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コラム

【出版記念】組織で解決する先延ばし問題:「遅れる職場」からの脱却(セミナーレポート)

コラム

ビジネスリサーチラボは、20254月にセミナー「【出版記念】組織で解決する先延ばし問題:『遅れる職場』からの脱却」を開催しました。

職場における「先延ばし」の問題は、単なる個人の怠慢ではなく、組織的な要因が大きく関わっています。職場で起こる先延ばし行動を組織心理学の視点から解き明かした新刊『なぜあなたの組織では仕事が遅れてしまうのか?』の著者二名が、書籍では語りきれなかった内容も交えながら、チームで解決する先延ばし対策について語りました。

セミナーでは、著者の黒住嶺と伊達洋駆が、書籍執筆の裏話、先延ばしに関する研究成果や、書籍執筆後に考察を深めた新たな視点についてもお話ししました。「完全主義」「業務の複雑さ」「役割の曖昧さ」など、先延ばしの発生メカニズムと、それを組織として解決するためのアプローチについて学べます。

先延ばしに悩む当事者はもちろん、チームのパフォーマンス向上を目指すマネジャーにとっても参考になる内容です。職場の生産性と働きやすさを同時に高める方法を、この機会に学んでみませんか。

※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。

先延ばしにおける「組織」視点の提案

なぜ「組織」視点なのか

黒住

最初のパートでは、なぜ「組織」の視点から先延ばしを捉える必要があるのかという点についてお話します。その前提として、「先延ばし」とは何なのかという点からお話しします。

先延ばしとは、簡単に言えば「やるべきタスクに着手することが遅れている状態」を指します。日常生活でも多くの方が経験されることだと思いますが、学術的にも複数の定義が存在しています。その中でも共通する要素が二つあります[1]

一つは、本人がそのタスクを「やらなくてはいけない」と理解していることです。そしてもう一つは、タスクを先延ばしすることが「適切ではない」と本人が理解している点です。この二つの要素は、どの研究においても共通しています。つまり、自分自身がタスクの重要性を理解しつつも、それをつい遅らせてしまうということが、先延ばしの特徴として捉えられています。

私自身も過去に先延ばしに苦労した経験があり、それを改善したいという思いから研究を始めました。研究を進めるうちに、個人の問題に対するアプローチ、つまり個人がどんな問題を抱えているかを分析し、その問題を個人が解決していく方法が重視されていると気づきました。

この個人に対するアプローチも一定の効果がありますが、同時に限界もあります。個人の努力だけに頼る方法以外にも何か別の方法があるのではないかと常々考えていた中で、今回の書籍執筆に至りました。

書籍化のきっかけは、当社のセミナーに参加していた編集者の方にお声掛けいただいたことでした。そのセミナーでは、本人にとって負担の少ない先延ばし対策を紹介していました。先延ばしは「本人の問題」とされやすく、個人が根性や気合いで頑張って解決するものとされがちですが、それとは異なる組織的な視点や方法を提案したいと考えていたところ、職場で困っている人が多いという声や、根性論以外の対策が求められているという声をいただき、書籍化することとなりました。

では、「個人の問題」以外にどのような視点があるのかを少し紹介したいと思います。まず、タスクの特徴や本人が置かれている環境の影響を考える視点があります。

例えば、締め切りが遠く、長期的に取り組む必要があるタスクや、目標や役割が曖昧で達成基準がはっきりしないタスクは、先延ばしが起こりやすいと言われています。このようにタスクの性質や業務環境に注目することで、対策の選択肢を広げることが可能です。

逆に、個人だけの問題として対処する方法では、人が入れ替わったり環境が変わらなかったりすると同じ問題が繰り返される可能性があります。つまり、組織的な対策を取ることで、根本的な解決につながると考えられるのです

