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コラム

ダイバーシティ研究の最新動向

コラム

株式会社ビジネスリサーチラボ テクニカルフェローの正木郁太郎に対して、代表取締役の伊達洋駆が聞き手になり、ダイバーシティに関する研究動向、そして実践への含意を探りました。本コラムでは、対談の様子をお届けします。

ダイバーシティの定義

伊達:

正木さんはダイバーシティをテーマに博士論文を書き、その内容をまとめた書籍は学会賞を受賞してもいます。本日は、正木さんにダイバーシティ研究の動向についてお伺いします。まずは、「ダイバーシティとは何か」というところから教えてください。

正木:

ダイバーシティは端的にいうと集団内の「分散」を指します。違うものが混ざっているか、それともみんな同じか。これが、社会心理学や組織行動の研究におけるダイバーシティの最もシンプルな定義です。

もう少し深めていきましょう。研究でよく扱われるのが、「何の要素に関するダイバーシティなのか」に関する2つの観点です。

1つ目は「中身の特徴」による分類です。例えば、ジェンダーや年齢のようにデモグラフィックなものと、転職経験などの仕事に関係するもの、目に見えるもの(表層)と見えないもの(深層)のようないくつかの分類があります。

2つ目は「タイプの違い」による分類です。ダイバーシティには、3つのタイプがあります。

  • 質的なばらつき:性別や、前職の業種が何だったかなど。質的な違いが様々であるほど、ばらつきが大きい。
  • 量的なばらつき:外向性が高い・低いなどの点数化できるばらつきを算出する。
  • 持っているほうが望ましい要素のばらつき:権力がある人・ない人、収入が高い人・低い人など、「持つ者」と「持たざる者」が分かれている要素。社会運動や権力格差などの文脈からスタートした考え方。

ダイバーシティの主効果

伊達:

学術研究では、ダイバーシティにどのような効果があるとされていますか。

正木:

ダイバーシティのタイプが異なれば結果は違います。同じタイプの中でも結果が異なるため、広く一般に共通する、一言で表せるような効果はありません。

例えば、アメリカや日本と中東では、ジェンダー・ダイバーシティの意味付けや深刻さが異なります。それらの国々を同じジェンダー・ダイバーシティで比較すると、結果も当然変わります。仮に先進国に絞っても、ある程度の効果は見られるものの、強いものではありません。

そうした前提を踏まえた上で、あえてアウトカムを挙げるなら、主に2つの観点があります。

一つは、感情的な問題に関するものです。チームワークや、チームに対する愛着、組織コミットメント、集団の中での対立などが含まれます。これらについては、強くはないものの、特にデモグラフィック(属性的)なダイバーシティがマイナスに作用する傾向があります。

もう一つは、創造性やイノベーション、生産性などのように、広義のパフォーマンスに関するものです。これらについては、よく分からないのが現状です。効果があるとする研究もあれば、そうではない研究もあります。対象とする階層やレベルによっても結果が変わり、メタ分析でも議論が分かれています。

感情面のアウトカム

伊達: 

組織コミットメントやコンフリクトなどの感情面のアウトカムに対して、全体としてマイナスの効果が出がちな点について、どのような理由が考えられますか。

正木:

社会心理学からの説明は、こうです。もともと一つだったグループが、例えば属性によって「私たち(内集団)」「あなたたち(外集団)」に分断される。自分が属しているグループと比べると、属していないグループに対して、一体感や愛着などが下がってしまう。そのことによって、本来は「一つ」として一体感を保てていたグループの中にコンフリクトが生じうる、という説明です。

ただ、本当にそれだけなのかは疑問に思っています。違いのある人同士では、価値観や経験が異なるゆえに意思疎通がうまくいかない、などのよりシンプルな問題も根本にはあるのではないでしょうか。

伊達: 

ダイバーシティが感情面のアウトカムにマイナスである点だけを見ると、「ダイバーシティを推進しない方が良いのでは」という意見も出てきそうです。他方で、ダイバーシティ推進には社会的な要請や重要性があろうかと思います。となると、「マイナスの効果をいかに抑えながら推進するか」が大事になるでしょうか。

正木:

「われわれはダイバーシティとどう向き合うべきか」をまず考える必要があります。向き合い方には2つのパターンがあります。

一つは、経営マネジメント側の立場に立つもの。ダイバーシティが高まると良いことがあるのか、それによってダイバーシティの推進の可否・是非や程度を検討する観点です。これについては「経営上価値があるか」という点で、数字で結論を導きやすいため、分析を重ねれば結論は出やすいかもしれません。

もう一つは、社会正義や倫理道徳の立場に立つもの。ダイバーシティ自体が是か非か、また「正しい」企業や組織、そして社会のあり方とは何なのか。これは数字で効果を測るといった類の議論ではないので、結論が出にくいものではあります。ただ、組織のあるべき姿を語るうえで、経営上の価値だけでなく、こうした議論を忘れてはいけないことは事実です。

