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コラム

顧客価値の科学:HRサービスを例に検討する

コラム

本コラムのテーマは顧客価値です。HR事業者を主な読者と想定しています。顧客価値とは何か、顧客価値を高めるにはどうすれば良いのかについて述べます。

しかし、顧客価値を高める方法は、コインの裏表のように、負の影響を伴う恐れがあります。そこで、本コラムでは研究知見をもとに、有益と思われる方法を取り上げつつ、同時に注意点も適宜指摘するようにします。

顧客価値を高めて事業の成功に少しでも近づけたいと考える、HR事業者の方々にとって、少しでも参考になると幸いです。

顧客価値は関係者によって変わる

顧客価値の定義から始めましょう。顧客価値には様々な定義がありますが、その一つとして、顧客にとってのコストと利益を比較し、利益がコストを上回るかどうかを評価する考え方があります[1]

顧客はサービスを通じて何らかの利益を得ます。それは性能であったり、満足度であったりします。一方、サービスを得るためには、顧客はコストを支払わなければなりません。このコストには、典型的には金銭、時間、労力などが含まれます。

顧客は自分が受け取る利益と自分が支払うコストを突き合わせて比較し、評価します。利益がコストよりも大きければ、顧客価値が高いと判断できます。

例えば、HR事業者が人事管理システムを提供しているケースを考えてみましょう。人事管理システムを導入すれば、人事データを一元管理でき、業務を効率的に進めることができますし、以降のデータ活用も可能になります。

一方で、システムを導入するためには費用が必要です。維持費もかかります。さらに、社員がシステムを使う場合には、社員向けのトレーニングが求められるかもしれません。これらの利益とコストを照合し、利益が大きい場合には顧客価値が高いと言えます。

顧客価値は客観的で絶対的なものではありません。それは主観的であり、提供者と顧客の間、あるいは同じ顧客の中でも、何を価値とみなすのかは異なります[2]

例えば、あるHRサービスに対して、HR事業者は技術の先進性を価値だと考える一方で、ある顧客はユーザーインターフェイスが洗練されていることやコスト削減を図れることを価値と認識するかもしれません。別の顧客はそのサービスがもたらす社員のモチベーション向上にこそ価値があると捉える可能性があります。

一つのサービスが全ての人にとって共通の価値を持つわけではありません。関係者、状況、文脈、心理など様々な要因が、異なるものを価値として浮かび上がらせるのです。

サービス提供者と顧客の相互作用から生まれる

顧客価値はどのように生まれるのでしょうか。それは、サービス提供者から顧客へと一方向に流れる産物ではありません。提供者と顧客が互いに交流し、共同で価値を創出していくプロセスがあります[3]。提供者と顧客間のやりとりが、価値を認識する方法にも影響を与えます。

ここで重要なのは、価値が静的なものではなく、動的なものであるという点です。具体的には、提供者と企業による繰り返しの相互作用の中で形成され、再評価されていきます。

顧客価値が生まれ変わるプロセスは複雑であり、そのため予測が困難です。提供できるサービスが変われば、顧客の期待も変わります。このような相互の変化は交流を通じて起こります。

提供者と顧客の相互作用によって価値が創造されるということは、価値が経験の積み重ねであることを示唆します。価値は歴史的なものであり、過去の相互作用の経験が新しい経験を解釈するのに影響し、価値の感じ方も過去に依拠します。

それゆえに、過去にネガティブな経験がある場合、いくら良いサービスを提供しても、現在の価値が歪んで捉えられる可能性があります。サービスそのものの要素だけを見ても、顧客価値は理解できません。

この観点は興味深く、顧客との良好な関係がある場合に、提供されるサービスは好意的に評価されやすくなります。逆に、満足しない経験があると顧客離れにつながることもあります。顧客価値はポジティブあるいはネガティブなループを作動させる可能性を秘めています。

