2025年6月6日
アルゴリズムが上司になる日:AI時代の新しい職場環境
テクノロジーの急速な発展により、企業の管理手法にも変化が起きています。特に注目されているのが「アルゴリズム管理」と呼ばれる管理形態です。アルゴリズム管理とは、人工知能などのテクノロジーを用いて、従業員の業務割り当て、評価、監視などを自動化する手法を指します。デリバリーサービスなどのギグエコノミーで広く採用されているこの手法は、製造業やサービス業、オフィスワークにも少しずつ浸透しつつあります。
アルゴリズム管理は、効率性の向上やコスト削減といった面で企業に多くのメリットをもたらす可能性があります。データを基にした迅速な意思決定や、人間の主観に左右されない評価システムの構築などが期待されています。一方で、従業員の自律性や創造性、職場の人間関係にどのような変化をもたらすのかという点に関して、様々な議論があります。
本コラムでは、研究成果を基に、アルゴリズム管理が職場にもたらす様々な側面について考察します。組織の境界、権力構造、従業員の幸福感、知識共有、創造性といった観点から、アルゴリズム管理の職場への影響を多角的に検討していきます。
これにより、テクノロジーの進化とともに変容する現代の職場環境について、読者の皆様に理解を深めていただく一助となれば幸いです。デジタル時代における新たな管理形態の特徴と、それが私たちの働き方にどのような変化をもたらしているのかを考えていきましょう。
境界のない管理形態を生む
アルゴリズム管理は、従来の管理形態とは異なる特徴を持っています。とりわけ、組織の境界を曖昧にしていくという性質です。この現象について理解するために、まず歴史的な管理形態と比較しながら見ていきましょう[1]。
20世紀初頭に登場した科学的管理法は、工場を中心に展開され、労働者の監督・管理を通じて効率性を追求しました。その特徴は標準化された作業と垂直的・階層的な責任構造にありました。続いて登場した協働管理は、プロジェクト型組織で専門家同士の調整に重点を置き、柔軟性を追求しました。多様性が認められ、水平的・協力的な責任構造が特徴でした。
これらと比較すると、アルゴリズム管理はプラットフォームを基盤とし、労働者や専門家だけでなく、消費者、市民、供給業者など多様な「ユーザー」を取り込む点が特徴です。組織の内部と外部の境界が曖昧になり、メビウスの輪のように内と外の区別がつかなくなります。
例えば、消費者の購買履歴や閲覧データを収集・分析し、それを基に商品の配置や価格設定を行うケースがあります。消費者はサービスを利用するだけでなく、自らのデータを提供することで、知らず知らずのうちにプラットフォームの機能の一部となっています。
アルゴリズム管理の特徴的なイデオロギーは「即時性」と「全体性」です。科学的管理法が効率性を、協働管理が柔軟性を重視したのに対し、アルゴリズム管理は即座にサービスや製品が提供される「即時性」を追求します。また、あらゆる分野に適用可能な知識を主張し、専門家の判断や文脈的知識に依存しない「全体性」を志向します。
アルゴリズム管理の方法的特徴は「合成的」である点です。従来の標準化でも多様化でもなく、個人は様々なデータによって細分化され、再構成されます。例えば、音楽ストリーミングサービスでは、利用者の履歴を分析し、個人の好みに合わせた推薦を行いますが、これは既存のカテゴリーに分類するのではなく、データから新しいパターンを見出し、合成的な知識を創出しています。
アルゴリズム管理の責任構造は「捻じれている」と表現できます。プラットフォーム企業は直接的な指揮命令系統を避けつつ、ユーザーによる評価システムを利用して間接的に管理・統制します。責任は分散され、帰属が曖昧になっています。例えば、配車サービスでは、ドライバーは会社の従業員ではなく独立した事業者とされていますが、アルゴリズムによる評価システムを通じて厳格に管理されています。
職場の権力構造を変化させる
アルゴリズム管理は、職場における権力構造にも変化をもたらしています。権力関係の再編成という観点から、アルゴリズム管理の特徴を見ていきましょう[2]。
アルゴリズム管理は、人工知能を活用して、デジタルデータに基づいた意思決定を部分的または完全に自動化します。このシステムが導入されることで、職場の権力構造には二つの相反する変化が生じます。
一つ目の変化として、管理者への権力集中が挙げられます。アルゴリズムを活用することで、管理者は従業員の行動をリアルタイムで追跡し、詳細なデータに基づいて評価することが可能になります。例えば、物流センターでは、作業員の動きや処理速度が秒単位で記録され、パフォーマンスが監視されています。アルゴリズム管理は管理者に対して、従来よりも精密で包括的な監視能力を提供し、従業員に対する管理の強化につながっているのです。