とはいえ、社会的な要請や重要性もあり、企業や組織レベルで見てもダイバーシティは自然と高まりますし、また高めなければいけないという方向に進むでしょう。その意味では、「ダイバーシティを高めるか否か」というよりは、「無策でダイバーシティを推進してマイナスの影響が出る」ことを避け、プラスの影響を少しでも増やすためにどう工夫を凝らすか、という考え方がよりなじむとも思います。

生産性のアウトカム

伊達:

先ほどの話に戻ります。広義のパフォーマンスに対するダイバーシティの効果は一貫していないということでした。これは、なぜでしょうか。

正木:

一つは、タスクの特徴によって効果が異なるからです。みんなで折り紙の鶴をたくさん折るなどのシンプルなタスクであれば、多様な人がいてもいなくても結果はあまり変わりません。むしろ、互いの考え方や背景が似通っていた方が、連携がとりやすいことすらありえます。一方で、創造性が要求されるタスクでは、様々な情報が集まるほど良い効果が生じやすいです。

もう一つは、アウトカムの特徴が作用しているからです。ある研究で、ダイバーシティの高いチームのほうが、株式投資のパフォーマンスが正確に発揮され、誤った判断をしづらいことがわかりました。ただし、その理由として研究者が指摘したのは、色々な人が集まるので様々な情報が集まってうまくいきやすい、といったことではありませんでした。

投資においては、博打を打つような極端な判断をしてはならず、安定した正確な判断を続けるのが重要です。また、他者に盲目的に同調することも、ときにバブル相場の発生などの問題につながります。つまり、集団が凝集化し、リスキー・シフトを起こすと大事故を起こすともいえます。その点、ダイバーシティの高いチームでは、他者に盲目的に同調しづらい状況が置き、極端な判断が減ったのではないかと、研究者は考察しています。

ダイバーシティ研究の新たな動き

伊達:

ダイバーシティ研究で、正木さんが注目している新たな動きについて教えてください。

正木:

最近、ジェンダーやエスニシティのダイバーシティを扱う研究よりも、年齢のダイバーシティを扱う論文が出るようになってきています。平均寿命が延びていることが、その一因と考えられます。性別や人種は変わりにくいものではありますが、年齢はみな等しく1歳ずつ増えていく中で、平等や公平とは何か。そのような議論が出つつあります。

伊達:

世界全体で考えると、例えばZ世代の割合も増えている一方で、高齢化が進んでおり、様々な年齢の人と一緒に働くのが当たり前になってきているからでしょうか。年長者を敬う背景のある中で、年齢ダイバーシティの持つ意味合いは異なりそうですね。

日本で年齢ダイバーシティの研究は行われていますか。

正木: 

あまり見かけたことはありません。二つの理由が思い当たります。一つは、ダイバーシティの研究者がそもそも少ないこと。もう一つは、日本では新卒採用と終身雇用がある程度浸透している企業が多く、年齢のダイバーシティが当たり前になっていることです。

伊達:

明らかに問題が起こっている方が研究の関心対象になりやすいのでしょうか。とはいえ、例えば、日本企業の経営チームにおける年齢ダイバーシティは低く、上場している大企業において20代の取締役は少ないと思います。

正木: 

再雇用の方がボリュームゾーンを占めるようになると、状況は変わるかもしれません。世代間の対立などが問題視されるようになれば、年齢ダイバーシティにも注目が集まるはずです。しかし、それにはもう少し時間がかかるかもしれません。

ダイバーシティにおける実際の介入

伊達:

その他、正木さんが注目しているトピックはありますか。

正木:

ダイバーシティをテーマに様々な企業と調査したところ、「現状は分かった。次に、何をすればいいの?」と聞かれます。特に、心ある現場のマネジャーやメンバーの方々からいただく質問です。私が研究してきたチームのタスクの構造や、組織の風土・文化など、ダイバーシティの効果を調整・媒介する要因は学術的には有意義かつ面白い要因です。ただ、それらは現場レベルで変えにくいのが問題です。

すぐにでも変えようと思えば変えられるものはないか。マネジメント層だけではなく一般層でも何とかできるものはないか。そうしたことを検討していたところ、やはり「ダイバーシティはコミュニケーションの問題である」という最初の考えに至りました。

そこで、多様でばらばらな人々を一つに結びつけるような、あるいは、ばらばらな人々同士でもうまくやっていけるコミュニケーションの特徴がないのかを調査しました。その中で、半ば偶然、「感謝」の研究に行き当たりました。

例えば、ダイバーシティの高いチームのほうが、感謝を伝え合うことの効果がプラスになるという調査結果が得られたことがあります。同じような属性の人の間でもプラスにはなるものの、そこまで強い効果はありません。様々な属性の人が混ざっているからこそ、はっきりとポジティブなコミュニケーションを交わし、ばらばらになった人々をもう一度つなぐ意義が大きいのでしょう。

ダイバーシティとリーダーシップ

伊達:

