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コラム

自律型人材の育て方:ゲーミフィケーションの可能性(セミナーレポート)

コラムセミナー・研修

ビジネスリサーチラボは、20221027日に「自律型人材の育て方:ゲーミフィケーションの可能性」を開催しました。

会社や上司からの指示を待つのではなく、自ら仕事を進めキャリアを主導する「自律型人材」が求められています。自律型人材を育成する上でのヒントとして、ゲームの発想をゲームではない場面に活かす「ゲーミフィケーション」があります。

本セミナーでは、ビジネスリサーチラボ代表取締役の伊達洋駆と、NECソリューションイノベータ株式会社の田村千波氏、道上剛司氏から、自律型人材の育成におけるゲーミフィケーションの可能性について解説しました。伊達からは自律とゲーミフィケーションの関係性、田村氏・道上氏からはゲーミフィケーションを用いた自律型人材の育成事例を紹介しています。

本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。

登壇者

田村 千波 氏:NECソリューションイノベータ株式会社 プラットフォームサービス事業部 ゼネラルマネージャ
デジタル技術を活用したシステムサービスにおける事業運営に従事。
これまで金融、製造業等を中心に様々なシステム開発/構築を担当し、現在は社内のDX人材開発に注力。
数年前よりゲーミフィケーションの可能性/有効性に着目し、新人・若手の育成にゲーミフィケーションを取り入れた人材育成を社内で展開。

 

道上 剛司 氏:NECソリューションイノベータ株式会社 プラットフォームサービス事業部 シニアプロフェッショナル
大手ISP業種を中心にITアーキテクトとして従事。
クラウドや映像技術の専門家として、DXを推進する顧客へ先端技術を取り入れた数々のシステムを提供。
現在は、ゲーミフィケーションを取り入れた自社サービスをプロデュース。

 

 

伊達 洋駆:株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)や『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。


自律を促すために何が必要か

伊達:

「自律型人材」という言葉が人事の世界でよく聞かれます。ここでいう「自律」とは何でしょうか。私は2つの側面があると考えています。1つは「プロアクティビティ」(proactivity)、もう1つは「アダプタビリティ」(adaptability)です。

プロアクティビティは「自分や環境に影響を与える、未来志向で変革思考の行動」を指します。例えば、図1のような行動がプロアクティビティに含まれます。

図 1:プロアクティビティの例

一方、アダプタビリティは「変化する仕事やキャリアに対処し、準備していくこと」を意味します。例えば、図2のような行動がアダプタビリティと呼ばれるものです。

図 2:アダプタビリティの例

プロアクティビティとアダプタビリティ、この2つの側面を持つ自律型人材を育てるには、どうすれば良いのか。これが本日のテーマです。

自律型人材の育成は、難しい課題の一つです。なぜなら自律は、指示したり命令したりすることができないからです。「自律せよ」と伝え、そのとおりに動いたとして、それは自律でしょうか。そうではありません。自律型人材の育成は、直接的に「こうしてください」とアプローチできず、間接的にならざるを得ないのです。

自律型人材の育成を考える際、社員が自然と動きたくなるような環境をいかにデザインするのかが大事です。この点が自律型人材の育成の難しさでもあり、面白さでもあります。

自律とゲーミフィケーションの関係とは

自律を促す環境デザインを考える上でヒントになるのが、「ゲーミフィケーション(gamification)」です。ゲーミフィケーションとは、「ゲームではない文脈において、ゲームデザインの要素を用いること」を表します。ゲームの要素としては、例えば図3のようなものが挙げられます。

図 3:ゲームの要素例

ゲーミフィケーションには、鍵となる仕掛けがあります。「アフォーダンス」と呼ばれる、ユーザーのモチベーションを引き出すような仕掛けです。ユーザーは、ゲームを自ら望んでプレイします。電車でゲームをしていたら、最寄り駅を過ぎてしまうといったことが起きるほどです。ゲームが楽しくて没頭する理由の一つがアフォーダンスです。アフォーダンスには、例えば、図4のようなものがあります。

図 4:アフォーダンスの例

自律型人材を育成する上では、自然と動きたくなる環境が必要です。ゲーミフィケーションを参考にすれば、そうした環境をデザインするためには、たくさんのアフォーダンスを埋め込むことが重要です。

自律型人材の育成におけるアフォーダンスについて、思考実験をしてみましょう。キャリア開発の文脈でいえば、キャリア目標を立て、目標に対してどこまで進んだかを示せれば、アフォーダンスになり得ます。一定の進捗ごとに、バッジのようなものがもらえると嬉しいかもしれません。バッジが貯まると、「次のバッジも欲しい」と思えます。

スキル開発の文脈ではどうでしょうか。ポイントやリーダーボードを使って、どのようなスキルをどのぐらい身につけたのかが可視化されれば、やる気が出る可能性があります。次のスキル開発に進んでいこうという気持ちが芽生えます。

