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コラム

エンゲージメント調査は「準備」が大事:実施前に押さえるべきポイント(セミナーレポート)

コラムセミナー・研修

ビジネスリサーチラボは、2022825日に「エンゲージメント調査は『準備』が大事:実施前に押さえるべきポイント」を開催しました。 近年、エンゲージメント調査を行う企業が増えていますが、「実施したのはいいものの、うまく活用できず形骸化している」という企業もあります。実はエンゲージメント調査を活用するためには、調査実施前の「準備」が重要なのです。

本セミナーではビジネスリサーチラボの能渡真澄と小田切岳士が、エンゲージメント調査実施前に必要な準備について解説しました。能渡からは「良い分析」を行うための準備、小田切からは「良い回答」を得るための準備について説明しています。本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。

登壇者

能渡 真澄

信州大学人文学部卒業、信州大学大学院人文科学研究科修士課程修了。修士(文学)。価値観の多様化が進む現代における個人のアイデンティティや自己意識の在り方を、他者との相互作用や対人関係の変容から明らかにする理論研究や実証研究を行っている。高いデータ解析技術を有しており、通常では捉えることが困難な、様々なデータの背後にある特徴や関係性を分析・可視化し、その実態を把握する支援を行っている。

 

 

 

 

小田切 岳士

同志社大学心理学部卒業、京都文教大学大学院臨床心理学研究科博士課程(前期)修了。修士(臨床心理学)。公認心理師、臨床心理士。働く個人を対象にカウンセラーとしてのキャリアをスタートした後、現在は主な対象を企業や組織とし、臨床心理学や産業・組織心理学の知見をベースに経営学の観点を加えた「個人が健康に働き組織が活性化する」ための実践を行っている。特に、改正労働安全衛生法による「ストレスチェック」の集団分析結果に基づく職場環境改善コンサルティングや、職場活性化ワークショップの企画・ファシリテーションなどを多数実施している。

 

 

 

良い分析を行うための準備

分析に向けた「準備」はなぜ必要か 

能渡:

エンゲージメント調査を行った際、データをどう分析するかは、データを取った後に考えればよいと思う方が多いかもしれません。しかし実は、データを取る前の準備が重要です。データ分析の成否は、データを取った後の分析戦略よりも、データを取る前にどれだけ準備を行いサーベイを洗練できたかで決まるのです。

図1は、一般的な組織サーベイの流れを示したものです。この流れにおいて、準備のタイミングは最初の「サーベイ企画」にあたります。もっと言えば、企画の前段階として、どのようなことを企画の際に考えればよいかについて、予備知識を得ておくことも必要です。

図 1:一般的なサーベイの流れ

企画段階での準備が不足していると、サーベイ実施段階で必要な指標が測定されていなかったり、測定の仕方が後々の分析手法と合っていなかったりといった問題が発生します。また、そのような形で取得されたデータは、適切な分析方法が分からなかったり、無理やり分析をしてみたとしても、その結果の解釈がうまくできなかったりといった分析段階の問題につながってしまいます。

良い分析を行うための具体的な準備

良いデータ分析には、3つの要件があります。1つ目は、サーベイの目的に応じた仮説、2つ目は適切に測定されたデータ、3つ目は適切な分析手法です。

これらの要件は、データを取得した後に修正したり改善したりすることが極めて困難です。そのため、サーベイ企画時の周到な準備が必要になります。

では、3つの要件に対する具体的な準備方法について解説しましょう。

1)サーベイの目的に応じた仮説を立てる

仮説とは、「測定されるデータについて予測される、指標間の関連性や得点差」です。簡単に言えば、分析結果の予測を指します。例えば、「従業員のやる気を高めたのは上司サポートだろう」「営業部よりは開発部の社員で、研修効果があっただろう」といったことです。 

仮説が重要な理由は、仮説の内容が、サーベイの質問内容やデータ分析の手法と対応しているからです。最初に仮説がない状態でサーベイを行おうとしても、サーベイで何を質問すればよいか分かりませんし、データを測定した後も、どう分析していいか分からないといった問題が生じます。 

