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コラム

職場の関係性を科学する:従業員・組織の「距離感」をマネジメントする(セミナーレポート)

コラム

ビジネスリサーチラボは、20258月にセミナー「職場の関係性を科学する:従業員・組織の「距離感」をマネジメントする」を開催しました。

強い絆で結ばれたチーム、会社への高い忠誠心。これらは組織の理想とされがちです。しかし、メンバー間の近すぎる関係が息苦しさを生んだり、組織への強すぎる一体感が、かえって視野を狭め、硬直的な判断を招いたりすることはないでしょうか。一方で、ドライな関係は孤独感や連携不足を生み、チームのパフォーマンスを下げてしまう可能性もあります。

本セミナーでは、学術的な知見に基づいて「ちょうど良い距離感」をデザインするための視点を提供しました。「人と人」「人と組織」という2つの軸に着目し、関係性の距離感の強弱がもたらすメリット・デメリット、そして、現場で実践できる距離感マネジメントの具体的なポイントをご紹介しました。

人材の定着や生産性の向上が急務となる現代において、「職場の距離感をマネジメントする」という考え方は、組織の発展に向けた新たなアプローチです。本セミナーの内容を知ることで、多様な関係性を許容し、しなやかで生産性の高い組織を作るための第一歩を踏み出しましょう。

※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。

親密な関係の良さと落とし穴

能渡:

人や組織において、距離感の近い、親密な関係を築こうとすることは、ごく一般的なアプローチです。もちろん、お互いをよく知り、信頼関係を築くことが重要であり否定されることではない、というのは大前提としてご理解ください。では、こうした親密な関係について、これまでの研究では何が明らかになっているのでしょうか。何か問題点はないのか、という点も含めて整理していきたいと思います。

本題に入る前に、言葉の定義を整理させてください。このセミナーでは、次のように言葉を扱います。

  • 距離感が近い = 深い関係:相手と密接につながりを持っている状態
  • 距離感が遠い = 浅い関係:相手とのつながりが比較的薄い状態

この距離感は、「人と人」と「人と組織」の二つの側面に大別できます。人と人との「結びつきの強さ」を表す概念に「紐帯(ちゅうたい)」があります。紐帯は、以下の四つの側面から測ることができ[1]、これらが満たされるほど、関係が深く距離が近いと言えます。

  1. 接触頻度: 会ったり話したりする機会が多いか
  2. 親密な感情: お互いに好意などポジティブな感情を持っているか
  3. 話題の深さ: 本音やプライベートな事柄など、自己開示ができるか
  4. 助け合う行動: 困ったときにお互いを支援し、サポートし合えるか

他方、人と組織の距離感を表す概念として「ジョブ・エンベデッドネス」があります。これは、従業員が「その組織にどれだけ埋め込まれているか」という感覚、すなわち従業員が「この組織に長く留まろう」と考える程度を指す概念です。具体的には、以下の3つの側面から捉えられます[2]

  • 絆: 組織内外のメンバーとのつながりを多く感じているか
  • 適合: 自分はこの組織やメンバーに合っている(フィットしている)と感じているか
  • 犠牲: 給与や昇進の機会など、組織を離れたら失うものが大きいと感じているか

これらの概念を踏まえ、親密な関係の「光」と「影」について見ていきましょう。

距離感の近さがもたらすメリット

まずは、距離感が近い、すなわち親密な関係を築くことのメリットからお話しします。これらは、皆さんも日頃から実感されていることが多いかもしれません。

距離感の近さが生む大きな利点として、満足感や幸福感の向上が挙げられます。研究によれば、職場に友好的な関係があるほど、また職場に埋め込まれているジョブ・エンベデッドネスの感覚が高い従業員ほど、ポジティブな感情や仕事への満足感が高まり、組織全体への愛着も深まることがわかっています[3][4]

次に、仕事のパフォーマンス向上にもつながります。複数の研究知見を統合した研究では、グループ内の親密さや結束力が高いほど、チーム全体のパフォーマンスが向上することが示されています[5]

さらに、ストレスの緩和やエンゲージメントの向上という効果も報告されています。周囲から手厚い支援を受けられる、つまり助け合いのある親密な関係は、従業員のストレスやバーンアウトのリスクを低減させ、仕事への熱意や貢献意欲といったエンゲージメントを高めることにつながります[6]