しかし同時に、もう一つの変化として、管理者個人の権力低下も観察されます。従来、中間管理職は現場の状況を把握し、判断を下す役割を担っていましたが、アルゴリズム管理の導入により、その意思決定プロセスの多くが自動化されるようになります。
管理者自身もアルゴリズムのルールに従って行動することが求められ、裁量の余地が少なくなります。例えば、シフト編成や業務割り当てがアルゴリズムによって最適化され、管理者はその結果に従うだけになるケースもあるでしょう。これにより、管理者は実務経験を失い、自律的な判断力を育成する機会が減少する可能性があります。
このような権力構造の変化に対応するために、新たな能力が職場で求められるようになっています。「アルゴリズム的能力」と呼ばれるものです。これはアルゴリズムの仕組みを理解するだけではなく、アルゴリズムの出力を評価し、批判的に活用する能力を指します。具体的には、アルゴリズムの意思決定を理解・評価するスキル、その出力を必要に応じて調整・変更するスキル、そしてアルゴリズムによる判断の限界やバイアスを見極める能力などが含まれます。
例えば、採用プロセスにアルゴリズムが導入された場合、人事担当者はその推薦結果を鵜呑みにするのではなく、どのような基準で候補者が選別されているのかを理解し、場合によっては手動で調整を加える判断力が必要になります。このような能力は、アルゴリズム管理が普及する現代の職場では不可欠な素養となってくるでしょう。
アルゴリズムに対する人々の態度も、職場での権力関係に影響を与えます。「アルゴリズム嫌悪」と「認知的満足・過信」という二つの極端な反応が観察されています。アルゴリズム嫌悪とは、過去の失敗経験や不透明さにより、アルゴリズムの利用を躊躇し、拒否する態度です。
一方、認知的満足・過信は、アルゴリズムが提示する情報を無批判に受け入れてしまう状態を指します。特に業務負荷が高い状況では、思考の省力化のためにアルゴリズムの判断に依存してしまいます。どちらの態度も、アルゴリズムと人間の健全な相互作用を阻害する要因となります。
アルゴリズム管理がもたらす権力構造の変化において、特に課題となるのが「不透明性」の問題です。アルゴリズムの不透明性には二種類あります。一つは技術的な不透明性で、AIや機械学習の複雑なプロセスが非専門家には理解しにくいという問題です。もう一つは組織的な不透明性で、企業が戦略的理由からアルゴリズムの詳細を意図的に秘匿するケースや、外部提供のサービスを利用することでブラックボックス化する場合があります。
このような不透明性に対処するため、アルゴリズム監査の実施や、利害関係者参加型のAI設計、説明可能なAIの開発といった取り組みが進められています。しかし、実際には透明性の確保は容易ではなく、組織内での継続的な努力と、従業員による積極的な参加が欠かせません。
職場の幸福感を低下させる
アルゴリズム管理の導入は、職場における従業員の幸福感(ウェルビーイング)にどのような影響を与えるのでしょうか。ここでは、欧州の組織を対象とした実証研究を基に、この問題について掘り下げていきます[3]。
職場における幸福感とは、仕事に対する満足度や充実感、心理的な健康状態などを包括する概念です。アルゴリズム管理は、このような職場での幸福感にどう関わるのかを理解することは、現代の組織運営において有用でしょう。
欧州27カ国の企業21,869社を対象とした調査によると、アルゴリズム管理の導入は職場のウェルビーイングに良くない結果をもたらす傾向があることが判明しました。調査結果からわかったのは、アルゴリズム管理は職場のウェルビーイングに直接的に好ましくない結果をもたらすだけでなく、「職務の自律性」および「総合的報酬」という二つの要素を介して間接的にも幸福感を低下させるということです。
まず、「職務の自律性」への影響ですが、職務の自律性とは、従業員が自分の仕事の進め方や意思決定に関してどれだけ裁量を持っているかを指します。アルゴリズム管理の導入により、仕事の割り当てや進行管理が自動化されると、従業員の自律性が低下します。
このような自律性の低下は、ストレスや不満の増加につながります。人間は、自分の判断で行動し、創意工夫する余地があることに喜びを感じます。しかし、アルゴリズムによって細部まで管理されると、自分の技能や知識を活かす機会が減少し、「システムの歯車」になったような疎外感を覚えることがあります。
次に、「総合的報酬」への影響ですが、総合的報酬とは、給与などの金銭的報酬だけでなく、承認や成長機会、職場での人間関係など、非金銭的な報酬も含めた概念です。アルゴリズム管理は、これらの報酬の提供方法を制限することがあります。例えば、業績評価が完全にアルゴリズムによって行われる場合、個人の努力や特殊な事情が考慮されにくくなり、公正感が損なわれることがあります。
