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コラム

包摂が排除に変わるとき:境界のパラドックス

コラム

私たちの周りには、無数の「境界」が存在します。国境線のような物理的なものから、組織の部署や専門分野、「公」と「私」といった目に見えない概念的なものまで、私たちは日常的に様々な境界の中で生きています。これらの境界は、複雑な世界を整理し、秩序をもたらすために不可欠です。ある集団の「内」と「外」を区別し、帰属意識の源泉となったり、特定の活動に集中するための領域を確保したりします。

しかし、この「分ける」という行為は、時として私たちの意図を超えた結果を引き起こすことがあります。良かれと思って引いた一本の線が、思いがけない分断を生んだり、協力を促すはずの試みが新たな壁を築いたりするのです。多様な人々を迎え入れようと門戸を開いたつもりが、内部に新たな階層構造を作り出してしまう。自由な議論のために壁を取り払った空間が、かえって人々を混乱させ、新たな孤立を生む。これは、「境界のパラドックス」と呼べる現象でしょう。

本コラムでは、組織や個人の営みにおける「境界」の働きに着目し、その意図せざる結果を探るいくつかの研究を紐解いていきます。包摂を目指した境界が新たな排除を生む労働の現場から、社会変革における境界の創造的な側面まで。これらの事例を通じて、私たちが日々作り出す「境界」の持つ力と、その光と影に迫ります。

包摂を目指す境界作業は、新たな排除の境界を生み出す

組織における多様性と包摂は、現代社会の大きなテーマです。しかし、多様な人々を迎え入れようとする試みが、結果として組織内に新たな分断や格差を生んでしまうことがあります。この複雑な実態を、オランダのある航空機清掃会社での調査が描き出しています[1]。この調査は、低賃金で不安定な雇用環境に置かれやすいサービス部門の労働者に光を当て、経営者と現場の清掃員が、日々の業務の中でどのように「境界線」を引いているのかを観察しました。

「組織へのアクセス」に関して、経営陣は労働力確保のため、二つの新しい労働者カテゴリーを設け、組織の境界を広げようとしました。一つは、主に東ヨーロッパからの移民労働者で構成される「臨時労働者」、もう一つは、就労が困難な学生を一年間無給で受け入れるプログラムです。この取り組みは、表面的には多様な人々を迎え入れているように見えます。

しかしその内実は、臨時労働者や学生を、長期契約や予測可能な勤務スケジュールといった最低限の雇用保障もない、非常に不安定で隔離された立場に置いていました。包摂を目指した境界の拡張が、不安定な身分の人々を組織の「外縁」に固定するという、新たな排除の構造を生み出していたのです。

経営陣が作ったこの境界線は、清掃員同士の関係にも波及しました。経験豊富な正社員は、作業ペースが遅い臨時職員を負担と感じ、厳しい時間的制約の中で彼ら彼女らを無視することで自身を守ろうとしました。

一方、臨時職員は敵対的な環境を避け、一人で完結できる作業を選ぶことで協働から離れていきました。加えて、従業員間では同じ民族的背景を持つ者同士で結束する動きが強まり、どのグループにも属せない従業員は孤立しました。また、トイレ清掃は女性、掃除機がけは男性という性別による固定的な役割分担も存在し、女性から仕事の自律性を奪っていました。

「上方への移動可能性」においても、経営陣と清掃員の間には境界が存在しました。経営陣は自らの優位性を正当化し、清掃員を本質的に管理職には向かない存在と見なしていました。一方、清掃員たちも、責任は増えるが報酬が見合わないという理由で、唯一の昇進機会である現場責任者の役職を拒否していました。経営からの搾取を避けるために、あえて清掃員という地位に留まることを選んでいました。

この事例が明らかにするのは、包摂と排除が表裏一体であるという現実です。包摂的な試みが、労働条件の悪化を招き、従業員間に新たな階層と分断、要するに排除を生み出していました。このことから、組織は常に特定の「包摂と排除の構造」を内包する存在として捉える必要があります。

社内外の境界を越える協働空間が、新たな境界や制約を生む

多くの企業がイノベーションを追求し、その仕掛けとしてオープンで柔軟な「協働空間」を設置しています。物理的な仕切りを取り払い、人々が自由にアイデアを交換できる場を作れば、創造的な協力関係が生まれるという期待が込められています。しかし、物理的な境界を取り払うだけで、人々の心の中にある境界も本当に消え去るのでしょうか。