業務や職場の改善という文脈も考えてみましょう。一つ改善をすると一つ花が咲くシステムがあったとします。自分が改善すると、会社が良くなっていることが可視化され、改善へのモチベーションが高まるでしょう。あるいは、改善に対して他の社員から「いいね」がもらえると、また改善しようと感じます。

皆さんの会社の中では、社員の自律を促すアフォーダンスとして、どのようなものが埋め込まれているでしょうか。多くのアフォーダンスを埋め込んでいく努力が必要になります。

なお、ゲーミフィケーションについてさらに知りたい方は、弊社が過去に開催した入門的な知識を細かくまとめたセミナーレポートを参考にしてください。

自律を促すゲーミフィケーション事例

田村:

ここからはNECソリューションイノベータの事例として、ゲーミフィケーションを活用した人材育成の施策をご紹介します。

弊社は、NECグループの中でシステムインテグレーション事業の中核を担っている会社です。国内で12000人規模のシステムエンジニアを抱えています。

弊社では、DX人材の育成と自律型人材の育成の2つを課題と見なし、さまざまな施策を行っています。例えば、階層ごと・専門領域ごとの、技術や資質の教育、キャリア支援、タレントマネジメントの強化などです。

自律型人材をどのように育成するかは、難しい問題です。この問題について、部下を抱える管理職や、人材開発を支援するメンバーなどを交えて議論してきました。その中で出てきた意見が、図5の左側のものです。これらの意見から、RPG(ロールプレイングゲーム)要素を入れた施策を考えてみたらどうかというアイデアが生まれました。

図5:自律的成長を支援するには

1)施策のコンセプトとデザイン

施策を考える上で大事にしたのが、コンセプトです(図6)。若手を中心に検討を進め、個人にフォーカスした施策にしようという話になりました。会社が主導する人材育成ではなく、個々人が自ら進めるものとしての人材育成という考え方です。

その考え方を形にするため、例えば、RPGを模したキャッチコピーなど、分かりやすいメッセージを作りました。また、自分がスキルアップしていくたびに、自分のアバターに反映されるようにしました。愛着が持てるようなキャラクターの造形になるように、議論を重ねました。

キャラクターについても、自分の業務や職種につながるようなキャラクターの設定、背景なども作り込み、自己投影しやすいデザインにしました。

図 6:施策のコンセプト・システム・デザイン

2)主な機能

主な機能を表したのが図7です。さまざまな教育や研修の受講、アセスメントの結果、業務実績などから、個人の能力を11に分類し、数値化しています。この分類と計算式の構築について、ビジネスリサーチラボさまにご協力いただきました。

図 7:施策のメイン機能

弊社では、この仕組みの開発を、新人研修のカリキュラムに組み込んでいます。新人が自ら「自分が成長するために必要な機能」を考えて、実装しています。新人研修の中で出てきたアイデアを盛り込んでいったところ、図8のように要素が増えました。図9も全体の一部です。

図 8:施策の要素(一部)

3)施策の効果とゲーミフィケーション要素の関係性

道上:

本施策で効果を感じていることを、ゲーミフィケーション要素との関係性を考慮しながら、6点に分けて紹介します。

効果1.自分ごととして能動的に参加

1点目は、自分ごととして能動的な参加ができる点です(図9)。自分の進むべき道が分からないのは、どの年代にも共通する悩みです。そこで「目標」を設定することにしました。なりたい人材像を設定することで、学習や行動を自分ごととして意識できます。日々のクエストをクリアし、仲間からの知恵を得ながら、一緒にレベルアップを図り、目標の人材像に近づいていきます。

図 9:自分ごととして能動的に参加

効果2.更なる成長への意欲の高まり

2点目は、更なる成長への意欲の高まりです(図10)。日常業務の中では、行動していたとしても、なかなか成長を実感しにくいものです。日々の学習やクエストをクリアすることで、スキルのパラメータが上がったり、キャラクターがレベルアップしたりすることで、利用者にタイムリーな成長をフィードバックしています。これにより、もっと学習したいといった意欲が湧いてきます。

図 10:更なる成長への意欲の高まり

効果3.時間の合間で継続的に学習

3点目が、すきま時間を活用した継続的な学習です(図11)。特に心理的なインセンティブを活用することが重要と考えました。例えば、なりたい人材に「転職」したり、ランキングを表示したり、「みんなで植樹」で所属欲求を満たそうとしたりしています。こうしたインセンティブによって、業務の合間に少しずつ継続的に学習するような行動につながっています。

図 11:時間の合間で継続的に学習

効果4.自発的な行動変化

4点目は、自発的な行動変化です(図12)。ゲームなどの仮想空間では、リアルではおとなしい人が積極的に交流するなど、普段の自分と異なる行動を取ることがあります。いつもの自分と異なるアバターや、匿名のキャラクターを使用することで、オープンなコミュニティーでの自発的な発言、感謝の気持ちを積極的に伝えるといった、自発的な行動変化につながります。

