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コラム

心理的安全性を再考する:『心理的安全性 超入門』の著者が語る(セミナーレポート)

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ビジネスリサーチラボは、20242月にセミナー「心理的安全性を再考する:『心理的安全性 超入門』の著者が語る」を開催しました。

心理的安全性が注目を集め続けています。一方で、心理的安全性をめぐっては様々な意見があります。

  • 心理的安全性は誤解されている
  • 心理的安全性はぬるま湯ではない
  • 心理的安全性を高めても意味がない
  • 変な形で高めると、むしろマイナスでは など

結局のところ、心理的安全性とは何なのでしょうか。そのことを考え、心理的安全性について整理するセミナーとなりました。

ビジネスリサーチラボ代表取締役の伊達洋駆が講師を務め、心理的安全性にメスを入れています。伊達は20235月に『60分でわかる! 心理的安全性 超入門』を上梓しています。

※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。

心理的安全性の副作用を考える

心理的安全性とは

初めに「心理的安全性」について整理しておきましょう。心理的安全性は、近年、社会的にも注目を集めています。これは、対人関係のリスクを取っても大丈夫と思うことを指します。

心理的安全性は、もともとは組織変革の文脈で用いられていましたが、1990年代にエドモンドソンという研究者が職場の人間関係に即した形で定位し、発展させました。

心理的安全性がどういう状態を指すのか、もう少し詳しく見ていきましょう。例えば、皆さんは職場で新しいアイデアを提案したいときや、仕事の進め方について改善の提案をしたいとき、自由に意見を述べることができますか。

意見を自由に述べることができる環境、つまり、周囲との関係におけるリスクを恐れずに考えを表現できる状態が、心理的安全性が高いとされます。「自分の言葉が他者からの反感を買わないだろうか」「提案が問題を引き起こすことはないだろうか?」「質問をすることで無能だと思われないだろうか」といった不安を気にせず話ができるということです。

これまでの研究では、心理的安全性の高いことの様々な利点が明らかにされています。例えば、チームのパフォーマンスの向上、従業員のエンゲージメントの高まり、学習と成長の促進などが挙げられます。

職場において恐れや不安が創造性や意見の交換を妨げることなく、チームがそのポテンシャルを最大限に引き出せる状況が生み出されているため、これらの効果が実現しています。総じて、心理的安全性は組織にとって多くの肯定的な影響をもたらします。

心理的安全性の普及と拙著の出版

心理的安全性が日本を含む世界中の人事領域で認知されるきっかけとなったのは、グーグル社の「プロジェクト・アリストテレス」でしょう。このプロジェクトの目的は、効果的なチームに共通する要素を探求することでした。

その中で、心理的安全性がチームのパフォーマンスに重要な役割を果たすことが示されました。この結果は、多くの関心を集め、広く共有されることとなりました。

こうした背景を踏まえ、私は2022年の春頃に、「心理的安全性に関する本を書いてみませんか」というご提案をいただきました。以前に『人と組織の行動科学』という本の中で心理的安全性に触れた経験があり、また組織サーベイで心理的安全性を測定することもありました。

その意味では、このテーマにはある程度馴染みがあったのですが、1冊の本としてまとめるとなると、再度深く検討し、考察を深める必要がありました。そうして書き上げたのが、『心理的安全性 超入門』です。

この本の出版後は、講演や組織サーベイのご依頼が増え、心理的安全性に関するさらなる実践の機会に恵まれました。様々な活動を通じて、心理的安全性についてより深く考える機会を得ました。「結局のところ、心理的安全性とは何なのだろう」と考えるようになりました。

加えて、「心理的安全性は誤解されている」という言説が妙に多いのも気になってきました。確かに決してすぐに理解できる概念ではないかもしれませんが、それは他の概念も同様です。なぜ心理的安全性には、こんなにも誤解を指摘する声があるのでしょう。この点は後ほど触れたいと思います。

心理的安全性の副作用

心理的安全性がもたらす副作用について考えていきましょう。これは何も心理的安全性に限らないことですが、副作用に注目すると、その概念のエッセンスが見えてきやすいのです。

副作用を掘り下げることで、心理的安全性とは何なのか、そして、なぜ心理的安全性の誤解を指摘する意見が多いのかを検討します。

功利主義

心理的安全性の副作用の一例として、功利主義のチームでは、心理的安全性が高まると非倫理的な行動が増加することが検証されています。功利主義のチームとは、成果や効率性を最優先し、結果の最大化を目指す傾向の強いチームのことです。

このようなチームでは、心理的安全性が高い状態が、結果として非倫理的な行動を正当化するような環境を作り出すことがあります。何でも言い合える雰囲気が、倫理的な基準よりも目的達成を優先する風潮を強め、結果的に非倫理的な行動が起こりやすくなるのです。