報酬満足度の低下は、従業員のモチベーションを下げ、職場における幸福感に悪い結果をもたらします。仕事に対する満足感や充実感が減少し、長期的にはバーンアウトやメンタルヘルスの問題につながる恐れもあります。
この研究では組織の規模によって影響の程度が異なることも明らかになりました。小規模な組織ほど、アルゴリズム管理の導入による職務の自律性や職場のウェルビーイングへの好ましくない結果が顕著でした。一方、大規模な組織ではその影響は比較的軽微でした。
この違いの背景には、組織の資源やサポート体制の差があると考えられます。大企業は、アルゴリズム管理の導入に伴い、従業員のウェルビーイング向上のための補完的な施策を実施する余裕があります。一方、中小企業ではそのような施策が手薄になりがちで、アルゴリズム管理の望ましくない面がより直接的に従業員に影響すると考えられます。
知識共有を阻害し隠蔽を促す
アルゴリズム管理の影響は、従業員の幸福感だけでなく、組織内の知識共有にも及びます。アルゴリズム管理は「知識隠蔽」という行動を促進する可能性があります。知識隠蔽とは、従業員が意図的に知識を共有せず、他者からの情報提供の要請に応じないことを指します。
知識は現代組織における価値ある資源の一つであり、その効果的な共有は組織の革新性や競争力を支えます。従業員間の円滑な知識共有がなければ、組織は環境変化に適応し、持続的な成長を達成することが困難になります。
プラットフォーム配達員1,362名を対象とした定量的調査と、21名への詳細インタビューによる質的調査を組み合わせた研究では、アルゴリズム管理が強化されるほど、従業員の知識隠蔽行動が増加する傾向が実証されました[4]。この研究では、「仕事要求–資源モデル」(Job Demands-Resources Model)という枠組みを用いて、アルゴリズム管理が知識隠蔽を引き起こすメカニズムを分析しています。
このモデルでは、仕事要求は「障害要求」と「挑戦要求」に分類されます。障害要求とは、仕事の達成を妨げるストレス要因であり、従業員の心理的負担を増加させます。一方、挑戦要求は、困難ではあるものの、乗り越えることで成長や達成感をもたらす要因です。アルゴリズム管理は、特定の条件下では障害要求として機能し、従業員のストレスを増加させ、知識共有への意欲を低下させることが明らかになりました。
アルゴリズム管理が従業員に感じさせる問題点の一つは、システムの不公平性です。例えば、配送業界では、天候や交通状況といった環境要因をアルゴリズムが十分に考慮せず、一律の基準で評価することがあります。配達員はこうした状況を「不公平」と感じ、システムへの不満を募らせることがあります。
調査では、こうした不公平感がサービス品質へのコミットメントを低下させることが判明しました。サービス品質へのコミットメントが低下すると、従業員は組織や同僚に対する協力的な行動、特に知識共有に消極的になります。「システムが自分を公平に扱ってくれないなら、なぜ私が貴重な知識を共有する必要があるのか」という心理が働くのです。
この研究では「仕事量」が調整要因として機能することも明らかになりました。仕事量が多い(挑戦要求が強い)場合、従業員は収入確保のために知識隠蔽行動を抑制し、サービス品質の維持に努める傾向があります。高い仕事量は、アルゴリズム管理の望ましくない影響を一部緩和する効果があるのです。
例えば、繁忙期にはチーム全体の効率を上げるために情報共有が活発になることがあります。「忙しければ忙しいほど、協力しないと全員が困る」という認識が生まれ、個人的な不満よりもチームの成果が優先されるのでしょう。
この研究は、アルゴリズム管理を「障害要求」として捉える従業員は知識隠蔽を行いやすく、「挑戦要求」として捉える従業員は知識共有に積極的であることを示しています。アルゴリズム管理をどのように認識するかが、従業員の行動に影響するのです。
従業員の創造性を低下させる
デジタル時代において、創造性は組織の競争力を左右する要素です。新しいアイデアやイノベーションなくして、企業が長期的に成功することは難しくなっています。アルゴリズム管理はこのような従業員の創造性にどのような影響を与えるのでしょうか。
中国の情報技術サービス企業の従業員とその上司327組から得られたデータを基に行われた研究を通じて、この問題を探ってみましょう[5]。創造性とは、オリジナルで実践的なアイデアを生み出す能力を指します。新製品の開発、業務プロセスの改善、問題解決のための斬新なアプローチなど、組織における創造性の発揮場面は多岐にわたります。
この創造性は個人の資質だけでなく、職場環境や管理スタイルによっても大きく左右されるものです。研究では、「能力・動機・機会理論」(AMO理論)というフレームワークを用いて、アルゴリズム管理が従業員の創造性を低下させるメカニズムを分析しています。
