2025年6月5日
同じ「仕事熱心」でも結果が異なる:ワーカホリズムとエンゲージメントの対照的な影響
皆さんの会社では、「一生懸命働く」ことは美徳とされますか。長時間労働や仕事への献身が評価される場面はありませんか。しかし、同じように見える「熱心に働く姿」の背後には、異なる心理状態が存在しているかもしれません。本コラムで取り上げるのは、一見似ているようで本質的に異なる二つの概念、「ワーカホリズム」と「ワークエンゲージメント」です。
ワーカホリズムは、仕事に強迫的に取り組み、休むことができない状態を指します。一方、ワークエンゲージメントは、仕事に対して前向きな情熱や活力を持って取り組む姿勢です。どちらも一見すると「熱心に働く」という共通点がありますが、その心理的背景や結果には違いがあります。
本コラムでは、両者の概念を明確にしたうえで、健康やパフォーマンスに与える影響の違いについて、研究知見をもとに解説します。ワーカホリズムが健康を害する一方で、エンゲージメントが健康と成果を高めるメカニズム、両者の本質的な違い、そして短期的・長期的な影響の違いについて見ていきましょう。
ワーカホリックは健康を害しエンゲージメントは高める
多くの人が「仕事熱心」という言葉をポジティブな意味で捉えていますが、「仕事熱心」にも質の違いがあります。日本人労働者を対象にした研究から、ワーカホリズムとワークエンゲージメントという二つの異なる「仕事熱心」の形とその影響について見ていきましょう。
ワーカホリズムとは何でしょうか。これは「過度に一生懸命働く行動面」と「仕事に強迫的に囚われる認知面」という二つの要素を含みます。特徴的なのは、仕事を止めることができない強迫的な内的動機です。経済的な理由や周囲からのプレッシャーなどの外的要因ではなく、自分の内側から湧き上がる強迫的な気持ちによって、合理的な範囲を超えて働き続けることを指します。
対して、ワークエンゲージメントは、仕事に対するポジティブで満足感を伴う精神状態です。「活力」「熱意」「没頭」という三つの要素で特徴づけられます。エンゲージメントの高い人は、自発的で前向きな動機に基づいて積極的に仕事に関わり、仕事そのものを楽しんでいます。ワーカホリズムとの違いは、強迫的な内的動機ではなく、仕事そのものへの純粋な喜びから仕事に取り組んでいる点にあります。
日本の建設機械企業で働く776名の従業員を対象とした調査では、ワーカホリズムとワークエンゲージメントが従業員の健康や満足度、パフォーマンスにどのような影響を与えるかを調べました[1]。
調査結果を分析したところ、ワーカホリズムとワークエンゲージメントの間には、弱いながらも正の相関関係が認められました。これは、両者に一部共通する要素があることを示しています。しかし、健康や満足度、パフォーマンスへの影響は対照的でした。
ワーカホリズムは、心理的および身体的な不調と正の関係にあり、仕事満足度や家族満足度、仕事のパフォーマンスとは負の関係にありました。要するに、ワーカホリックな人ほど、健康状態が悪く、仕事や家族に対する満足度も低く、仕事のパフォーマンスも低い傾向にあったのです。
健康問題への影響が顕著でした。ワーカホリズムと健康問題の関連は非常に強く、長時間労働による回復不足や感情的・認知的疲労がその原因と考えられています。また、ワーカホリズムが仕事のパフォーマンスとも負の関係にあったことは、「仕事中毒」が必ずしも仕事の成果につながるわけではないことを表しています。むしろ、非効率的な働き方をしている可能性が高いと言えるでしょう。
他方で、ワークエンゲージメントは、心理的および身体的不調とは負の関係にあり、仕事満足度、家族満足度、仕事のパフォーマンスとは正の関係にありました。エンゲージメントの高い人ほど、健康状態が良く、仕事や家族に対する満足度も高く、仕事のパフォーマンスも高い傾向にありました。
仕事満足度との関連が強く、モチベーションを伴う働き方が仕事に対する満足感を高めることが分かりました。エンゲージメントが高い人は、仕事そのものに喜びや意義を見出しているため、自然と満足度も高くなるのでしょう。
この研究は、日本の職場においてワーカホリズムとワークエンゲージメントが異なる概念であり、従業員の健康や満足度、パフォーマンスに対して正反対の影響を与えることを実証しました。「熱心に働く」という同じように見える行動でも、その背後にある心理状態によって、結果が異なるということです。
ワーカホリズムは有害でエンゲージメントと異質
先ほどは日本人労働者を対象とした研究から、ワーカホリズムとワークエンゲージメントの違いやそれぞれが健康や満足度、パフォーマンスに与える影響について見てきました。ここでは、より広範な知見に基づいて、ワーカホリズムの特徴や影響について掘り下げていきます。
