2025年5月12日
媒介効果:エンゲージメント向上のメカニズムを考える
従業員エンゲージメントの向上を重要な課題として設定する企業が増えています。しかし、どのようなプロセスでエンゲージメントが向上するのか、そのメカニズムを理解することは簡単ではありません。
例えば、上司からの情緒的な支援が職場の心理的安全性を高め、それによって従業員のエンゲージメントが向上するといったように、ある要因が別の要因を介して最終的な結果に影響を与えることがあります。
このような「ある要因が別の要因を経由して結果に影響を与える」という関係性を「媒介効果」と呼びます。媒介効果を理解することは、組織における様々な施策の効果を把握し、効果的な介入方法を設計する上で重要です。
本コラムでは、媒介効果の基本的な考え方から検証方法まで解説していきます。組織サーベイを例に用いながら説明を進めます。
媒介変数とは何か
媒介変数とは、影響指標(原因となる要因)と成果指標(結果として現れる指標)の間に位置し、その関係を仲介する役割を果たす変数のことです。ある企業で「上司からの情緒的支援」が「従業員エンゲージメント」の向上につながっているとします。なぜ上司からの情緒的支援がエンゲージメントの向上をもたらすのでしょうか。
例えば、上司からの情緒的支援は直接的にエンゲージメントを向上させるわけではなく、「職場の心理的安全性」を高めることを通じてエンゲージメントの向上につながっているかもしれません。
「上司からの情緒的支援」が「職場の心理的安全性」を高め、高まった心理的安全性が「従業員エンゲージメント」を向上させるという流れです。この場合、「職場の心理的安全性」が媒介変数となります[1]。
媒介変数の特徴は、それが一連の流れにおける「メカニズム」や「プロセス」を説明する役割を果たすことです。「上司からの情緒的支援がエンゲージメント向上につながる」という情報だけでは、なぜそうなるのかというメカニズムは見えてきません。しかし、「職場の心理的安全性」という媒介変数を考慮することで、その背後にある心理的・行動的なプロセスを理解することができます。
こうした理解は、効果的な施策の設計にも役立ちます。例えば、上司からの情緒的支援がエンゲージメント向上につながらないケースがあった場合、媒介変数である職場の心理的安全性に着目することで、なぜ期待した効果が得られなかったのかを検討することができます。職場の心理的安全性を高めるための施策を考える際の指針にもなります。
媒介変数の存在を認識することで、組織変革の取り組みを戦略的に進めることもできます。例えば、短期的には上司からの情緒的支援を強化しつつ、中長期的には職場全体の心理的安全性を高めていくといった、段階的なアプローチも可能になります。
媒介モデルの基本構造
媒介モデルは、3つの変数間の関係性として表現できます。先ほどの例で言えば、「上司からの情緒的支援(影響指標)」「職場の心理的安全性(媒介変数)」「従業員エンゲージメント(成果指標)」の3つです。これらの変数間には、主に3つの関係性が存在します。
- 1つ目は、影響指標から媒介変数への影響です。上司からの情緒的支援が職場の心理的安全性にどの程度の影響を与えているかを表します。例えば、上司が月に1回以上部下と1on1を実施し、その中で共感的な傾聴や承認を行うことで、職場の心理的安全性スコアが向上するといった関係性です。
- 2つ目は、媒介変数から成果指標への影響です。職場の心理的安全性が従業員エンゲージメントにどの程度の影響を与えているかを示します。例えば、心理的安全性スコアが向上すると、従業員エンゲージメントスコアが向上するといった関係性です。
- 3つ目は、影響指標から成果指標への直接的な影響です。これは媒介変数を経由しない効果を表します。例えば、上司からの情緒的支援が、職場の心理的安全性とは関係なく、直接的にエンゲージメント向上につながる部分があるかもしれません。上司からの承認や励ましが、従業員の仕事への意欲を高めるケースなどが考えられます。
これら3つの関係性は、それぞれ独立して存在するのではなく、相互に関連しながら全体としての効果を生み出します。
例えば、上司からの情緒的支援は、職場の心理的安全性を高めることで間接的にエンゲージメントを向上させると同時に、直接的にもエンゲージメントを高める効果を持つかもしれません。
