2025年5月20日
潜在成長モデル:縦断データで変化を捉える
人事データ分析においては、従業員の心理状態や行動の「変化」を捉えることが重要な課題となっています。組織サーベイのような定期的な調査では、「今回の結果はどうだったか」を見るだけでなく、「時間とともにどう変化しているか」「なぜその変化が起きているのか」を理解することが求められます。
このような縦断的データを分析する手法の一つが、潜在成長モデル(Latent Growth Model)です。このモデルは、個人や組織の「変化のパターン」を数理的に記述し、その変化の背後にある要因を探ることができる手法です。従業員一人一人の変化の軌跡が異なることを前提とし、その個人差も数値化して分析できる点が特徴です。
本コラムでは、人事担当者の方々に向けて、潜在成長モデルの基本的な考え方から実践的な活用方法まで、組織サーベイを例に用いながら解説していきます。
潜在成長モデルとは
潜在成長モデルにおける「成長」は、時間の経過に伴う変化のプロセスを指します。例えば、ある会社で毎年実施される組織サーベイを考えてみましょう。従業員Aさんの3年間のエンゲージメントスコアが、1年目は3.5点、2年目は4.0点、3年目は4.2点だったとします。この変化の過程そのものが「成長」です。
重要なのは、Bさんは1年目4.0点、2年目3.8点、3年目3.5点というように、異なる変化のパターンを示すかもしれないということです。潜在成長モデルは、個人差を考慮しながら、変化のパターンを分析することができます。
もう一つの「潜在」という言葉が示すのは、直接観測することができない要素の存在です。組織サーベイで実際に測定できるのは、各時点での質問項目への回答です。しかし、その背後には「エンゲージメントの水準」や「エンゲージメントが変化していく速度」があるはずです。これらの直接観測できない要素を「潜在変数」として扱い、データから推定するのが潜在成長モデルのアプローチです[1]。
潜在成長モデルを用いる理由
従業員の心理状態の変化を分析する際、最もシンプルなアプローチは各時点の平均値を比較することです。例えば「1年目の全社平均は3.8点、2年目は4.0点、3年目は4.1点だった」というように集計し、t検定や分散分析で差を検定する方法があります。
しかしこの方法では、同じ平均値3.8点であっても、ある特徴を持った従業員は着実に上昇傾向にあり、別の特徴を持った従業員は大きく下降しているといった、個人レベルでの変化の多様性を把握することができません。全体の平均値だけを見ていては、従業員のさまざまな成長や変化のパターンを正確に理解することができないのです。
もう少し複雑な方法として、繰り返し測定の分散分析があります。この方法では、同じ従業員から複数回データを取得して個々の回答データを紐づけすることで、個人内の変化を追跡することができます。
とはいえ、この分析方法では「全従業員の平均的な変化の軌跡」は把握できるものの、「Aさんは緩やかに上昇し、Bさんは急激に上昇する」といった、変化の速さや方向性の個人差を詳細に検討することができません。
対して、潜在成長モデルでは、従業員一人一人の変化のパターンを個別に数値化し、分析することができます。例えば、ある従業員の初期エンゲージメントが4.0点で、1年ごとに0.2点ずつ上昇しているのに対し、別の従業員は初期値3.5点で1年ごとに0.4点ずつ上昇しているといった、個人ごとの変化の特徴を数値として把握することができます。
「初期エンゲージメントが高い従業員は、その後の上昇が緩やかである」といった、初期値と変化の速さの関係性についても、統計的な分析が可能です。また、エンゲージメントを測定する複数の質問項目がある場合、それらの関係性(因子構造)も同時にモデル化できます[2]。
潜在成長モデルの基本的な考え方
潜在成長モデルの基本形として、個人iの時点tにおける観測値を次のような式で表現します[3]。
y_it=α_i+β_i・Time_t+ε_it
ここにおいて、α_iは個人iの潜在的な初期値(切片)を表します。これは、測定開始時点における、その従業員のエンゲージメントの水準を示す値です。例えば、ある従業員の初期値が4.0であれば、調査開始時点でのエンゲージメントが4.0ポイントであったことを意味します。
β_iは個人iの潜在的な変化率(傾き)を表します。これは、時間経過とともにエンゲージメントがどのくらいの速さで変化するかを示す値です。例えば、変化率が0.5であれば、1年経過するごとにエンゲージメントが0.5ポイントずつ上昇することを意味します。逆に-0.3であれば、1年ごとに0.3ポイントずつ低下することを示します。