この問いに、イタリアのある世界的な食品企業の事例研究が手がかりを提供します[2]。この企業は、硬直化した製品開発プロセスを刷新するため、本社内に新しい協働空間を設けました。家具は移動可能で、参加者が自由にレイアウトを変更できる設計でした。研究者たちは、この空間で長期的なフィールド調査を行い、空間が実際の協働にどう作用するかを記録しました。

分析から浮かび上がってきたのは、協働空間に対する従業員の「期待」と、そこで経験する「現実」との間の隔たりでした。従業員たちは当初、この空間を、社内外のあらゆる壁を取り払い、自由な知識交換を促進する画期的な「実験室」として捉えていました。理想的な空間では、参加者もまた理想的な行動をとること、要するに会議に常に参加し、議論に集中し、積極的に貢献することが期待されていました。

しかし、現実は異なるものでした。プロジェクトが進むにつれて参加率は低下し、参加者は会議中に他の仕事の電話に出るなど、議論への集中は妨げられるようになりました。多くの参加者は、この空間でのセッションを事前の準備なしで参加できる即興劇のように捉えていました。

この期待と現実の乖離は、意図せざる新たな制約を生み出しました。社内の部門横断チームにおいては、協働空間は期待通り「境界の曖昧化」を促す面がありました。しかし、常に変化する空間は参加者にとって混沌とした「迷路」のようになり、方向性を見失わせました。この混沌を管理するため、空間の運営は研究開発部門が排他的に担うようになり、他の部門からは「閉鎖的な修道院」のように見えてしまいました。

社外の関係者とのオープンイノベーションにおいては、従業員は「境界の緩衝」という防御的なアプローチを採用しました。知識交換のために境界を一部開放しつつも、プロジェクトの主導権は社内メンバーが維持したのです。しかし、これにより協働空間が、真の協力の場ではなく、自社の先進性をアピールするための「ショーケース」として使われることが頻発しました。また、外部連携プロジェクトは社内の一部で進められることが多く、他の従業員にとっては「サイロ」となってしまいました。

このように、協働空間は期待された「実験室」として機能した一方で、「迷路」「修道院」「ショーケース」「サイロ」といった予期せぬ顔を持つようになりました。物理的な境界を取り払う試みは、新たな壁や孤立を生んだのです。この事例は、物理的な空間という境界操作だけでは協力関係は単純には促進されず、過度な期待と現実のギャップが新たな課題を生む可能性を示しています。

公私の境界設定は、分けることと混ぜることが相補する

「ワーク・ライフ・バランス」は、現代を生きる多くの人々にとって切実な課題です。仕事と私生活をいかに切り分けるか、あるいは調和させるか。この問いを、オーストリアの大学に勤務する研究者たちを対象としたある調査が掘り下げています[3]。研究者という職業は、高い自律性を持つ一方で、「仕事への完全な献身」という強い規範にさらされており、公私の境界を考える上で興味深い事例です。

インタビューから、研究者たちが仕事と私生活の境界を曖昧にする「統合」の背景にある多様な要因が見えてきました。学問の世界に存在する「科学への献身」という規範、キャリア上の目標達成へのプレッシャー、仕事への強い情熱が、彼ら彼女らを長時間労働へと駆り立てます。いつでもどこでも仕事が可能な柔軟な労働環境も、統合を後押ししていました。

その一方で、研究者たちは意識的に仕事と私生活を「分離」しようともしていました。その動機として最も大きかったのは、回復と健康の必要性です。仕事から離れる時間がなければ心身を損なうという強い認識がありました。また、効率的に働くため、あるいは育児や趣味といった私生活を充実させるためにも、仕事から離れる時間は必要です。

これらの相反する要求の間で、研究者たちは洗練された戦術を用いて境界を管理していました。「統合」の戦術は、科学的な問題に没頭したり、時間や場所を選ばずに働いたりするなど、無意識に行われることが多いものでした。対照的に、「分離」の戦術は非常に意識的に行われていました。一日を戦略的に計画したり、自宅では仕事ができないよう物理的な障壁を設けたりします。ある研究者は、絶対に延期できない予定を入れることで「強制的な余暇」を作り出していました。

この研究の最も重要な発見は、「統合」と「分離」が二者択一ではなく、互いに影響を与え合い、時には補い合う複雑な関係にあることを明らかにした点です。

一つ目のパターンは、「分離が統合を制限する」関係です。仕事への没入が過剰になったときに、意識的な分離の戦術を用いてそれを断ち切るというものです。

二つ目のパターンは、「分離が統合を可能にする」という、より戦略的な関係です。平日に集中して働く(分離)ことで、週末に心置きなく思索にふける(統合)ための「自由な時間」を生み出します。規律ある分離が、質の高い統合体験を支えています。

