2025年6月9日
副業の収穫:貴重な経験と学びの循環
ワークスタイルの多様化とともに副業を行う人が増えています。かつて副業といえば、本業の収入を補うための手段というイメージが強かったかもしれません。しかし、現代の副業は収入源だけではなく、自己成長やキャリア開発の機会としても捉えられるようになってきました。企業側も副業禁止から容認へと方針を転換する動きが広がっています。
副業が持つ多面的な価値を理解することは、個人の成長戦略を考える上でも、企業が人材育成や組織活性化を図る上でも有用です。副業を行う人々はどのような動機を持ち、そこからどのような学びを得ているのでしょうか。また、副業経験をより価値あるものにするためには、何が必要なのでしょうか。
本コラムでは、副業の動機に関する研究知見を紹介しながら、副業の意義と可能性について探っていきます。副業の動機が収入だけではなく、多様な非金銭的要素も含むこと、特に独立性の追求が重要な動機となっていること、そして副業からの学びを深めるために上司の関与が果たす役割について順に見ていきます。
副業の動機はお金だけではない
副業というと、一つ思い浮かぶのは「お金を稼ぐため」という動機ではないでしょうか。確かに、収入増加は副業を始める理由の一つです。しかし、副業の動機はそれだけにとどまらないことが、研究から分かっています。
英国北海油田・ガス産業に勤める洋上勤務者を対象にした調査では、副業を行う動機に関していくつかの事実が明らかになっています[1]。この調査では、副業を行っている理由、または副業をするとしたらその理由について質問したところ、回答者の約半数が経済的な動機(収入目標の達成、一時的な経済困難への対応、将来への貯蓄など)を選んだものの、残りの半数は非金銭的な動機(他の職種の経験やビジネス構築、仕事の楽しみ、余暇活用、雇用の不安定性への備えなど)を挙げました。
この結果は、副業という行動の背後には、収入増加だけでなく、職務経験の多様化や自己実現、余暇の有効活用といった様々な目的が存在することを示しています。副業は生活のためであると同時に、キャリア開発や人生の充実につながる積極的な選択でもあるのです。
経済的動機と非金銭的動機では、どのような特徴の違いがあるのでしょうか。調査結果から見えてきたのは、次のような特徴です。
経済的な動機で副業をする人々は、本業の給与水準が比較的低く、配偶者の就労率も低い傾向がありました。また、若い世代や子どものいる家庭の人ほど、経済的な理由で副業を選ぶ割合が高いことも分かりました。生活基盤を固めるための必要性から副業に向かう姿が見えてきます。
他方で、非金銭的な動機で副業をする人々は、本業の給与水準が比較的高く、家族の中で複数の収入源がある場合が多いという特徴がありました。経済的な余裕があるからこそ、収入以外の価値を求めて副業に取り組むことができるようです。
さらに詳しくデータを分析すると、年齢が高くなるほど副業を経済的な理由で選ぶ確率は低下していきます。これは年齢とともに経済的な安定が得られるためかもしれません。家族構成も副業の動機に関係しており、世帯人数が多いほど、複数の収入源が確保されているため、経済的理由での副業の確率は低下します。
しかし一方で、子どもが多いほど、教育費などの経済的負担が増えるため、経済的動機による副業の確率は上昇するという結果も出ています。配偶者が就労している場合は、世帯収入が増えるため、副業を経済的理由で選ぶ確率は下がります。
労働市場における経験年数が長い人ほど、副業を経済的動機で選ぶ確率が高まることも分かりました。これは一見矛盾するように思えますが、長年の経験から労働市場をよく理解し、経済的に有利な副業機会を見つけ出す能力が高いためではないかと考えられています。
就労環境や家庭環境、年齢によって副業への動機は変化します。年齢が上がるにつれて経済的な安定が得られると、副業の目的も収入増加から自己実現や趣味の延長といった方向へと変化していく様子が見えてきます。
副業の動機で独立性が最重要
副業の形態の一つに、「パートタイム起業」があります。これは会社員などの本業を持ちながら、副業として自分のビジネスを始める形態です。このようなパートタイム起業は、将来的にフルタイムの起業家になるための第一歩として位置づけられる場合もあります。パートタイム起業家がフルタイム起業家へと移行する際、どのような動機が重要な役割を果たすのでしょうか。