顧客との関係を構築し維持する

顧客価値は、サービス提供者と顧客の相互作用の中から生まれると考えると、提供者にとっては顧客との関係を構築し、維持することが重要であることが理解できます。

例えば、顧客に対して秘密主義をとることは、関係を育むことにはつながりません。サービスや自社に関する情報を積極的に伝え、誠実に振る舞うことが求められます。

サービス提供者が顧客同士のつながりを作り出し、その中心に自分たちを位置づけることも有効です。これは、提供者と顧客との11の関係ではなく、顧客コミュニティを形成することを意味します。顧客との相互作用の規模を大きくしつつも効率的にやり取りすることが両立できます。

近年、人事領域でもHR事業者がユーザーコミュニティの形成に力を入れたり、セミナーなどを通じて有益な情報を発信することと合わせて、顧客間の関係を作ろうとする動きがああったりします。これも、顧客価値が相互作用の中から生まれることを受けたものと解釈することが可能です。

顧客にサービスを提供したら、それで終わりではありません。関係づくりという意味では、サービスによって得られる顧客の利益を最大化するよう支援する企業が増えています。

例えば、カスタマーサクセスという言葉がHR事業者の間にも広まっていることでしょう。顧客がサービスを利用するにあたっての目標を知り、目標達成できるように様々な支援を提供します。

ただし、注意すべき点もあります。顧客との関係を築く中で、サービス提供者の能力を超えた期待を顧客が持つ可能性があるのです。「こんなに関わってくれるのだから、ここまでやってくれるのではないか」と期待が不要に高まると、提供者としては苦しい立場になります。

顧客には様々な特徴があることを知っておく必要があります。時には、顧客の成功を支援しようとする取り組みが、要らぬ介入と受け止められ、余計なお世話になることもあります。

言うまでもなく、サービス提供者は顧客の教師ではありません。顧客は市場の中で自主的に活動しており、その自主性を尊重しながら関わりを進めることが大切です。

顧客参加が顧客価値の向上を促す

顧客参加は、顧客価値を促進するために有効な手段です。顧客参加とは、サービスの開発、改善、提供のプロセスに顧客が積極的に関与することを指します。顧客参加が顧客価値を高めることを検証した研究も存在します[4]

顧客参加が顧客価値を高める本質的な理由は、顧客価値を生み出すための提供者と顧客の相互作用を加速させるからです。特に、顧客参加がある場合、提供者は顧客のニーズや選好といった情報を得ることができます。

これらの情報は貴重であり、提供者はよりニーズに合った形でサービスを改善するきっかけを得ることができます。改善を継続的に行うことで、顧客価値は高まります。

さらに、顧客参加によって、顧客は提供されるサービスに対してより愛着を持つようになります。「自分たちが関わったサービスだ」という認識が強化されれば、長期的な関係も期待できます。

顧客参加を促すためには、いくつかの方法があります。例えば、顧客と対話することです。顧客との対話の機会を持てば、ニーズを聞き出すことができます。

直接話を聞くだけでなく、顧客にアンケートを実施することも一つの方法です。顧客の意見を吸い上げることができ、顧客にとってはサービスプロセスに間接的ではあるものの、関与することができます。

ユーザーコミュニティを作ることも、顧客参加を促す方法です。顧客にとってコミュニティは参加先となり、すでに関与している他の顧客がいれば、関与の心理的障壁が下がります。

しかし、顧客参加には注意すべき点もあります。例えば、エコーチェンバー現象です。あるサービスを用いる顧客同士は何らかの共通点を持っていることが多く、類似する視点からの意見交換が、自分たちの意見の正当性を強化し、それ以外の意見を排除する傾向に陥ることがあります。

これでは、提供者と顧客間の思考が一致する方向に導く一方で、誤った考えを強く信じさせることにもなりかねません。サービス提供者としては、意識的に異なる視点を得るよう努める必要があります。

加えて、顧客参加は有益な取り組みではありますが、諸刃の剣であることも理解する必要があります。サービス提供者の社員にとって、仕事ストレスの増大や満足度の低下といった影響があることが分かっているのです。

顧客参加によってニーズを収集できるのは良いことですが、ニーズの内容が現在のサービスと乖離している場合、大規模な改善が必要になることもあります。顧客からの要求が高度化または複雑化すると、それに対応することが社員の心理に悪影響を及ぼす可能性があります。