このように、従業員が感じる様々な距離感の近さは、個人と組織に多くの恩恵をもたらすのです。

距離感の近さの落とし穴

これらの多くのメリットがある一方で、距離感が近い状態にはネガティブな側面があることも研究で明らかになっています。人や組織との密な関係は、必ずしも良いことばかりではなく、思わぬ落とし穴が存在します。

まず、一体感が強くなりすぎることで、同調圧力が生まれ、異なる意見が出しにくくなる問題があります。集団の和を乱したくない、周囲から批判を受けたくないという思いや、皆の意見が正しいと思い込んでしまうことから、周りと違った意見が出しにくくなる「集団極性化」という現象があります[7]。これを取り上げた研究として、周囲との絆を強く感じているジョブ・エンベデッドネスが高い集団の意思決定がより極端な方向に偏りやすくなるということが示されています[8]

加えて、密な関係性において集団規範が悪影響を及ぼす危険性も指摘されています。「皆がやっているから」と認識を歪めて好ましくない行動が常態化してしまったり、「仲間のため」という名目でルール違反などの非倫理的な行動が正当化されたりすることもあります。実証研究では、飲酒において周囲に合わせて習慣化してしまい、健康を損なってしまう影響があることが示されています[9]。さらには、自分たちの集団に属さない人に対して排他的になったり、差別的な態度をとってしまったりする問題も起こり得ます[10]

最後に、少し特殊な観点ですが、役割葛藤(役割コンフリクト)が生じやすくなるというデメリットもあります。これは、本来自分が果たすべき仕事の役割と、仲間からの期待との間で板挟みになってしまう状態です。自分が抱える本来の仕事に対して、サポートなど周囲から別の期待が寄せられている場合、結束感が強い集団にいるほど「仕事は大事だが、仲間を助けなければ」と板挟みな感情を覚えて、疲労の蓄積や業務効率の低下につながる可能性があります[11]

以上の点を踏まえると、距離感の近さは諸刃の剣であるといえます。親密であるがゆえのメリットは当然ありますが、それと同時に、自由が奪われ束縛されるという負の側面が生まれるのです。

これに関して「絆(きずな)」という漢字はなかなか示唆的です。この漢字は「絆し(ほだし)」とも読み、これはもともと、「馬など動物の足を縛り付けて動きを制限する縄」を意味するものでした。「絆を感じられる親密な関係は、時として自由を奪う絆しにもなる」とは、距離感の近さの功罪を表す文章といえるでしょう。

距離感の遠さが抱える「難点」

ここからは逆の話題、つまり「距離感が遠いこと」に関する研究を紹介します。距離が遠いことは浅い関係を意味するものとして扱いますが、そのような関係性には、いくつかの難点が指摘されています。

まず挙げられるのは、関係性が切れやすいという点です。時々しか連絡を取らないような浅い間柄は、普段あまり接触しない分、ふとした時に関係が自然消滅してしまいがちです。ただ、その一方で、もとが浅い関係だからこそ、久しぶりに連絡を取る際の心理的なハードルが低く、気軽に関係を再開しやすいという利点もあります。

加えて、距離感が遠い相手からはサポートを得づらい側面もあります。表面的な情報交換が中心となり、より深い悩みなどを打ち明けにくいため、手厚い支援を期待することは難しいでしょう。研究でも、距離感が遠い浅い関係の相手においては、普段サポートされている実感や、実際に受ける支援の量が少ないことが示されています[12]

さらに、距離感が遠い関係性は、精神的な落ち込みを指す抑うつ感の回復を助ける効果が弱いことも、研究によって示されています。深い関係を持つことは気分の落ち込みを和らげる効果がありますが、浅い関係の知人と有意義な交流を果たした実感があっても、抑うつを低下させる影響が相対的に小さいことがわかっています[13]

距離感が遠いことの「強み」

このように、距離感の遠い関係性は、関係の希薄さゆえに良い影響が見えにくい部分があります。しかし、その一方で、そのような浅い関係だからこそ得られるポジティブな側面、つまり「強み」があることも、近年の研究で明らかになっています。