図 12:自発的な行動変化

効果5.自律的な学習/資格取得への挑戦

5点目は、自律的な学習/資格取得への挑戦です(図13)。自律的な学習につなげるためには、楽しさが必要です。一人ひとり異なる欲求を掻き立てる要素として、ランキングや称号、レベルアップなどのゲーミフィケーションの要素を幅広く取り入れています。これにより、若手メンバーを含め、積極的な資格取得の挑戦につながってきたと感じています。

図 13:自律的な学習/資格取得への挑戦

効果6.毎日の小さな積み重ねで習慣化

6点目が、毎日の小さな積み重ねで習慣化する点です(図14)。例えば、デイリークエストの機能では、ルールやタスクを毎日提示し、それを実施することで、報酬や成長につなげています。加えて、デイリーボーナスのような形で、毎日ログインしたり学習したりすることで、報酬が得られる形にしています。小さな積み重ねを毎日継続していくことで、少しずつ習慣化できつつあると感じています。

図 14:毎日の小さな積み重ねで習慣化

4)今後のゲーミフィケーション活用

弊社における今後のゲーミフィケーションの活用について、2点ほど紹介します。1点目は、「チャレンジとスキルのバランス」です(図15)。学習することにのめり込み、高いレベルに挑戦する意欲を持つためには、「ハマる」必要があります。そのためには、個人の現在のスキルに見合った挑戦になるように調整することが重要です。

図15:チャレンジとスキルのバランス

2点目は「ゲーミフィケーション要素のバランス」です。ゲーミフィケーションのパイオニアであるYu-kai Chouさんが作成した「Octalysis Framework(図16)」を用いて本施策を評価すると、スコアが62とまだ低い状態です。施策の弱いところを強化し、ゲーミフィケーション要素の向上を図りたいと思っています。

図 16:ゲーミフィケーション要素のバランス

質疑応答

Q1.中長期的に持続するアフォーダンスを探索する必要があるのでは?

伊達:

「アフォーダンスを承認欲求のデザインと考えると、短期的に火をつける意味でのアフォーダンスだけではなく、中長期的に持続するアフォーダンスを、探索する必要があると思います。いかがでしょうか」というご質問をいただきました。

例えば、将来的なキャリア目標や、その進捗を示すことは、中長期的に持続するアフォーダンスになるかもしれません。実際のRPGでも、目の前の敵と戦うだけだと続きません。「魔王を倒す」などの大きな目標があった上で、短期的な目標を重ねていきます。

田村:

バランス調整も重要ですね。目標や仕事の難易度を、いかに高過ぎず低過ぎず設定するか。また、それをクリアするとどの程度の報酬がもらえるか。こうしたバランスを上手くとることが、意欲の継続につながりそうです。

Q2.ゲーミフィケーションを取り入れすぎると、仕組みに依存してしまうのでは? 

伊達:

「ゲーミフィケーションを活用する立場として、ゲームの仕組みを強くしすぎると、ある意味、作為的に熱中させられるのではないかという不安があり、結果的に、自律と逆の方向に歯車が回ってしまうのではと心配です。ゲームの仕組みの魔法が解けたときに、本人の中に自律が本当に根付くのでしょうか」というご質問です。

田村:

ご質問とは少し違うかもしれませんが、遊びのほうばかりに夢中になって、仕事がおろそかになるのでは、といった管理者目線の意見は、弊社でもあるにはありました。ただ、実際にやってみると、それは杞憂だったとも感じています。

伊達:

「ゲームの世界観が閉じていないこと」がポイントになりますね。ゲームの世界がそこで完結していると、ご質問で懸念されている事態が起こりえます。自律型人材を育てるゲーミフィケーションにおいて重要なのは、現実との接合を図っていくことです。先ほどの事例でも、あくまで現実世界で使うスキルがあり、そのスキルをゲーミフィケーションの世界で可視化していました。

Q3.ゲーミフィケーションにおけるキャリア支援のあり方とは? 

伊達:

「ゲーミフィケーション的キャリア自律において、キャリアカウンセリング的支援は、どのように行えばよいでしょうか」というご質問です。

キャリア開発支援が持つ重要な機能の一つは、キャリア目標の設定です。自律型人材を育てるゲーミフィケーションにおいても、キャリア目標を立てる際に苦労するかもしれません。そこでキャリアカウンセリング的な発想が使えるかもしれません。ただし、それは傾聴のような形になるのかは分かりませんが。

田村:

自分から、なりたい自分を見つけて、自分で行動していくためのサポートができればと考えています。例えば、いくつかのキャリアパス的を示すなどの方法が考えられます。

道上:

自分が何になりたいかを明確に描けていない人は少なくありません。ゲーミフィケーションの要素を使って、「あの人のようになりたい」と目標を定めて、そこに向かっていくアプローチもあると思います。

伊達: 

ありがとうございます。では最後に、お二方から一言ずつ本日のご感想をお願いします。

田村:

ご質問が鋭く、そういった視点もあるのだなと気づきがありました。弊社の取り組みに活かしたいヒントもいただけました。本日はありがとうございました。

道上:

こうした社内の取り組みをご紹介するのは初めてなので、良い機会をいただけました。本日はどうもありがとうございました。

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