ばらばらなものをつなぎとめる話で思い出したのは、リーダーシップです。例えば、バーチャルチームにおけるリーダーシップは、物理的にも国籍も価値観としてもばらばらなメンバーをつなぐ役割を担っています。

正木: 

ある研究で、変革型リーダーシップがプラスに働くことが示されていました。ただ、「変革型リーダーになりましょう」と介入するのは簡単ではありません。

伊達:

確かに、教育で安易に変革型リーダーシップのスキルだけ身につけると、自分の利益を優先するような、悪意のあるリーダーが生まれるリスクが指摘されています。そのため、経験から少しずつ学ぶことが勧められているのですが、これには時間がかかります。感謝のほうが、介入が明らかに手軽ですね。

ダイバーシティと集団主義・個人情報

伊達: 

少し別の視点を出したいと思います。心理的安全性という概念があります。心理的安全性とは、対人関係のリスクを感じないことを指します。創造性や学習、エンゲージメントなど多くの効果が心理的安全性にはあります。

その一方で、あらゆるチームで心理的安全性が有効に機能するかといえば、そういうわけではありません。例えば、個人主義のチームにおいて心理的安全性が高いとき、それぞれが自分都合で話したいことを話し、チームとしての成果につながりにくいことが明らかになっています。

一方で、集団主義のチームであれば、個人よりも集団を優先するため、心理的安全性が高まると、そこで交わされる意見がチームを良くすることに貢献します。ダイバーシティにおいても、個人主義と集団主義の問題は扱われていますか。

正木:

文化の特徴とダイバーシティに関するメタ分析では、集団主義の高い国のほうが、ダイバーシティの効果がマイナスになりやすいという結果が得られています。これは、個人主義の高い国のほうが「個性を重視した方が、活躍につながる」と認識されているからです。

一方、集団主義の高い国では、集団のまとまりを重視することで成功する雰囲気があります。そこに、まとまりがないダイバーシティの高いチームを持ち込んだら、うまくいきにくいと説明されています。

伊達: 

心理的安全性では有効な条件であった集団主義が、ダイバーシティの文脈ではマイナスに影響するということですね。興味深いです。確かに集団主義が高いと、内集団で凝集化し、外集団とのコミュニケーションが減って、集団間のコンフリクトが生まれそうです。

正木:

集団主義の中でも「イングループ(内集団)・コレクティビズム」と呼ばれるもので、内集団の中の一体感や秩序を重視するかどうか。この特徴が悪影響を与えるようです。

ダイバーシティを有効なものにするためには

伊達: 

感情面のアウトカムに対する効果はマイナス、パフォーマンスへの効果は一貫しないというとき、ダイバーシティを進める上で少しでもマイナスを減らすために、何ができるのでしょうか。感謝以外にできそうなことはありますか。

正木:

組織のレイヤーごとに、よく実証研究で登場する議論をご紹介します。

  • トップマネジメント層:組織として明確にダイバーシティを受け入れる姿勢を繰り返し発信することがプラスに働きます。
  • 管理職層:お互いの個性を尊重して、話を聞く。個性を活かしつつ、共通の目標やルールを明確にして、チームとして束ねていく。そのようなリーダーシップが重要です。
  • メンバー層:まずはコミュニケーションです。また、一人ひとりが個性を活かしつつ、ある程度、自律的に働ける環境を作ったほうが良いでしょう。意識的で明確な感謝のような、個と向き合って、かつポジティブなコミュニケーションも有用と考えられます。

最後に、様々なバイアスを取り払う工夫も必要だと言われています。よく挙げられるのは「パースペクティブ・テイキング」です。これは、「相手の立場に立って考える」ことを指しており、ダイバーシティに関する研修の研究でも度々意義が指摘されています。

伊達: 

それぞれの層でやるべきことが分かってきているのですね。では最後に一言、お願いします。

正木:

ダイバーシティ施策を行った結果、マイノリティーではなくマジョリティーの人のほうが、プラスの効果が大きかったという調査結果もいくつか出ています。一部の人たちのためだけでなく、結果的に組織全体にも有用に働きうるので、やって損はない話です。是非、皆さんの会社でも、様々な「一工夫」の施策に取り組んでみてください。

伊達:

ありがとうございました。

 

話し手:正木 郁太郎 株式会社ビジネスリサーチラボ テクニカルフェロー

東京大学大学院人文社会系研究科博士後期課程修了。博士(社会心理学:東京大学)。2021年現在、東京女子大学現代教養学部心理・コミュニケーション学科心理学専攻専任講師。組織のダイバーシティに関する研究を中心に、社会心理学や産業・組織心理学を主たる研究領域としており、企業や学校現場の問題関心と学術研究の橋渡しとなることを目指している。著書に『職場における性別ダイバーシティの心理的影響』(東京大学出版会)がある。

 

 

 

 

聞き手:伊達洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役

神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。近著に『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)や『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)など。

 

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