その中心にあるのが、「弱い紐帯の強み[14]」という考え方です。これは、親密ではない関係性、すなわち浅いつながりが持つ独自の価値に着目するアプローチです。この「弱い紐帯の強み」という考え方に基づき、浅い関係がもたらすポジティブな効果が次々と明らかになっています。

例えば、弱い紐帯である遠い距離感の関係性は、孤独感を和らげる効果があることが示されています。その効果は深い関係ほどではありませんが、浅い関係性のつながりであっても、人が孤独を感じるのを防ぐ助けになるのです[15]

さらに、幸福感や人生の満足度といったウェルビーイングを高める効果も報告されています。深い関係とは別に、浅い関係を複数持つことが、人生への希望や幸福感を高める影響を持つことが示されています[16]

そして、弱い紐帯の強みの研究で最も取り上げられる論点が、「そういった間柄の相手から新しい情報が得やすい」点です。普段あまり関わりのない遠い距離感の人々とのつながりは、日常では接することのない未知の知識や情報に触れる貴重な窓口となります。そこで得た新たな観点は創造性の源泉となり、「多様な領域において浅い関係の知人を一定数持っている人は創造性がより高い」という研究報告もされています[17]

最後に、距離感が遠い人とのつながりは、キャリアを振り返り、仕事への活力を得るきっかけにもなり得ます。久しぶりに知人と会話をする中で、自身のキャリアを客観的に見つめ直し、働き方を再評価することで、仕事へのエンゲージメントや自己効力感が高まることが研究で示されているのです[18]

ここまで見てきたように、距離感が近い関係と遠い関係、あるいは親密な関係と浅い関係には、それぞれにメリットとデメリットが存在します。距離感が近い関係性の強みは、温かく緊密なつながりから得られる満足感やパフォーマンスの向上にありますが、その一方で、距離が近いからこその束縛や同調圧力といった問題も出てきます。

対照的に、距離感が遠い関係性は、関係が切れやすく十分なサポートも期待できないという難点はあるものの、孤独感を和らげ、新しい情報や視点をもたらして創造性を刺激したりといった、独自の強みを持っています。

重要なのは、どちらか一方が優れている、あるいは劣っていると考えるのではなく、それぞれに異なる価値や強みがあると知ることだと言えます。研究が示してきたのは、この多様な関係性の両方が、私たちの人生や仕事にとって有益であるということです。

距離感マネジメントの基本スタンス

小田切:

前半パートでは、関係性が強くても弱くても、また心理的な距離が近くても遠くても、それぞれに「光」と「影」の両方の側面があることを見てきました。では、私たちはどうすれば良いのでしょうか。どのような人間関係の距離感が、果たして最適だと言えるのでしょうか。後半パートでは、その問いについて皆さんと一緒に考えていきます。

具体的なアプローチについてお話しする前に、皆さんにぜひ心に留めておいていただきたい、実践における基本的なスタンスについてご紹介します。それは「チームは一体であるべきだ」「メンバー全員が仲良くしなければならない」といった、関係性・距離感に対する画一的な「べき論」から抜け出すことです。

前半パートでもご紹介したとおり、一見すると浅い、あるいはドライに思えるような関係性が、むしろ高いパフォーマンスやイノベーションの創出につながるケースは決して少なくありません。まずは、このような事実があるということを知っていただくだけでも、職場の人間関係の問題を、より冷静に捉えることができるようになるのではないでしょうか。

この基本的なスタンスを前提として、人間関係の距離感をデザインしていく3つのアプローチについてご紹介します。

距離感をデザインする際のアプローチ

1. 目的から考える

「目的から考える」とは、「何のために、その人との距離感をデザインするのか」という目的を起点に考えることを指します。「このような成果を生み出したいから、そのためには、このような関係性が最適だろう」というように、あくまで目的を基準にして関係性のあり方を考えるアプローチです。

このアプローチに基づくと、「ちょうどいい距離感」というものは、目的によって変化することになります。つまり、誰にでも、どんな状況でも当てはまる「絶対的に正しい、ちょうどいい距離感」が存在するわけではなく、目的次第でその「ちょうど良さ」は変わるのです。

例えば、「心理的安全性を高める」という目的のために、距離感をデザインしたいとします。心理的安全性とは、チーム内でリスクのある、例えば奇抜なアイデアを発言したとしても、すぐに否定されたり罰せられたりすることはない、と感じられる安心感のことです。