三つ目のパターンは、さらに意外な「統合が分離を可能にする」関係です。完全な休息(分離)を確保するために、平日の夜遅くまで集中的に働く(統合)といった行動がこれにあたります。ある期間における境界の曖昧化が、別の期間における厳格な境界設定を可能にしています。

総じてこの研究は、公私の境界をめぐる個人の葛藤が、複数の矛盾した要求によって引き起こされることを明らかにしました。そして、境界を「混ぜる」ことと「分ける」ことは、常に対立するだけでなく、時には同盟を結び、互いを補完し合うダイナミックな関係にあることを教えてくれます。

制度変革は、実験を保護する新たな境界を創造することで進展

社会の仕組みや長年の慣習、いわゆる「制度」は、一度定着するとなかなか変わらないものです。しかし、社会は時に大きな変革を経験します。その裏側では何が起きているのでしょうか。カナダの林業における数十年にわたる対立と変革の歴史を分析したある研究が、そのプロセスにおける「境界」の動きを捉えています[4]

研究が始まった当初、この地域の林業は非常に安定していました。意思決定は政府と林業企業が独占し(強固な「境界」)、特定の区画の木をすべて伐採する「皆伐」が当たり前の「実践」として受け入れられていました。この強固な境界と安定した実践は、互いに支え合うことで制度を盤石なものにしていました。

しかし1980年代、環境活動家や先住民といった「外」の人々がこの状況に挑戦を始めます。彼ら彼女らは、既存の意思決定の境界に侵入し、同時に皆伐という実践の正当性を破壊しようと試みました。これに対し「内」の人々は激しく抵抗し、制度は安定から対立のサイクルへと移行しました。

対立が激化し、大きな損害を被った一社の林業企業が、膠着状態を打開するための新たな動きを開始します。ここからが制度変革の核心です。この企業がとった行動の鍵は、新たな「境界」を意図的に創造したことでした。具体的には、日常業務のプレッシャーや外部からの批判から隔離された、いくつかの「実験的な空間」を設けたのです。

それは、ある島での選択的な伐採実験であったり、先住民や環境団体との秘密の交渉の場であったりしました。これらの実験的空間は、外部の制度的な規律から守られた、いわば「聖域」でした。この保護された新しい境界の内側で、それまでタブーとされてきた新しい伐採方法、例えば生態系に基づいた管理といった新しい「実践」が、自由に試され、練り上げられていきました。

この実験的なサイクルを経て、制度の「再安定化」が始まります。保護された境界の内側で育まれた新しい解決策は、今度は境界を越えて外部へと広められていきました。実験プロジェクトのメンバーは、政府や他の林業企業、さらには長年対立してきた環境活動家たちとも積極的に接続し、合意を形成していきました。この新しい実践は政府にも公式に承認され、地域の林業における新たな安定した制度として定着しました。

この一連の過程が物語るのは、制度変革における境界の二面性です。既存の強固な境界は、変革を阻む壁として機能します。しかし、対立を経てその壁にひびが入ると、今度は新たな一時的な境界、すなわち保護された実験空間を創造することが、イノベーションを生み出すために有効となります。古い境界を「壊す」働きかけと、新しい境界を「創る」働きかけ。この両方が連動することで、社会は硬直した制度から脱却できます。

脚注

[1] Van Eck, D., Dobusch, L., and van den Brink, M. (2024). Creating inclusivity through boundary work? Zooming in on low-wage service sector work. Human Relations, 77(2), 233-264.

[2] Ungureanu, P., Cochis, C., Bertolotti, F., Mattarelli, E., and Scapolan, A. C. (2021). Multiplex boundary work in innovation projects: The role of collaborative spaces for cross-functional and open innovation. European Journal of Innovation Management, 24(3), 984-1010.

[3] Weiss, S., and Ortlieb, R. (2025). Professional-personal boundary work: Individuals torn between integration and segmentation. German Journal of Human Resource Management, 39(2), 121-147.

[4] Zietsma, C., and Lawrence, T. B. (2010). Institutional work in the transformation of an organizational field: The interplay of boundary work and practice work. Administrative Science Quarterly, 55(2), 189-221.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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