ワーカホリズムに関する研究は世界中で行われていますが、その定義や測定方法、影響の見解はこれまで混在していました。そこで、89本の論文を対象としたメタ分析(複数の研究結果を統合して分析する手法)によって、ワーカホリズムに関する知見を整理した研究があります[2]。このメタ分析では、ワーカホリズムと関連する個人の特性や、仕事・私生活への影響を包括的に検討しています。
ワーカホリズムと関連する個人の特性について見てみましょう。メタ分析の結果、ワーカホリズムは完璧主義、神経症傾向(不安や心配が強い性格特性)、タイプAパーソナリティ(競争的・攻撃的な性格特性)と正の相関を示すことが分かりました。完璧を求める傾向が強く、不安や心配が多く、競争心が強い人ほど、ワーカホリックになりやすいということです。
これらの特性を持つ人は、仕事における成功や完璧な結果を求める気持ちが強く、それが過度な仕事への没頭につながると考えられます。また、不安や心配が多い人は、仕事をやり遂げることで安心感を得ようとし、それが仕事に終わりを見出せない状態につながるのでしょう。
一方、自己効力感(自分はできるという信念)や外向性(社交的な性格特性)との関連は弱く、明確な傾向は見られませんでした。ワーカホリズムが必ずしも自信や社交性の有無と関係しないことを示しています。
仕事に関連する要因との関連を見てみましょう。ワーカホリズムは、仕事の要求度が高く、責任やプレッシャーが大きい職務に就く人により強く見られました。また、仕事への関与度が高いほどワーカホリズムが増加する傾向も見られました。
しかし仕事満足度とワーカホリズムは必ずしも正の関連を示さないことも分かりました。ワーカホリックな人が必ずしも仕事に満足しているわけではないことを意味しています。強迫的に仕事に取り組んでいるため、本当の意味での満足感を得られていない可能性があります。
さらに、ワーカホリズムは仕事や健康、家庭生活にどのような影響を与えるのでしょうか。メタ分析によると、ワーカホリズムは短期的な仕事パフォーマンスを向上させることがある一方で、長期的には仕事パフォーマンスを低下させる可能性が示されました。短期的には、長時間の労働や完璧主義的な取り組みが成果につながることもありますが、長期的には疲労や健康問題によってパフォーマンスが低下し得ます。
健康面では、ワーカホリズムは精神的・身体的ストレス、精神的疲労、バーンアウト(燃え尽き)との強い正の関連が明らかになりました。ワーカホリックな人は休息を取らずに働き続けるため、心身の回復が十分に行われず、ストレスや疲労が蓄積していくと考えられます。
私生活への影響では、仕事と家庭間のコンフリクトの増加、家庭満足度の低下など、ネガティブな影響が顕著でした。ワーカホリックな人は仕事に多くの時間とエネルギーを費やすため、家庭や私生活に割く時間やエネルギーが減少し、家族との関係が悪化したり、家庭生活に対する満足度が低下したりするのでしょう。
このメタ分析は、ワーカホリズムが長期的には生産性低下やメンタルヘルスの悪化を引き起こす可能性を指摘しています。ワーカホリックな働き方は、一見すると「熱心で献身的」に見えるかもしれませんが、実際には個人の健康や幸福感、さらには長期的な仕事のパフォーマンスにまでネガティブな影響を与えます。
エンゲージメントは成果を高めるがワーカホリズムは逆効果
ワーカホリズムとワークエンゲージメントが仕事の成果やパフォーマンスにどのような影響を与えるのか、さらに掘り下げてみましょう。ワーカホリズムが日々の仕事量や感情的消耗感に与える影響、そして長期的な職務パフォーマンスへの影響を調査した研究があります[3]。この研究では、「努力–回復理論」という枠組みを用いて、ワーカホリックな傾向がどのように従業員の健康と職務成果に影響を与えるかを検証しています。
イタリアの起業家や管理職など102名を対象に、10日間にわたって毎日の仕事量と感情的消耗感を測定しました。その結果、ワーカホリズムは毎日の仕事量を有意に増加させ、それが日々の感情的消耗感を増加させることが分かりました。ワーカホリック傾向の強い従業員は、通常の仕事量が同等であっても、自ら仕事量を増やし、日々の感情的疲労が高まるのです。
ワーカホリックな人は、外部から与えられる仕事量にかかわらず、自ら進んで仕事量を増やす傾向があります。それは強迫的な内的動機から来るものであり、日々の感情的消耗感を高めてしまいます。
