2025年6月12日
思考の連鎖が断ち切られる:作業中断がもたらすコスト
絶え間なく届くメッセージ、突然の電話、同僚からの質問、予定外の会議など、私たちの作業は中断にさらされています。スマートフォンの通知音が鳴るたび、私たちの思考は分断され、手元の作業から意識が離れていきます。このような状況は、多くの職場で日常的な光景となっています。
私たちは中断されることで、どれほどの時間を失っているのでしょうか。また、中断からタスクを再開するとき、私たちの脳内ではどのような処理が行われているのでしょうか。さらに、こうした中断が繰り返されることで、私たちの生産性や精神状態にどのような変化が生じるのでしょうか。
こうした問題に対する理解を深めるため、本コラムでは作業中断が私たちにもたらす様々な悪影響について、研究知見をもとに解説します。作業再開の難しさ、終了間近の中断がもたらす心理的負担、不快感の増加、意思決定能力の低下、そして回復にかかる時間など、作業中断の多様な側面を掘り下げていきます。
これらの知見は、情報過多社会において、より効果的に仕事を進め、心身の健康を維持するための示唆を提供してくれるでしょう。私たちの日常に深く根ざした作業中断の問題に光を当て、その実態を明らかにしていきます。
中断した仕事の再開は他より難しく時間も倍かかる
「あと少しでこの報告書が完成する」と思った矢先、緊急の電話が入ります。通話を終えてから再び報告書作成に戻ろうとしても、「さて、どこまで書いたのだっけ」と思考を整理するのに時間がかかることがあります。このような経験は、多くの人が持っているのではないでしょうか。
ある調査によると、情報労働者は週に平均50回もの作業切り替えを経験していることが分かりました。この調査では、11名の様々な職種(証券ブローカー、大学教授、Webデザイナー、ソフトウェア開発者など)の情報労働者が1週間にわたって自分の作業内容やその中断状況を詳細に記録しました[1]。
調査結果が教えてくれることは、私たちが想像する以上に作業中断の問題が深刻だということです。一度中断して後で再開するタスク(「再開タスク」と呼ばれる)が、他のタスクよりも著しく困難なのです。調査参加者は、中断後に再開したタスクを「切り替えが難しい」と評価しています。
再開タスクは他のタスクに比べて平均的に2倍以上の時間がかかることも明らかになりました。例えば、通常なら30分で終わる作業も、中断を挟むことで1時間以上かかってしまうケースも珍しくないのです。
なぜこのような現象が起きるのでしょうか。心理学では「将来記憶」と呼ばれる概念がこれを説明しています。将来記憶とは、将来的に特定の行動を取ることを思い出す能力のことです。中断が頻繁に起こると、この将来記憶の失敗が生じやすくなります。「後で○○をしよう」と思っていたことを忘れてしまうのです。
加えて、中断後のタスク再開時には、以前の作業文脈を回復する「再オリエンテーション」が必要になります。例えば、複雑なスプレッドシートで作業していた場合、どのセルをどのような計算式で編集していたのか、その全体像を思い出す必要があります。この再オリエンテーションには大きな認知的負担がかかります。
調査では、長期的なプロジェクトほど再開時の負担が高いことも明らかになりました。短時間で終わるような単純作業よりも、複雑で創造的な思考を要する作業の方が、中断による悪影響を強く受けます。
現代のオフィス環境では、多くの情報労働者が複数のプロジェクトを並行して進めています。そのような状況では、中断による記憶負荷や再調整コストを頻繁に経験せざるを得ません。この研究は、私たちが日常的に経験している中断の問題を数値で表し、その解決の必要性を客観的に示した点で価値があります。
終了間近の作業中断は自己制御力を強く消耗する
「あと少しで終わる」というときに限って中断されると、強いイライラを感じた経験はありませんか。ある研究では、タスクが終了間近で中断された場合、人間の自己制御資源が特に強く消耗することが実験的に確かめられました[2]。自己制御資源とは、人が自分の衝動や欲求を制御するために使用する心理的資源のことで、使うほど一時的に枯渇することが認められています。
この研究では大学生を対象に3つの実験が行われました。第一の実験では、参加者に色付きのカードを色別に分類するという単純な課題が与えられました。参加者はタスクの開始直後(2分後)、終了間近(4分後)、または完了するまで作業を行い、その後、実験者によって中断されました。その後、参加者は注意力持続課題に取り組みました。
結果、終了間近(4分経過後)で中断されたグループは、その後の注意力持続課題でパフォーマンスが大きく低下しました。一方、他のグループ(早い段階で中断されたグループや、最後まで作業を完了したグループ)では、そのような低下は見られませんでした。
第二の実験では、同様のカード分類課題の後、解けない問題(アナグラム)にどれだけ粘り強く取り組むかが測定されました。ここでも、終了間近で中断されたグループは、アナグラム課題での粘り強さが顕著に減少しました。特に、中断時に残されたカードの枚数が少ない(すなわち、終了がより近い)ほど、粘り強さが低下しました。
第三の実験では、文字の中から指定された単語を探す課題が用いられ、単語を「3つ見つけた後」「8つ見つけた後(終了間近)」「10個すべて見つける(完了)」のいずれかのタイミングで中断されました。その後、参加者は認知的負荷が高いハノイの塔課題(論理的思考力を測定する課題)に取り組みました。ここでも、8語見つけて中断(終了間近)したグループが、ハノイの塔課題を解くのに最も時間がかかるという結果になりました。