仮説と、分析手法・測定方法の対応例を示したのが図2です。例えば、「従業員のやる気を高めた重要な要因は、同僚からのサポートと権限委譲だろう」という仮説を立てたとします。すると、図2左下にあるように、この分析手法を使えば良いということが想像できます。分析手法に関する知識があると、仮説が決まった段階で、行うべきデータ分析の手法が想定できるようになります。

 図 2:仮説と分析・測定の対応例

分析手法が想定できると、各指標の測定方法を決定できます。分析手法ごとに、適切なデータ、それを測定する方法も決まっているからです[1]

2)データ分析手法を考えておく

仮説ができあがったら、分析手法を想定することができます。さまざまなデータ分析の手法を知っていると、仮説を考える助けになります。今回はよく使用される、関連性の分析比較の分析を紹介します。 

関連性の分析

関連性の分析では、アウトカムに該当する成果指標に対する、成果指標の原因となる影響指標の重要性を探ります(図3)。この分析に対応する仮説は、例えば「成果指標Pの原因となる影響指標は、指標Cだろう」といったものです。原因と結果の関連についてピックアップした仮説であれば、例えば、関連性の分析の代表例である重回帰分析を適用できます。

 図 3:関連性の分析 

関連性の分析における仮説のコツは、アウトカムとその原因となる指標をセットで考えることです。例えば、チームワークを高める施策に向けたサーベイを行いたい場合、「チームワーク」が成果指標として位置づけられます。そして、チームワークを高める、あるいは低める要因は何かを考えます。すると、チームワークの原因となるのは、連絡のしやすさや、上司からのサポートの多さ、などと思いつくわけです。

加えて、影響指標には人事的に介入しやすいものを選ぶのもテクニックの一つです。介入できない影響指標を選んだ場合、データ分析の結果、その指標が成果指標に強い影響があると分かったとしても、具体的な案に結びつかないからです。

比較の分析

比較の分析では、ある指標の得点がグループ間で違っているかを検証します(図4)。この分析に対応する仮説は、例えば「成果指標Pの得点は、部署間で違いがあるのでは」というものです。グループの違いについての仮説であれば、例えば、グループ間の平均得点を比較する分析である分散分析を適用できます。

 図 4:比較の分析

比較の分析における仮説のコツは、仮説で取り上げる各グループで、十分な人数を確保できる構成にすることです。例えば、「組織への愛着は年代間で程度が違うのでは」といった仮説を立てた場合、20代、30代、40代などの各年代で、最低20名以上の回答が集められるようにするということです。

これは、分析上の制約の問題で、20名以上いないとうまく分析ができないことが理由です。仮に、10代以下のデータが20名に満たない場合は、20代のデータと合わせて、「20代以下」と括るなど、グループの区分けについて調整が必要になります。

3)分析手法に合った測定方法を把握する 

関連性の分析と比較の分析では、分析を行えるデータの種類が、それぞれ決まっています。間違ったデータを収集してしまうと、狙ったデータ分析ができなくなってしまうのです。

データには、量的データと質的データの2種類があります。量的データは「数値として意味のあるデータ」を指し、質的データは「数値としての意味がないデータ」を指します。

例えば図5上部のように、「今の仕事に満足している」などの質問に対して「まったくあてはまらない」から「非常に当てはまる」の中から答えるといった測定方法があります。また、「あなたの年齢を教えてください」と数字を回答する場合もあります。

これらの方法の特徴は、回答した数値が大きくなるほど、測定したい概念や事柄の程度が上がっていくことです。得点が高いほど職務満足が高い、数字が大きいほど年齢が高いなどと、回答の数値に意味があるデータであり、量的データと呼びます。

 図 5:量的データと質的データ

一方、図5下部にある「あなたが仕事先で選ぶ上で最も重視することは何ですか」といった質問に対し、1~6のいずれかを選ぶ形式では、数字は選択肢のラベルとして振られています。

