2025年6月25日
専門家は、なぜ学び続けるのか:停滞を打破し、進化し続けるために

変化のスピードが加速する現代において、「専門性」とは固定された知識やスキルではなく、絶えず更新され、深められていくものへと変わりつつあります。一度身につけた知識も、あっという間に古くなってしまうかもしれません。そのような時代にあって、私たちはどのように新しいことを学び、自身の専門性を高め、そしてそれを社会や組織の中で価値ある形で活かしていくことができるのでしょうか。
本対談では、当社代表取締役の伊達洋駆と、チーフフェローの能渡真澄が、この根源的かつ今日的なテーマである「専門家の学び」について語り合います。
専門家自身が日々の実践の中でどのように知識を「探索」し、「深化」させているのか。学びの効率を高めるための具体的な「学習方法」とは何か。そして、得た知識を忘れずに「定着」させ、困難な課題に直面した際に「学びにくさ」をどう乗り越えているのか。さらには、その学びを実際の現場で「使える」ようにするための工夫や、長期にわたって学び続けるための「モチベーション」の源泉に至るまで、二人の実体験に基づいたヒントが散りばめられています。
新たな領域の「探索」と既存知識の「深化」
伊達:
今回は、能渡さんと一緒に、「専門家の学び」というテーマについてお話ししていきましょう。専門家にとって学びというのは、おそらく不可分に結びついているものです。我々自身も専門家として、学びをどう捉え、どう実践しているのかを深掘りできれば良いですね。
初めに、専門家として新たな領域を学んでいく「探索」の重要性と、既存の知識を深める「深化」の重要性、この二つのバランスをどのように設計しているか、という点から話を始められればと思います。
能渡:
新領域の「探索」と既存知識の「深化」という点では、普段は新領域の学習に7割から8割程度の時間を割き、残りの2割から3割で既存知識を深めるよう意識しています。特に近年はAIの発展も著しいですし、私自身がクライアントについてまだ知らないことも数多くあります。専門家として能力を発揮するためには、市場の状況をより深く知るという新しい学習を重視する必要があると考えて、探索的な学習が多い現状です。
ただ、それだけでは専門家として自身の能力を高めていくことが難しくなりますので、既存知識をきっちりと深める深化の学びも可能な限り進めている、というバランスですね。
伊達:
人間はややもすると、自分の得意なところや居心地のいいところに留まりがちです。既存知識を深めることばかりに注力してしまうケースもあり得る中で、意識的に新しい領域を学んでいるということですか。
能渡:
その通りです。クライアントの方々の期待や関心に応え、課題解決をサポートすることが私たちの仕事となります。既存知識を深めることはもちろん専門家として大事ですが、クライアントのニーズの根底にあるものを理解するためには、常に新しい情報を取り入れ、最先端を追いかける姿勢が求められます。
伊達:
私もバランスについては、能渡さんと近い考え方です。まず意識しているのは、自分の得意領域を持つということです。特定の分野を徹底して掘り下げることで、それが参照枠組みになります。他の知識を得ようとする際にも、軸となる得意領域があると、吸収しやすくなります。
ただ、時間としては、そうした深化は1割程度で、ほとんどは新しい領域を学ぶことに注力しています。新たな領域を探索していくと、知識のネットワークが形成されていくので、これもまた、新しい領域を学ぶことを効率的にします。
能渡:
既存知識の枠組みを活かして新たな領域を学べるのは大きいですよね。専門性に基づいて新しい領域に触れると、専門性の違いにより捉え方も少しずつ異なってきます。そこにオリジナリティが生まれるのだと思うところです。
伊達:
既存知識があることで、新しい領域を学ぶ際にも「きっとこういうことがあるだろう」といった仮説を立てることができます。仮説検証のプロセス自体が学びを楽しくしますし、その領域の相対的な特徴も見えやすくなります。
インプットの質を高める方法
伊達:
読書をしたり論文を読んだりするインプット以外で、効率的だと感じる学習方法はありますか。
能渡:
まず、専門書や論文を読みこむことが専門家の学びに重要であることは言うまでもないですね。それと同時に効果的だと感じるのは「アウトプット」です。例えばデータ分析であれば、学んだ分析手法をプログラミングして実装してみるなど、学んだ知識を自分で使ってみる、手を動かすことが重要です。
あるいは、そのアウトプットを他の専門家に共有し、フィードバックを得ることも有効です。その中で「なるほど、こういうことか」と、学びにおけるさらなる気づきや改善点が見つかり、より深い学習につながると感じています。