ドイツのパートタイム起業家を対象にした調査では、パートタイム起業からフルタイム起業への移行と関連する様々な動機が検証されました[2]。調査では金銭的動機と非金銭的動機の両方が検討されています。
金銭的動機には、「副収入の獲得」と「経済的成功の追求」が含まれます。副収入を得るために副業を始めた人は、本業の収入を補完することが主な目的であるため、フルタイム起業への移行意欲は低くなります。一方、経済的成功を強く求める人は、ビジネスチャンスを追求し、富を築きたいという願望が強いため、フルタイム起業に移行する可能性が高いと予想されました。
非金銭的動機としては、「イノベーションへの欲求」「独立性の追求」「社会的承認」「ロールモデルに従う」「自己実現」という5つの要素が検討されました。これらの動機は、経済的な報酬以外の価値を追求する姿勢を表しています。
調査結果で注目すべきは、フルタイム起業への移行において「独立性の追求」という動機が最も強く関連していたことです。独立性とは、自分自身で決断を下し、自分のやり方で仕事を進めたいという欲求を指します。この独立性への欲求が強いパートタイム起業家ほど、フルタイム起業へと移行する可能性が高いことが明らかになりました。
次に重要だったのは「自己実現」の動機です。自分自身の夢やビジョンを達成したいという強い願望を持つ人ほど、副業から本業への移行を果たしやすいという結果が出ています。
一方で、「社会的承認」の動機は、予想とは逆に、フルタイム起業への移行と負の関連を示しました。他者から認められたい、評価されたいという欲求が強い人ほど、安定した本業を手放さないということです。社会的地位や評価を重視する人にとって、既存の組織内でのキャリアが一定の安心感を提供するためかもしれません。
「ロールモデルに従う」という動機は、フルタイム起業への移行と有意な関連が見られませんでした。これは、他者の成功例に感銘を受けて起業を始めたとしても、それだけでは本格的な起業への移行を促す要因とはならないことを示唆しています。
「イノベーションへの欲求」は、新しいアイデアを実現したいという願望ですが、これも一部のモデルでは正の関連が示されたものの、一貫した結果は得られませんでした。新しいことに挑戦したいという気持ちだけでは、安定した仕事を辞めて起業に専念するという大きな決断には至らないようです。
調査ではさらに、年齢や教育水準、起業の背景などの要因も分析されました。年齢が高い人、特に55歳以上の人はフルタイム起業への移行可能性が低く、大学卒業以上の学歴を持つ人は移行可能性が高いという結果も出ています。また、経済的必要性から起業した人(例えば、失業の危機に直面して起業した人)はフルタイムへの移行可能性が高く、都市部の起業者や独自の発明を持つ起業者も同様に移行可能性が高いことが分かりました。
副業の学びは上司で深まる
これまで、副業の動機が収入増加だけでなく様々な非金銭的要素を含むこと、特に独立性の追求が重要な動機となりうることを見てきました。副業経験から得られる学びや成長をより深めるには、どのような条件が必要なのでしょうか。ここでは、副業からの学びを促進する上で、上司の関与がどのような役割を果たすかについて考えていきます。
日本企業でも副業制度の解禁が進んでいますが、制度を導入するだけでは、副業経験が従業員の成長や企業の競争力向上につながるとは限りません。副業制度を活かすには、副業経験を通じた学びを本業に還元するプロセスを理解し、支援することが求められます。
ある日本企業の事例調査では、副業経験からの学びを深める上で上司の関与が重要な役割を果たすことが明らかになりました[3]。調査では、副業を行っている従業員とその上司へのインタビューを通じて、副業経験がどのように人材育成につながるかを検討しています。
チームリーダー(Bさん)とその上司(Cさん)のケースを見てみましょう。Bさんは当初、コロナ禍で本業の業務量が減り、残業代が減少したことによる収入補填を目的として副業を始めました。しかし、副業を通じて本業とは異なる職場文化に触れることで、コミュニケーションや人間関係構築の新しい方法を学んでいきます。
副業先では、本業で当たり前だと思っていた「報連相」(報告・連絡・相談)が十分に機能していないことに気づき、逆に本業の優れた側面を再評価するようになりました。また、自分のスキルや能力の不足を感じる場面もあり、それが新たな学びの機会となりました。
