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実務に活かせる研究知見の伝え方:理解・信頼感・有用性・新鮮さを促すポイント

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本コラムは、「研究知見を活用して実務に役立つ情報を提供するには、どうすれば良いか」を解説します。主には、(社会人)大学院生、大学教員、民間企業の研究職など、研究知見に触れる立場の方に向けたコラムです。

あるいは、ビジネスリサーチラボが普段どのような工夫を凝らして情報発信しているかを知っていただける内容でもあります。

ビジネスリサーチラボではクライアントワーク、セミナー登壇、コラム執筆をはじめとして、様々な場面で学術研究をレビューしています。研究知見を実務に活かそうと取り組み続けてきました。その中から、研究知見を有益な形で届けるポイントを、4つの観点から紹介します。

1.理解を促すポイント 

研究知見を伝えた際に、受け手の理解を促すにはどうすれば良いのでしょうか。具体的には、5つの方法があります。

具体例を示す

研究知見は、それに慣れ親しんでいる人以外には抽象度が高いものです。例えば、組織コミットメント。この概念を知らない人にとっては、「組織にコミットするって、どういう意味?」と思うわけです。

学術的な定義を示してみると、どうでしょう。組織コミットメントは「特定の組織への同一化と没入」と定義されます[1]。やはりピンときません。では、組織コミットメントを測定する尺度を示してみます。次の3項目を読んでみてください。

  • この会社の問題が自分の問題のように感じられる
  • この会社に愛着を持っている
  • この会社は、私にとって大きな意味を持っている[2]

定義よりは具体性が増しました。ただ、まだ抽象度は残ります。そこで、エピソードを挙げてみます。例えば、「自分の会社が報道で悪く言われたとき、報道に怒りを表す社員がいました。この社員は、組織コミットメントが高いと言えます」という具合に。ここまで来ると、組織コミットメントのイメージが湧いてきます。

現実場面をイメージできないと、研究知見の理解は深まりにくいのです。「うちの会社で言うと、どういうことか」「この仕事で言うと、どういうことか」「自分で言うと、どういうことか」を徹底して考える必要があります。

現実場面が全く例示できない研究知見がある場合、それを本当に届けるべきかを再考したほうが良いでしょう。自分が具体的にイメージできないものを、受け手にイメージしてもらうのは難しいものです。

 

日常語と対応付ける

研究知見にはあまり知られていない専門用語が含まれます。専門用語を日常語と紐づけて伝えると理解を促せます。組織コミットメントを「会社への愛着」と言ったり、エンゲージメントを「熱意」「活力」「没頭」などと言ったりすると、少しイメージしやすくなります。

特にカタカナの用語や、漢字が4字以上も続くときには注意が必要です。受け手が「うっ」とひるんでしまい、それ以降の話が頭に入ってこなくなります。日常語では何が近いだろうかと考える癖をつけると良いでしょう。

概念数を減らす

2つ以上の概念どうしの関係を述べるのを控えるのが望ましいと言えます。例えば、「『知覚された組織的支援』が『組織コミットメント』を媒介して『離職意思』を抑制する」という知見があったとします。概念を使い慣れている人にとっては、すっと入ってくるかもしれません。要は互恵性が機能しているということです。

しかし、概念の利用に不慣れな人が、この説明を聞くと、どうでしょうか。概念の数が2つになると、理解の難易度が2乗になるという個人的な感覚があります。3つも概念が連続で並ぶと、少なくない人が閉口することでしょう。

概念の数をできるだけ絞ります。1つ概念を出したら、他は専門用語を用いずに説明します。「会社から支援してもらっていると思えると、『組織コミットメント』が高くなり、会社を辞めたいとは思わなくなる」と述べれば、先ほどよりは理解しやすいと思いませんか。

 

エクスキューズに注意

論文やゼミ、学会などの学術的な発表の場では、エクスキューズを入れることが求められます。例えば、ある主張をしたあとに、「ただし、これは○○の場合には当てはまりません」などと伝える必要があります。

他方で、研究知見を実務に活かそうとする際には、エクスキューズは脚注や付録に回しましょう。本論の流れを断ち切るようにエクスキューズを入れるのは、避けたいところです。論理が複雑になり、受け手が混乱します。

学術的に活用しようとする受け手と、実務的に活用しようとする受け手には相違点があります。話を聞くモチベーションが異なるのです。後者の場合、必ずしも主張を批判的に読もうとしているわけではありません。論理の遠回りを減らしましょう。

