーベイにおいて、現実にそのようなケースを目にしたこともあります。目も当てられないケースです。影響指標の設定は非常に重要なのです。

それにしても、なぜ影響指標を挙げるのは難しいのでしょうか。その理由の一つと私が考えているのは、影響指標を設定するためには様々な知識が求められることです。

具体的には、学術研究の知識(学術知)、実務経験に基づく知識(実践知)、過去の調査結果からの知識(調査知)の3つを動員しながら、影響指標を挙げなければなりません。難しいわけです。

以降、これら3つの知識をそれぞれ活用して、どのように影響指標を設定していけば良いかを説明していきます。

学術知から影響指標を挙げる

まず、「学術知」を利用して影響指標を特定する方法について説明します。これは特に、学術的なトレーニングを積んだ人材から構成されている、ビジネスリサーチラボが得意とする方法です。

影響指標を特定するためには、まず、成果指標を設定する必要があります。成果指標の概念と定義を明確にしたら、それに類似した学術的な概念(学術概念)を探します。学術概念とは、その名の通り、学術界において検討されてきた概念のことを指します。

ただし、あらかじめ定めた成果指標とぴったり一致する学術的な概念はほとんどありません。そのため、何らかの側面で似ているという塩梅で大丈夫です。

例えば、「働きがい」を成果指標とした場合を考えてみましょう。働きがいの定義は「仕事を楽しむこと」としておきます。この定義を参考にすれば、「ワーク・エンゲイジメント」や「職務満足」など、類似する学術概念を見つけることができます。

ワーク・エンゲイジメントも職務満足も、ここで言う働きがいと同一ではありません。成果指標と学術概念は完全に一致するわけではないため、どこが似ていて、どこが違うかをメモしておきましょう。

この例のように、成果指標と似ている学術概念を複数挙げることができれば、ベターです。影響指標を挙げる際のバリエーションが生まれるからです。

学術概念を探したら、それらの概念の「先行要因」を調べます。先行要因とは、学術概念を促進または阻害するものです。これは、ビジネスリサーチラボの言葉で言うと「影響指標」に当たります。

つまり、学術概念の先行要因を調べれば、それらを影響指標の候補として用いることができるのです。例えば、先ほど挙げた学術概念、職務満足の要因としては、フィードバックや役割の明確さが挙げられます[2]

先行要因を調べる際には、メタ分析や系統的レビューを参考にすると良いでしょう。いずれも、その時点の様々な研究を総合的に検討した種類の論文です。そうした論文を見れば、スピーディに先行要因を手にすることができます。

ただし、私は個別研究もまた大事だと考えています。場合によっては、メタ分析や系統的レビューで切り捨てられてしまった珍しい観点を提案していることもあります。あるいは、メタ分析や系統的レビューの対象外となっている研究もあります。個別研究をうまく参照することによって、影響指標の候補の幅が広がります。

先行要因を挙げる際には、概念の名前を書き留めるだけでは不足です。それぞれの先行要因の定義も必ず記録しておきます。さもなければ、後で、その先行要因を測定する項目を考えようとするときに、「これが具体的に何を意味しているのかわからない」と悩むことになるかもしれません。

先行要因に関連する尺度があるかどうかも確認しておくと便利です。同じ先行要因でも、様々な側面を切り取った尺度が存在するかもしれません。尺度を確認することで、概念が実際に捉えたい対象や意味の範囲がより鮮明になることがあります。

実践知から影響指標を挙げる

「実践知」を使った影響指標の特定方法を考えていきましょう。実践知とは経験則のことであり、実際の経験から得られる知識です。実務家の人なら、何らかの領域で実践知を持っています。

まずは、自分の経験をもとに影響指標を考えます。その中でも「人」を起点に影響指標を考えるアプローチがあります。自分がこれまでの仕事生活の中で出会った「素晴らしい人」や「反面教師」のような人を思い浮かべます。その上で、彼ら彼女らの違いを検討しましょう。

