2025年6月10日
創造性の闇:嘘と策略を生み出す能力
私たちは「創造性」という言葉を聞くと、一般的に肯定的なイメージを持ちます。芸術作品を生み出す力、困難な問題を解決するためのアイデア、あるいは革新的な製品やサービスを開発する能力など、創造性は多くの場面で賞賛され、求められる特性です。学校では子どもたちの創造性を育むための教育が行われ、企業では創造的な人材が高く評価されます。
しかし、創造性にはあまり語られることのない側面があります。それが「悪意の創造性」です。悪意の創造性とは、意図的に他者に害を与えるための新しいアイデアや方法を考え出す能力のことを指します。日常的な嘘や策略から、巧妙な詐欺、さらには高度な犯罪行為に至るまで、その範囲は幅広く存在します。
私たちの社会では、創造性は肯定的な価値を持つものとして扱われがちですが、実際には、その同じ能力が人を傷つけるために使われることもあるのです。例えば、嘘をつく時に創造的であることは、その嘘をより説得力のあるものにし、発覚しにくくします。詐欺師が巧妙な手口を考案するとき、そこには高い創造性が発揮されています。
本コラムでは、「悪意の創造性」という概念を様々な角度から掘り下げ、その特徴や表れ方、心理的なメカニズムについて考察します。創造性の暗い側面を理解することで、私たちは人間の思考や行動についてより深い洞察を得ることができるでしょう。
悪意の創造性は嘘や策略に表れる
悪意の創造性は日常生活における様々な場面で見られます。特に嘘をつくことや他者を出し抜くための策略を考えることにおいて、この特殊な創造性が発揮されることがあります。
悪意の創造性を測定するために開発された尺度「悪意の創造性行動尺度(Malevolent Creativity Behavior Scale: MCBS)」に関する研究では、日常生活における悪意ある創造的行動が三つの主要な因子に分けられることが分かりました[1]。
- 一つ目は「人を傷つける行動」で、これには復讐や妨害行為など、直接的に他者に害を与える行動が含まれます。
- 二つ目は「嘘をつくこと」で、創造的な嘘や言い訳を生み出す能力に関連します。
- 三つ目は「策略を用いること」で、いたずらやルールの隙間を突くような行動が該当します。
研究ではこの尺度を用いて、908人の参加者からデータを収集し分析しました。調査の結果、悪意の創造性は攻撃性と強い相関関係があることが判明しました。攻撃性が高い人ほど、悪意のある創造的な行動をとる可能性が高いということです。
これは直感的にも理解できることかもしれません。例えば、職場で同僚に対して恨みを持っている人が、その同僚の評判を傷つけるために創造的な噂を広めるといったケースが考えられます。
嘘や策略における悪意の創造性は、日常的な場面でも見られます。例えば、仕事の遅れを隠すための創造的な言い訳を考えることや、自分の失敗の責任を他人に転嫁するための巧妙なストーリーを作り上げることなどが挙げられます。これらの行動は、新しいアイデアを生み出す能力と、それを実行に移す意思の両方を必要とします。
悪意の創造性が嘘や策略として表れる場合、その行動は相手に気づかれにくく、発覚しても弁解できるように設計されていることが多いかもしれません。このような特徴は、悪意の創造性が持つ危険性を高めています。
悪意の創造性は嘘を生みやすい
悪意の創造性と嘘との関係について掘り下げていきましょう。創造性と誠実さ(integrity)の関係を調査した研究では、創造的な人がより嘘をつく傾向があることが明らかになっています[2]。
566名の大学生を対象にした研究では、創造性を測定するために「Remote Associates Test(RAT)」という課題が用いられました。これは三つの異なる単語に共通して関連する単語を見つけるテストで、例えば「falling」「actor」「dust」に対して「star(流れ星、スター俳優、星くず)」という共通の関連語を答えるというものです。創造性テストの得点と、自己報告による誠実さ(integrity)の尺度との関係を調べたところ、創造性が高い人ほど自己報告による誠実さが低いという結果が出ました。
この研究では実際の行動における誠実さも測定しています。研究の最後に、わざと調査システムにエラーが起きたように装い、参加者が「指示通り最後まで調査を完了する」か「システムのエラーに乗じて途中で終了し、報酬だけを受け取る」かという状況を作り出しました。結果、創造性が高い参加者ほど誠実さを示さない(後者の行動を選ぶ)ことが分かりました。
なぜ創造的な人ほど嘘をつきやすいのでしょうか。研究者たちは、創造的な人は認知的柔軟性が高く、状況の解釈や自分の行動の正当化が容易であるためではないかと考えています。創造的な人は「これは嘘ではなく、別の表現方法だ」とか「この状況では少し事実を曲げても問題ない」というように、自分の行動を再解釈する能力が高いのです。
