2026年2月13日
現場が紡ぐ経営思想:普及から翻訳へ

新しい経営手法や組織改革のアイデアは、どこから来て、どのように私たちの職場に根付いていくのでしょうか。著名なコンサルタントや経営者が提唱したコンセプトが、トップダウンで現場に下ろされてくる光景を想像する人もいるかもしれません。そこでは、従業員は決定された方針に従う受動的な存在と見なされます。
しかし、現実はもう少し複雑で、創造性に満ちています。海外や異業種で成功した仕組みが、そのままの形で導入されて機能することは稀です。そこには必ず、現場で働く一人ひとりが、そのアイデアを自分たちの仕事の文脈に合わせて解釈し、試行錯誤しながら実践へと落とし込む「翻訳」というプロセスが存在します。この主体的な営みが、変化が組織に根付くための鍵を握っています。
本コラムでは、経営アイデアの普及を、個人の「翻訳」という視点から読み解きます。流行の受け手と見なされやすいマネージャーが仕掛け人になる事例や、新しい概念の導入が担当者の自己認識を形作る過程などを通じて、組織で働く一人ひとりが持つ、創造的な力に光を当てていきたいと思います。
経営流行はマネージャー自身が能動的に翻訳し普及させる
現場の個人が持つ創造的な力に光を当てるため、まずは経営者自身が流行の仕掛け人となったオランダの事例を見ていきましょう[1]。経営アイデアの広まり方には、主に二つの見方があります。一つはコンサルタントなどが作ったアイデアがそのまま広がる「普及」。もう一つは、受け手が自身の状況に合わせて能動的に解釈し、作り変える「翻訳」です。
ここで紹介する「MANS」という経営コンセプトの物語は、後者の視点の重要性を教えてくれます。物語は1980年代初頭のオランダで始まります。経済不況と高品質な日本製品との競争に直面し、国内では品質管理への関心が高まっていました。特にアメリカのW・エドワーズ・デミングの思想が、一部の経営者の心をとらえました。
農機具メーカーの会長であったWJ ter Hart氏もその一人で、デミングの講演に深く感銘を受けました。しかし、その考えを自社で実践しようとしても、従業員にはなかなか浸透しません。同じ頃、ボルボ・カーズの社長であったA. Deleye氏も同様にデミング思想に共鳴していました。
1983年、彼らを含む10人の経営者がアメリカへの視察旅行を実施した際に転機が訪れます。旅の終わり、彼らはデミングの思想をコンサルタント任せにせず、経営者自身の手でオランダに広めることを決意。「MANS財団」を設立しました。MANSとは「新しいスタイルの経営と労働」の略です。そのコンセプトは、デミングの思想を核としつつ、オランダの協調的な労使関係の文脈に合わせて「翻訳」され、資本と労働の協力をうたうものでした。
MANSの普及方法は独特で、「経営者が経営者を助ける」という哲学のもと、マネージャー同士がネットワークを築き、互いに学び合うことを奨励しました。財団の立ち位置は答えを供給するのではなく、学びのプロセスを後押しすることにありました。このアプローチは多くの共感を呼び、100社以上が参加する大きな運動へと発展しました。
しかし成功の裏で、参加企業から「経営トップのビジョンが曖昧だ」「具体的な導入支援が欲しい」といった声が高まり始めます。これは「導入はマネージャー自身の責任」という財団の理念と矛盾する要求でした。ジレンマに陥った財団は外部コンサルタントと提携しますが、これが参加者の強い反発を招きます。
最終的に財団内部で方向性を巡る対立が深刻化し、組織は分裂。1990年に外部へ売却され、純粋なコンサルティング会社へと姿を変えました。マネージャーによる、マネージャーのための運動としてのMANSは、こうして幕を閉じました。
この物語が示すのは、第一に、マネージャーが決して流行の受動的な消費者ではないという点です。彼らは海外からコンセプトを見出し、自国の文脈に翻訳し、自ら普及者となりました。第二に、アイデアの普及プロセスにおいて、供給側と受け手の境界は非常に流動的であるということです。MANSの創設者たちは、一経営者から始まり、最終的には思想を説く指導者のような存在へと立ち位置を変化させました。これは、人がアイデアと共に動き、その過程で自身の社会的な立場すら変えていくプロセスが存在することを示唆しています。
経営概念の翻訳は実践者のアイデンティティ形成と同時に起こる
先ほどは、マネージャーがアイデアの受け手から送り手へと立場を変えていくダイナミズムを見ました。ここでは、視点をさらに個人の内面へと向け、新しい経営概念を「翻訳」する行為が、担当者の自己認識、すなわち「アイデンティティ」とどう関わるのかを探ります。
