2025年11月6日
ディップ株式会社|『働く喜びと幸せ』を科学する。データドリブンなマッチングの未来
(左から)株式会社ビジネスリサーチラボ 能渡真澄、同 藤井貴之、ディップ株式会社 岡本周之様
「誰もが働く喜びと幸せを感じられる社会を実現する」というビジョンを掲げるディップ株式会社。同社は、自社のサービスが顧客の「働く喜びと幸せ」にどれだけ貢献しているのかを定量的に把握することに課題を感じていました。この壮大で根源的なテーマを探求するため、同社は学術的な知見と実践的なアプローチを融合させた大規模調査プロジェクトをビジネスリサーチラボにご依頼いただきました。今回は、本プロジェクトを推進された岡本様をお迎えし、プロジェクトの背景や得られた発見、そして今後の展望についてお話を伺いました。
「幸せ」という、主観的で測定が難しいテーマへの挑戦
藤井:
弊社にご相談いただく前は、どのような課題感をお持ちでしたか。今回「働く幸せ」という壮大なテーマで1万人規模の調査を行うに至った背景からお聞かせいただけますでしょうか。
岡本様(以降、敬称略):
弊社は、誰もが働く喜びと幸せを感じられる、そういう社会の実現を目指しています。求人広告や人材紹介といった事業を通じて、そのビジョンの実現に取り組んできたのですが、我々の活動が最終的に皆さんの「働く喜びと幸せ」にどのぐらい貢献しているのかが、定量的にわかっていなかったのが最初の課題感です。
それをどのように調べようかと考えたときに、このテーマ特有の難しさに直面しました。例えばネットビジネスなら、テストを繰り返してKPIの良い方を採択するという試行錯誤が高速で回せます。しかし、「働く」というのは、人が求人に応募し、面接を経て採用され、オンボーディングがあって働き始め、相性が良くて活躍して、その後ぐらいにようやく「この仕事について良かった」と感じるものです。
このスパンが非常に長いため、高速でPDCAを回せない。その上、「喜びと幸せ」という指標は非常に主観的で、測定が難しい。そもそも定量的でなかった上に、値が取れても扱いにくい。社内にはマーケティング系の知見を持つ人間はいましたが、こうした性質の課題をうまく扱った経験のある人材が不足しており、外部の専門的な知見をお借りしようというのが元の考えでした。
藤井:
「幸せ」という言葉は、誰もが使う馴染みのある言葉でありながら、それぞれが抱くイメージは全く異なります。おっしゃる通り、その性質はすぐには見えず、データだけあっても解釈が難しいものです。さらに、形として成果が見えるまでにも時間がかかるという点で、テーマとして非常に難易度が高いと感じます。そのチャレンジングなテーマに取り組もうとされていることに、最初ご依頼いただいた際に感銘を受けました。
能渡: 私も同様の意見です。「幸福」というテーマは、学術研究の世界でも定義が多様で、文化差もあり、捉えるのが非常に難しいテーマです。企業として、その問いに正面から向き合おうとされていることに強い印象を受け、非常に興味深く感じました。
岡本: はい、我々も社内だけではやり方からして分からないので、まずは「知ってそうな人を探そう」というところから始まりました。
「アカデミアの知見」と「事業のスピード感」の両立
藤井:
「働く幸せ」という難しいテーマを、どう扱っていくかという専門家を探される中で、最終的に弊社を選んでいただけた理由についてお聞かせいただけますか。
岡本:
まず、誰にどう相談すれば良いかも、全く当たりがない状態でした。当時の人事のトップに彼と付き合いのあった大学の先生を紹介してもらえないか相談したところ、「人事の分野は非常に細分化されていて、先生によって専門が全く違うので、フィットするとは限らない」という話になりました。
そこで、私たちの課題に合った先生を知っていそうな方として、ビジネスリサーチラボの伊達さんを紹介していただいたのがきっかけです。伊達さんに我々の課題を相談したところ、まさに御社がこれまで手掛けられてきたことで、得意とされており実績もあると分かり、「では、ここでお願いします」とその場で決まりました。
もう一つの決め手は「スピード感」です。以前、大学の先生と共同研究をした際に、アカデミアの時間の流れと我々事業会社の時間の流れが全く違うため、なかなか思惑が一致しないという経験がありました。