心理的安全性に関する研究では、メンバー間の関係が親密であればあるほど、この心理的安全性は高まることがわかっています[19]。したがって、この目的のためには、メンバー間の距離感を意図的に近づけるような施策が有効です。例えば、1on1ミーティングで業務外の価値観やキャリアについて対話する機会を設けたり、雑談が生まれやすいコミュニケーションツールを導入したりする方法が考えられます。

では、「パフォーマンスを促進する」という目的の場合はどうでしょうか。パフォーマンスに影響を与える要因についての研究では、親密な関係性があるほど、周囲からの支援や信頼を得やすくなり、結果としてパフォーマンスの向上につながることがわかっています[20]。これだけ聞くと、「やはり親密で、距離感が近い方が良いのか」と思われる方も多いでしょう。

しかしこの研究では、親密な関係性が、かえってパフォーマンスを阻害してしまうことも明らかになっています。この理由としては、親密な関係性を維持するためにエネルギーが割かれてしまうことが考えられます。例えば仕事中に、親しい同僚から雑談をもちかけられると、「関係を悪くしたくない」という思いから断れずに付き合ってしまう。また、会議で意見が対立したときに、相手を気遣うあまり自分の意見を十分に言えない、といったことなどは十分起き得るでしょう。

そのため、距離感が離れすぎるのも問題ですが、時には個々人が仕事に集中し、過度な干渉を減らせたり、ある程度の距離感を保てたりする環境も整える方が、総合的に見ればパフォーマンス向上にとって効果があるといえます。

最後の例は、「革新性や創造性を高めたい」という目的の場合です。創造性に関する研究では、親しい間柄よりも、いわゆる「知人」レベルの、それほど親しくない間柄からもたらされる情報が重要であることが実証されています[21][22]

そのため、施策としては、他部署のメンバーや社外の専門家と意図的に交流する機会を設けたり、多様な背景を持つ人々との交流を推進したりすることが有効です。いわば、「弱い関係性」を積極的に広げ、活用できるように支援するのです。こうした取り組みが、ブレイクスルーのきっかけを生むことにつながります。

2. 対象から考える

「対象から考える」とは、「相手の個性(パーソナリティ)を尊重しましょう」ということです。人はそれぞれ異なる個性や性格を持っています。積極的に他人と関わりたい人もいれば、一人の時間を好む人もいます。そこで、例えば「関係性を強化しよう」という施策を全社一律で押し付けるのではなく、相手の性格や反応を見ながらアプローチを柔軟に変えていく姿勢が求められています。

例として、「外向性」と「内向性」による対人関係への考え方の違いがあります。外向性が高い人は、積極的に様々な人と交流し、より近い関係性を求める傾向があります。一方で、内向性が高い人は、少人数であれば近い関係性を許容できますが、それとは別に、自分一人の時間をしっかりと確保したいと望む傾向があることが、研究知見として明らかになっています[23][24]

良かれと思って企画した全社的な懇親会イベントが、外向性の高い人にとっては良いものの、内向性の高い人々にとっては大きな精神的負担になることもあり得ます。そのため、全員参加を強制するのではなく、「あくまで参加は自由」という選択肢を提供したりすることが、相手を尊重するマネジメントといえます。

また、多様なメンバーで構成されるダイバーシティチームにおいて、安易に一体感を醸成しようとする施策は、かえって同調圧力を生み出してしまう危険性をはらんでいます。多様性を本当に生かすためには、全員を均一な色に染め上げるのではなく、それぞれの違いや個性を尊重し、各自が自律性を保てるような、あえて「近すぎない」関係性を築く方が良い場合もあるのです。

3. 状況から考える

「状況から考える」とは、「仕事の性質や段階(フェーズ)に応じて、関係性のモードを切り替える」ということを表します。たとえメンバーが固定されたチームであっても、取り組む場面によって最適な「ちょうどいい距離感」は異なります。関係性のモード、距離感を意識的に切り替えることが、生産性を高めることにつながる可能性があります。

新製品開発の場面を例に考えてみましょう。学術的に、イノベーションのプロセスは、新しいアイデアを生み出す「アイデア生成」と、それを具体化する「アイデア実現」の段階に分けられます[25]。これに則ると、各プロセスでの適切な距離感は、以下のように変わってくるといえます。

