2025年6月3日
熱中と強迫の境界線:働き方の質を決める心理状態の正体
私たちは人生の多くの時間を仕事に費やしています。同じ時間を過ごすのであれば、仕事に対して前向きな気持ちで取り組みたいと誰もが願うことでしょう。しかし、実際の職場を見渡すと、仕事への取り組み方は人によって異なります。いきいきと熱心に取り組む人もいれば、義務感だけで働く人、あるいは強迫的に働き続ける人もいます。
このような多様な仕事への取り組み方を理解する上で、近年注目されているのが「ワークエンゲージメント」という概念です。ワークエンゲージメントとは、仕事に対する前向きで充実した心理状態を指し、活力、熱意、没頭といった要素で特徴づけられます。エンゲージメントの高い人は、仕事に対して情熱を持ち、自発的に取り組み、活力にあふれています。
興味深いことに、長時間働く人の中にも、エンゲージメントの高い人と、いわゆる「ワーカホリック(仕事中毒)」と呼ばれる人がいます。同じように熱心に働いているように見えても、その背景にある心理状態や動機づけは異なるのです。
本コラムでは、ワークエンゲージメントの相対的な特徴について、いくつかの研究知見を基に考察していきます。エンゲージメントはなぜ生じるのか、どのような要因と関連しているのか、そして他の働き方とどのように異なるのかを探ります。
仕事を楽しむ人はエンゲージメントが高い
仕事に熱心に取り組む人の中には、いわゆる「ワーカホリック」と呼ばれる人々がいます。一般的にワーカホリックというと、仕事に没頭するあまり私生活を犠牲にし、休むことなく働き続ける人というイメージがあるでしょう。しかし、同じように長時間働く人でも、その内面的な状態は異なる場合があります。
この点に注目し、ワーカホリズムの多様性を調査した研究があります[1]。ワーカホリズムを「仕事への関与」「内的衝動」「仕事の楽しさ」という3つの要素から捉え、これらの組み合わせによって6つのタイプに分類しました。
第一のタイプは「ワークエンスージアスト」で、仕事への関与が高く、内的衝動が低く、仕事の楽しさが高い人です。第二のタイプは「ワーカホリック」で、仕事への関与と内的衝動が高いものの、仕事の楽しさが低い人です。第三は「熱狂的ワーカホリック」で、3つの要素すべてが高い人です。残りのタイプとして、「無関心な労働者」(3要素すべてが低い)、「リラックスした労働者」(仕事の楽しさのみ高い)、「幻滅した労働者」(内的衝動のみ高い)があります。
研究者たちは、カナダのMBA卒業生で管理職や専門職に就いている530名を対象に調査を行いました。彼らは匿名アンケートを通じて、ワーカホリズムの3要素や仕事満足度、キャリア満足度、キャリアの将来展望、離職意図などを測定しました。
調査の結果、最も多かったタイプは「無関心な労働者」で全体の22.6%を占め、次いで「熱狂的ワーカホリック」が18.8%、「ワーカホリック」が16.2%でした。
「仕事の楽しさ」の要素の有無によって、仕事満足度やキャリア満足度などの指標に違いが生じました。仕事を楽しいと感じているタイプ(ワークエンスージアスト、熱狂的ワーカホリック、リラックスした労働者)は、仕事満足度やキャリア満足度が高く、キャリアの将来展望も明るく、離職意図も低い傾向がありました。特に「ワークエンスージアスト」は最も良好な結果を示しました。
一方、典型的な「ワーカホリック」(内的衝動が高く仕事を楽しめないタイプ)は、仕事満足度とキャリア満足度が低く、キャリアの将来展望も悲観的で、離職意図も高いことが明らかになりました。
この結果から、仕事に多くの時間を費やすことが問題なのではなく、その背景にある心理状態、とりわけ「仕事を楽しめるかどうか」が重要であることがわかります。内的な強迫感から働く場合、それはストレスや不満足につながりやすいのです。
エンゲージメントは自律的動機づけで高まりやすい
では、なぜ人によって仕事の楽しさの感じ方に違いが生じるのでしょうか。この問いを解く鍵として、「動機づけ」の種類に注目した研究があります[2]。
人が行動を起こす理由、つまり動機づけには様々な種類があります。「自己決定理論」では、動機づけを自律性の程度によって分類しています。最も自律性が高いのは「内発的動機づけ」で、活動自体が楽しいから自発的に取り組む状態です。次に「同一化された調整」があり、これは活動の価値を自分で認識して自発的に取り組む動機づけです。さらに自律性が低くなると「取り入れ的調整」となり、罪悪感や自尊心の維持といった内部的な圧力によって行動する状態です。最も自律性が低いのは「外的調整」で、報酬や罰といった外的要因によって行動が動機づけられている状態です。
この自己決定理論を用いて、ワークエンゲージメント、ワーカホリズム、バーンアウトがそれぞれどのような動機づけと関連しているかが調査されています。具体的には、中国の病院で働く看護師544名と医師216名、合計760名を対象に調査を行いました。