例えば、「働きがい」の影響指標を考える場合、自分の知っている中で最も働きがいが高い人と低い人を考えます。それらの人を比較して、何が違っているのかを探ります。

働きがいの高い人の方が仕事の裁量が大きい、周囲に感謝の言葉を述べている、ストレス発散の方法を知っている、などの違いが挙げられるかもしれません。それらは影響指標の候補となります。

また、「職場」を起点に実践知から影響指標を考えるアプローチもあります。自分が所属してきた中で、最高の職場と最低の職場を考えてみます。そして両者を比較し、違いを吟味すると良いでしょう。コミュニケーションの量が多かった、仕事以外の会話が弾んでいた、集中できる環境があった、などと気づくかもしれません。

自分以外の人の実践知も参考になります。例えば、同僚や上司、先輩にヒアリングを行いましょう。1対1でインタビューを行うのも良いですし、複数人で意見を出し合うミーティング形式をとるのも一案です。ワークショップのように仕掛けを作って、意見を出しやすくすることもできます。

社外の実践知も頼りになります。例えば、優良事例を集めて共通点を探るという方法もあります。インターネットで検索すれば、多くの事例が見つかります。

また、ビジネス書やウェブメディアも影響指標を考える際の参考になります。こうした実践知を活用しながら、有望な影響指標を挙げていきましょう。

調査知から影響指標を挙げる

「調査知」に基づいて影響指標を検討する方法に話を進めましょう。これは、過去の調査のプロセスや結果に関する知識を活用して影響指標を考える方法です。ビジネスリサーチラボのように調査経験を蓄積している場合には特に有効です。

そこまでいかなくても、過去の組織サーベイの報告書は社内に存在しているのではないでしょうか。それも調査知の一部です。調査知は影響指標を挙げる際に、心強い味方になります。

現在取り組んでいるプロジェクトと過去の調査について、それぞれの成果指標を抽出します。両者を比較し、似ている成果指標を持つ組み合わせがないかを探ります。同じような成果指標を持つ調査である場合、その調査は参考にできます。

過去の調査については、自分が担当したものはもちろん、他の社員が行ったものも役立ちます。前任者に話を聞いてみるのもありですし、過去の報告書に目を通したり、ビジネスリサーチラボの場合には「概念項目表」という資料を振り返ったりしています[3]

現在のプロジェクトと過去の調査の間で、類似する成果指標があるのであれば、影響指標に関する検証結果が参考になります。どのような影響指標が成果指標と実際に関連していたのかを知れば、精度の高い影響指標の候補を挙げられるでしょう。

ただし、過去の調査と現在のプロジェクトでは文脈が異なることに注意を払わなければなりません。文脈が異なれば、過去と同じ結果がそのまま再現されないことがあります。というより、異なる結果が得られるケースがほとんどです。

そのため、過去の調査については、その検証結果だけでなく、調査設計の段階での影響指標の候補も調べることが重要です。すなわち、分析にかける前段階の影響指標や、もっといえば、結局は組織サーベイに搭載しなかった影響指標も含めて探索してみましょう。

挙げた影響指標の質を確認する

ここまでのところで、学術知、実践知、調査知という3つの知識をもとに影響指標を挙げる方法を学びました。続いては、そうして列挙した影響指標の候補について、それぞれが良質なものかどうかをチェックするための観点を紹介します。5つの観点があります。

① 多様な指標を挙げたか

影響指標は、できる限り多様な観点から挙げるようにしましょう。偏りがあると、データ分析の結果、すべて棄却されるなどといった事態が生じる可能性があります。

例えば、個人・集団・組織や、態度・行動・制度などの枠組みで影響指標を分類してみましょう。ここで取り上げた枠組みは例にすぎず、どのような枠組みでも構いません。重要なのは、偏りがないかを確認することです。

特定の枠組みをもとに影響指標を振り分けて、列挙した影響指標のバランスが取れているかチェックします。もし、あるカテゴリーが少ないといった事態になっていれば、そのカテゴリーの影響指標を学術知・実践知・調査知をもとに再検討し、追加します。

② どの知識をもとに挙げたか

それぞれの影響指標について、学術知、実践知、調査知のうち、どの知識から挙げたものなのかを整理します。それぞれの知識で挙げた影響指標を表にまとめると良いでしょう。

2つ以上の知識から似たような影響指標が挙げられたということもあります。1つだけの知識から挙げられた影響指標もあるでしょう。前者の方が後者よりも優先順位が高いと考えることができます。