職場で締め切りに間に合わなかった時、創造性の低い人は単純に「遅れました」と認めるかもしれません。一方、創造性の高い人は、「実は別の重要なプロジェクトが急に入って、それを優先せざるを得なかったのです」とか「データの分析に予想以上に時間がかかりました」というような理由づけをするかもしれません。これらは必ずしも完全な嘘ではないかもしれませんが、真実を曲げている可能性があります。
悪意の創造性は巧妙な嘘を生む
創造性と嘘の関係を探求した研究では、嘘の「質」にも注目が集まっています。嘘をつくという行為自体にも創造性が必要とされ、より創造的な人はより効果的な嘘をつく能力を持つことが分かっています。
89名の大学生を対象にした研究では、参加者に日常的に起こり得る18の社会的ジレンマ(例えば、友人の服が似合わないが、それを正直に伝えたくない場合など)が提示され、それぞれの状況でどのように対応するかが調査されました[3]。参加者の回答は、「新奇性」(回答がどれだけ独創的か)、「短期的有効性」(その嘘が社会的な目標達成にどれだけ効果的か)、「長期的影響」(その嘘が人間関係にもたらす長期的な悪影響はどの程度か)という三つの観点から評価されました。
研究の結果、嘘の新奇性と短期的有効性には正の相関があることが判明しました。つまり、より独創的な嘘ほど、短期的には効果的であるということです。例えば、友人の似合わない服について尋ねられた場合、「うーん、いいと思うよ」という平凡な返答よりも、「その色は季節感があって素敵だけど、もう一つの衣装と合わせるともっと素敵かもしれないね」というような独創的な返答の方が、相手を傷つけずに目的を達成できる可能性が高いということです。
即時に有効な嘘ほど、長期的に人間関係に与える悪影響が少ないという傾向も見られました。ただし、「敵対的な関係性」がある場合には、この傾向が逆転することも分かりました。友好的な関係では創造的な嘘が関係を守るのに対し、敵対的な関係では創造的な嘘がかえって関係を悪化させる可能性があります。
この研究では、嘘の創造性と拡散的思考(divergent thinking)およびアイデア生成傾向との関係も調査されました。拡散的思考とは、一つの問題に対して多様な解決策を考え出す能力のことです。結果、拡散的思考能力(特にオリジナリティ、精緻化、タイトル付け)が高い人ほど、より創造的な嘘をつく傾向が見られました。同様に、日常生活でアイデアをよく生成する人ほど、より創造的な嘘をつく傾向もありました。
これらの結果は、嘘をつくという行為が欺瞞だけではなく、一種の創造的な問題解決であることを示唆しています。特に社会的な状況では、正直であることと他者の感情を害さないことの間でジレンマが生じることがあります。そのようなジレンマを解決するために、人は創造的な嘘を用いるのです。
悪意の創造性は不正を正当化する
創造性には「暗い側面」があり、それが不正行為を促進する可能性があることが研究によって明らかになっています。創造的な人や創造的な思考状態にある人は、不正行為をより多く行う傾向があるのです。
一連の実験を通じて、研究者たちは創造性と不正行為の関係を調査しました[4]。広告代理店の社員99名を対象にした予備調査では、仕事で要求される創造性と自己申告による不正行動の頻度との間に関連があることが分かりました。創造性がより高く求められる部署ほど、不正行動が多く報告されました。
続く実験では、学生の創造性と知性をテストで測定し、その後、様々な課題(知覚課題、問題解決課題、多肢選択課題など)における不正行動(自己申告式の得点の水増し)との関連を調べました。そうしたところ、創造性が高い人ほど不正行動が多く、創造性は知性よりも強力な不正行動の予測因子であることが分かりました。
一時的に創造的思考を促すプライミング(例えば、創造的な人になったつもりで考えるよう指示すること)によっても、その後の不正行動が増加することが実験で確認されました。これは、創造性が性格特性として高い人だけでなく、一時的に創造的思考状態に置かれた人でも不正行動が増える可能性があることを示しています。
なぜ創造性は不正行為を促進するのでしょうか。研究者たちは、その主要なメカニズムとして「自己正当化」の能力を挙げています。創造的な人は、自分の行動を倫理的に問題ないものとして再解釈する能力が高いのです。例えば、「詐取」ではなく「借用」と考えたり、「嘘」ではなく「戦略的な情報操作」と捉えたりすることで、自分の不正行為を正当化します。