結果、ワークエンゲージメントは「内発的動機づけ」と「同一化された調整」という自律的な動機づけと強い正の関連があることがわかりました。仕事自体を楽しいと感じたり、仕事の意義や価値を自分の中に見出したりしている人ほど、エンゲージメントが高いのです。「取り入れ的調整」とも弱い正の関連が見られましたが、自律的な動機づけほど強い関連ではありませんでした。
対して、ワーカホリズムは「取り入れ的調整」と最も強い正の関連があり、一部「同一化された調整」とも関連していました。看護師においては「内発的動機づけ」と負の関連も見られました。これは、ワーカホリックの人が内部的な圧力(自己評価や自尊心の維持)によって働いている傾向が強いことを示しています。彼ら彼女らの中には仕事の価値を認識している部分もありますが、仕事自体を楽しむという内発的な動機づけは低い傾向にあります。
バーンアウトの場合は、「内発的動機づけ」や「同一化された調整」といった自律的動機づけと負の関連を示しました。医師においては「取り入れ的調整」と正の関連も見られました。自律的動機づけが低く、内部的な圧力で働いている人ほどバーンアウトになりやすいことを示唆しています。
この研究から、同じように一生懸命働いていても、その背後にある動機づけの種類によって、エンゲージメント、ワーカホリズム、バーンアウトという異なる心理状態につながることがわかります。エンゲージメントの高い人は、仕事そのものの楽しさや意義から自律的に動機づけられています。対照的に、ワーカホリックの人は内部的な圧力や罪悪感から働き、バーンアウトの人は自律的な動機づけが著しく低い状態にあると言えるでしょう。
起業家のエンゲージメントは感情を通じ成果を高める
エンゲージメントは実際のパフォーマンスにどのように影響するのでしょうか。この疑問に答えるために、起業家を対象とした研究を見ていきましょう[3]。
起業家は通常、自分の情熱を傾けてビジネスに取り組みます。この「情熱(パッション)」について、「調和的情熱」と「強迫的情熱」という二つの種類があると考えられています。調和的情熱は自律的に選択された活動への愛着を示し、強迫的情熱は内部的・外部的圧力によって駆り立てられる愛着を指します。この二元的なパッションの理論は、先に見たエンゲージメントとワーカホリズムの違いと通じるものがあります。
この情熱に関する枠組みを用いて、起業家のワークエンゲージメントとワーカホリズムが、パフォーマンスにどのように影響するかを調査した研究を見ていきましょう。とりわけ、感情がその関係をどのように媒介するかに注目されています。
研究では、スペインの起業家180名を対象に、ワークエンゲージメント、ワーカホリズム、感情状態(ポジティブ感情とネガティブ感情)、そして革新的行動、ビジネス成長、主観的ビジネスパフォーマンスという3つのパフォーマンス指標を測定しました。
調査の結果、ワークエンゲージメントはすべてのパフォーマンス指標に直接的な正の影響を与えることがわかりました。エンゲージメントの高い起業家は、より革新的な行動を取り、ビジネスの成長を実現し、主観的にも高いパフォーマンスを感じていたのです。
さらに、ワークエンゲージメントはポジティブな感情を増加させ、そのポジティブ感情がさらにパフォーマンスを高めるという間接的な経路も見出されました。エンゲージメントの高い起業家は、仕事に対してポジティブな感情(喜び、熱意、誇りなど)を多く感じ、それが創造性や問題解決能力を高め、良いパフォーマンスにつながっていたということです。
一方で、ワーカホリズムは革新的行動に対しては直接的な正の効果を示しましたが、ビジネス成長や主観的パフォーマンスには直接の有意な影響は見られませんでした。むしろ、ワーカホリズムはネガティブな感情(不安、イライラ、罪悪感など)を増加させ、そのネガティブな感情がビジネス成長や主観的パフォーマンスに負の影響を及ぼすという間接的な経路が見えてきました。
これらの結果は、エンゲージメントとワーカホリズムが異なる感情プロセスを通じてパフォーマンスに影響することを意味しています。エンゲージメントの高い起業家は調和的な情熱を持ち、ポジティブな感情を経験することで良い成果を上げています。対照的に、ワーカホリックな起業家は強迫的な情熱によって駆り立てられ、ネガティブな感情を多く経験することで、長期的なビジネスの成功や主観的な成功感が損なわれる可能性があります。
エンゲージメントの相対的な特徴として、ワーカホリズムと比較して、ポジティブな感情を生み出し、それを通じてパフォーマンスを高める点が挙げられます。エンゲージメントは調和的情熱という形で表れ、仕事を楽しみながら熱心に取り組むことで、持続的な成果につながります。
エンゲージメントは気分良好な人に高く生じる
エンゲージメントと仕事の楽しさ、自律的動機づけ、そして感情との関係について見てきました。一つの疑問が生じるかもしれません。それは「気分と仕事への取り組み方はどのように関連しているのか」ということです。
