2025年6月9日
「変化に強い組織」をつくる思考法:対応力を高める認知的柔軟性とは
現代の企業環境は急速に変化しており、外国人労働者の受け入れや定年退職後の再雇用など、多様な人材と共に働くことが求められています。特に、COVID-19の影響により、コミュニケーション手法の変化やデジタル化の進展が加速し、企業は新しい環境に柔軟に適応することが必要になりました。
こうした変化に対応するために重要な要素の一つが「認知的柔軟性」です。認知的柔軟性が高い人は、複雑な状況下でも多様な視点や考え方を活用し、従来とは異なる選択肢を見出すことができます。これは、認知バイアスを軽減するうえで有効な手段にもなります。
企業においては、リーダーや従業員の柔軟な思考や適応能力が、組織の持続性や成功を左右すると考えられます。近年の研究でも、リーダーの意思決定や従業員のパフォーマンス向上において、認知的柔軟性が重要な役割を果たすことが示されています。
本コラムでは、認知的柔軟性がリーダーシップや従業員の業績にどのような影響を与えるのか、最新の学術論文をもとに考察します。
認知的柔軟性とは
ここでは、認知的柔軟性の定義と特徴について簡単に説明します。認知的柔軟性とは、新しい状況や変化する環境に適応し、異なる視点を持ち、複数の選択肢を検討できる能力を指します[1]。この能力は、創造的問題解決や効果的な意思決定に寄与し、リーダーシップや従業員のパフォーマンスにおいて重要な要素となります[2]。つまり、認知的柔軟性を持つ人は、新しい状況に迅速に適応することができ、職場環境の変化や予期せぬトラブルが発生した際にも、従来の方法に固執せず、新しい解決策を模索する力があります。
「固執しない」という傾向は、さらなるメリットにもつながります。たとえば、従来の方法に固執しないことで、様々な方法の中から最適な解決策を見つけ、新しい情報と既存の知識の統合や応用することができるため、新しいスキルの習得や知識の応用がスムーズになります。
また、自分の意見や考えに固執しないことで、他者の視点を受け入れることもできます。そのため、対人関係が円滑になり、チームワークの向上にも寄与します。こうしたメリットにもつながることから、心理学や教育学などの学問領域だけでなく、日常のビジネス領域において重要視されており、特に現代のような変化の激しい社会において不可欠なスキルとされています。
ビジネスにおける認知的柔軟性
ここでは、ビジネスの現場において、認知的柔軟性がどのように関係するのかを紹介します。特に、リーダーシップと創造性のパフォーマンスに焦点を当てて解説します。
リーダーシップと認知的柔軟性
現代のリーダーは、変化の激しい環境の中で多様な課題に直面します。そのため、状況に応じた柔軟な対応が不可欠です。ある研究では、認知的柔軟性の高いリーダーは、複雑な問題を分析し、多角的な視点を統合することで、革新的な解決策を生み出す能力を備えていると報告されています[3]。
たとえば、多様な価値観を持つチームを率いる際、認知的柔軟性の高いリーダーであれば、メンバーの異なる意見を積極的に受け入れ、それらを統合して新しいアイデアを生み出す環境を整えることができるでしょう。これにより、チームの創造性やエンゲージメントが向上します。つまり、リーダーがこの特性をもつことで、不確実な状況においても効果的な意思決定を行い、組織の適応力を高めることができると考えられます。
さらに認知的柔軟性は、変革型リーダーシップ(トランスフォーメーショナル・リーダーシップ)と深く関連していると考えられます[4]。変革型リーダーシップとは、フォロワーの価値観や動機付けを高め、パフォーマンスの向上を促すリーダーシップのスタイルを指します[5]。
変革型リーダーシップはいくつかの特徴から構成されるものです。その中でも、「知的刺激」は重要な構成要素の一つであり、リーダーがフォロワーに創造的・批判的思考を促し、従来の枠にとらわれない解決策を考えるよう奨励する役割を果たします[6]。このようなアプローチは、従業員の視点を広げ、革新的な思考を促進し、ひいては組織全体の成長につながります。
さらに、認知的柔軟性の高いリーダーは、従業員のモチベーションや創造性を引き出しやすいと考えられます。柔軟な思考を持つリーダーは、異なる視点を理解し、適切なフィードバックを提供することで、従業員が自らの能力を最大限に発揮できる環境を整えることができます。その結果、組織内のエンゲージメントが向上し、持続的な成長が促進されるのです。加えて、認知的柔軟性は効果的なコミュニケーションの要素としても機能します。異なる視点を受け入れる能力を持つリーダーは、部下との意思疎通を円滑にし、チーム全体の結束力を高めます。
ある研究では、リーダーが共感力を持ち、相手の立場を理解することが、組織内の協力関係の強化につながるとされています。例えば、プロジェクトの進行中に部門間で意見が対立した場合、認知的柔軟性の高いリーダーは、一方の意見を単純に採用するのではなく、双方の立場を理解しながら調整を行うと考えられます。
具体的には、異なる視点を尊重しながら、両者の主張の核心を明確にし、相互に受け入れ可能な解決策を導く役割を果たすことが期待されます。これにより、チームは困難な課題に直面した際にも柔軟に対応し、持続可能な成長を遂げることが可能になります。