これらの実験結果から、研究チームは「終了間近での中断」が自己制御資源を特に消耗させることを実証しました。目標が近づくほど人はタスクへの関与が増加し、目標達成の欲求が強まるという「ゴール勾配」の現象によって説明できます。終了が近づくほど、私たちはタスク完了への動機づけが高まります。そのため、終了間近に中断されると、その強い動機を抑え込むために大きな自己制御力が必要となり、自己制御資源が消耗するということです。
各実験では参加者の気分や疲労感も測定されましたが、それらには有意差が見られませんでした。中断によって生じる問題は、表面的な感情の問題ではなく、より深い認知プロセスのレベルで起きていると言えます。
作業割り込みは作業効率を下げ、不快感を倍増させる
メッセージの通知が出る度に作業を中断せざるを得ない状況は、オフィスワーカーにとって日常的な光景でしょう。このような頻繁な割り込みが私たちの作業効率だけでなく、心理的な状態にまで及ぼす影響について実験研究が行われています[3]。
この研究では、50名の参加者を対象に、足し算、カウント、文章理解、画像理解、登録フォーム記入、項目選択という6種類の一般的な認知課題を設定しました。そして、主課題の実行途中で別の課題(ニュースの見出しを読んだり、市場状況を推理したりする課題)によって割り込む実験群と、主課題と主課題の境界(切れ目)でのみ別の課題が提示される統制群に分けて比較しました。
実験の結果、主課題の途中で割り込まれた場合、タスク完了に要する時間が3%から27%も長くなることが判明しました。例えば、通常なら10分で完了する作業も、割り込みがあれば約12分から13分かかるということです。特に複雑な課題ほど割り込みの悪影響が顕著に現れました。複雑な計算問題や深い思考を要する文章理解などの課題では、割り込みによる時間的損失が特に大きかったのです。
エラー率についても発見がありました。割り込み自体は直後のエラーを増やさなかったものの、割り込みを頻繁に受けると全体的なエラー数が約2倍に増えることが分かりました。例えば、通常なら5個のミスで済む作業でも、頻繁な割り込みがあると約10個のミスが発生するようになります。割り込みを予期すること自体が注意力を低下させるためと考えられます。「いつ割り込まれるか」という不安が、作業の質を低下させるということです。
また、主課題途中での割り込みは、不快感を増加させました。割り込みのない状態に比べて、イライラ感を引き起こすということです。加えて、実験後の不安感も、実験群の方が統制群より高くなりました。割り込みが作業効率だけでなく、心理的な健康にも悪影響を及ぼす可能性を示唆しています。
このような現象が起こる理論的な背景には、「目標記憶理論」と「ヤーキーズ・ドットソンの法則」があります。目標記憶理論によれば、課題が中断されると、課題に関連する目標を一旦記憶から外し、新たな課題の目標を活性化させるため、認知資源が余分に必要になります。一方、ヤーキーズ・ドットソンの法則は、パフォーマンスと覚醒度の関係が逆U字型であることを示しており、頻繁な割り込みは覚醒度を不適切に高め、パフォーマンスを低下させると考えられます。
複雑な中断ほど意思決定の質と効率が低下する
ビジネスの世界では日々多くの意思決定が行われています。その中で、情報の過負荷と頻繁な中断がどのように意思決定プロセスに影響するのかを調査した研究があります。中断の性質や複雑さが個人の意思決定能力に与える影響を詳細に分析した研究です[4]。
この研究では、108名の学生が参加し、ビジネス意思決定シミュレーションを用いた実験が行われました。複数の企業情報を分析して各企業への投資判断を行うという課題です。参加者は「中断なし」「単純な情報を含む中断」「複雑な情報を含む中断」の三条件にランダムに割り当てられました。
実験の結果から明らかになったのは、中断がない状況と比較して、中断が発生した状況では意思決定の正確性が低下するということです。単純な情報での中断よりも、複雑な情報を伴う中断の方が、意思決定の正確性を顕著に低下させました。
意思決定に要する時間についても同様の影響が見られました。中断があると、意思決定を行うまでの時間が増加し、特に複雑な情報を伴う中断の場合はその影響が顕著でした。参加者が意思決定を再開するために必要な時間が長くなり、全体としての効率が低下したのです。
このような現象がなぜ起こるのでしょうか。研究者たちは、情報処理理論と注意資源理論という二つの理論的背景から説明を試みています。
情報処理理論によれば、人間の認知資源には限界があり、一定の容量を超えた情報処理を求められるとパフォーマンスが低下します。タスクの中断は、新たな情報を処理する必要性を生み出し、既存の作業内容と併せて処理すべき情報量を増加させます。これにより情報過負荷が発生し、結果として意思決定の質が低下します。
対して、注意資源理論では、人間の注意力には限りがあり、複数のタスクに同時に対応しようとすると、それぞれに十分な注意を払えなくなると考えられています。中断が発生すると、主タスクと中断タスクの間で注意資源が分散し、両方のタスクのパフォーマンスが低下します。複雑な情報を含む中断は、より多くの注意資源を要求するため、主タスクへの影響が大きくなります。
実社会においては、上司からの複雑な質問、同僚との長い議論、緊急の問題対応など、様々な複雑な中断が発生します。この研究結果を踏まえると、重要な意思決定を行う際には、そのような複雑な中断を最小限に抑える環境づくりが求められます。