「Mood as Input(MAI)モデル」という理論を用いて、なぜ人によって仕事への取り組み方が異なるのかを説明しようとした研究を紹介しましょう[4]。このモデルによれば、ある行動を続けるか止めるかを判断する際、私たちは「ストップルール」と呼ばれる基準を設定し、自分の気分をその基準に照らし合わせて判断するとされています。
「ストップルール」には主に二つの種類があります。一つは「楽しさルール」で、「この活動が楽しい限り続け、楽しくなくなったらやめる」というものです。もう一つは「十分ルール」で、「自分が十分にやったと感じるまで続ける」というものです。
研究者たちは、これらのストップルールと気分の組み合わせによって、ワークエンゲージメントとワーカホリズムを説明できると考えました。具体的には、次のような仮説を立てました。
- ネガティブな気分はワーカホリズムと関連するだろう。また、「十分ルール」もワーカホリズムと関連するだろう。要するに、気分が悪い時に「まだ十分ではない」と感じることがワーカホリズムを促進すると考えました。
- ポジティブな気分はワークエンゲージメントと関連するだろう。また、「楽しさルール」もエンゲージメントと関連するだろう。つまり、気分が良い時に「楽しいから続ける」と感じることがエンゲージメントを促進すると考えました。
この仮説を検証するために、オランダの多様な職業に就く173名を対象に調査を行いました。ワーカホリズムは「過剰労働」と「強迫的労働」の2つの次元から、ワークエンゲージメントは「活力」と「献身」の2つの次元から測定しました。また、ポジティブ気分とネガティブ気分、そして「楽しさルール」と「十分ルール」についても測定しました。
分析の結果、ネガティブ気分はワーカホリズムと有意な正の関連を示しました。気分が悪いほどワーカホリズムが強まるのです。「十分ルール」もワーカホリズムと強い正の関連を持ちました。ワーカホリックの人は「まだ十分ではない」という基準で働き続けます。
一方、ポジティブ気分はワークエンゲージメントと有意な正の関連を示しました。気分が良いほどエンゲージメントが高まります。しかし、予想に反して「楽しさルール」とワークエンゲージメントの関連は有意ではありませんでした。
ワーカホリズムとエンゲージメントは異なる気分状態と関連していることがわかります。ワーカホリックの人は、ネガティブな気分の中で「まだ十分ではない」と感じて働き続ける傾向があります。一方、エンゲージメントの高い人はポジティブな気分を持っていますが、単純に「楽しいから」という理由だけで働いているわけではないようです。
「楽しさルール」とエンゲージメントの関連が見られなかった理由として、研究者たちは測定方法の問題を指摘しています。エンゲージメントの高い人は、表面的な楽しさだけでなく、仕事の意義や価値、成長といった深い満足感に基づいて働いている可能性があります。
脚注
[1] Burke, R. J., and MacDermid, G. (1999). Are workaholics job satisfied and successful in their careers? Career Development International, 4(5), 277-282.
[2] van Beek, I., Hu, Q., Schaufeli, W. B., Taris, T. W., and Schreurs, B. H. J. (2012). For fun, love, or money: What drives workaholic, engaged, and burned-out employees at work? Applied Psychology: An International Review, 61(1), 30-55.
[3] Gorgievski, M. J., Moriano, J. A., and Bakker, A. B. (2014). Relating work engagement and workaholism to entrepreneurial performance. Journal of Managerial Psychology, 29(2), 106-121.
[4] van Wijhe, C., Peeters, M., Schaufeli, W., and van den Hout, M. (2011). Understanding workaholism and work engagement: The role of mood and stop rules. Career Development International, 16(3), 254-270.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。