媒介効果の分解
媒介効果を理解する上で、変数間の総合的な関係を複数の要素に分解して考えるのが有効です。影響指標が成果指標に与える影響は、大きく「直接効果」と「間接効果(媒介効果)」に分解することができます。
直接効果とは、影響指標が媒介変数を経由せずに成果指標に与える影響のことです。組織サーベイの例で言えば、上司からの情緒的支援が直接的にエンゲージメント向上につながる部分です。上司が従業員に対して承認や励ましを提供することで、職場の心理的安全性とは関係なく、エンゲージメントが向上する場合があります。
対して、間接効果(媒介効果)とは、影響指標が媒介変数を通じて成果指標に与える影響のことです。間接効果は、2つの段階的な効果の連鎖として理解することができます。まず、影響指標から媒介変数への効果の大きさを測定します。次に、媒介変数から成果指標への効果の大きさを測定します。そして、これら2つの効果の大きさを掛け合わせることで、間接効果の全体の大きさを算出します。
総合効果は、直接効果と間接効果を合計したものになります。上司からの情緒的支援が従業員エンゲージメントに与える全体的な影響は、直接的な効果と職場の心理的安全性を介した間接的な効果の両方を含んでいます。
完全媒介と部分媒介
媒介効果には、「完全媒介」と「部分媒介」という2つのパターンがあります。完全媒介とは、影響指標が成果指標に与える影響が、すべて媒介変数を通じて説明される場合を指します。
例えば、上司からの情緒的支援が従業員エンゲージメントの向上につながる効果が、完全に職場の心理的安全性を通じて実現される状態です。この場合、上司からの情緒的支援は直接的にはエンゲージメントに影響を与えず、職場の心理的安全性の向上という経路を通じてエンゲージメント向上につながります。
他方で、部分媒介は、影響指標が成果指標に与える影響の一部が媒介変数を通じて説明され、残りの部分が直接的な効果として存在する場合を意味します。例えば、上司からの情緒的支援の効果の一部は職場の心理的安全性を通じてエンゲージメント向上につながり、同時にエンゲージメント向上にも直接寄与している状態です。これは人事領域のデータ分析においてより一般的なパターンと言えます。
部分媒介のケースにおいては、媒介変数を通じた効果と直接的な効果の両方を考慮した、より複合的なアプローチが求められるでしょう。例えば、職場の心理的安全性を高める取り組みと並行して、上司による承認や励ましの機会を増やすといった施策を組み合わせることで、大きな効果が期待できます。
媒介効果の検証方法
媒介効果を統計的に検証する方法には、例えば、ソベル検定、ブートストラップ法、構造方程式モデリングといったアプローチがあります[2]。
ソベル検定
ソベル検定では、例えば、上司からの情緒的支援が職場の心理的安全性を通じて従業員エンゲージメントに与える影響の大きさを数値化し、その数値が偶然では説明できないほど大きいかどうかを判断します。
まず、上司からの情緒的支援が職場の心理的安全性に与える影響の大きさを表す非標準化回帰係数b1(例:支援スコアが1点上がると心理的安全性スコアが0.5点上がるなら、b1=0.5)と、職場の心理的安全性が従業員エンゲージメントに与える影響の大きさを表す非標準化回帰係数b2(例:心理的安全性スコアが1点上がるとエンゲージメントスコアが0.3点上がるなら、b2=0.3)を計算します。
これらb1, b2の値を掛け合わせた指標0.5×0.3=0.15について「標準誤差」を計算し、その標準誤差を考慮しても十分に大きな効果があるかどうか、帰無仮説検定の枠組みで評価します[3]。
ブートストラップ法
ブートストラップ法は、実際に収集したデータから、コンピュータを使って多数の仮想的なデータセットを作り出します。それぞれの仮想データセットで媒介効果の大きさを計算し、その結果のばらつきから効果の信頼性を評価します。
1000人分の組織サーベイデータがある場合、そのデータから人を無作為に「復元抽出」(同じ人が複数回選ばれることを許す抽出)して、新しい1000人分のデータセットを作ります。例えば、この作業を5000回繰り返すと、5000個の仮想データセット(ブートストラップ標本)ができあがります。