私たちは、指標を測定して終わりではなく、得た知見を自社のサービスに適用し、フィードバックを回してサービスを良くし、お客様の幸せの指標を上げる、というところまで行って初めて成功だと考えています。そのためには、相当早くサイクルを回していく必要がある。御社は、事業側の事情にも明るくアカデミアの知見も豊富だという点から、そこの懸念がなく、我々のニーズにフィットすると感じました。
藤井:
ありがとうございます。私自身も学術の世界で研究をしていた経験がありますが、やはり厳密に成果を出すことが目的になることや、スケジュール感も「良い成果を出すためなら時間をかけても仕方ない」といった雰囲気を感じたことがありました。得られた成果を実践に活かしていくためには、事業のスピード感に合わせた進行が不可欠で、支援をさせていただく際にもこの点を大事に考えています。この点を評価いただけたのは大変嬉しいです。
データが導き出す「働く幸せ」の輪郭
藤井:
今回のプロジェクトを簡単に振り返りさせていただきます。
まず、2024年の4月頃からご一緒させていただき、働く幸せに関する学術知見のレビューから始めました。国内外の研究で「幸せ」がどう定義されているかを広く集めると同時に、御社から共有いただいたユーザーデータの声の中から「幸せ」と言える要素を抽出する。そうして学術知見と実践知を統合し、非常に多くの要素を集めました。それを学術的に整理・集約して33の要素にまとめ、調査項目に落とし込んでいきました。その項目を用いて調査を行い、1万人を超える人々からの回答データを得ることが出来ました。
この一連のプロセスやプロジェクトに関する取組みの中で、特に印象に残っていることはありますか。
岡本:
一番印象に残っているのは、その調査結果をお客様に説明したビジネスカンファレンスのイベントです。イベントに来場される人事関係者の方々の興味は、主に「自分たちの人材不足をどう解消するか」「どうすれば人が活躍し続けてくれるか」といった点にあります。その方々に対して、今回の学術的にも価値のある調査結果の中から、どのデータをどう切り取って説明すれば「面白い」「続きが知りたい」と興味を持ってもらえるか。その伝え方を、伊達さんを含む関係者の皆様と議論しながら作り上げていった過程が、非常に印象に残っています。
藤井:
岡本さんの発表の映像を拝見しましたが、聴衆の関心を見事に引きつける説明で、素晴らしかったです。調査データを紹介するといった場合に、研究者の行う発表は事実を正確に伝えようとするあまり専門的になりがち、といったことがよくありますが、岡本さんの発表では、データや分析に詳しくない方にも「これは自分たちの課題をデータで示している」と分かるように、聞き手にとても配慮して説明されていたのが印象的でした。
能渡:
分析で得られる結果は、究極的には単なる数字の羅列です。その数字にどのような解釈を与え、どうすれば現場で使えるものになるのかを考えることが非常に重要になります。
今回は、例えば「副業やスポットワークで働く方々の充足度が意外に高い」といった、感覚とは少し違う発見もありました。膨大なデータの中から、そうした示唆に富む結果を共に選び出しストーリーを組み立てていけた点は、弊社にとっても学びが多く、非常に良いコラボレーションだったと感じています。弊社が分析した結果をお渡ししても「解釈が難しい」と一任いただくケースもたびたびある中で、それを一緒に考えさせていただき、研究と実務の観点が合わさった価値ある情報につながったのだと思います。
ホワイトペーパーが拓く、顧客との新たな対話
藤井:
プロジェクトで得られた分析結果を、社内ではどのように活用されたのでしょうか。
岡本:
カンファレンスの発表では、興味を持っていただいたお客様から、「もっと詳しい話を聞きたい」と担当営業に依頼が来る流れを目指していました。そして、その期待に応えるためのツールとして、業界別のホワイトペーパーを作成しました。ビジネス規模が大きい業界や、今後強化していきたい業界などを優先し、何段階かに分けて提供していきました。
能渡:
どのような内容のホワイトペーパーなのでしょうか。
岡本:
例えば、「この業界では、全体と比較してこういう『幸せ』が重視される傾向にある」「この年代では充足度が高い(低い)」といった、業界ごとの特徴をデータから切り出します。そして、「この結果をみると、福利厚生や募集の際に、こういった点を訴求すると良いかもしれませんね」といった形で、具体的なアクションにつながる提案を盛り込みました。実際に営業がその資料を持ってお客様の元へ伺い、詳しいお話をするという流れで活用しています。