  • アイデア生成の段階:メンバー間の心理的な距離を縮め、活発な議論を促すような関係性が望ましいでしょう。
  • アイデア実現の段階(初期):生成段階で生まれたアイデアを評価・選定する際、少しメンバー間の距離を置いて、客観的・批評的な視点で議論することが有効になります。
  • アイデア実現の段階(中~後期):実際に製品化に向けて進めていく際には、再び距離を縮めて、チーム一丸となって目標に向かう関係性が効果的といえます。

発展的な考え方

ここからは発展的な考え方として、これまでお話ししてきた三つのアプローチを統合した視点についてお話しします。まず、働く個人としては、「関係性のポートフォリオ」を築くことが推奨されます。資産形成において、リスクを分散するために様々な資産を組み合わせるように、人間関係においても、異なる距離感や役割を持つ人々とのつながりを、バランス良く構築しましょう、ということです。

例えば、日々の業務で気軽に相談できる「強い結びつき」と、業界の新しい情報を得るための「弱い結びつき」の両方を持つ。このように、用途に応じてアクセスできる様々な関係性を意識的に構築することが理想です。これは、個人のパフォーマンス向上、キャリアの成功、精神的な安定など、様々なメリットをもたらします。

一方で組織としては、従業員が関係性のポートフォリオを構築するのを支援していくことが重要になります。例えば、部署の枠を超えた社内SNSや部活動を奨励したり、副業やプロボノを許可したり、外部セミナーへの参加費用を補助したりすることなどが挙げられます。こうした支援は、個人のためだけのものに見えますが、巡り巡って組織全体の活力やパフォーマンス向上にもつながっていくのです。

最後に、ここまでご紹介してきたアプローチや考え方を実践するに当たって、「具体的にどこから、そしてどのようにアプローチすれば良いのか」という問いが浮かびます。そもそも、自社の各部署や組織が現在どのような人間関係の距離感にあるのか、正確に把握するのは難しいものです。また組織として、限られたリソースの中で優先順位をつけて施策を行う必要があります。

「どこに」「どのように」アプローチすべきかを判断する上では、「組織サーベイ」法が有効です。組織サーベイを用いることで、従業員間の関係性の質や量を測定することができます。セミナーの前半でご紹介した「結びつきの強さ」や「職場への定着度」といった概念は、アンケートの質問項目によって測定することが可能です。

関係性の質や量を定期的に測定し、さらに離職率やパフォーマンスといった成果指標と掛け合わせて分析することで、自社にとって望ましい関係性の状態や、注意すべき危険な兆候などを探ることができます。

人間関係や距離感といったテーマは、どうしても個人の感覚に基づいた議論に陥りがちです。しかし、こうした定量的なデータがあれば、客観的な根拠を持って議論を進めることができます。また、人事部門が経営層へ施策を提案する際にも、データを根拠に示すことで説得力が増し、施策の実現性を高めることにつながるでしょう。

Q&A

Q:「距離感が近い・遠い」の判断基準は個人の感覚による部分が大きく、客観的な測定は難しいのではないでしょうか。

能渡:

本日ご紹介した「強い結びつき・弱い結びつき」といった紐帯の概念は、より客観的な指標として測定する方法が提案されています。例えば、親密さを個人の主観的な感覚ではなく、「連絡・接触する頻度」「プライベートなことをどこまで話すか」「お互いに助け合う行動があるか」といった、行動評定から捉える方法があります。

あるいは、SNSツールにおける連絡回数といった、より客観的な頻度データを分析する手法もあります。これにより、誰と誰のつながりが強いか、どのようなグループが存在するかを可視化する「ネットワーク分析」といったことも可能です。このように、距離感を客観的に捉えるアプローチも様々に用意されており、主観的な評定以外の測定方法を選ぶことができます。

Q:最近は、一度も直接会ったことがなく、SNSやオンライン上のつながりだけのチームも増えています。こうした状況は、心理的にどのような影響がありますか。

能渡:

オンラインの関係性には、「エコチェンバー現象」があるのが特徴的だと思います。これは、SNSなどのアルゴリズムや個人の検索傾向によって、自分と似た意見を持つ人がサイト上に集められやすくなるという現象です。これにより、結果的に自分と異なる多様な情報に触れにくくなり、意図せず情報が偏ってしまうという点は、オンラインならではの難しさかもしれません。

一方で、ポジティブな研究結果もあります。研究では、SNSの登録人数が多い人ほどウェルビーイング(幸福度)が高いという結果が出ています[26]。たとえSNS上の浅い関係性であっても、つながりの数が多いことがポジティブな効果をもたらすことが示唆されています。

Q:多様性のあるチームが成果を出すには、具体的にどうすれば良いのでしょうか?