Time_tは、測定が行われた時点を数値で表したものです。初回測定時点を0とし、その後の測定時点を数値で表現します。例えば、毎年1回3年間の測定であれば、1年目を0、2年目を1、3年目を2というように設定します[4]。こうすることにより、時間の経過に伴う変化をモデル化することができます。
さらに、α_iとβ_iは、全体の平均(αとβ)からの個人差(ζ_αiとζ_βi)として、より詳細に表現することができます。例えば、全従業員の初期値の平均が3.8で、ある従業員の初期値が4.2である場合、この従業員の初期値は平均より0.4ポイント高いことになります。この平均からの「ズレ」がζ_αiとして表現されます。同様に、変化率についても、全体の平均的な変化率からの個々人のズレがζ_βiとして表現されます。
これによって、従業員全体としての一般的な傾向(平均的な初期値と変化率)と、各従業員固有の特徴(平均からどの程度ズレているか)を区別して検討することができます。例えば、「全体として初期値は3.8で、年間0.2ポイントずつ上昇する傾向にあるが、従業員によって初期値は±0.5ポイント程度、変化率は±0.3ポイント程度のばらつきがある」といった具合に、集団の特徴と個人差を理解することができます。
なお、潜在成長モデルは、一般的に構造方程式モデリング(SEM)という統計手法の枠組みの中で実装されます。SEMは、直接観測できる変数(観測変数)と、直接は測定できない概念や特性(潜在変数)の関係性を、同時に分析できる手法です。SEMを用いることで、エンゲージメントの測定における誤差の影響を考慮しながら、より精密な分析を行うことができます。
組織サーベイの場合、例えば、各質問項目への回答が観測変数となり、その背後にある「エンゲージメント」が潜在変数として想定されます。各時点での潜在変数(エンゲージメント)は、二つの潜在変数の影響を受けると考えます。一つは「初期値」という潜在変数で、これは測定開始時点でのエンゲージメントの水準を表します。もう一つは「変化率」という潜在変数で、これは時間経過に伴うエンゲージメントの変化の速さを表します[5]。
組織サーベイによる例示
潜在成長モデルの分析を考えるために、必要なデータを整理しましょう。従業員IDごとに、各時点でのエンゲージメントスコアが必要です。また、分析の目的に応じて、部署、勤続年数、職位などの属性情報も用意します。エンゲージメントを複数の質問項目で測定している場合は、それらの回答データも必要です。
測定モデルでは、各質問項目がエンゲージメントという潜在変数をどの程度反映しているかを推定します。例えば、「仕事をしていると時間が過ぎるのを忘れる」「仕事に誇りを持っている」「仕事に夢中になっている」といった質問項目が、どの程度「エンゲージメント」という概念を測定できているかを検討します。この際、通常のSEMのように潜在変数を仮定した測定方程式を組むだけでなく、切片も推定することがポイントです。そうすることで、測定モデルで抽出されたエンゲージメントが分散だけでなく得点の大きさの情報も持つようになり、潜在成長モデルが捉える得点の初期値や変化を追えるようになるのです。
構造モデルでは、このようにして測定されたエンゲージメントが、時間の経過とともにどのように変化していくかを分析します。例えば、入社1年目から3年目までの3回の測定データがある場合、各時点でのエンゲージメントの水準が、どのような軌跡を描いて変化しているかを推定します。
具体的には、「初期値」という潜在変数を設定します。これは、測定開始時点(例えば、入社1年目)での各従業員のエンゲージメントの水準を表します。続いて「変化率」という潜在変数を設定します。これは、時間経過とともにエンゲージメントがどのくらいの速さで変化していくかを表します。この二つの潜在変数を用いて、各時点でのエンゲージメントの値を予測するモデルを構築します。
推定結果からは、例えば、次のような情報が得られます。
- 全体平均として、従業員全体の一般的な傾向を把握することができます。例えば「入社1年目の時点での平均的なエンゲージメントは5点満点中5点であり、その後1年経過するごとに平均して0.2点ずつ上昇している」といった具合に、組織全体としての変化の特徴を理解することができます。
- 上記のように示されたエンゲージメントの変化について、有意性検定で統計的に評価できます。平均して2ずつ上昇している傾向が有意であるならば、エンゲージメントの上昇は確かであると評価でき、「全体傾向として、エンゲージメントは調査期間内で上昇している」と統計的に判断できます。
- 個人差の分析からは、従業員間でどの程度のばらつきがあるかを把握することができます。例えば「初期値については、平均値5点を中心に標準偏差0.5点程度のばらつきがある」「変化率については、平均0.2点/年を中心に標準偏差0.1点程度のばらつきがある」といった形で、従業員間の違いを数値として理解することができます。