しかし、2番の「同僚・先輩」を選ぶことと、3番の「企業ブランド」を選ぶことについて、3番のほうが2番より数字が大きいからといって、その値に意味はありません。ラベルは数字でなくとも、ABCやイロハでもよいわけです。このような方法によって測定されたデータは、質的データになります。

ポイントは、分析手法ごとに用いるデータの種類が決まっている点です(図6)。例えば、関連性の分析である重回帰分析では、影響指標・成果指標ともに、量的データでないと分析できないという制約があります[2]

他方で、比較の分析では、影響指標としてグループの違いが該当しますが、それは質的データでないといけません。また、影響指標は量的データである必要があります。

 図 6:分析手法とデータの種類の対応関係

これら以外にも様々な分析手法がありますが、それぞれの手法に対応したデータの測定方法を用いる必要があります。検証したい問題や課題に対応したデータ分析ができるよう、データの測定方法に気を配るべく、企画段階の準備や事前学習が重要なのです。 

良い回答を得るための準備

小田切:

続いては私、小田切からお話します。はじめに、私のパートの結論をお伝えしておきます。良い回答を得る上では、調査実施前の従業員と組織の関係性が重要、ということです。良い回答を得るための準備として、調査実施の前から良好な関係づくりをしておく必要があることをご理解いただければと思います。

この結論に至るまでの流れを、2つのセクションから解説します。1つ目は測られる側の心理、2つ目は具体的に必要な準備です。

測られる側の心理

まず、本セミナーにおける「良い回答」は、「本音であり、回答することに不安を感じず、『ぜひ答えたい』と思って回答したもの」と定義します。その良い回答を得る上で、考えたい問いが2点あります。

1点目は、現状、従業員の皆さんは組織サーベイで良い回答をしているのかについて。2点目は、その現状に影響する原因として、エンゲージメント調査などに回答する、つまり「測られる側」である従業員の方々は、測られること自体をどのように感じているのかについてです。

従業員は良い回答をしているのか?

従業員は良い回答をしているのでしょうか。ビジネスリサーチラボが2022年1月に実施した実態調査の結果から考えてみます。

日本の就業者300名程度を対象に、主に以下の3点に回答を求めるオンライン調査を実施しました。

  1. 組織サーベイに本音で回答しているか
  2. 回答時、上司や会社に忖度して回答しているか
  3. 回答することで会社が良くなると思っているか[3]

1点目の「本音で回答しているのか」について、質問内容と結果を示したのが図7です。いずれの質問項目についても、約10%は「当てはまらない」「全く当てはまらない」のいずれかを選んでいます。つまり、従業員の約10%は本音で回答していないことが分かりました。

図 7:調査結果(1)本音で回答しているか

2点目の「上司や会社に忖度しているかどうか」について、質問内容と結果を示したのが図8です。質問項目によってばらつきはありますが、おおよそ10~50%が「当てはまる」「非常に当てはまる」を選択しており、忖度した回答をしているということが分かりました。

 図 8:調査結果(2)上司や会社に忖度しているか 

3点目の「回答して会社が良くなると思っているか」について、質問内容と結果を示したのが図9です。いずれの質問でも、約40%が、「回答したとしても会社が良くなるとは思えていない」と考えていることが分かりました。

 図 9:調査結果(3)会社が良くなると思っているか

以上の調査結果をまとめると、良い回答をしていない従業員が一定数存在することが明らかになったといえます。 

従業員は「測られること」をどう感じているのか?