学説史を調べる

研究知見を伝える際に学説史を調べておくのがおすすめです。特に、その知見が生まれた背景を押さえると、元々の問題意識が分かるため、エッセンスを外さずに済みます。

例えば、様々な場面で用いられる心理的安全性。これは元をたどると、チーム研究において対人関係の要因を議論の俎上に載せようとしたことが契機になっています[3]。知見の出どころを知れば、心理的安全性はあくまで対人関係の話だということが見えてきます。本来の意味を逸脱しすぎた解釈を避けることにもつながります。また、議論にも深みが出ます。

2.信頼感を高めるポイント

私たちが研究知見を伝えたとしても、受け手は研究知見だけを受け取るわけではありません。研究知見に加えて、研究知見を伝える人のことも見ています。どのような人が、その研究知見を伝えているかも観察しています。

受け手にとっては、今目の前で研究知見を伝えている、この人は信頼できるかを考えます。信頼できると思えれば、話をしっかりと聞きます。逆に、信頼できないと思われると、たとえ良いことを言っていたとしても、聞き流されたりスルーされたり反発されたりすることにもなりかねません。

それでは、研究知見を伝える側は、受け手に信頼感を持ってもらうために、何ができるのでしょうか。3つの方法があります。

自分が何者かを伝える

なぜ、他ならぬ自分が、この研究知見を伝えるかを説明する必要があります。自己紹介をしつつ、根拠づけを行うということです。その際に大事なのは、自信を示すことです。知的には謙虚であるべきですが、態度としては謙虚でありすぎると、信頼感を持ってもらいにくいことがあります。

自信のない態度で話すと、受け手は「本当か?」と感じてしまいます。もったいないことです。ただし、例えばクライアントワークのように、こうした説明は一度受け手に理解してもらえば、次からは不要になります。 

プラスアルファを伝える

研究知見だけを紹介するのではなく、プラスアルファを伝えます。その人でなければ話せないことを話すのです。それがプラスアルファに当たります。例えば、研究知見をもとに自分は何を考えたのか、なぜそのようなことを考えたのかを伝えると良いでしょう。もちろん、研究知見そのものと、それを伝える側の意見や考察は切り分けなければなりません。

自分の価値観を知る 

自分の考えをプラスアルファで述べるためには、自分の価値観を理解することが求められます。自分の価値観に基づいて意見を述べれば一貫性が出て、自分らしさを出せます。

セミナーの質疑応答の際に、回答に安心感のある登壇者を見たことはありますか。その安心感は、登壇者の価値観のもとで一貫性のある回答が提示されることによってもたらされています。

例えば、自分の社員観、マネジメント観、職場観、組織観などを考えてみましょう。マネジメント観を例に取ると、部下の自律が重要と考える人もいれば、統制を重んじる人もいます。正解があるわけではありませんが、自分の価値観を把握しておきましょう。

3.有用性を高めるポイント

研究知見そのものが対策になっていることは、ほとんどありません。研究知見を考察して対策を検討するなど、現場で活用できるようにしなければなりません。

研究知見そのものが対策となるケースを探すより、研究知見を素材に自分なりに考察して対策を検討するほうが早いと言えます。研究知見から良い対策を導出する、6つのポイントを紹介します。

自分で使ってみる

研究知見を実務に活かすための王道は、自分で考えた対策を自ら実行してみることです。例えば、「メンバーの意見を受け入れるリーダー(インクルーシブ・リーダーシップ)が心理的安全性を高める」という研究知見があります[4]

これを自分の実務に活かそうとすると、「要望を言っても、すぐに受け入れられるわけではない」「意見を伝えるタイミングが難しい」などと思いが至ります。それらを踏まえ、「リーダーがメンバーの意見を聞く時間を設ける」といった対策を見つけられます。

「インクルーシブ・リーダーシップを発揮してください」と伝えるだけでは実行するのが難しいものです。しかし、「メンバーの意見を聞く時間をとってください」とブレイクダウンすれば、実行できる可能性が高まります。

自分で実際に使ってみると、フィードバックを得ることもできます。やってみてうまくいったこと、工夫した方が良い点などをあわせて伝えると、受け手にとっても心に迫るものがあります。 

自分が使うことを想像する 

研究知見を自分で活用する機会がないこともあります。自分が使うとしたらどうするかをイメージしましょう。自分で使うイメージが湧かないと、受け手もイメージしにくいものです。伝える側が使い方をイメージできる研究知見を扱います。

使ってもらうことを想像する

使うイメージが湧いても、自分は使う立場にないケースもあります。例えば、自分には部下がいないけれども、リーダーシップ研究を扱う、など。身近な人が使うとしたらどうするかを考えてみると良いでしょう。