このことを検証するために、研究者たちは不正行為を容易に正当化できる条件と難しい条件を設け、創造性の影響がどう変わるかを調べました。例えば、ダイスを一回のみ振る条件(不正を正当化しにくい)と複数回振れる条件(「良い目が出るまで振り直した」と正当化しやすい)を比較したところ、不正を正当化しにくい条件でこそ、創造性の影響が顕著であることが分かりました。創造的な人は、正当化が難しい状況でも「創造的な理由付け」によって不正を行う能力を持っているということです。
悪意の創造性は犯罪を高度化する
悪意の創造性がもたらす最も深刻な問題の一つに、犯罪やテロの高度化があります。犯罪者やテロリストが創造的思考を駆使することで、従来の防御策や対策を回避し、より大きな被害をもたらす可能性があります。
「悪意ある創造性(malevolent creativity)」をテロや犯罪の文脈でモデル化した研究では、「機能的創造性(functional creativity)」という概念が提示されています[5]。この概念は四つの特性から成り立っています。
- まず「関連性と有効性」、すなわち提案されたアイデアや方法が具体的な問題を解決できること。
- 次に「新規性」、アイデアや方法が予測不能で驚きをもたらすこと。
- 三つ目に「洗練性」、アイデアや方法が合理的でよく設計され完成度が高いこと。
- 最後に「一般化可能性」、アイデアや方法が他の問題にも応用できることです。
テロや犯罪においては、特に「新規性」と「有効性」が重視されます。例えば、2001年の9.11同時多発テロは非常に創造的であり、従来のセキュリティ対策では想定されていなかったため、大きな被害をもたらしました。これは悪意の創造性が高度な形で表れた極めて悲劇的な例と言えるでしょう。
悪意の創造性には「競争的側面」があることも指摘されています。犯罪者やテロリストは、法執行機関やセキュリティ組織との間で一種の「創造性の競争」を行っています。彼ら彼女らは常に新しい手法を開発し、防御側の予測を困難にしようとします。この競争的な関係の中で、悪意の創造性は社会に対する脅威となります。
また、創造的なアイデアには時間経過とともに「衰退」が起こることも研究で指摘されています。特に「新規性の衰退」と「有効性の衰退」が重要です。アイデアが広まるにつれて予測可能になり驚きが減少する(新規性の衰退)と、対抗策が容易になり有効性も低下します(有効性の衰退)。
犯罪やテロに対する効果的な対策は、単なる問題解決ではなく、「創造的な競争」の一環として捉える必要があります。防御側も創造的であることが求められ、新しい防御策を開発し続けなければならないのです。
脚注
[1] Hao, N., Tang, M., Yang, J., Wang, Q., and Runco, M. A. (2016). A new tool to measure malevolent creativity: The Malevolent Creativity Behavior Scale. Frontiers in Psychology, 7, 682.
[2] Beaussart, M. L., Andrews, C. J., and Kaufman, J. C. (2013). Creative liars: The relationship between creativity and integrity. Thinking Skills and Creativity, 9, 129-134.
[3] Walczyk, J. J., Runco, M. A., Tripp, S. M., and Smith, C. E. (2008). The creativity of lying: Divergent thinking and ideational correlates of the resolution of social dilemmas. Creativity Research Journal, 20(3), 328-342.
[4] Gino, F., and Ariely, D. (2012). The dark side of creativity: Original thinkers can be more dishonest. Journal of Personality and Social Psychology, 102(3), 445-459.
[5] Cropley, D. H., Kaufman, J. C., and Cropley, A. J. (2008). Malevolent creativity: A functional model of creativity in terrorism and crime. Creativity Research Journal, 20(2), 105-115.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。