2025年6月5日
「もう一つの顔」を持つ人々:副業がもたらす影響
「副業」という働き方が注目を集めています。様々な理由から副業に取り組む人が増えています。収入を増やしたいという経済的な動機だけではなく、新しい技術を身につけたい、自分の可能性を広げたいという成長志向の考えから副業を始める人もいます。
副業の形態も多様化しています。会社員をしながら週末に別の仕事をする人、自営業の傍ら安定収入を得るためにパートタイムで働く人、教育者が自分の専門知識を活かして講演やコンサルティングを行う人など、その形は人それぞれです。
このように少しずつ広がりを見せる副業ですが、それが私たちの生活や心理状態にどのような変化をもたらすのでしょうか。副業は収入源が増えるだけではなく、私たちの本業への取り組み方や職務満足度、さらには将来のキャリア形成にまで様々な形で関わってきます。
本コラムでは、副業が人々の生活や心理面に与える影響について掘り下げていきます。自営業者にとっての副業の意味、副業が起業への自信にどうつながるのか、教育者の職務満足度との関係性、そして複数の仕事を持つことによる疲労感などについて、研究結果をもとに解説します。
自営業者は副業で家計を守る
自営業者と聞くと、自分のビジネスだけに集中しているイメージがあるかもしれませんが、実は自営業者の中には副業を持っている人もいます。英国のデータでは、自営業を営みながらも、別の仕事で収入を補っている人が少なくないことが分かっています[1]。特に、経済的な困難に直面した時、自営業者はどのように対応するのでしょうか。
自営業者が副業を選ぶ理由は、被雇用者(会社に雇われている人)とは異なる場合が多いでしょう。例えば、被雇用者が副業を選ぶ理由としては、「本業での労働時間が希望通りに確保できない」「本業での仕事の多様性や満足度が低い」「本業が不安定で失業リスクが高い」といった理由が考えられます。
しかし、自営業者の場合はどうでしょうか。英国の「British Household Panel Survey」のデータ(1991~2009年)を分析した研究によると、自営業者が副業を持つ最大の理由は「経済的困難」、特に「住宅費の支払い」に関連していることが明らかになりました。
この調査では、特に男性の自営業者は副業の時間が被雇用者よりも長い傾向が見られました。経済的な困難に直面しても自営業を諦めず、副業で収入を補いながら自分のビジネスを維持しようとする姿勢の表れかもしれません。
一方、女性の自営業者の場合は、副業時間が比較的短い傾向がありました。女性自営業者にとって、副業は収入源というだけでなく、家庭と仕事のバランスを取るための柔軟な働き方としての側面も持っているようです。特に高学歴で、自宅で仕事をする女性が多く見られ、副業が経済的な理由だけでなく、キャリア形成の手段としても機能していることがうかがえます。
住宅費の支払いの困難さは、副業を持つ強い動機となっていました。特に男性自営業者と女性の被雇用者において、この傾向が顕著でした。興味深いのは、住宅ローンの有無と副業の関連です。男性自営業者は住宅ローンがある場合、むしろ副業をする確率が低くなるという特徴的なパターンが見られました。これは何を意味するのでしょうか。
おそらく、住宅ローンを抱えるということは、ある程度の経済的安定があることを示しているのかもしれません。逆に、住宅費の支払いに困難を感じている場合、それは経済的な不安定さの表れであり、副業によって収入を補完する必要性が高まると考えられます。
また、この研究では、副業の形態にも性別による違いがあることが分かりました。男性自営業者の場合、特定のサービス職で副業をする傾向が強く、これは労働市場のカジュアル化に伴う収入の不安定性への対応策とも考えられます。
一方、女性自営業者は、副業において柔軟性(労働時間や場所の調整)を重視する傾向があります。これは、仕事と家庭の両立という課題に対する対応策としての側面が強いと言えるでしょう。
自営業者の副業に関するこの調査結果は、従来の考え方に新たな視点を加えています。従来、「ハイブリッド起業」(雇用を維持しつつ起業活動を行う形態)は、雇用から完全な自営業への移行期間と捉えられることが多かったのですが、この研究によれば、逆のパターン、つまり自営業者が経済的困難を乗り切るために一時的に雇用(副業)を選ぶという現象も存在することが明らかになりました。
副業で起業への自信が高まる
副業には様々な形態がありますが、その中でも「ハイブリッド起業」と呼ばれる働き方があります。給与を得る仕事を続けながら、同時に起業活動を行うというものです。このようなキャリアは、収入の安定を確保しながら自分のビジネスを育てていくアプローチとして注目されています。
ハイブリッド起業家が時間の経過とともにどのように変化していくのか、特に心理面での変化に焦点を当てた研究があります。米国南東部の大学に設置された起業支援センターを通じて調査したこの研究では、ハイブリッド起業家29名(男性20名、女性9名)を対象に、20週間にわたって3回の調査を行いました[2]。