また、顧客との対話自体がある種の感情労働となり、ストレスの源となることもあります。サービス提供者の社員は、自らの感情をコントロールしなければならない場面に直面します。

サービス提供者としては、顧客参加を進めることに問題はありませんが、社員のケアも同時に行いましょう。そうしないと、社員が疲弊してしまい、結果的に顧客価値から遠ざかることになります。

顧客担当者にとっての価値も重要に

顧客価値を考える上で、デジタル技術の進展を考慮に入れることが重要です。最近の研究では、デジタル領域の発展がBtoBBtoCの区分を曖昧にしていることが指摘されています[5]

これには、デジタル化によるサービスの提供方法の変化により、BtoBBtoCの枠を超えて幅広く顧客層にリーチできるようになったという意味があります。また、BtoCで利用されているデジタルツールがBtoBでも利用されるようになったことも一因です。

人事領域でも、人事担当者個人向けにサービスを提供しながら、同時に企業向けにサービスを提供するHR事業者が出てきています。どこからがBtoBであるか、またはBtoCであるかが明確ではなくなっています。

興味深いのはソーシャルメディアの使用です。結局のところ、BtoBであっても顧客には担当者がいて、サービス提供者の社員と顧客担当者は人間関係を構築する必要があります。この関係性の質が成功の鍵を握り、信頼関係が構築できれば長期的な取引関係を確立できます。

サービス提供者と顧客担当者のソーシャルメディアの利用はともに増えており、これは人事領域でも同様です。HR事業者の社員と企業の人事担当者が個人のアカウントを持つことはいまや珍しくありません。

社員と担当者がまずは個人的な関係を結びます。ある関係が取引につながらなくても他の関係が結びつくことがあります。このプロセスにおいて、BtoBBtoCの明確な線引きが困難になります。

BtoCにおける古典的な研究では、消費者がサービスを購入する理由を自尊心や充足感に求める、いわば心理学的な議論が展開されていますが[6]BtoBBtoCが融合すると、顧客担当者の個人的なニーズも検討する必要があるのかもしれません。

これはあくまで例示ですが、サービス提供者が顧客担当者の社内での評価を上げるような提案をすると喜ばれる可能性があります。顧客価値の中には、担当者個人にとっての価値も含まれると言えます。

サービス提供者が顧客担当者の業界におけるプレゼンスを高め、人脈を作ることを助けるために業界のカンファレンスへの登壇を依頼することも、顧客価値を構成する一部と捉えることができます。

しかし、顧客担当者のニーズと顧客の全社的な利益との間にコンフリクトが起こる可能性も否定できません。顧客担当者が自らの出世を優先し、企業全体にとって有益ではないサービスを購入する場合、それはコストを負担する企業にとって問題です。

顧客担当者との関係を慎重に構築しても、その担当者が異動すると、築き上げた企業間関係が瓦解することもあります。顧客担当者にとっての顧客価値に依存すると、持続可能ではないため、注意が必要です。

脚注

[1] Zeithaml, V. A. (1988). Consumer perceptions of price, quality, and value: A means-end model and synthesis of evidence. Journal of Marketing, 52 (3), 2-22.

[2] Gummerus, J. (2013). Value creation processes and value outcomes in marketing theory: strangers or siblings? Marketing Theory, 13(1), 19-46.

[3] Ranjan, K. R., and Read, S. (2016). Value co-creation: Concept and measurement. Journal of the Academy of Marketing Science, 44(3), 290-315.

[4] Chan, K. W., Yim, C. K., and Lam, S. S. K. (2010). Is customer participation in value creation a double-edged sword? Evidence from professional financial services across cultures. Journal of Marketing, 74(3), 48-64.

[5] Fischer, H., Seidenstricker, S., and Poeppelbuss, J. (2023). The triggers and consequences of digital sales: a systematic literature review. Journal of Personal Selling & Sales Management, 43(1), 5-23.

[6] Alderson, W. (1957). Marketing Behavior and Executive Action: A Functionalist Approach to Marketing. Homewood, Illinois: Richard D. Irwin Inc.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

#伊達洋駆

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