以上の3点に共通するのは、具体性をもって考える点です。研究知見は抽象的なものが多く、そのまま伝えて活用できる人は多くありません。活用可能なレベルの具体性に変換するところに時間と労力を投じるようにします。

使ってもらう対象を考える

研究知見を使ってもらうのが誰かを考えます。若手社員が使う場合と管理職が使う場合では制約が異なります。部門によっても違いがあるかもしれません。受け手のペルソナを検討することで、活用可能性を高めることができます。

複数の対策を挙げる 

研究知見をもとに行動の提案をする際には、複数の案を挙げます。例えば、「ピアサポート(相互支援)が重要」という研究知見があるとします。仕事を可視化する・感情を同期化する・周囲に助けを求めるなど、複数の行動案を出します。

一つしか挙げていないと、それができないときに先に進まなくなります。例えば、研究知見に基づいて5つの行動を挙げておけば、1つ2つは「これはできそうだ」と思えるものが含まれているでしょう。 

挙げた行動をすべて実行してもらう必要はありません。できるところから実行すれば良いのです。行動のレパートリーは多いに越したことはありません。

効く課題を示す 

その研究知見がどのような課題の解決に有効かを説明します。インクルーシブ・リーダーシップを再び例にとると、「チームで意見やアイデアが出てこないときに有効」といった具合に伝えると、活用場面を想像できます。

4.新鮮さを与えるポイント 

研究知見を説明すると、「既知の話ばかりだ」と受け止められることがあります。部分的に自分が見聞きしたことに対して、人は「それは知っている」と捉えてしまうのです。

しかし、研究知見の活用に際して、その内容を真剣に受け止めてもらわなければなりません。そのためには新鮮さを感じてもらう必要があります。ここでは、4つの方法を紹介します。

仮説を挙げてもらう

研究知見を伝える「前」に「あなたはどう思いますか?」と問いかけ、受け手に仮説を考えてもらいます。ある課題に直面しているときに、「この原因は何だと思いますか」「皆さんなら、どうやって解決しますか」と問いかけるのも良いでしょう。

そうして考えてもらった仮説が、研究知見と完全に一致することはありません。自分の仮説と異なる知見には、新鮮さを感じます。

素朴な実感を意識する

受け手は研究知見のことを知らなくとも、何らかの素朴な見解を持っています。そうした見解を理解してから研究知見を提供しましょう。見解を理解するために、インターネット検索が使えます。

例えば、「人的資本経営」と検索し、検索結果の1ページ目にどのような文章が並んでいるかを確認します。その内容は、人的資本経営に関する見解に影響を与えます。元々持っている見解と異なる研究知見に対しては、新鮮さを覚えやすいのです。

副作用を紹介する

一般的に良いとされているものには問題点を示し、悪いとされているものには良い面を示す方法があります。

例えば、組織市民行動(会社にとって有益で自発的な役割外行動)は一般的に良いものと認識されています。ただし、ダークサイドも存在します[5]。ダークサイドやその対処方法も伝えることで、そのテーマを立体的に理解できます。

自分の感じた面白さを伝える

研究知見を伝える側が、なぜ、その研究知見を取り上げようと思ったか、どこに面白さを感じたかを説明します。自分が感じる面白さや、伝える動機を述べることによって、「なるほど、そういう見方があるのか」と、受け手は新たな視点を得ることができます。

 

本コラムでは、研究知見を実務に役立てるために、何がポイントになるかを解説しました。最後に一つだけ追記しておきます。

研究知見を活用する際には、論理的に完成された一つのパッケージを目指すのではなく、たとえ不完全な部分があっても、様々な切り口を提供していくことが重要です。いずれかの要素が受け手にとって有益であれば良いという気持ちで、研究知見の情報発信を行うことがおすすめです。

 

脚注 

[1] Mowday, R. T., Steers, R. M., and Porter, L. W. (1979). The measurement of organizational commitment. Journal of Vocational Behavior, 14(2), 224-247.

[2] Allen, N. J. and Meyer, J. P. (1990). The measurement and antecedents of affective, continuance and normative commitment to the organization. Journal of Occupational Psychology, 63(1), 1-18.

[3] Edmondson, A. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative science quarterly, 44(2), 350-383.

[4] Carmeli, A., Reiter-Palmon, R., and Ziv, E. (2010). Inclusive leadership and employee involvement in creative tasks in the workplace: The mediating role of psychological safety. Creativity Research Journal, 22(3), 250-260.

[5] 組織市民行動のダークサイドの詳細は当社コラム「組織市民行動のダークサイド: 主体的な役割外行動の光と影」を参照ください。


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役

神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)や『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

#伊達洋駆

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