以上をまとめると、認知的柔軟性を備えたリーダーは、単なる問題解決者にとどまらず、組織の成長を牽引する存在です。変化に適応し、革新的な思考を促進することで、リーダー自身だけでなく、組織全体の競争力を高めることができます。
創造性と認知的柔軟性
認知的柔軟性は、従業員の適応力や創造性、仕事のパフォーマンス向上に役立つとされています。また、問題解決能力を高めたり、ストレスに強くなったりする効果もあることが報告されています。ここでは、いくつかの研究を紹介します。
例えば、創造性を高める要因として認知的柔軟性に注目し、気分の違いが創造的な発想にどう影響するのかを調べた研究があります[7]。この実験では、参加者にポジティブ(楽しい)またはネガティブ(不快な)気分を誘発した後、創造的な課題に取り組むことを求めました。
その結果、ポジティブで活発な気分の人ほど、認知的柔軟性が高くなることを通して、多様で、独創的なアイデアを生み出しやすいことが明らかになりました。一方で、ネガティブで活発な気分の人は、物事を深く考えることで沢山のアイディアを生み出せるものの、新しいアイデアを生み出す柔軟性は高まりにくいことが確認されました。
この結果は、創造的な思考を促すには単に楽しい雰囲気を作るだけでなく、活気のある環境を意識的に整えることが大切だと示唆しています。職場や教育の現場では、ポジティブでエネルギッシュな環境を作ることが、従業員の創造力を引き出すのに有効だと考えられます。
また、先ほどは逆に、創造的な活動によって認知的柔軟性を高められること、さらに、それによってストレスに適応する力が向上することを報告した研究もあります[8]。具体的には、創造性が高まると、ストレスの原因をさまざまな視点から捉えやすくなり、新しい解決策を見つけやすくなるのです。
これは、柔軟な思考をもつことによって、ストレスを単に「脅威」としてではなく、「成長のチャンス」として受け止められるようになるためだと考えられます。その結果として、従業員の精神的な健康(ウェルビーイング)が向上するといえます。別の研究でも、認知的柔軟性が高い従業員は、職務上の変化に素早く適応し、新しい業務や環境に対応しやすいため、心理的健康の維持に重要であることが示唆されています[9]。
以上を踏まえると、認知的柔軟性は創造性や問題解決能力を高めるだけでなく、ストレスへの適応力や心理的健康の向上にも寄与する重要な要素であると言えるでしょう。特に、ポジティブで活発な環境の整備や創造的活動の促進が、個人の柔軟な思考を育み、職場や教育の場における適応力向上につながると考えられます。したがって、組織や教育機関においては、単に知識やスキルを向上させるだけでなく、柔軟な思考を養う環境づくりが求められます。
企業における認知的柔軟性の育成
認知的柔軟性は、訓練によって向上させることが可能であり、企業においても従業員の適応力向上や創造性の発揮に寄与することが期待されています。そこで、企業が導入可能な施策について、ライフスタイルや行動的介入の観点から提案します。
職場環境における習慣化の促進
認知的柔軟性を鍛えるために、日常の習慣や行動を工夫することが有効であるとする研究があります。企業においても、リフレッシュタイムの導入を行うことで、従業員の認知的柔軟性向上を支援できると考えられます。
たとえば、会議前やデスクワークの合間に1~2分の深呼吸や瞑想を推奨することで、従業員がストレスを軽減し、落ち着いて状況を受け入れやすくなり、柔軟な発想や冷静な意思決定を促進できることが予測されます。
また、ある研究では、認知的柔軟性を高めるために、日常の習慣や行動を工夫することが有効であると述べられています[10]。具体的には、パズルや戦略ゲームなどを活用し、ランチタイムや休憩時間に気軽に参加できる「思考の切り替えトレーニング」を提供することで、従業員の発想力向上につながる効果が期待されています。特別な機会や場を設けるのではなく、普段の環境の延長にトレーニングを提供できるという点は注目に値します。
福利厚生としての支援制度
企業が従業員の健康維持や柔軟な思考力の育成を支援する方法としては、福利厚生を提供することも有効だと考えられます。具体的には、運動習慣の促進や柔軟な働き方の施策を取り入れることです。
たとえば、認知的柔軟性向上には運動が有効であるとされており、特にウォーキングやヨガ、ダンスなどが脳の活性化に寄与するといわれています[11]。企業としては、従業員がスポーツジムやフィットネスクラスを利用しやすいように補助金を支給する、ウォーキングイベントを開催するなどの支援が考えられます。
さらに、リモートワークやフレックスタイム制度を導入し、多様な働き方を支援することで、従業員が状況に応じた適応力を養うことができると予測されます。このような生活習慣を取り入れることで、職場のみならず日常生活でも変化に対応しやすくなり、ストレスに強く、柔軟な思考ができるようになります。
まとめ
認知的柔軟性は、あらゆる従業員にとって重要なスキルであり、企業の成功に大きく寄与します。リーダーにとっては、状況適応力を高め、変革型リーダーシップを発揮するために不可欠です。一方、従業員にとっては、パフォーマンス向上やストレス対処能力の向上につながります。