- 変数間の関係性の分析からは、例えば、初期値と変化率の間にどのような関連があるかを把握することができます[6]。「初期エンゲージメントが高い従業員は、その後の上昇が年間1点程度と緩やかである一方、初期エンゲージメントが低い従業員は、年間0.3点程度と比較的急速に上昇する傾向がある」といった関係性を明らかにすることができます。
- さらに他の指標を測定していた場合、変化を促したり抑制する要因を検証できます。例えば、最初の調査時のタスクスキル評価データを投入して分析することで「最初にタスクスキル評価が高い従業員ほど、エンゲージメントの変化が有意に高かった」と関係性を検証できます。これにより、エンゲージメントが伸び悩みそうな従業員を早期に把握し、事前対策を考えるきっかけになります。
- 同様に、他の指標を測定していた場合、変化同士の関連も検証できます。例えば、エンゲージメントと同様に職場風土についても経年で測定を続けていた場合、職場風土の変化も潜在成長モデルで同じように推定でき、そこから「職場風土にポジティブな変化があった従業員では、エンゲージメントの上昇もより高い」といった関係性を把握できます。通年で実施してきた施策の効果を、施策が狙った指標の変化とそのアウトカムとの関連の2側面で検証することができます。
脚注
[1] 潜在成長モデルと同様に時系列データにおける変化に着目した分析として、潜在差得点モデル(潜在変化モデル)があります。潜在差得点モデルは、特に2時点のデータにおける変化に焦点を当てたモデルです。一方、潜在成長モデルは3時点以上のデータ全体における平均的な傾き・得点変化に焦点を当てています。潜在差得点モデルについては、当社コラムで詳しく解説しています。なお、3時点以上を測定したデータにおいて、個々の時系列間で潜在差得点(変化)を潜在変数で推定し、すべての潜在差得点を説明する上位の潜在変数を仮定することで、潜在成長モデルの傾きと同等のものを推定するテクニックもあります。
[2] 縦断データにおいては、従業員の退職や異動、調査への未回答などによるデータの脱落が避けられません。脱落のメカニズムを慎重に検討し、適切な欠測値処理を行うことが重要です。
[3] 本コラムで示すモデルは線形の成長を仮定していますが、実際の変化はより複雑なパターンを示すことがあります。例えば、新入社員の適応過程では初期に急激な変化があり、その後緩やかになる非線形のパターンが観察されるかもしれません。このような場合、二次曲線モデル(Time_tの2乗項を加える)をはじめとした非線形モデルの使用することで対応した分析が可能となります。特に、2乗項を含めた潜在成長モデルは曲線形の変化を捉えるモデルとなり、「潜在成長曲線モデル(latent growth curve model)と呼ばれます。
[4] データを測定する間隔が一定でなくても、数値を調整することで対応できます。例えば、年に4回の定期サーベイを行うとして、それらが4月、7月、11月、次年の3月と行う場合、始まりの4月におけるtを0として、7月をt=3、11月をt=7、3月をt=11と設定すれば対応できます。この設定は、構造方程式モデリングにより潜在成長モデルを組む際、β_iを表す潜在変数から各時点の変数を説明するパスの係数を上記の値で固定することで適用できます。
[5] 潜在成長曲線モデルを適用する際には、いくつかの前提条件があります。
- 第一に、誤差項(ε_it)については、独立性と等分散性が仮定されます。要するに、各時点における測定誤差が互いに独立で、その大きさが一定であることが想定されています。
- 第二に、個人差を表すζ_αiとζ_βiについては、多変量正規分布が仮定されます。これらの前提条件が満たされない場合、別の推定やモデルの使用を検討する必要があります。
[6] エンゲージメントの変化を解釈する際には、様々な交絡要因の影響を考慮する必要があります。例えば、組織変更、人事制度の改定、業績の変動などの組織レベルの要因は、従業員全体のエンゲージメントに影響を与える可能性があります。また、昇進、異動、職務内容の変更といった個人レベルの要因も、エンゲージメントの変化に影響を与えるでしょう。これらの要因を時間依存性の共変量としてモデルに組み込むことで、より正確な分析が可能になります。ただし、すべての潜在的な交絡要因を測定・制御することは実質的に不可能であり、結果の解釈には慎重になる必要があります。
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。