もう一つは、「人のせい」にしてしまいがちな心理的な反応が、人には備わっているからです。例えば、「あの人は仕事が遅い」「いつも期限ぎりぎり」といったように、周囲はつい本人の性格や能力に原因を求めがちですが、実際にはタスクの特徴や環境の影響も大きいことが分かっています。このように外部要因を軽視してしまう傾向は「基本的な帰属のエラー」と呼ばれ、広く知られています。

こうした理由から、個人の問題だけではなく組織の問題として先延ばしを捉え直す必要があると考えています。そこで書籍では、個人の問題とされがちだった先延ばしを組織の問題として捉え直し、具体的にアプローチしていくことを目的としています。構成として、職場で実際に起こりやすい先延ばしの状況をエピソード形式で具体的に紹介しています。そしてそれぞれの状況に対して、組織としてどのような対策が取れるか、また本人自身が取り組める対策も併せて提案しています。

「支援してほしい」先延ばしの紹介

2パートとして、書籍で紹介したエピソードのなかから、組織が個人を「支援してほしい先延ばし」のメカニズムについて、研究知見を交えながらご紹介したいと思います。今回は特に、個人の問題として捉えることのリスクを強調し、組織の問題として考えるべきだという視点から、「完全主義(完璧主義)」による先延ばしについて紹介します。

完全主義とは研究上、「非現実的なほど高い基準を設定し、それに固執し、その基準を達成することで自分の価値を決定しようとすること」[2]と定義されています。完璧を求める人は、一見すると先延ばしをしないように思えますが、実際には逆効果になることがあります。

完全主義による影響の一つは、「終了の先延ばし」のリスクです。高い目標を設定するため、完璧な状態で終えることにこだわり過ぎて、作業の完了が遅れてしまいます。書籍の中でも、質の高い資料を作ることにこだわるあまり、上司や同僚との情報共有や次のフェーズへの移行が遅れ、結果として組織全体の進行が滞ってしまう例を挙げています。

また、完全主義による先延ばしを深掘りすると、「失敗への恐れ」が関連していることもあります。実は完全主義者の中には、「失敗を避けるために」高い目標を設定する人がいます。失敗を恐れる気持ちが強いと、結果として「回避的な先延ばし」が生じます。

回避的な先延ばしは、精神的な健康を守るための防衛反応と考えられています。失敗の可能性があるタスクに直面すると、大きなストレスを感じるため、それを避けようと身体的・心理的に距離を置くのです。業務としては望ましくない行動ですが、自分自身の精神的健康を守るという目的では自然な反応とも言えます。

また、この回避を防ぐためには「成功の見込み」が重要です。失敗の可能性があるタスクでも、「最終的にうまくいく」という見込みがあると、積極的に取り組むことができます。逆に成功の見込みが低い場合、回避的な行動が起きやすくなります。

これらの知見を踏まえると、先延ばしに対する組織の対応として「フォロー」の重要性が見えてきます。本人の能力不足として叱責したり評価を下げたりするような「罰」によるコントロールは、逆効果になる可能性があります。そのため、タスクへのハードルを下げ、心理的負担を軽減する周囲のフォローが有効です。

具体的な対策としては以下の二つが挙げられます。一つ目は「十分であれば良い」と許容することです。ベストではなくベターで良いという環境を整えることで、高すぎる目標設定を緩和し、失敗への恐怖を軽減します。

二つ目は、「成功の見込み」を与えることです。これは日常的な業務を細分化し、簡単なものから徐々に難易度を上げることで、小さな成功体験を積み重ねて自信を持たせる方法です。また、メンター制度や定期的な交流を通じて、タスクの具体的な進め方をサポートし、成功への道筋を明確にすることも効果的です。つまり、罰ではなく、周囲からの適切なフォローを中心とした組織的な支援が、先延ばし問題の解決には重要だといえるのです。