伊達:
アウトプットの重要性は共感するところです。分析の実装もそうですが、例えば、誰かに説明するという状況を作ると、細部までしっかりと理解しなければならないという気持ちになります。ややもすれば、そこまで細部を理解しないまま進んでいくこともあるのですが、だからこそ、細部まで掘り下げて理解するための仕組みを作ることが重要です。
もちろん、そもそも強い関心があれば、放っておいても細部まで掘り下げていくものですが、全てのことに強い関心を持てるわけではありません。ですから、特別に関心を寄せる一部の対象以外は、アウトプットの機会を作ることが有効でしょう。
能渡:
「関心を持つ」という点で言えば、自分自身の関心と近いとその対象との心理的距離も近くなり、「これは細部まで知ろう」というモチベーションが生まれます。対象との距離感を近づけるための仕組みを自分の中に持っておくことは、学習効率を高めますね。
伊達:
それに関連して思うのは、その領域の知識をある程度の「量」を学ぶことの重要性です。一定量の知識がないと、深い情報処理は難しくなります。関心だけではカバーできない部分もあるので、量的な確保も意識しています。
知識を定着させ、引き出す技術
伊達:
私たちは日々新しい知識を得ていくわけですが、学習したことを忘れず、また必要な時に引き出すために何か実践していることはありますか。
能渡:
大前提として、忘れないように努力はしますが、基本的に「学んだことは、どうしても多少は忘れるものだ」と考えています。その上で、忘れても良いような対策、つまり「思い出せるきっかけ作り」を重視しています。学習する際には、学んだ資料にある説明を頭に入れるだけでなく、そこで自分が思ったこと、解釈、仮説などをメモ書きするようにしています。
それに加えて、「このような内容がこの文献に書いてあり、こう使えそうだと思った」と簡単に記録した資料を別途作成しておきます。そうすると、忘れた時に自分の思考フローを辿って思い出すことができます。
伊達:
なるほど。自分の思考プロセスを記録しておくと、記憶も蘇りそうです。私が工夫していることの一つは、学んだことをできる限り早い段階で誰かに言ってみることです。不完全であっても、記憶した初期の、できる限り早い段階で使ってみる。そうやって何度か使っておくと、引き出しやすくなります。
使うためにはその内容を理解し、細部の理解を整理するというプロセスが入ってきます。細かいところを自分なりに解釈し、仮説を立てるというプロセスがあれば、自然と学びも深まります。
また、同じテーマに「再訪する」ということもよくやりますね。例えば、「エンゲージメント」という領域があったとして、何度も訪れます。どういうプロセスでこの概念が提唱され、議論されていったのか、といったことを振り返りながら何度も訪れます。そうすると、引き出しやすくなってきます。
能渡:
再訪するという点は、私もデータ分析の学習で実行しています。分析ツールを使えば分析結果は出てきますが、より深いところで「この指標はどういう意味か」を捉え直そうとした時に、過去に学んだその計算式を再訪し掘り下げていく学習フローは、よく繰り返しています。その学習を通して種々の計算式を振り返る中で、それらの共通点が見えてくるのですよね。そうして知識の体系化が進んでいく感触があります。
「学びにくさ」を乗り越える処方箋
伊達:
自分にとって「この領域は学びにくいな」と感じる分野や概念があった場合、どのように克服していますか。
能渡:
私の場合は、「一流とされる知識を探り、ピンとくるまで読み続ける」ことを意識しています。学びにくい内容だからこそ、それを扱った質の高い文献、例えばある領域で高評価を受けて注目されている最先端の論文と関連研究を読み込みます。そうすることで、その分野でトップにいる方々が何を考えようとしているのか、どういう論点に意識を向けているのかという知識を得ることができます。
そうしていくうちに、自分が知っている別領域の観点や説明メカニズムとの類似性やつながりが見えてきて、「このとっかかりがあれば、理解できそうだ」というポイントが分かってきます。
伊達:
一流の知識に触れることで、それを理解の枠組みにするのは興味深いですね。私の場合、学びにくさを感じるときには大きく二つの原因があります。一つは、前提となる知識の不足。もう一つは、自身の「価値観」や考え方と合わないということです。
気をつけているのは、「学んでみたら案外面白いかもしれない」という視点を持つことです。能渡さんの言葉を借りれば、「とっかかり」を見つけるということですね。あまり関心が持てないと思っていた分野や概念に対しても、どこかに自分の考え方との連続性や面白い部分を見出すことができるはずです。