なぜ、良い回答ができないのでしょうか。その疑問を検討する上で、調査に回答する=測られる側である従業員の方々は、測られること自体をどのように感じているのか、エンゲージメント調査以外の場面を基に考えてみます。 

例えば、皆さんは街頭インタビューで声を掛けられた経験がありますか。調査員のような方に「すみません、お話を伺いたいのですが…」などと聞かれる形です。私も実際に経験したことがありますが、「この人は、一体どういう人なのだろう」「急いでいるのに面倒くさいな」などと感じてしまい、お断りしたこともあります。皆さんはいかがでしょうか。

2つ目の例です。私は花粉症で、今年の春も、病院に花粉症の薬をもらいに行きました。すると、なぜか心音や血圧を測られたのです。そのとき私は、「花粉症とは関係なさそうなのに、なぜ心音を聞く必要があるのだろう」「変な結果が出てしまったらどうしよう」など感じました。

3つ目の例として、SNSで知人から調査協力を求められたことはないでしょうか。知人の、そのまた知人の調査に協力してくださいということもあるかと思います。私も経験がありますが、「面倒だな」「断ると関係性に角が立つな」「結果はどう扱われるのだろう」などと感じてしまいました。

以上、3つの例を紹介しましたが、これらの場面で皆さんも感じるであろう「面倒くさい」「何に使われるのだろう」「変な結果が出たらどうしよう」といった感覚は、エンゲージメント調査に回答する従業員にも生じている可能性があるのです。

実際、先ほどご紹介したビジネスリサーチラボの実態調査において、もう一つ明らかになったことがあります。それは、本音ではない忖度した回答を促す要因として、評価への活用懸念・回答の面倒さ・外発的な回答動機の3点があることです(図10)。エンゲージメント調査以外の場面とも通ずる部分があります。

 図 10:忖度した回答を促す要因 

測られる側の感情は、測る側の意図に関係なく生じる

ここで注意したいのは、測られる側の感情は、測る側の意図に関係なく生じることです。例えば花粉症の薬をもらいに行った例では、心音や血圧を測った医師は、「適切な治療や処方を行いたい」と考えたのかもしれません。エンゲージメント調査の場合であれば、人事は「適切な施策を行いたいからエンゲージメントを測る」という意図を持っているでしょう。

ただし、従業員からすれば、「その意図を聞いていないから知りません」という反応もありえます。また、仮に「こういった目的で測定します」と案内文が展開されていても、「そうは言っているけれど、本当は人事異動や評価に使われてしまうのでは?」といった疑念を抱く可能性は十分に考えられます。

良い回答を得るための具体的な準備

良い回答を得るために必要な準備を、具体的に4点お伝えします。

1)調査の目的を伝える

1点目は、なぜエンゲージメント調査を実施するのか、その目的を誠実に伝えることです。調査開始時の展開文案が図11です。この文案のように、会社として日常的に従業員のことを気にかけている(背景)、なぜエンゲージメント調査をするのか(目的)、結果をどのように活用するのか(取り扱い)などを押さえられると良いでしょう。

 図 11:調査開始時の展開文案 

目的という点で、さらに一歩進んだ準備方法を示したのが図12です。全てを行うことは難しいかも知れませんが、できる準備からぜひやってみてください。

 図 12:調査目的の伝え方 発展編

2)結果の扱いについて伝える

2点目は、結果の扱いについて、主に2つ伝えるのが大事です。1つ目は、個人の回答を人事評価や異動には用いないこと。2つ目は、個人の回答や、それを集計した部署ごとなどの集団結果を、誰が見られるのか・見られないのか。これらを、展開文や実施規定として明文化しておきましょう。

3)誰がどう関わるかを伝える

3点目は、エンゲージメント調査に誰がどう関わるかを伝えることです。例えば、図13のような実施体制表を準備したとします。すると、「上司は、個人結果は閲覧できないけど、集団結果は閲覧できるのだな」と理解しやすく、従業員も安心して回答できるでしょう。

 図 13:実施体制表

4)従業員と良好な関係性をつくる

ここまで、調査の目的を伝える、結果の扱いを伝える、調査に誰がどのようにかかわるか伝える、という3つの準備方法を紹介してきました。これらの準備は、エンゲージメント調査実施の1,2ヶ月前から始めると良いでしょう。 