副業を始めたことで時間管理への意識が高まり、「残業前提の働き方では今後通用しない」という認識を持つようになりました。その結果、時間の使い方や仕事に対する姿勢が前向きに変化していったのです。
このような副業からの学びをさらに深めたのが、上司であるCさんの関与でした。Cさんは、Bさんが副業を始めた当初の「収入補填」という目的を尊重しつつも、「自己成長や市場価値の向上」という非金銭的な目的も意識するよう促しました。副収入稼ぎだけではなく、自己成長の機会として副業を捉えるよう視点を広げたのです。
さらに、Cさんは定期的な会議の場でBさんに「経験の言語化」を促しました。副業で何を経験し、何を感じ、どのような気づきがあったかを言葉にして振り返る機会を設けることで、漠然とした経験を具体的な学びへと変換するサポートをしました。
Cさんは、Bさんが副業経験後に本業で新しいプロジェクトに積極的に取り組む姿勢を肯定的に評価し、成長を促しました。このように上司が部下の成長を認め、支持することで、副業経験を通じた学びが本業での行動変容へとつながっていきました。
この事例から、副業経験を人材育成につなげるためには、上司の積極的な関与が鍵となることが分かります。特に重要なのは次の3点です。
第一に、副業の目的設定に関わることです。初めは収入増加という経済的動機から始めた副業でも、上司が非金銭的な価値(自己成長やスキルアップなど)に目を向けさせることで、副業への取り組み方や得られる学びが変わってきます。
第二に、経験の内省と言語化を促進することです。副業で得た経験をただ漠然と積み重ねるのではなく、定期的な対話を通じて振り返り、言葉にすることで、学びへと変換していきます。
第三に、本業での行動変容を評価し、さらなる成長を促すことです。副業での学びが本業での新たな行動につながった際に、それを肯定的に評価することで、学びの循環を生み出していきます。
副業経験は、越境学習の一形態と捉えることもできます。越境学習とは、組織の外での経験を内省し、その学びを再び組織内へ還流させるプロセスです。副業もまた、異なる組織や環境で新たな経験を積み、そこから得た学びを本業に活かすという点で、越境学習の特徴を持っています。
越境学習を効果的に行うためには、異なる環境での経験と本業との接続点を作ることが必要です。ここで上司が橋渡し役となり、副業経験と本業とをつなげる支援をすることで、学びがより深まり、本業への還元も促進されるということです。
企業が副業制度を導入する際には、制度を設けるだけでなく、副業経験からの学びを促進する仕組みも同時に考える必要があります。定期的な面談や経験共有の場を設けるなど、副業経験を内省し、言語化するための機会を提供することが有効でしょう。
また、上司自身も副業に対する理解を深め、部下の副業経験を人材育成の機会として捉える姿勢が求められます。「副業は本業に支障が出なければ良い」という消極的な姿勢ではなく、「副業は新たな学びと成長の機会になる」という積極的な視点を持つことが大切です。
脚注
[1] Dickey, H., Watson, V., and Zangelidis, A. (2011). Is it all about money? An examination of the motives behind moonlighting. Applied Economics, 43(26), 3767-3774.
[2] Block, J. H., and Landgraf, A. (2016). Transition from part-time entrepreneurship to full-time entrepreneurship: The role of financial and non-financial motives. International Entrepreneurship and Management Journal, 12(1), 259-282.
[3] 石橋直美・榎本睦郎・押田悠・澤村亮・矢形宏紀・山本まどか・竹内秀太郎(2023)「正社員の副業経験を人材育成につなげるための上司の関与について」『グロービス経営大学院 紀要:調査レポート』No.0006_S、35-40頁。
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。