より良い対策に向けて

最後に、「より良い対策に向けて」ということで、今回の書籍執筆を終えて考えている今後の展望についてお話しします。実は国内において、仕事の先延ばし研究は歴史がまだ非常に浅い状況です。私たちもこの書籍とほぼ同じタイミングで、仕事上の先延ばしを測定するための心理尺度を研究開発しました[3]が、これも昨年ようやく開発されたばかりの新しいものです。そのため、どのような要因が関連しているのか、どのような対策が効果的なのかについては、今後さらに検討を進めていく必要があります。

私たちもさまざまな観点から検討と提案を進めていきたいと考えています。その一つとして、「人のせいにしてしまう傾向」を掘り下げるアプローチが挙げられます。

前述のように、人の行動の原因や理由を考える際に、環境など外部要因の影響を過小評価し、その人自身に原因があると考えがちです。これは「基本的な帰属のエラー」と呼ばれています。この傾向は、先延ばしだけでなく多くの場面で見られ、個人の問題を組織の問題として捉え直す際にも重要な視点となります。

例えば経営実務でも次のような例が報告されています[4]

  • マネージャーが「従業員は怠け者である」と誤認して賞罰でマネジメントする
  • 電車の遅延で面接に遅刻した遅刻応募者を「計画性が足りない」と考える
  • 成績不振の対策に、外部要因のリサーチより「担当者の研修」を優先する

このような「人のせいにしてしまう」傾向を掘り下げることで、先延ばし問題の対策にもつながると考えています。このテーマについては、次回のセミナーでさらに詳しく取り上げ、職場で起きる「基本的な帰属のエラー」について深掘りし、具体的な対策について検討する予定です。

もう一つの視点として、組織が現状で実施している施策が先延ばしにどう影響しているのか、あるいは予防効果を、包括的に検討することも重要と考えています。今回の書籍は、個人の問題として見られがちな先延ばしを組織的な視点で捉え直す、つまりミクロ(個人)からマクロ(組織)への視点転換を提案しました。逆に、実際の施策というマクロから従業員というミクロへの効果を、評価・検証していくことが今後の課題として挙げられます。

例えばテレワークを取り上げると、自律性が促進されることで先延ばしを抑える効果が期待される一方、コミュニケーションの希薄化や孤立感から、逆に先延ばしが増加することもあります。このように、単一の施策が相反する効果をもつこともあり、実際の職場でどのような影響があるのか総合的に評価する必要があります。

ただ現状では、複数の施策の効果を同時に比較し、それらの効果を体系的に評価・検討するような包括的な研究は見当たりません。今後は、組織として実施する複数の施策や環境要因が、個人にどのように影響を与えるかを包括的に調査・検証し、その結果に基づいて優先順位を決定し、具体的な対策を考えることが重要となります。こうしたマクロ的視点での包括的な検討を進め、より深く、実効性のある先延ばし対策を提案していければと考えています。

先延ばし行動の組織的対策とマネジメントの問題

はじめに

伊達:

職場で起こる先延ばし行動は、個人の特性だけでなく組織的な要因からも生じています。これまで先延ばしの対策は、個人の自制心や時間管理能力の向上など、個人レベルでの改善に焦点が当てられがちでした。しかし、組織環境や仕組みに注目した対策も同様に重要です。

先延ばしを組織的な現象として捉え直すことで、「なぜ優秀な人材でも先延ばしをしてしまうのか」という疑問への新たな視点が開けます。本講演では、役割の曖昧さや業務の複雑さなど、組織に起因する先延ばし要因と、その対策について考えていきます。個人の努力に頼るだけでなく、組織全体で取り組むべき課題として先延ばしを捉え直しましょう。

役割の曖昧さを下げる

この仕事は誰が責任を持つのだろう。私に何が期待されているのだろう。このような疑問が生じる状況では、先延ばし行動が起きやすくなります。学術研究によって、役割の曖昧さが先延ばし行動を促進することが明らかになっています[5]。なぜなら、自分の役割や責任範囲がはっきりしない状態では認知的負荷が増大し、何から手をつければ良いのかわからなくなるからです。