続いて、イタリアの大手通信企業の従業員519名を対象に、上司評価による2年間にわたる職務パフォーマンスの変化を測定しました。ここでは、ワーカホリズムとワークエンゲージメントの両方を測定し、それぞれが長期的な職務パフォーマンスにどのような影響を与えるかを調べています。
結果的に、ワーカホリズムは長期的な職務パフォーマンスに明確な負の影響は観察されませんでした。一方、ワークエンゲージメントは職務パフォーマンスを明らかに向上させることが示されました。
なぜワーカホリズムが長期的なパフォーマンスに負の影響を示さなかったのでしょうか。研究者たちは、ワーカホリックな人が健康を犠牲にしてでも高い努力を投入することで、一時的にパフォーマンスを維持している可能性を指摘しています。
では、ワーカホリズムとワークエンゲージメントの違いはどこから来るのでしょうか。オランダの一般的な労働者1,246名を対象とした別の研究では、両者の動機づけの違いに焦点を当てています[4]。
この研究では、自己決定理論という枠組みを用いて、人間の行動の動機を「自律的動機づけ」と「統制的動機づけ」に区別しています。自律的動機づけは行動が自発的であり、自分自身の価値観や興味に一致している場合に起きます。一方、統制的動機づけは報酬や評価など外的な圧力や、自己批判・自尊心の維持のために行動する場合に生じます。
研究の結果、ワーカホリックな人は統制的動機づけ(外部の評価や自己価値の証明)が高い一方、エンゲージメントの高い人は自律的動機づけ(内発的な楽しさや仕事の意義)が高いことが分かりました。ワーカホリックな人は「自分の価値を証明するため」「他者からの評価を得るため」に強迫的に働くのに対し、エンゲージメントの高い人は「仕事そのものが楽しいから」「意義があると感じるから」働きます。
この研究ではさらに、「エンゲージド・ワーカホリック」という、両方の特性を併せ持つグループの存在も明らかになりました。彼らは両方の動機づけが高く、最も労働時間が長いという特徴があります。
バーンアウト(燃え尽き)については、ワーカホリックはバーンアウトのレベルが最も高く、エンゲージドはバーンアウトのレベルが最も低いことが分かりました。そして、エンゲージド・ワーカホリックは、ワーカホリズムによるバーンアウトの影響がエンゲージメントによって軽減されていました。
この結果は、エンゲージメントがワーカホリズムによるネガティブな影響を緩和する効果があることを表しています。仕事に対する前向きな情熱や活力(エンゲージメント)が、強迫的な働き方(ワーカホリズム)によるストレスや疲労を和らげるのです。
脚注
[1] Shimazu, A., and Schaufeli, W. B. (2009). Is workaholism good or bad for employee well-being? The distinctiveness of workaholism and work engagement among Japanese employees. Industrial Health, 47(5), 495-502.
[2] Clark, M. A., Michel, J. S., Zhdanova, L., Pui, S. Y., and Baltes, B. B. (2016). All work and no play? A meta-analytic examination of the correlates and outcomes of workaholism. Journal of Management, 42(7), 1836-1873.
[3] Balducci, C., Alessandri, G., Zaniboni, S., Avanzi, L., Borgogni, L., and Fraccaroli, F. (2021). The impact of workaholism on day-level workload and emotional exhaustion, and on longer-term job performance. Work & Stress, 35(1), 6-26.
[4] van Beek, I., Taris, T. W., and Schaufeli, W. B. (2011). Workaholic and work engaged employees: Dead ringers or worlds apart? Journal of Occupational Health Psychology, 16(4), 468-482.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。