認知的柔軟性

認知的柔軟性との相性もあまり良くありません。認知的柔軟性とは、端的に言えば、様々な視点から物事を考え、新しいアイデアを柔軟に受け入れる能力のことです。

通常、認知的柔軟性は問題解決に寄与します。しかし、心理的安全性が高まると、認知的柔軟性が問題解決に及ぼす効果が弱まることがわかっています。

この理由としては、心理的安全性が高い環境では、多様なアイデアが自由に飛び交い、議論が本筋から逸れやすくなるため、結果的に意思決定が困難になり、問題解決への道筋が曖昧になることが挙げられます。

個人主義/集団主義

個人主義と集団主義では、心理的安全性が高まった際の効果の現れ方に違いが見られます。個人主義とは、個人の自由や独立を重視する価値観を指します。一方、集団主義は、集団の調和や協力を優先する考え方です。

集団主義のチームでは、心理的安全性が高まることで失敗への恐れが減少します。これは望ましい効果と言えるでしょう。メンバーが自由に意見を述べられるようになります。

集団主義のチームでは、メンバーが互いに助け合い、チームの目標達成を大事にする傾向があります。このような環境で意見が自由に交わされると、チームの調和と目標達成に向けた建設的な意見が促されるため、心理的安全性は集団主義と良好な相性を持ちます。

一方で、個人主義のチームでは、心理的安全性が高まるとモチベーションが低下する傾向にあります。これは、個人主義的なチームが各メンバーの個々の利益や独立性を重視することから生じる現象です。

チームメンバーが自分の利益を優先に考えるようになると、個々人の違いや競争が強調され、チーム全体の一体感が失われる可能性があります。その結果、チーム全体のモチベーションが低下するという副作用が発生します。

心理的安全性はニュートラル

チームの性質で効果が変わり得る

これまでの副作用のお話は、拙著をお読みいただいた方なら馴染みがあるかもしれません。ここからは議論をさらに深めていきましょう。

心理的安全性の副作用に関する研究からは、チームの特性によって心理的安全性の効果が異なることが示唆されます。心理的安全性がチームに与える影響は、チームが持つ元々の性質を強化する方向に働くと考えられます。心理的安全性は既存のチームダイナミクスを加速させる可能性があるのです。

功利主義のチームでは、心理的安全性が高まると、結果を優先する姿勢が強化され、場合によっては非倫理的な行動が増えるリスクがあります。認知的柔軟性が高い環境では、多様な視点からのアイデアが溢れすぎて、問題解決が遠のく傾向があります。

このように、心理的安全性はチームの性質に応じて、プラスの効果をもたらすこともあれば、マイナスの効果をもたらすこともあります。例えば、集団主義のチームでは心理的安全性がプラスになる一方で、個人主義や功利主義のチームでは、逆にマイナスになり得るのです。

心理的安全性が高まることで、マイナスの効果が生じるメカニズムとしては、チーム内での怠惰が許容されるようになったり、不平不満がオープンに表明されやすくなったりすることで、チームの雰囲気が悪化することが考えられます。

心理的安全性という土壌に何を植えるか

心理的安全性は、総じてプラスの側面が強いのは確かですが、単純にプラスの側面だけを持つわけではありません。マイナスの影響を及ぼす可能性も秘めています。これは、心理的安全性がチームの性質に依拠する部分があるという視点から理解できます。

例えば、心理的安全性が高い環境が、逆に組織不祥事を引き起こす場合もあるかもしれません。もしチームが元から不祥事を引き起こしやすい性質を持っている場合、心理的安全性の高さがその特性を強化し、最終的に不祥事へとつながることがあり得ます。

このような状況は、一見すると矛盾しているように思えますが、本質的には、チームの根底にある性質が問題を引き起こしているのです。

心理的安全性を土壌に例えると、この概念に関する理解が深まるかもしれません。良質な土壌は、植物が根を張り、成長し、強く育つための基盤を提供します。同様に、心理的安全性もチームを育むための基盤として機能します。

しかし、重要なのは、その土壌にどのような種を植えるか、つまりチームの性質です。良質な土壌であっても、植えられる種によっては、望ましくない結果を招くことがあります。

心理的安全性を発展させたエドモンドソンも、心理的安全性が単独で重要というわけではなく、高い目標達成のための潤滑油としての役割を果たすと述べています。目標設定が先にあり、その達成を支えるための学習過程を円滑にするのが心理的安全性です。

心理的安全性はそのもたらす効果において総じて良好ではあるものの、中立的な性質を持つと捉えることも可能です。良い結果も悪い結果ももたらす可能性があるということです。その影響は、目標設定を含む様々なチームの性質によって左右されます。

誤解と言いたくなるのはなぜか

心理的安全性という概念が持つニュートラルな特徴について議論しました。ここからは「心理的安全性が誤解されている」という言説がなぜ生じるのかを検討してみましょう。

心理的安全性の誤解を指摘する言説について考えるとき、多くの人が「心理的安全性はぬるま湯ではない」という主張に出会うことでしょう。

この主張は、心理的安全性が単に快適で挑戦を避けるためのものではないことを強調しています。この誤解を指摘すること自体が、さらに深い議論を必要とする点です。

心理的安全性を土壌に例えた場合、様々な種を植えることで異なる花が咲くのと同じように、同じ心理的安全性が高い状態でも、その「温度」は様々になり得ます。心理的安全性が高いチームにおいて、それがぬるま湯になることも、熱湯になることも、非常に冷たい水になることもあり得るのです。