組織サーベイに搭載できる質問項目は有限です。こうしたプロセスを経ることによって、組織サーベイを実施する際に、どの影響指標を優先的に搭載すると良いか検討しやすくなります。

③ 向上策を考えられるか

各影響指標を高めるにはどうすれば良いかを考えます。すなわち、具体的な対策を検討するのです。例えば、フィードバックという影響指標に対して、個人面談を設定し、上司から部下に助言を行う機会を作るといった対策があり得ます。

しかし、対策を考え始めると、「これはあまり思いつかない」といった影響指標や、「対策は思いつくものの、実行するのは無理」といった影響指標があることに気づきます。そうしたものは相対的に優先順位を下げたほうが良いと言えます。

なお、対策は自分一人で考えるべきものではありません。周囲の人の意見を聞きながら検討するようにしましょう。クライアントとのコミュニケーションも大切です。

対策が明確になることで、成果指標との関連をデータで検証できた際、影響指標を向上させる働きかけが実現可能になります。逆に言えば、対策が分からない影響指標は、成果指標との関連が検証できても、手の打ちようがなく、悲しみに暮れるだけに終わります。

④ 成果指標と関連しそうか

影響指標それぞれに対して、成果指標との間で関連性があるかどうかを考えます。元々の定義を思い返せば一目瞭然ですが、影響指標は、成果指標と関連していなければ、本当の意味で影響指標とは言えません。

成果指標との関連性を事前に評価することによって、質の高い影響指標がどれかが分かります。ところが、設計段階ではデータがありません。そこで、経験則に基づいて予測する必要があります。

例えば、自分の意見や周囲の意見を参考に、影響指標が成果指標と関連するかどうかを評価します。例えば、「これは関連するだろう」「関連するかどうかは半々」「挙げてはみたものの関連する自信がない」という3段階で評価するのは、どうでしょうか。

⑤ 関連する理由を説明できるか

各影響指標がなぜ成果指標と関連するのかを検討します。影響指標が成果指標を関連する理由もしくはメカニズムを説明しようとしてみるのです。

学術知から挙げたものであれば、学術論文の中に言及されているかもしれません。調査知から挙げた影響指標なら、報告書やクライアントとの打ち合わせの議事録から参考になる情報が得られることもあります。

ただし、いくら考えても、その影響指標が成果指標につながる理由やメカニズムが明確に説明できない場合もあります。そのような影響指標は、データ分析をしても関連が認められない可能性があるため、優先順位を下げるなどの処置を考えると良いでしょう。

ここにおける理由やメカニズムも独力で考える必要はありません。自分の頭で考えるのは大事ですが、周囲に意見を求めることも大事です。

 

本コラムにおいては、成果指標を促す/妨げる要因である影響指標を挙げるための方法、それから、一度挙げた影響指標の質をチェックする方法について述べてきました。データ分析において影響指標は対策にもつながる要です。本コラムの内容が、有意義な影響指標を挙げる際の参考になると幸甚です。

 

参考文献・脚注

[1] Tuomi, K., Vanhala, S., Nykyri, E., and Janhonen, M. (2004). Organizational practices, work demands and the well-being of employees: A follow-up study in the metal industry and retail trade. Occupational Medicine, 54(2), 115-121.

[2] 大里大助・高橋潔(2001)「わが国における職務満足研究の現状:メタ分析による検討」『産業・組織心理学研究』第15巻、55-64頁。
Brown, S. P. and Peterson, R. A. (1993). Antecedents and consequences of salesperson job satisfaction: Meta-analysis and assessment of causal effects. Journal of Marketing Research, 30(1), 63-77.

[3] 概念項目表とは、調査において捉える概念とそれらを測定する質問項目をまとめた資料です。概念項目表の詳細については、コラム「ビジネスリサーチラボの組織サーベイ支援 12のステップ」も参考にしてください。


執筆者

伊達洋駆:株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。近著に『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)や『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)など。

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