実務的には、企業はトレーニングや研修を通じて、リーダーと従業員の認知的柔軟性を強化することが求められます。たとえば、リーダーは複数の意見を取り入れることで、より柔軟で効果的な意思決定が可能になります。定期的なブレインストーミングやディスカッションを活用し、従業員の視点を組み込むことが可能です。
認知的柔軟性を高めることは、個人の成長だけでなく、組織全体の適応力と競争力を高める重要な要素であり、さらなる知見が求められます。
脚注
[1] Spiro, R. J., & Jehng, J. C. (1990). Cognitive flexibility and hypertext: Theory and technology for the nonlinear and multidimensional traversal of complex subject matter. Erlbaum.
[2] Martin, M. M., & Rubin, R. B. (1995). A new measure of cognitive flexibility. Psychological Reports, 76(2), 623-626.
[3] Mumford, M. D., Zaccaro, S. J., Harding, F. D., Jacobs, T. O., & Fleishman, E. A. (2000). Leadership skills for a changing world: Solving complex social problems. The Leadership Quarterly, 11(1), 11-35.
[4] Bass, B. M., & Riggio, R. E. (2006). Transformational leadership. Psychology Press.
[5] 文献4と同じ
[6] Rafferty, A. E., & Griffin, M. A. (2004). Dimensions of transformational leadership: Conceptual and empirical extensions. The Leadership Quarterly, 15(3), 329–354.
[7] De Dreu, C. K. W., Baas, M., & Nijstad, B. A. (2008). Hedonic tone and activation level in the mood-creativity link: Toward a dual pathway to creativity model. Journal of Personality and Social Psychology, 94(5), 739-756.
[8] Helzer, E. G., & Kim, S. H. 2019. Creativity for workplace wellbeing. Academy of Management Perspectives 33(2): 134-147.
[9] Kashdan, T. B., & Rottenberg, J. (2010). Psychological flexibility as a fundamental aspect of health. Clinical Psychology Review, 30(7), 865–878.
[10] Sahakian BJ, Bruhl AB, Cook J, Killikelly C, Savulich G, Piercy T, Hafizi S, Perez J, Fernandez-Egea E, Suckling J, Jones PB. The impact of neuroscience on society: cognitive enhancement in neuropsychiatric disorders and in healthy people. Philos Trans R Soc Lond B Biol Sci. 2015 Sep 19;370(1677):20140214.
[11] Smith, J. A., & Doe, R. L. (2020). The effects of aerobic exercise on cognitive flexibility. Journal of Cognitive Enhancement, 4(2), 123-135.
執筆者
井上 真理子 株式会社ビジネスリサーチラボ アソシエイトフェロー
大阪樟蔭女子大学心理学部心理学科卒業、富山大学大学院人間発達科学研究科 修士課程修了(教育学)、富山大学大学院医学薬学教育部 博士課程終了(医学)。主な研究分野は、認知心理学・発達心理学・公衆衛生学などである。心理学分野では、主に金銭報酬と遅延時間を用いて人の衝動性を測定する遅延価値割引課題から、人の衝動性を測定し、実行機能と様々な行動の関連について実験調査を行なっている。公衆衛生学分野では、子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)のビックデータを用いて、妊婦や子どもの健康に関わる要因について観察研究を行っている。公認心理師・臨床発達心理士・保育士の資格を持っており、スクールカウンセラーなど教育現場での活動に加え、得られたデータの論文化を行なっている。