この問いを解明するため、オランダの医療機関が「リーン」という経営概念を導入した事例を分析した研究があります[2]。リーンは日本の製造業で生まれた、無駄をなくし継続的な改善を目指す考え方です。研究者たちは、37の病院で導入を担当するマネージャーたちが、概念への個人的な想いと、組織全体の取り組みに対する認識との間に生じるズレや一致にどう向き合うかを調査しました。
分析の結果、担当者の振る舞いは、個人の志向性(やる気)と組織の関与度への認識の組み合わせにより、四つのタイプに分類できることがわかりました。
一つ目は「外在化」。担当者自身のやる気も組織の関与も低い状況です。この担当者は、リーンを単なる「ツール」と位置づけ、自身を客観的な「外部コンサルタント」のように描くことで、概念や組織から距離を置きます。
二つ目は「専門職業化」。自身のやる気は高いが、組織の関与は低いと感じる状況です。リーンを問題解決のための「方法論」として構築し、自身をその道の「エキスパート」と位置づけ、専門性で組織を説得しようとします。
三つ目は「合理化」。自身のやる気は高くないが、組織の関与は高いという「やらされ仕事」の状況です。リーンを期間限定の「プロジェクト」と捉え、自身を「プロジェクトマネージャー」とすることで任務を遂行します。
四つ目が「布教」。自身のやる気も組織の関与も高い状況です。リーンを組織にとって不可欠な「命令」と捉え、自身を概念と組織に献身する「奉仕者」として位置づけ、全身全霊で取り組みます。
この分析から浮かび上がるのは、経営概念の翻訳が客観的な作業ではないという事実です。担当者は、アイデアを組織に導入する過程で「自分はこの変革の中で何者なのか」という問いに絶えず向き合い、自身のアイデンティティを形成し直しています。そして、翻訳される概念の姿(ツール、方法論、プロジェクト、命令)と、翻訳者のアイデンティティ(コンサルタント、エキスパート、プロジェクトマネージャー、奉仕者)は、あたかもコインの裏表のように、セットで形作られていきます。概念の翻訳は、個人の内面で繰り広げられる、自己の物語を紡ぎ直す作業と結びついています。
中間管理職は多様な「翻訳空間」でアイデアを編集し変革を導く
概念の翻訳が担当者のアイデンティティと結びついていることを見てきましたが、その創造的な作業は具体的にどのような「場」で行われるのでしょうか。中間管理職が組織の境界を越えて新しい技術を導入する事例を通じ、翻訳が行われる多様な「空間」と、そこで行われる「編集作業」に光を当てます[3]。
舞台はフランスの建設業界。大手5社から集まった中間管理職たちは、企業の枠を超えたグループを結成し、「3D設計基盤」という新しい技術の導入に取り組みました。これは、設計から施工までの関係者が同じデジタルモデルを共有し、業務連携を深める試みです。ある研究は、彼ら彼女らが部門や企業の壁を越え、いかにアイデアに意味を与え、行動を組織化していったかを長期間追跡しました。
観察から明らかになったのは、翻訳作業が単一の場所で行われたのではないという事実です。彼ら彼女らは性質の異なる四つの「翻訳空間」を戦略的に行き来しながら、アイデアを具体的な形にしていきました。
一つ目の空間は、グループ内部で共通言語を確立する「集中的作業セッション」です。ここでは、根本的な問いを繰り返し議論し、後の活動の土台となる合意を形成しました。
二つ目の空間は、自動車や航空といった先行業界を訪れる「産業訪問」です。外部から学ぶことで、当初の「建設の仕事は特殊だ」という先入観を乗り越え、抽象的だったアイデアに現実味を帯びさせていきました。
三つ目の空間は、これまでの学びを業界向けの「提言書」にまとめる「執筆セッション」です。文章化する過程で解釈のズレを丁寧にすり合わせ、まだその場にいない関係者の視点を想像しながら、記述を調整していきました。
四つ目の空間が、各自が自社に成果を持ち帰り、アイデアを広める「組織内ミーティング/対話」です。グループで編集したアイデアを、経営層には競争力の観点から「売り込み」、現場には新しい働き方としてその価値を「代弁」しました。
この事例が物語っているのは、翻訳という行為が会議室の中だけで完結するものではないということです。中間管理職たちは、内部での言語化、外部からの学習、文書による定着、自社への展開という複数の空間を旅するように移動しながら、抽象的な技術コンセプトを具体的な計画へと巧みに「編集」していきました。組織の「中間」にいるからこそ、内と外、抽象と具体といった異なる世界をつなぐ橋渡しとなり、複雑な編集作業を遂行できたのです。