小田切:

「個性を尊重する」というと、「一人でいたい人は放っておいて良いのか?」という懸念につながるかもしれませんね。ここで最も重要になるのが、「チームとしての目標・目的を全員で共有すること」です。

好みや働き方がバラバラであっても、「目指すゴールは同じ」という共通認識はしっかりと持つことが必要です。定例ミーティングや1on1などを通じて、個々の仕事が組織の目標にどう貢献しているかを実感してもらうような働きかけが重要になります。

また、本日のテーマとは異なる観点ですが、「多様性はチームの力になる」という信念をメンバー自身が持っていることも、成果を出す上で重要だということが、研究知見として実証されています。そのような信念の形成にも働きかけることで、ダイバーシティチームの成果はより向上すると考えられます。

能渡:

本日のテーマである距離感が遠い関係性のメリット、つまり「弱い紐帯の強み」の視点がヒントになるかもしれません。多様なメンバーで構成されるチームにおいて、無理に全員が親密な関係を築こうとするのはなかなか難しいかもしれません。本日紹介した知見を踏まえて、あえて浅い関係を保ちつつ情報交換を促し、個々になかったアイデアを共有し合うことで高い成果を目指すというアプローチが考えられます。

終わりに

小田切:

繰り返しになりますが、最も重要なことは「近ければ良い」「仲良くしなければダメだ」といった画一的な“べき論”から抜け出すことです。強い関係も弱い関係も、すべてが組織にとって価値ある資産である、という前提で、ぜひ日々の実践に取り組んでいただければと思います。本日はありがとうございました。

能渡:

本日は距離感が遠い関係性の良さや近い関係性の落とし穴についてお話ししました。この点は何度も繰り返しますが、決して「距離の近い、深い関係は有害だ」と言っているわけではありません。「深い関係に比べて、距離感の遠い関係性は有効でない」という固定観念から脱却することで、組織の対人関係をマネジメントする新たな視点を得ていただければ幸いです。

脚注

[1] Granovetter, M. S. (1973). The strength of weak ties. American journal of sociology, 78(6), 1360-1380.

[2] Mitchell, T. R., Holtom, B. C., Lee, T. W., Sablynski, C. J., & Erez, M. (2001). Why people stay: Using job embeddedness to predict voluntary turnover. Academy of management journal, 44(6), 1102-1121.

[3] Chen, Y. C., Wang, Y. H., & Chu, H. C. (2024). Meta-analytic structural equation modeling for exploring workplace friendship, well-being, and organizational commitment. Work, 79(3), 1039-1053.

[4] Ahmad, A., Shah, F. A., Memon, M. A., Kakakhel, S. J., & Mirza, M. Z. (2023). Mediating effect of job embeddedness between relational coordination and employees’ well-being: A reflective-formative approach. Current Psychology, 42(30), 26259-26274.

[5] Gully, S. M., Devine, D. J., & Whitney, D. J. (1995). A meta-analysis of cohesion and performance: Effects of level of analysis and task interdependence. Small group research, 26(4), 497-520.

[6] Jolly, P. M., Kong, D. T., & Kim, K. Y. (2021). Social support at work: An integrative review. Journal of organizational behavior, 42(2), 229-251.

[7] Moscovici, S., & Zavalloni, M. (1969). The group as a polarizer of attitudes. Journal of Personality and Social Psychology, 12(2), 125–135.

[8] Zhu, D. H. (2013). Group polarization on corporate boards: Theory and evidence on board decisions about acquisition premiums. Strategic Management Journal, 34(7), 800-822.

[9] Villalonga-Olives, E., & Kawachi, I. (2017). The dark side of social capital: A systematic review of the negative health effects of social capital. Social Science & Medicine, 194, 105–127.

[10] Brass, D. J., Butterfield, K. D., & Skaggs, B. C. (1998). Relationships and unethical behavior: A social network perspective. Academy of management review, 23(1), 14-31.