また、人は本来、不確実性を避ける傾向があります。役割が曖昧な状況では、失敗するリスクや無駄な作業をするリスクが高まるため、「今はまだ取り組まない方が良いのではないか」という心理が働きます。結果、タスクへの着手が遅れ、先延ばしが生じるのです。

とはいえ、現代のビジネス環境において、役割を完全に明確化することは現実的ではありません。どれほど詳細な職務記述書を作っても、想定外の事態や境界線上の業務は必ず発生します。役割の曖昧さはゼロにはできないのです。それでも、曖昧さを少しでも軽減するための対策は存在します。

一つ目の対策は「文書化」です。業務マニュアルや手順書を整備し、標準的な業務の進め方や判断基準、注意点などを明文化することで、最低限のガイドラインを示すことができます。新しいプロジェクトを開始する際には、各メンバーの役割や責任範囲を文書化し、共有することも効果的でしょう。

しかし、文書化よりも有益なのが「コミュニケーション」です。定期的な1on1ミーティングやチーム会議を通じて、上司や同僚と期待をすり合わせることで、自分に何が求められているのかを理解することができます。「この案件では私はどこまで責任を持つべきですか」「この作業の優先度はどの程度ですか」と質問することで、曖昧さを減らすことができます。

理想的な職場環境は、メンバー同士が互いにフィードバックを与え合い、情報を共有し、良い仕事を称賛し合う文化を持っています。そのような環境では、役割の曖昧さが生じても、すぐに解消することができます。また、「この部分は私の役割ではないかもしれないが、チームのために貢献したい」という意欲も生まれやすくなります。

役割の曖昧さを完全になくすことはできなくても、組織としてコミュニケーションを促進し、曖昧さを減らす努力をすることで、先延ばし行動を抑制することができます。

業務の複雑さを下げる

複雑な業務に直面し、「どこから手をつければいいのだろう」と躊躇してしまうことはないでしょうか。業務の複雑さと先延ばし行動の関連性は、研究の中で実証されています。業務が複雑であればあるほど、それを遂行するために必要な認知的負荷は増大します。人は無意識のうちにその負担を避けようとして、タスクを後回しにしてしまいます。

また、複雑な業務に直面すると「自分にはできないのではないか」という不安が生じ、自己効力感(自分はこのタスクを成功させられるという自信)が低下します。自己効力感の低下は先延ばし行動の主要な原因の一つです。複雑な業務に対して自信を失うと、着手するタイミングを遅らせ、締め切り直前に慌てて取り組むという悪循環に陥ります。

しかし、ビジネスの高度化に伴い、すべての業務を単純化することは困難です。複雑な問題を解決することこそが、特に知識労働者の価値でもあります。そこで重要なのは、複雑さそのものを完全に排除するのではなく、複雑さと上手く付き合うための支援体制やツールを整備することです。

複雑さを管理するための一つの方法は、適切なツールの活用です。例えば、プロジェクト管理ツールを導入し、大きなタスクを小さな単位に分解して可視化することで、「何から始めるべきか」という悩みを軽減できます。進行管理表やガントチャートを用いることで、複雑なプロジェクトの全体像と進捗状況を把握しやすくなります。また、チェックリストやテンプレートを整備することで、複雑な業務の標準化を図ることも効果的です。

もう一つの対策は、支援体制の構築です。いくら優秀な人材でも、すべての複雑な問題を一人で解決することはできません。困ったときに気軽に相談できる環境や、専門知識を持つ同僚からアドバイスを得られる仕組みがあれば、複雑な業務にも前向きに取り組むことができます。

支援体制を機能させるためには、「助けを求める」という行動が重要です。助けを求めることを弱さの表れと考える人もいるかもしれませんが、実は逆です。適切なタイミングで助けを求めることは、効率的に問題を解決するためのスキルであり、組織全体の生産性向上にも貢献します。研究によれば、助けを求めれば、多くの場合、周囲の人は協力してくれます。