調査対象となったハイブリッド起業家は、SaaS、動画・写真撮影、小売業、コンサルティング、不動産、製造業など様々な業種で活動していました。全員、フルタイムの給与労働をしながら、並行して起業活動を行っていました。
この研究で特に注目されたのは、「起業に関する自己効力感(Entrepreneurial Self-Efficacy; ESE)」と「起業継続性(Entrepreneurial Persistence)」の関係です。自己効力感とは、起業家として成功するために必要な役割やタスクを達成できると信じることです。一方、起業継続性とは、困難に直面しても目標達成に向けて努力し続ける行動を指します。
調査の結果、ハイブリッド起業家の起業継続性は、20週間で平均して7段階評価で1ポイント上昇することが分かりました。初期の起業継続性が高い人ほど、さらに継続性が増加する傾向がありました。これは、最初の一歩を踏み出すことの大切さを示唆しています。一度行動を始めると、それがさらなる行動を促進するという好循環が生まれるのでしょう。
また、「起業に関する自己効力感(ESE)」は、特に調査の10週目と20週目において、起業継続性に正の影響を与えることが明らかになりました。自分が起業家として成功できると信じる気持ちが強いほど、困難に直面しても諦めずに続ける力が高まります。
ESEを考慮しない場合、起業継続性は時間とともに大きく低下することが予測されました。ESEの存在が起業継続性の維持・増加において重要な役割を果たしていることを意味します。言い換えれば、自信があるからこそ、困難に直面しても続けられるのです。
こうした調査結果は、副業を通じた起業活動が、経済的な側面だけでなく、心理的な側面においても意味を持つことを示しています。副業として起業活動を始めることで、徐々に自己効力感が高まり、それが起業継続性を強化するという好循環が生まれます。
ハイブリッド起業という形態は、起業へのハードルを下げると同時に、成功の可能性を高めるアプローチかもしれません。本業の安定収入という安全網がある中で起業活動にチャレンジすることで、心理的な余裕が生まれ、それが自己効力感や起業継続性の向上につながると考えられます。
副業は教員の職務満足を高める
教育分野では、教員が副業を持つケースが増加しています。パキスタンのパンジャーブ州と連邦首都地域にある公立大学の教員を対象にした調査では、副業が教員の職務満足にどのような影響を与えるかが分析されています[3]。
この調査では、17の公立大学から533人の教員を対象にアンケート調査を実施しました。職務満足度と副業の関係を調べたところ、副業と職務満足には有意な正の相関関係があることが分かりました。
副業を行っている教員は、そうでない教員に比べて、本業である教育職に対する満足度が高かったのです。これは一見すると直感に反する結果かもしれません。副業を持つと本業への集中度が下がり、満足度も低下するのではないかと考える人もいますが、調査結果はそうした予想を覆すものでした。
なぜ副業が職務満足を高めるのでしょうか。この調査では、副業の要因として「追加収入」「昇進の停滞」「技能の多様化」「職務の自律性」の4つが特定されました。これらの要因と職務満足の関係を分析したところ、「追加収入」「昇進の停滞」「職務の自律性」は職務満足度に正の影響を与え、一方で「技能の多様化」は負の影響を与えることが分かりました。
特に「追加収入」の要素が職務満足度との関連性が最も高かったことは、経済的要因が教員の満足度に影響していることを示しています。教員の給与水準が低い場合、副業による追加収入は経済的な不安を軽減し、本業に対する満足度を高める効果があるようです。
「昇進の停滞」も職務満足度に正の影響を与えていました。これは、昇進の機会が限られている場合、副業がキャリア発展の代替経路として機能し、満足度の低下を防いでいる可能性を示唆しています。本業で昇進が見込めない状況でも、副業を通じて自己実現や成長の機会を得ることで、全体的な満足度を維持できるということです。
「職務の自律性」も職務満足度を高める要因でした。副業では自分自身で仕事の内容や方法を決める自由度が高いことが多く、それが教員の自律性の欲求を満たし、本業を含めた全体的な職務満足度を高めているのかもしれません。
一方で、「技能の多様化」は意外にも職務満足度に負の影響を与えていました。異なる種類の仕事を掛け持ちすることによる役割葛藤や過負荷が、ストレスの原因となるのかもしれません。多様な技能を活かすこと自体は悪いことではありませんが、あまりに異なる種類の仕事を並行して行うことは、心理的な負担増加につながり得ます。
職務満足を構成する各要素(給与水準、昇進、個人的な目標、仕事量、マネジメント方策)への副業要因の影響を分析したところ、それぞれ異なる影響が確認されました。例えば、副業による追加収入は、本業の給与に対する不満を軽減する効果がありました。また、副業によって個人的な目標が達成されやすくなることで、本業に対する満足度も向上していました。
興味深いことに、教員は仕事量の増加を必ずしもネガティブに捉えていないことも分かりました。副業を通じた収入の増加やスキルアップの機会として、仕事量の増加を前向きに受け止める場合が多かったのです。単純な労働時間の長さではなく、その仕事がもたらす意義や価値が満足度に関わることを表しています。