能渡:
私の専門であるアイデンティティの研究が、まさにその流れを経ていました。研究を始めたころは、個人の意志よりも集団・社会の影響を重視するマクロな観点に馴染めませんでした。
しかし、最先端の文献や有名な古典的文献を読んでいく中で、「集団や社会が個人のアイデンティティを直接的に形成するだけでなく、集団や社会が個人に自己観の枠組みを伝えていく」という見方を知り、面白さを見出した経験があります。前者ならば個人のアイデンティティは周囲に強制的に植えつけられるだけの感じがありますが、後者は自己の捉え方を社会から学ぶだけで、それを採用するか否かは個人の選択に委ねられ、私は納得した次第です。
伊達:
関心の濃淡は誰にでもある現象です。ただ、専門性を高める上では、関心だけで学びを進めてしまうと、視野が狭まる可能性もあります。もちろん、関心のあることを追求すると、その人らしさにはなりますが、専門家としての幅がそこで限定されてしまうかもしれません。自分の関心の枠を少し広げてみることが、知識を広げ、多様な物の見方を手に入れる上で重要だと思います。
能渡:
私の専門領域の界隈でも、10年ほど前から学際性・異分野連携による新しい知識の創出が求められるようになってきましたね。
伊達:
さらに社会的な関わり方も影響するように思います。自分がある特定の価値観に基づいた議論を重ねていくと、似た考えの人たちと集まりやすくなり、結果として異なる知識へのアクセスがしにくくなるということです。そうやって、知らず知らずのうちに自分で見えない壁を作ってしまう可能性もあるでしょう。それをいかに乗り越えるかが、専門家の学びにおいては大事なのではないでしょうか。
知識を「使える」レベルに昇華させるために
伊達:
専門家の学びというのは、ただ覚えていれば良いという話ではありません。それを価値に変えていくことが、特に市場の中で活動している専門家にとっては重要になってきます。学んだことを「使える」ようにしていくために、能渡さんはどのような工夫をしていますか。
能渡:
「使えるレベル」という観点で、私は二つの面で考えています。一つは、「自分自身が使えるレベル」、私個人の研究において自分が理解し使える状態です。もう一つは、「他の人に使っていただけるレベル」、すなわち、自分以外の方々に簡単に使える形でありながら、根本的なところはきちんと押さえていただける状態です。自分自身が使う水準においては、やはり深化的な学習を掘り下げつつ、アウトプットを繰り返していくことが重要だと捉えています。
一方で、他の人に使っていただく水準を考える際には、「ギャップを知る」ことが第一だと考えています。相手がある物事について普段どのように扱っているのか、何を知っているかを把握し、自分自身が持っている知識やスキルとの差異を理解します。その上で、相手にとって学びやすく、かつ有用な水準はどこかを見定め、その水準に相手が到達できるよう必要な事柄を自分自身が学び直す、ということを意識しています。
伊達:
他者が使えるためには、他者の現状を理解し、適切な形で翻訳して伝える作業が必要になるわけですね。私の場合は、「自分が使える」という観点で言うと、実際に使っている人の様子を見る、あるいはその人が近くにいるのが早いと感じています。そして自分が使ってみたもの、あるいは使おうとしているものを、実際に使える人に見てもらい、フィードバックを得る。その意味では、専門家のネットワークは大事です。
ただ、近年はAIがその役割の一部を担うことも出てきました。そして根本的には、実践の場を持つことが不可欠です。学んで成長する人は、学んだことを使える場所を探す人だと思うのですよね。
一流への憧れと知的好奇心
伊達:
専門家の学習スタイルやパターンは人それぞれだと思います。能渡さんは自身の学習スタイルをどのように把握し、活用していますか。
能渡:
私の場合、大部分は「好奇心」がベースにあります。自分が「面白い、楽しい」と感じることの学習を繰り返しています。それに加えて、仕事の上では、自社や自分に求められる「ニーズ」と結びつけ、「これができたら面白くなるし、相手にも楽しんでもらえそうだ」と感じるものを優先的に学んでいます。加えて、違う観点では、すぐにフィードバックが得られるもの、例えばデータ分析の簡単な実装などは、日々短時間でも試していますね。
一方で、いくらか時間のかかる学び、例えば論文をじっくり読む時などは、古典的な議論から辿るなど、自分が知りたいという好奇心ベースの動機で休みの日にまとめて取り組むことが多いです。
伊達:
古い議論には、現代から見ると粗削りながらも、その後の大きな流れを作ったアイデアが詰まっていて面白いですよね。その熱量に触れるのは刺激的です。私の学習スタイルも、能渡さんが言う「一流から学ぶ」に近いものがあります。基礎から順序立てて積み上げるより、いきなり最先端のものから入ることが多いです。研究を始めたころも、入門書ではなく論文から読み始めましたしね。最初は分からなくても、どこか高揚感があって、それに耐えて触れ続けていると、ある時ふと理解できる瞬間が訪れます。
能渡:
最先端の知見から、筆者たちが何を見ようとしているのかという物事の捉え方を知ることは、実証知見に対する審美眼を鍛える上で有効ですし、学びにくさを感じる内容においても、学びのきっかけを得やすい方法だと感じるところです。
伊達:
最高峰のものから入ると、最初はわけが分かりませんが、ワクワクします。そして、それを理解するために基礎に戻ると、基礎の素晴らしさに感動します。「これを考えた人はすごい」と純粋に思える。基礎を楽しめるというのは、この学び方の良いところかもしれません。
能渡:
学習のプロセスを楽しめる方が、専門家としての深い学びにつながりますし、成長もしていくのだろうなと感じます。
伊達:
分からないものに対してワクワクするのは、重要な感性かもしれません。新しい分野に取り組む際、誰でも最初は「全然分からない」という状態から始まり、それでも「何かすごいことが起こりそうだ」という期待感で粘る。そのうちに少しずつ分かるようになり、基礎知識の重要性に気づくという流れです。
学び続けるためのモチベーション管理
伊達:
専門家としての学びは、一度きりではなく、継続することが求められます。長期的に学び続けるために、何か工夫していることはありますか。
能渡:
長期的な学習モチベーションを高く保つためには、学習そのものへの意欲より、「ずっと最前線を進み続ける」意志が必要だと思っています。そして、それに見合うパフォーマンスを追求し続けること、そのための学習とアウトプットを続けることで長期的な継続ができています。自分なりの意志がなくやらされている感じばかりだと、モチベーションが下がってしまいます。もちろん、それでもモチベーションが下がるときはありますが、その時は「まず行動してみる」ことで、結果的にやる気がついてくることもありますね。
伊達:
私の場合、キャリアの中で「このままでは続けられない」と感じた瞬間がありました。30代後半に、同じところをぐるぐる回っているような感覚に陥り、消耗していくのを感じました。その時に試して効果があったことが、二つあります。一つは、あえて関心が薄い、あるいは少し苦手意識のある領域に飛び込んでみることです。
能渡:
好奇心の逆を行くわけですね。
伊達:
そうです。自分にとって新しい知識に触れることで、マンネリ感が打破され、これまで見慣れたはずの領域も新鮮に見えてくることがあります。もう一つは、「これは直接役立たないかもしれない」と思うようなことでも、たまに学んだり調べたりしてみることです。知識自体が新鮮ですし、普段の自分の活動を異なる視点から見つめ直すきっかけになり、意欲を取り戻せるように感じています。
能渡:
「同じことの繰り返しだ」と感じ始めたときは、注意が必要ですね。そこに新しい視点や学習を取り入れていくことは、まさにイノベーションにもつながる専門家らしい取り組み方だと思いました。データ分析のような日々の業務は、典型的な分析を適用するだけで終わらせると、同じことの繰り返しに陥りがちです。その中でも、何か新しいアプローチや有効な最先端の手法を加えられないか常にチャンスを探って試すよう、日々試行錯誤している次第です。
伊達:
例えば、普段あまり馴染みのない分析アプローチに触れてみると、最初は戸惑いを感じることもありますが、あえて取り組んでみることで、「これはこれで様々な学びがあるな」とか、「この手法は部分的にこういう風に使えるかもしれない」といった発見があります。自分の慣れ親しんだ領域から一歩踏み出してみることが、長期的なモチベーションを維持するために重要だと感じましたね。
プロフィール
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。
能渡 真澄 株式会社ビジネスリサーチラボ チーフフェロー
信州大学人文学部卒業、信州大学大学院人文科学研究科修士課程修了。修士(文学)。価値観の多様化が進む現代における個人のアイデンティティや自己意識の在り方を、他者との相互作用や対人関係の変容から明らかにする理論研究や実証研究を行っている。高いデータ解析技術を有しており、通常では捉えることが困難な、様々なデータの背後にある特徴や関係性を分析・可視化し、その実態を把握する支援を行っている。