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コラム

心理尺度とはなにか? -良いアンケート調査の質問の条件-

コラム

心理学のように「人の心理」などの抽象概念を扱う領域では、目に見えないものを何らかの形で数値化・定量化することが、科学的な議論を行う上で重要です。その際に用いられるツールの一つが「心理尺度」です。「心理尺度」とは、人の心理や意識、行動傾向といった抽象的な概念を定量化するために用いられる「物差し」のことです。一般的には、精緻に作成されたアンケート調査の質問項目を指すことが多く見られます。

「ワークエンゲイジメント」の著名な心理尺度を例に挙げます(※1)。この尺度では、17項目の質問を使って、ワークエンゲイジメントという単一の特徴が測定されます。質問は「仕事をしていると、活力がみなぎるように感じる」などの項目に対して、自分に「まったくない」から「いつも感じる」の6つの選択肢から回答するものです。本コラムでは、この例を引き続き用いて、解説を進めます。

「心理尺度」はどのようにして作成され、いかなる点で「精緻」なのでしょうか。代表的な特徴を3点ご紹介します。

1.抽象的な構成概念を、複数の項目の共通性で定量化する

心理学の研究では、「ワークエンゲイジメント」などの抽象的な意識や姿勢を扱って、研究や議論が進みます。こうした研究に使われる抽象的な概念のことを「構成概念」と呼びます。この構成概念が示す特徴が人によってどのように異なるのかを知るために作成されるものが、心理尺度です。

作成の手順ですが、まず研究対象となる構成概念の意味を反映する、複数の具体的な行動・考え方に関する質問を作ります。その複数項目を平均するなどして、「複数項目に共通して反映される傾向」を取り出し、それを構成概念の得点として用います。

ワークエンゲイジメントの例でいえば、研究上関心があるものは、「仕事をしていると、活力がみなぎるように感じる」かではなく、その回答の背後にある「仕事への積極性と活力」です。こうした抽象的な特徴は、単一の具体的な質問だけに落とし込むことが難しいため、「複数項目を聞き、共通性を見出す」という方法が使われます。

この際、当然ながら、構成概念の意味内容を正確に理解できる理論的知識と、具体的な行動を表す質問項目を適切に執筆するための経験が必要になります。

2.「良い心理尺度」の学術的な条件:聞きたいことを適切に聞けているか?

心理尺度の作成にあたっては、具体的な行動や考え方に関する複数の質問項目が、適切に構成概念を反映できているか、慎重な確認が求められます。

代表的な確認内容を挙げると、

  1. 複数の質問項目が同じ特徴を安定して捉えられているか(信頼性)
  2. 知りたい構成概念を反映しており、関係ないものを反映してはいないか(妥当性)

という点の定量的な確認が必要になります。

1. を確認するためには、項目同士の相関関係の強さを確認する、あるいは「同じ人に複数回聞いて回答の類似性を確かめる」ことが必要です(※2)。また、2. を確認するためには、「理論的に関係が深い別の尺度」と適切に相関することの確認などが必要です。

このように「測りたいものを測れているか」を慎重に確認したうえで、作成されるものが、学術的な意味での「良い心理尺度」です。

3.「良い心理尺度」の実践的な条件:回答しやすいか?

加えて、特に実践的に重要な点が、その心理尺度(回答項目群)が回答しやすいことです。例えば、働く人のワークエンゲイジメントを正確に測定するために、上司が、部下1人あたり100個の質問に答えなければいけないとすれば、実用的ではありません(部下が10人いれば1,000個の質問に回答する必要があります)。

そのため、心理尺度の作成にあたっては、回答しやすさも考慮することが非常に重要です。例えば、次のような点が回答しやすさのための工夫としてよく行われています。

  1. 項目数が少ないこと:前掲のワークエンゲイジメントの尺度では、17項目版に加えて、3項目版も開発されています。
  2. 具体的な言葉であること:「あなたは外向的ですか?」といった抽象的な表現でなく、「人と話すことが好きですか?」のように、少しでも具体的な表現に落とし込むことが重要です。
  3. 自然な言葉であること:国によって、また会社によって、そこで生きる人たちにとって自然な言葉づかいは異なります。例えば、アメリカでは当たり前の言い回しが、日本では通じにくいことも多くあります。最終的には「調査対象となる人たちにとって、理解・回答しやすい言葉になっているか」も重要な論点になります(※3)。

このように、心理尺度は「構成概念」という抽象的な特徴を可視化するため、複数の工夫が行われています。「たかがアンケート調査の質問」ではあるものの、その背後に慎重な検討や工夫が長年蓄積されています。

 

著者

正木 郁太郎
2017年東京大学大学院人文社会系研究科博士後期課程修了。
博士(社会心理学)。2020年現在、同研究科研究員として在籍。
人事・組織に関する研究やHRTech、さらに中等教育などの領域で、民間企業からの業務委託や、アドバイザーなどを複数兼務。組織のダイバーシティに関する研究を中心として、社会心理学や産業・組織心理学を主たる研究領域としており、企業や学校現場の問題関心と学術研究の橋渡しとなることを目指している。著書に『職場における性別ダイバーシティの心理的影響』(東京大学出版会)がある。

 


※1:「ユトレヒト・ワーク・エンゲイジメント尺度」(https://hp3.jp/tool/uwes)を参照。
※2:「時間による変動」に関心を持つ研究もあり、必ずしも同じ回答をすることが必須ではありません。例えば「常に誰かに感謝している」という感謝の傾向を測定する質問もあれば、「今、誰かに感謝している」という感謝の状態を測定する質問もあります。
※3:心理尺度の得点を国際比較するなど、「物差しが完全に同じでなければならない」場合には、あえてこの点をあまり考慮せず、直訳調の文言が使われることもあります。ただしそれによって回答者が読解しにくい質問になってしまうことも多く、異文化間の比較にはきわめて慎重な検討が必要です。

(了)

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