[11] Fasbender, U., Burmeister, A., & Wang, M. (2023). Managing the risks and side effects of workplace friendships: The moderating role of workplace friendship self-efficacy. Journal of Vocational Behavior, 143, 103875.

[12] Krämer, N. C., Sauer, V., & Ellison, N. (2021). The strength of weak ties revisited: Further evidence of the role of strong ties in the provision of online social support. Social Media+ Society, 7(2), 20563051211024958.

[13] Nakamine, S., Tachikawa, H., Aiba, M., Takahashi, S., Noguchi, H., Takahashi, H., & Tamiya, N. (2017). Changes in social capital and depressive states of middle-aged adults in Japan. PloS one, 12(12), e0189112.

[14] 脚注11と同じ

[15] Rinderknecht, R. G., Doan, L., & Sayer, L. C. (2023). Loneliness loves company, some more than others: Social ties, form of engagement, and their relation to loneliness. Social Problems, 70(2), 378-395.

[16] 田中 圭・能渡 真澄・沢宮 容子 (2025). 弱い紐帯がウェルビーイングに与える影響 応用心理学研究, 50(3), 187-195.

[17] Baer, M. (2010). The strength-of-weak-ties perspective on creativity: a comprehensive examination and extension. Journal of applied psychology, 95(3), 592-601.

[18] 永野 惣一・藤 桂  (2016).  弱い紐帯との交流によるキャリア・リフレクションとその効果 心理学研究, 87(5), 463-473.

[19] Yang, F. H., & Shiu, F. J. (2023). Evaluating the impact of workplace friendship on social loafing in long-term care institutions: an empirical study. Sustainability, 15(10), 7828.

[20] Methot, J. R., Lepine, J. A., Podsakoff, N. P., & Christian, J. S. (2016). Are workplace friendships a mixed blessing? Exploring tradeoffs of multiplex relationships and their associations with job performance. Personnel psychology, 69(2), 311-355.

[21] Granovetter, M. S. (1973). The strength of weak ties. American journal of sociology, 78(6), 1360-1380.

[22] Hauser, C., Tappeiner, G., & Walde, J. (2007). The learning region: the impact of social capital and weak ties on innovation. Regional studies, 41(1), 75-88.

[23] Lucas, R. E., & Diener, E. (2001). Understanding extraverts’ enjoyment of social situations: the importance of pleasantness. Journal of personality and social psychology, 81(2), 343-356.

[24] Herbert, J., Ferri, L., Hernandez, B., Zamarripa, I., Hofer, K., Fazeli, M. S., Shnitsar, I., & Abdallah, K. (2023). Personality diversity in the workplace: A systematic literature review on introversion. Journal of Workplace Behavioral Health, 38(2), 165–187.

[25] Kmieciak, R. (2021). Trust, knowledge sharing, and innovative work behavior: empirical evidence from Poland. European Journal of Innovation Management, 24(5), 1832-1859.

[26] 脚注16と同じ


登壇者

能渡 真澄 株式会社ビジネスリサーチラボ チーフフェロー
信州大学人文学部卒業、信州大学大学院人文科学研究科修士課程修了。修士(文学)。価値観の多様化が進む現代における個人のアイデンティティや自己意識の在り方を、他者との相互作用や対人関係の変容から明らかにする理論研究や実証研究を行っている。高いデータ解析技術を有しており、通常では捉えることが困難な、様々なデータの背後にある特徴や関係性を分析・可視化し、その実態を把握する支援を行っている。

 

 

 

 

小田切 岳士 株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー

同志社大学心理学部卒業、京都文教大学大学院臨床心理学研究科博士課程(前期)修了。修士(臨床心理学)。公認心理師。働く個人を対象にカウンセラーとしてのキャリアをスタート。その後、企業人事として制度・施策の設計・運用などに携わる。現在は主な対象を企業や組織とし、臨床心理学や産業・組織心理学の知見をベースに経営学の観点を加えた「個人が健康に働き組織が活性化する」ための実践を行っている。特に、改正労働安全衛生法による「ストレスチェック」の集団分析結果に基づく職場環境改善コンサルティングや、職場活性化ワークショップの企画・ファシリテーションなどを多数実施している。

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