しかし、目的や結果の扱いを伝えるだけで本当に大丈夫なのでしょうか。冒頭でお伝えしましたが、測られる側の感情は測る側の意図に関係なく生じます。従業員は、「会社が適切な施策を行いたいと言ってはいるものの、本当は裏の思惑があるのではないか」と勘ぐる可能性もあるのです。

相手から発信されたメッセージを受け取るためには、相手との良好な関係性が必要です。そこで4つ目の準備として、エンゲージメント調査の実施時期に関わらず、日頃から従業員と良好な関係性をつくっておきましょう。

今回は、「良好な関係性」を「信頼できる関係性」と定義します。実は学術研究では、個人と組織の関係性は、個人間の関係性と通じる点があることが分かっています。そこで、対人関係における信頼に関する研究知見から、個人と組織の信頼できる関係性を築く上でのヒントを得たいと思います。

まずは、信頼の定義から考えてみます。学術研究では、信頼は「相手が自分にとって重要な行動をしてくれるという期待に基づいて、相手に対して弱みを見せられること」と定義されています。

この定義から考えると、従業員側がエンゲージメント調査でどんな回答をしたとしても、ひどい扱いはされないことが保証されていることが重要です。例えばエンゲージメントが低いから異動させる、評価を低くするといったことがなされないだろうと、従業員が思えることが必要です。

続いて、信頼を促す要因から考えてみます。相手への信頼は、相手の持つ能力(専門性があるか)・誠実性(倫理的で、一貫性のある行動をしているか)・慈善性(自分の幸福のために行動しているか)という3つの信頼性(trustworthness)によって促されることが、研究知見から分かっています。

この信頼性を組織に落とし込んだのが図14です。エンゲージメント調査をした後や、結果の活用段階になってからではなく、日頃からこれら3つの信頼性を高められるような組織運営、コミュニケーションを行うと良いでしょう。

 図 14:組織における3つの信頼性

Q&A

Q1:介入困難な指標でも、調査で把握しておく必要はあるのでは

能渡:

調査の目的が、組織を改善する有効な対策立案よりも、組織が抱える問題の現状把握を重視しているならば、介入困難な指標でも測定するのがよいです。この問題を考える上で重要なのは調査の目的、つまり「何がしたくて調査をしているのか」です。どの指標を測定し把握するかは、その目的に依存します。

調査の目的として、エンゲージメントを高めるために分析結果を活かして何かを変えたい場合は、できるだけ介入可能な指標に絞り込んだほうがよいでしょう。

Q2:良い仮説とはどのようなものか

能渡:

まずは、調査の目的に対応した仮説であることです。何がしたくてデータを取るのかという目的を明確にして、それに準ずる形で仮説を構成することが最も重要です。その上で、測定したデータで検証できる仮説である必要があります。仮説に含める指標はできる限りシンプルで、誰が見ても分かりやすいものを選びましょう。

まとめると、調査の目的に対応しており、データでの検証が可能で分かりやすい仮説が、良い仮説だということです。

小田切: 

「そもそも仮説の立て方が分からない」という方もいるかもしれません。一つは、組織運営やマネジメントなど、日頃の実感から考えると良いでしょう。例えば「チームワークが高い部署ほど、エンゲージメントが高い気がする」などの感覚から、「チームワーク(影響指標)は、エンゲージメント(成果指標)に影響している」といった仮説に落とし込みます。

なお、ビジネスリサーチラボでは研究知見を参照して仮説を立てます。例えば「上司からのサポートが高いと、エンゲージメントが高まる」など様々な知見があるので、そこから仮説を組み立てることが基本となっています。

Q3:回答は匿名のほうが良いのか

能渡: 

データ分析をする立場からすれば、匿名のほうがよいですね。実名での回答は、「自分の回答を見られている」「後で文句を言われるかもしれない」という懸念を持ちながらの回答になるので、回答が歪む可能性があります。

小田切:

私も、基本的には匿名をお薦めします。ただ、従業員との関係性がかなり良い企業であれば、逆に実名にすることで「これは自分の意見です」と積極的な回答を促すことにもなるかと思います。とはいえ、従業員との信頼関係がどの程度か分からないということもあるので、基本的には匿名のほうが本音の回答はしやすいでしょう。

Q4:良い回答のためには選択肢も重要か

能渡:

「1:あてはまらない~5:あてはまる」といった選択肢の数、いわゆる件法の観点で説明します。

例えば、エンゲージメントを1~9点と多めの選択肢で測定したとしましょう。すると、それぞれの回答値と、その値が表すエンゲージメントの高さの対応関係があいまいになりやすい問題があります。7点の選択肢と8点の選択肢が捉えている回答者の実際のエンゲージメントの高さがどう違うのか、よくわからないのです。 

加えて、選択肢が多いと単純に回答者の負担にもなります。選択肢を過剰に増やすのは避けましょう。

Q5:エンゲージメント調査の回答率はどのぐらいあれば適当か

能渡:

回答率に関しては、回答者の人数はできる限り確保されている必要があるという点。できれば最低100名ほどを確保できる回答率が欲しいところです[4]。しかし、可能な限り人数は多いほうがデータ分析の精度が高まるため、多いに越したことはありません。

小田切: 

分析とは別の観点ですが、「エンゲージメント調査の回答率を高めるためには、エンゲージメントが必要である」とも考えられます。つまり、エンゲージメント調査の回答率は、従業員のエンゲージメントを表している指標ともいえるのです。その観点でいえば、当然回答率は高ければ高いほど良いでしょう。

Q6:信頼性の3要素を高める上での留意点はあるか 

小田切: 

エンゲージメント調査自体や、調査結果の活用と関係なく、日頃から組織がエンゲージメントを高める施策を行うこと、あるいは組織が自分のことを見てくれているという感覚を醸成していくことが重要です。

調査も含め、会社全体として日頃から様々な取り組みを行っていることを、日常的にアピールしていく必要があります。実施時の展開文に「日頃から弊社では、従業員の皆さんの働きやすい職場づくりに注力しています」と正直に書けるような、取り組みやそのアピールですね。

ということで、少々お時間が過ぎてしまいましたが、全てのご質問に回答できました。ありがとうございました。最後に締めの言葉をお伝えできればと思います。能渡さんからお願いします。

能渡:

データ分析は、データを取った後ではなく取る前の設計の勝負だというところは、私たちが常に思っていることです。ぜひそれを意識した上で、これからのサーベイ設計をお考えいただければと思います。本日はありがとうございました。

小田切: 

本日の内容は、様々な企業のエンゲージメント調査に関わっている中で、どうしてもお伝えしたかったところでした。今からできる準備もたくさんあると思いますので、積極的に進めていただければと思います。ありがとうございました。

(了)


[1] 仮説を設定することの重要性や、仮説に対応する質問内容をどう作ればいいかについては、心理尺度の作り方・考え方:組織サーベイの質問項目作成のポイントで解説しています。

[2] 例外として、「はい/いいえ」「参加/不参加」のような2択で回答を求めるデータは、一方を0点、もう一方を1点とする2値データとすることで、重回帰分析の影響指標に用いることができます。また、一般化線形モデルなど高度な分析手法を用いれば、様々なデータの種類に対応した重回帰分析が可能です。

[3] この3点以外の結果は、組織サーベイ実態調査 結果報告会(セミナーレポート)組織サーベイで良質なデータを集める方法:組織サーベイ実態調査からの示唆をご覧ください。

[4] 統計学的な検証を行うならば、厳密には、例数設計と呼ばれる必要な回答者人数の事前計算を行うことが望ましいです。100名は、分析を最低限の精度で行うおおよその人数と試算しています(重回帰分析において、9個の独立変数を含んだモデルにΔR^2.10の独立変数1個を追加、α=.05, 1-β=.95とした例数設計はN = 120)。

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