副業は似た仕事だと疲れにくい
複数の仕事を同時に持つこと(Multiple Jobholding; MJH)は、現代社会において珍しくない働き方となっています[4]。米国では全労働者の約5%が複数の仕事を持っていると言われていますが、ベビーシッターやオンラインのフリーランスなど非公式な副業を含めると、実際の数字はもっと多いと考えられます。
複数の仕事を持つ人々の特徴を見てみましょう。米国の統計によれば、MJHの比率は過去20年間ほぼ一定で推移しています。MJHを持つ人の53%はフルタイムとパートタイムの組み合わせ、28%は複数のパートタイム、2%は二つのフルタイムの仕事を持っています。性別では女性(5.6%)が男性(4.8%)よりやや高く、職種別では消防士、教師、カウンセラーなど特定の職業に多い傾向があります。
人々はなぜ複数の仕事を持つのでしょうか。最も多い理由は経済的動機(収入の増加や借金返済)で約64%を占めています。一方で約18%の人々は「第二の仕事自体が楽しい」と答え、特に高齢の労働者にこの傾向が見られます。
複数の仕事を持つことによるストレスや疲労感は避けられないと思われていますが、研究結果によれば必ずしもそうとは限りません。MJHは必ずしも職務満足度や健康状態、ストレスにおいて単一職者より悪い状態にあるとは限らず、むしろ良い場合もあることが示されています。
ただし、MJHに伴うストレス増加の主な原因として、3点が指摘されています。
- 「長時間労働の問題」です。MJHの平均労働時間は週8時間であり、単一の仕事を持つ人よりも約10時間以上多いため、肉体的・精神的な負担が高まります。
- 「役割間の葛藤」があります。複数の仕事を持つことで、仕事間の役割葛藤(相反する期待に対応する必要性)が生じ、個人のストレスが高まります。また、仕事と家族間の葛藤も増大する可能性があります。
- 「ストレスからの回復時間の欠如」も問題です。本来、ストレス回復に使うべき時間(夜間や週末)を別の仕事に費やすため、心理的・身体的な回復が困難になります。
しかし、MJHのストレスを軽減する要因もあります。その一つが「職務の類似性」です。主な仕事と第二の仕事が似ている場合、仕事間の役割葛藤が少なく、心理的負担が軽減される可能性があります。
ただし、類似性が過度に高い場合は注意が必要です。仕事の負荷が累積的に高まる(役割過負荷)可能性もあります。例えば、二つの教育機関で同時に授業を持つ場合、準備や採点などの負担が累積的に増えるかもしれません。
もう一つのストレス軽減要因は、「天職としての第二の仕事」です。第二の仕事が自己実現や情熱を追求する「天職」と感じられる場合、それ自体がストレスの回復活動となり、全体的な幸福感が高まる可能性があります。
例えば、平日は企業で働きながら、週末は自分の情熱を傾ける分野で教育活動を行う場合、後者は単なる仕事ではなく、自己実現の場として機能します。このような場合、第二の仕事はストレスの源ではなく、むしろストレス解消の場となり得るのです。
脚注
[1] Atherton, A., Faria, J. R., Wheatley, D., Wu, D., and Wu, Z. (2016). The decision to moonlight: Does second job holding by the self-employed and employed differ? Industrial Relations Journal, 47(3), 279-299.
[2] Pollack, J. M., Carr, J. C., Michaelis, T. L., and Marshall, D. R. (2019). Hybrid entrepreneurs’ self-efficacy and persistence change: A longitudinal exploration. Journal of Business Venturing Insights, 12, e00143.
[3] Ara, K., and Akbar, A. (2016). A study of impact of moonlighting practices on job satisfaction of the university teachers. Bulletin of Education and Research, 38(1), 101-116.
[4] Sliter, M. T., and Boyd, E. M. (2014). Two (or three) is not equal to one: Multiple jobholding as a neglected topic in organizational research. Journal of Organizational Behavior, 35(7), 1042-1046.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。