AMO理論によれば、従業員のパフォーマンス(この場合は創造性)は、能力(Ability)、動機(Motivation)、機会(Opportunity)の三要素によって決定されます。この研究では、アルゴリズム管理が「機会」要素として作用し、「能力」(知識結合能力)と「動機」(達成目標)に影響を与えることで、創造性を低下させるという仮説を検証しています。
分析の結果、アルゴリズム管理は従業員の創造性を直接的に低下させることが確認されました。さらに、知識結合能力および達成目標を通じて間接的にも創造性を低下させることが明らかになりました。
「知識結合能力」とは、多様な情報や知識を統合し、新しいアイデアへと結びつける能力を指します。創造性の発揮には、異なる分野や視点からの知識を組み合わせる思考が求められます。しかし、アルゴリズム管理が導入されると、従業員の作業は細分化され、標準化されます。決められた手順やプロセスに従うことが求められ、業務の全体像を把握する機会が減少します。
一方、「達成目標」は従業員の動機づけに関わる要素で、内発的動機(自己成長や学習欲求)と外発的動機(他者からの評価や報酬追求)に分けられます。研究によれば、アルゴリズム管理は特に内発的動機を低下させることがわかりました。アルゴリズムによる厳格な監視や評価が行われると、従業員は自己決定感や自律性を失い、仕事への内発的な興味や喜びが減少します。
研究では、アルゴリズム管理が創造性を低下させるメカニズムをさらに分析しています。アルゴリズム管理は、従業員に均一で予測可能な行動を求めます。しかし、創造性は本質的に予測不可能で、従来の枠組みを超えた思考を必要とします。この矛盾が、アルゴリズム管理と創造性の間の緊張関係を生み出しているのです。
アルゴリズムによる管理が強まると、従業員は「正解」を求めるようになります。定められた基準や目標を達成することが優先され、実験や試行錯誤の余地が狭まります。しかし、創造的なアイデアの多くは、失敗や迂回路から生まれるものです。アルゴリズム管理がこうした「創造的な遊び」の余地を削減することで、イノベーションの芽を摘んでしまう恐れがあります。
この研究結果は、アルゴリズム管理を導入する際に考慮すべき重要な視点を提供しています。効率性や予測可能性を追求するあまり、創造性という貴重な資源を犠牲にしてしまう危険性があることを認識する必要があります。
脚注
[1] Stark, D., and Vanden Broeck, P. (2024). Principles of algorithmic management. Organization Theory, 5, 1-24.
[2] Jarrahi, M. H., Newlands, G., Lee, M. K., Wolf, C. T., Kinder, E., and Sutherland, W. (2021). Algorithmic management in a work context. Big Data & Society, 8(2), 1-14.
[3] Kinowska, H., and Sienkiewicz, L. J. (2023). Influence of algorithmic management practices on workplace well-being – evidence from European organisations. Information Technology & People, 36(8), 21-42.
[4] Liu, P., Yuan, L., and Jiang, Z. (2024). The dark side of algorithmic management: Investigating how and when algorithmic management relates to employee knowledge hiding. Journal of Knowledge Management, 29(2), 342-371.
[5] Li, D., Liu, M., Zhao, Y., Li, Y., Zhang, T., Zhang, W., Xia, D., and Lv, B. (2024). Why does algorithmic management undermine employee creativity? A perspective focused on AMO theory. Journal of Organizational and End User Computing, 36(1), 1-16.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。