藤井:
調査結果についての反響はいかがでしたか。
岡本:
お客様からの反響も非常に好評で、「今まで知らなかったことが知れた」という声はもちろん、「なんとなく感覚でやっていた施策が、数字で裏付けられたことで自信を持って進められる」といった評価をいただきました。自分たちの取り組みが正しい方向に進んでいると確信を持てた、という点で喜んでいただけたようです。
藤井:
日常的にはそうだろうと思っていることでも、データでの裏付けがあると説得力が増しますね。今回の調査結果の中には驚くような結果もありつつ、施策を進める方々にとっての後押しになるような情報も提供できていて何よりです。
「働く人」と「職場」の最適なマッチングの実現へ
藤井:
今回の調査で「働く幸せ」の現状がある程度見えてきたかと思います。このテーマについて、今後の構想をお聞かせいただけますか。
岡本:
今回の1万人調査は「働く人」の側を調べたものです。人材サービスにおけるマッチングは、「人と職場」の組み合わせですので、次は「職場」の側を明らかにする必要があります。職場にはどんな特徴があり、働く人が求める幸せと、どういう掛け算をすれば良い組み合わせになるのか。そこを解明しないと、本当に良いマッチングは提供できません。その仮説を立て、提供したマッチングが双方にポジティブな結果をもたらしているかを確認し、改善していく。そのフィードバックループを回すという、本来やりたかったことにようやく着手し始めたところです。
能渡:
近年はAIを使った適職診断サービスも増えていますね。
岡本:
はい、多くの企業が始めています。シンプルな性格ベースの職種提案機能ならLLM(大規模言語モデル)ですぐにそれらしいものが作れてしまいます。しかし、我々が目指しているのは、単に興味を引くコンテンツで人を集めることではなく、最終的にその人たちが本当に向いている仕事に就き、活躍して「良かった」と思ってもらうところまでです。
そのためには、今回のプロジェクトのように、学術理論に基づき、実際の1万人のデータで裏付けを取った、我々が自信を持って「こういう根拠で、あなたに向いている仕事です」と言い切れるような、プロフェッショナルなサービスを提供したい。その違いを弊社の強みとして打ち出していきたいと考えています。
能渡:
「さすがの観点だ」と感じました。生成AIでは「それらしいもの」ができるという観点は、弊社の認識とも一致します。AIが生成した診断内容は、精度が高いとは言い切れず、別の事柄を捉えてしまっているなど焦点がずれていることが多々あります。表現上は納得できても、概念として捉えるべき焦点が異なるなど、根本的な部分で分かりにくい誤りが生じがちです。
その違いに違和感を持てることが非常に重要で、さまざまな面の専門性が問われる部分だと感じています。それをどう市場に伝え、専門的なサービスの意義を知っていただくかということについて、弊社も課題として取り組んでいるところです。そこにお気づきになり、御社がプロジェクトを発足させ進めていくなかで、弊社の専門性を信頼しご相談いただけたことをとても嬉しく思います。
データが教えてくれた「多様性」という発見
藤井:
最後に、今回のプロジェクトを通じて、岡本さんご自身の新たな学びや発見があればお聞かせください。
岡本:
人によって価値観が本当にまちまちなんだということを、データを通して強く実感しました。調査前は、どうしても自分の経験や価値観をベースに、「私ならこれが大事だったから、世の中の人も似たようなものだろう」と無意識に考えていたところがありました。それが、実際の数字で見ると「こんなに違うのか」と。インタビューなどで定性的に違いを知ることはできますが、データで定量的に、客観的にその違いを把握することの重要性を改めて認識しました。
藤井:
ありがとうございます。この「客観性」を持つことは、個人の思い込みやバイアスを取り除き、多様な一人ひとりの「働く幸せ」に向き合うための非常に重要な観点だと思いました。実践知と学術的な視点の両方を取り入れながら、データに基づく根拠ある説明をもって現場の課題に取り組んでおられて、こうした姿勢が、御社が目指されている精度の高いマッチングサービスの根幹を支えていくのだろうと改めて感じました。
本日は貴重なお話をありがとうございました。
一同:
ありがとうございました。