ブートストラップ法を用いた媒介効果の検証では、それぞれのデータセットで、上司からの情緒的支援→職場の心理的安全性→従業員エンゲージメントという効果の大きさを、ソベルテストと同じく2つの回帰係数をかけ合わせた係数で計算します。5000個の仮想データセットを作ったなら、かけ合わせた係数は5000個出てきます。そして、5000個の係数から、媒介効果がどういった値になるか評価します。
例えば、5000回の計算の結果、回帰係数をかけ合わせた指標5000個について、それらの平均と5000個の値から推定されるこの指標の真値の範囲が出力されます[4]。仮に回帰係数をかけ合わせた値の平均が0.16、 真値の範囲が0.09~0.23と示されたとします。真値の範囲は0を含まず全て正の値であることから、回帰係数をかけ合わせた指標=媒介効果は正の値だと解釈できます。ある影響指標が媒介変数を介して成果指標に及ぼす影響プロセスでは、影響指標の値がより高い人では、最終的な成果指標の値もより高い状態にあるということです。加えて、真値の範囲が狭いほど、推定された媒介効果の値は信頼性が高いと判断できます。
構造方程式モデリング
構造方程式モデリング(SEM)は、最も包括的な検証方法のひとつです[5]。SEMでは、媒介効果を含む複雑な関係性を同時に分析することができます。
例えば、上司からの情緒的支援が職場の心理的安全性を高め、それが従業員エンゲージメントの向上につながるという関係性に加えて、チームの規模や組織文化、従業員の勤続年数など、他の要因の影響も同時に考慮することができます。
SEMを使用することで、より現実に即した複雑なモデルを分析できますが、その分、解釈や実行が他の方法と比べて複雑になります。例えば、モデルの適合度(データがモデルにどの程度当てはまっているか)や媒介変数間の相関関係の想定など、考慮すべき要素が多くなります。
脚注
[1] 媒介分析においては、変数間の時間的順序性を考慮するとより有効に分析ができます。例えば、「上司からの情緒的支援→職場の心理的安全性→従業員エンゲージメント」という流れを検証する際には、これらの要因を適切な時間間隔で測定するのが望ましいです。
理想的には、Time 1で上司からの情緒的支援を測定し、Time 2で職場の心理的安全性を、Time 3で従業員エンゲージメントを測定するといった縦断的なデータ収集が望ましいでしょう。同時点での測定(横断的データ)では、因果の方向性を特定することが困難なため、可能なら時間的順序に即して測定したデータで媒介分析をするのが有効と言えます。
[2] 実際の手続きとしては、媒介分析を実施する前に、関連する変数間の相関関係を確認します。影響指標と成果指標、影響指標と媒介変数、媒介変数と成果指標の間に有意な相関関係が存在することが前提条件となるという指摘もあります(近年は、影響指標と成果指標の相関関係は必須ではないという見方もあります)。
[3] ソベル検定には限界があります。例えば、この検定は間接効果の分布が正規分布に従うことを仮定していますが、実際には間接効果の分布は非対称になることが多く、特にサンプルサイズが小さい場合にこの問題が顕著になります。
他にも、第一種過誤(実際には効果がないのに誤って効果があると判断すること)のコントロールが難しいという問題があります。さらに、検定力が相対的に低く、実際に存在する媒介効果を見逃してしまう可能性(第二種過誤)も高くなります。これらの理由から、ブートストラップ法など、より頑健な手法が推奨されています。
[4] この真値がとりうる範囲を「信頼区間」と呼びます。これは、事前に定めた割合(信頼係数)のもとで、真値(母数)が含まれると推定される範囲を指します。回帰係数に関する95%信頼区間を推定したとすれば、その意味は「同じ手続きの調査を100回行い信頼区間を100個作成すると、そのうち95個程度が回帰係数の本当の値(真値)を含んでいると考えられる」ことを表します。
[5] 構造方程式モデリングの詳細は当社セミナーレポートをご覧ください。
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。