中断した作業の回復には時間がかかるが徐々に速くなる
「ちょっと待って、今それ必要?」と思わず言いたくなるような中断を経験したことはないでしょうか。作業に集中しているときの中断は、時間を奪うだけでなく、その後の回復にも時間がかかります。タスクが中断された後に、人間が再びそのタスクに復帰し、元の作業効率を取り戻すまでの時間的な推移が詳細に調査されています[5]。
この研究では、375名の学生が参加し、軍事作戦を計画する複雑なコンピューターゲーム課題を実施しました。タスクはランダムなタイミングで中断され、約30~45秒間、別の簡単な分類タスク(レーダースクリーンに表示されるアイコンを分類する課題)が挿入されました。中断後は再び元のタスクに戻り、その後の回復過程が分析されました。
この実験から明らかになったのは、中断後の回復には一定のパターンが存在するということです。中断後の最初の反応(Position 1)は非常に遅く、次第に反応時間は短縮され、約10回目の反応(約15秒後)で安定化しました。このパターンは滑らかな曲線を描き、徐々に認知状態が回復していく過程を示していました。
例えば、通常時の反応時間が2秒程度だとすると、中断直後の最初の反応は約4秒かかり、5回目の反応で約2.5秒、10回目でほぼ通常の2秒に戻るといった具合です。このように、完全に元の状態に戻るまでには一定の時間が必要であり、その回復過程は徐々に進行することが分かりました。
中断前に準備時間(警告間隔)が長いほど最初の応答はやや早くなりましたが、その効果は限定的でした。実験では4秒の準備時間があっても、回復に要する時間の削減効果は約1秒程度にとどまりました。これは、中断に対する準備をしても、その後の回復過程を大幅に短縮することは難しいことを表しています。
実験を通じて中断の回復パターンは安定しており、課題間の類似性や中断の時間的長さよりも、中断自体が持つ本質的な認知的負担が影響していることが示されました。中断という事象そのものが人間の認知処理に特有の負荷をかけるのです。
研究者たちはこの回復過程を説明するために「累積プライミング」というモデルを挙げています。このモデルによれば、認知的に複雑な課題の遂行には、目標・サブゴール・手順など多様な情報が連想的につながっている「認知的文脈」が存在しています。中断後の回復とは、これらの認知的要素を記憶から再び取り出し、元の認知的文脈を復元するプロセスなのです。
最初の要素が取り出されると、次の要素の取り出しが促進され(プライミング効果)、これが累積的に進むことで徐々に回復が早まっていきます。例えば、複雑な表計算を行っていた場合、まず「表計算ソフトを使っていた」という基本的な認識が戻り、次に「特定のデータセットを分析していた」という認識、さらに「特定の計算式を使っていた」という具体的な内容へと、連想的に記憶が回復していくイメージです。
このモデルは実験データに対して良好な適合度を示し、反応時間の変化をうまく説明できました。また、繰り返しタスクを行うことで学習効果が現れ、連想強度が強化され、回復がより迅速になる現象もモデルで説明できました。同じ種類の中断を何度も経験することで、回復のスピードが向上する可能性があります。
脚注
[1] Czerwinski, M., Horvitz, E., and Wilhite, S. (2004). A diary study of task switching and interruptions. Proceedings of the SIGCHI Conference on Human Factors in Computing Systems, 175-182.
[2] Freeman, N., and Muraven, M. (2010). Don’t interrupt me! Task interruption depletes the self’s limited resources. Motivation and Emotion, 34(3), 230-241.
[3] Bailey, B. P., and Konstan, J. A. (2006). On the need for attention-aware systems: Measuring effects of interruption on task performance, error rate, and affective state. Computers in Human Behavior, 22(4), 685-708.
[4] Speier, C., Valacich, J. S., and Vessey, I. (1999). The influence of task interruption on individual decision making: An information overload perspective. Decision Sciences, 30(2), 337-360.
[5] Altmann, E. M., and Trafton, J. G. (2007). Timecourse of recovery from task interruption: Data and a model. Psychonomic Bulletin & Review, 14(6), 1079-1084.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。