業務の複雑さは避けられないものですが、適切なツールと支援体制を整えることで、その複雑さに起因する先延ばし行動を減らすことができます。組織としては、複雑な業務に取り組むメンバーを孤立させるのではなく、チーム全体で支え合いましょう。

共同としてのマネジメント

ここまで役割の曖昧さや業務の複雑さを下げるための対策を見てきましたが、これらの取り組みを聞いて「またマネジャーの仕事が増えるのか」と不安に感じる人もいるかもしれません。確かに、現代のマネジャーは多忙を極めています。業績管理、人材育成、チームビルディング、上位層との調整など、様々な役割を担っています。そこに先延ばし対策という新たな負担が加わると、マネジャー自身が疲弊してしまう恐れがあります。

しかし、マネジメントを別の視点から捉えてみましょう。マネジメントの責任は確かにマネジャーにありますが、マネジメントという活動自体はマネジャー一人で行うものではありません。マネジメントを「マネジャーと部下が共同で作り出す相互行為」として理解してみましょう。要するに、部下もマネジメントの一翼を担っているのです。

例えば、役割の曖昧さを下げるためには、マネジャーが部下に期待を明確に伝えることが重要です。しかし同時に、部下の側から「この業務ではどこまで私に裁量がありますか」「この案件での優先順位を教えていただけますか」と質問することも可能です。マネジャーからの一方的な指示待ちではなく、部下からの働きかけによって役割の明確化が図られます。

また、業務の複雑さに対処するための支援体制についても同様です。マネジャーは部下が困っていることに気づき、適切な支援を提供することが求められます。しかし、部下の側も「この点について詳しい方を紹介していただけませんか」「この判断についてアドバイスをいただけますか」と、必要な支援を求める姿勢が大切です。

このように「共同でのマネジメント」の視点に立つと、先延ばし対策はマネジャーだけの負担増加ではなく、チーム全体で取り組む活動として捉えることができます。マネジャーはすべての問題を自分で解決する必要はなく、むしろチームメンバーの自発的な問題解決能力を引き出し、サポートする立場として機能することが求められるでしょう。

おわりに

本講演では、先延ばし行動を組織的な現象として捉え、その対策について考えてきました。役割の曖昧さや業務の複雑さという組織的要因に着目し、それらを軽減するためのアプローチを紹介しました。また、マネジメントをマネジャーだけでなくチーム全体で担うという視点の重要性についても述べました。

先延ばしの問題は、個人の特性だけでなく、職場環境や組織の仕組みによっても左右されます。本講演を聞いた皆さんには、「先延ばしをする人」を責めるのではなく、なぜ先延ばしが起きるのかという構造的な原因に目を向け、組織全体で解決策を模索していただきたいと思います。

Q&A

Q:高い目標に対してスモールステップで始めていくことは大事だと思います。一方で、本人の成長を考えると、最終的には自分と向き合うことが重要なように思います。この点についてどうお考えですか。

黒住:

自己効力感という観点でお話ししました。タスクに対して自分がうまくいくという見込みが持てれば、先延ばしを対策していくことができるということを紹介しました。

研究では、少しずつ成功体験を積んでいくと、ある種のスキルとして自己効力感を醸成することができると言われています。高い目標を達成してほしいからといって、いきなり高い目標を設定するのではなく、まずは少しずつ達成できるタスクを与えることが大切です。それをこなしていくことで自己効力感が醸成され、そのタイミングで高い目標を与えることができれば、うまく対策が回っていくと考えられます。

伊達:

主観的な高さと客観的な高さを区別すると整理になるかと思います。例えば、100m泳ぎたいという目標があったとします。これは全く泳いだことがない人にとっては、主観的には高い目標です。

5mだけ泳いでみましょう」というように少しずつ泳げるようになってくると、そのうち100mも泳げるようになります。そうすると、かつては主観的に高かった目標である100mが、高く感じなくなります。今度は「1km泳いでください」と言われると、これはまた主観的に高く感じます。