経営アイデアは、異なる文脈に移る際に受け手が翻訳
これまでの議論では、様々な立場の個人がいかに能動的にアイデアを翻訳しているかを見てきました。今度は、アイデアが生まれた場所と導入される場所の「距離」が非常に大きい場合に、翻訳がどう行われるのかを分析したものを取り上げます[4]。製造業で生まれたアイデアが、全く異なる建設業界へ移されるプロセスを通じ、翻訳のメカニズムをより体系的に見ていきましょう。
この分析では、翻訳プロセスを説明するために「編集ルール」という枠組みが用いられています。これは三つの要素から構成されます。アイデアを元の文脈から切り離す「再文脈化」、新しい名前を与えて馴染みやすくする「再ラベリング」、成功への「物語(プロット)」を提供して行動計画を明確にすることです。
研究対象は、日本の自動車メーカーで生まれた「リーンマネジメント」が、英国の建設業界に導入される過程です。製造業と建設業では産業構造が異なります。このように元の文脈との「距離」が大きい場合、アイデアをそのまま持ち込んでも機能せず、より丁寧な翻訳作業が必要となります。
英国では、政府が後援した報告書が業界の生産性改善のためにリーンの導入を提言したことがきっかけでした。この報告書は、リーンを「普遍的なものである」と宣言して製造業という文脈から切り離し(再文脈化)、建設業界が長年抱えていた「無駄の排除」といった課題の解決策として位置づけました(再ラベリング)。しかし、具体的な導入手順(プロット)は示されず、各企業の翻訳に委ねられました。
各企業はこの提言を自社の実践へとさらに翻訳していきました。マネージャーたちは、リーンを「時代遅れの働き方を変える近代的手法」や「協力会社とのパートナーシップを築く方法」など、自社の課題に合わせてラベリングし直しました。
これらの物語を具体的な行動計画に落とし込むため、三種類の組織変革手法(業務プロセスを再設計する「エンジニアリング型」、研修で信念を変える「ティーチング型」、参加者間の学び合いを促す「ソーシャライジング型」)が組み合わせて用いられました。翻訳が成功した企業では、これら三つの手法が複合的に使われていました。
このことからわかるのは、特に文脈の距離が大きいアイデアの翻訳は、一度で終わる単純な作業ではなく、非常に複雑で反復的なプロセスであるということです。抽象的なアイデアを具体的な実践へと橋渡しするには、「編集ルール」に沿って複数の変革アプローチを組み合わせ、多様な関係者の利害を調整しながら進める、多層的な翻訳作業が必要となります。
脚注
[1] van Veen, K., Bezemer, J., and Karsten, L. (2011). Diffusion, translation and the neglected role of managers in the fashion setting process: The case of MANS. Management Learning, 42(2), 149-164.
[2] van Grinsven, M., Sturdy, A., and Heusinkveld, S. (2020). Identities in translation: Management concepts as means and outcomes of identity work. Organization Studies, 41(6), 873-897.
[3] Teulier, R., and Rouleau, L. (2013). Middle managers’ sensemaking and interorganizational change initiation: Translation spaces and editing practices. Journal of Change Management, 13(3), 308-337.
[4] Morris, T., and Lancaster, Z. (2005). Translating Management Ideas. Organization Studies, 27(2), 207-233.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。