これを客観的に見てみると100m1kmという話なので、本人の主観的な目標の高さとは一致していません。自己効力感を高めていくことができれば、客観的に高い目標であるはずなのに、主観的には高くないという状態になることもあります。成長のステップを歩んでいけば、客観的に見たときに高い目標を掲げられるようになっていくでしょう。

Q:先延ばし行動と計画的な優先順位の付け方の区別が難しい場合があります。例えば、重要ではあるが緊急ではないタスクを後回しにすることは、必ずしも先延ばしとは言えない気もします。この二つをどのように区別するべきでしょうか。

黒住:

外から見たときにそれを判断するのは難しいと思います。先延ばしの問題になってくる部分の一つは、本人がどう捉えているかというところです。「やらなきゃいけないとわかっているのにできない」という状態は、本人にとって苦痛になることが多いでしょう。そうした遅延が先延ばしと捉えられます。特に問題になるのは本人の視点でどう感じているかということです。

本人の視点で見たときに、自分の行動の良くなさを自覚している場合には、それは先延ばしとみなすべきでしょう。一方で、「他に優先すべきことがあるから」という明確な理由があり、適切な判断として後回ししているのであれば、それは計画的なものとして切り分けていいのではないかと思います。

伊達:

外から見たときに一目でわかるわけではないので、きちんと話を聞く必要がありますね。

Q:ネガティブ・ケイパビリティのように、決断できないだけではなく、あえて先延ばしにする行動があると思います。この点についてどうお考えでしょうか。

伊達:

「本当は間に合わせたいと思っているのに、結果的に後ろ倒しになっている」というのが先延ばしにおける心理の特徴ではないでしょうか。それに対して、ネガティブ・ケイパビリティは、意図して判断を保留することを狙います。ネガティブ・ケイパビリティは全く問題どころか、場面によっては有用だと思います。

黒住:

例えば創造性の文脈では、あえて後ろ倒しにすることが必要な時もあります。寝かせておくと良いアイデアが出ることもあります。

脚注

[1] 金子泰徳・池田寛人・藤島雄磨・梅田亜友美・小口真奈・高橋恵理子(2022).Pure Procrastination Scale日本語版の作成および信頼性と妥当性の検討.パーソナリティ研究, 31, 1-11

[2] 山下由紀子・福井義一 (2011). 完全主義と先延ばしが抑うつに及ぼす影響: 日本語版General Procrastination Scale (GPS) の再検討を含めて. 甲南大学紀要, 161, p223-230

[3] 黒住 嶺・伊達 洋駆(2024. 日本語版仕事の先延ばし尺度の作成パーソナリティ研究33(2), 100-102.

[4] 次の論文を参考;
Davison, H. K., & Smothers, J. (2015). How Theory X style of management arose from a fundamental attribution error. Journal of Management History, 21(2), 210-231.
Paul, C. (2021). The role of the fundamental attribution error in the context of human resource management. Psychology, 11(2), 7-12.

[5] 本パートにおいて紹介する学術研究の詳細や文献情報は『なぜあなたの組織では仕事が遅れてしまうのか? 職場で起こる「先延ばし」を科学する』(日本能率協会マネジメントセンター)をご参照ください。


執筆者

黒住 嶺 株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー

学習院大学文学部卒業、学習院大学人文科学研究科修士課程修了、筑波大学人間総合科学研究科心理学専攻博士後期課程満期退学。修士(心理学)。日常生活の素朴な疑問や誰しも経験しうる悩みを、学術的なアプローチで検証・解決することに関心があり、自身も幼少期から苦悩してきた先延ばしに関する研究を実施。教育機関やセミナーでの講師、ベンチャー企業でのインターンなどを通し、学術的な視点と現場や当事者の視点の行き来を志向・実践。その経験を活かし、多くの当事者との接点となりうる組織・人事の課題への実効的なアプローチを探求している。

 

 

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

#黒住嶺 #伊達洋駆 #セミナーレポート

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