ここで重要なのは、なぜ多くの人が心理的安全性についての誤解を指摘したがるのか、です。この誤解を指摘するプロセスを注視すると、実際には心理的安全性とは異なる要素が組み合わされていることが分かります。

「心理的安全性はぬるま湯ではない」という主張を吟味してみましょう。例えば、心理的安全性とチームの目標達成や各個人の責任感といった概念が混在していることが見て取れます。それらは本質的に異なる概念であり、心理的安全性の中に目標達成や責任感が含まれているわけではありません。

もう少し丁寧に説明すると、心理的安全性とは、チームメンバーが対人関係のリスクを取っても大丈夫と思うことを指します。しかし、それに目標に向かって尽力すること、各々が責任を果たすことといった別の概念を加えることで、「私の考える心理的安全性とは異なる」すなわち「心理的安全性は誤解されている」という主張が生まれるのです。

このように、心理的安全性と他の概念を連結することによって、心理的安全性の定義を広げながら、誤解を指摘しています。

この点を踏まえると、心理的安全性に関する誤解を指摘する声は、実際には本人のチーム観、つまり良いチームとは何かという個人の価値観が反映されていることが分かります。チーム観に反する状態になっていれば、たとえ心理的安全性が高くても、「それは本当の意味で心理的安全性が高いとは言えない」という解釈になります。

誰かが「心理的安全性はぬるま湯ではない」と主張するとき、その人がどのようなチームを理想としているかが、そこには示されているのです。

もう一つ例を挙げましょう。「意見の衝突があってこそ、真の心理的安全性である」という誤解を指摘する意見です。これは、健全な意見の衝突がチームにとって不可欠であり、意見交換を通じてチームがより良く機能するというチーム観に基づいています。

チームが最高のパフォーマンスを発揮するためには、意見の衝突が必要であるという信念のもとでは、メンバー間の意見の衝突が少ないチームは、たとえ心理的安全性が高くても、「それは本当の意味で心理的安全性が高いとは言えない」と認識されてしまいます。

しかし、こうした主張は実際のところ、心理的安全性にチーム観を加えた結果出てきたものであり、心理的安全性の範囲を超えています(ちなみに、これまでの研究によると、意見の衝突が常にチームの効果を高めるわけではなく、むしろ逆効果になることが示されています)。

以上のように考えると、「心理的安全性は誤解されている」という主張自体が誤解である可能性があります。心理的安全性の誤解を述べる声は、心理的安全性と個々人のチーム観の組み合わせから成るのです。

この考えをもとにすれば、心理的安全性に関してさまざまな誤解を指摘することが可能になります。例えば、「心理的安全性は家族のような関係性を意味するものではない」といった具合に誤解を指摘することもできます。これは、チームが主にパフォーマンスを発揮する手段であり、必ずしもメンバー間の親密な関係を目指すものではないというチーム観に基づいた主張です。

また、「安定を目指しているようでは、心理的安全性ではない」というように、誤解を指摘することもできそうです。これは、チームが新たな挑戦に積極的に取り組むべきであるというチーム観から来た主張です。

心理的安全性をめぐる誤解を指摘する声が出るのは、それぞれの人が持つチーム観が背景にあるからです。各人が持つ「良いチーム」とは何かに対する価値観が、心理的安全性の誤解を言いたくなる原因です。

同時にチームのことを考える

心理的安全性は、チームにおけるメンバー同士の信頼感やオープンなコミュニケーションを促す概念であり、良い影響も悪い影響も及ぼす可能性があることが、これまでの議論から明らかになりました。この二面性は、チームの性質に影響を受けます。

先ほど述べた通り、心理的安全性を良質な「土」として捉えることができます。しかし、どのような「種」を植えるかによって、その結果は変わり得ます。

さらに、心理的安全性に対する誤解を指摘する声が多く聞かれる背景には、それぞれの「チーム観」が関係していると考えられることも解説しました。

これらを踏まえた上で、チームを構成する上で重要なのは、チームがどのような性質を持っているかを理解し、どのようなチームでありたいかを明確にすることです。この2点に焦点を当てることで、心理的安全性を効果的に醸成し、チームパフォーマンスを高める方向に導きやすくなります。

チームの性質を理解するためには、メンバーの能力や性格、コミュニケーションの特性、チームの風土やカルチャー、リーダーシップスタイルなど、様々な側面からのアプローチが考えられます。適性検査や組織サーベイ、360度フィードバックなどのツールを活用して、チームの現状を把握することが有効です。

また、チームとしてどのような未来を目指すか、つまり「どんなチームでありたいか」という視点も重要です。メンバーが持つチーム観を共有し、理想のチーム像について話し合うことで、共通のチーム観を作り出すことができます。

過去の経験もチーム観に影響を与える要素です。成功体験や失敗体験を振り返り、どのような条件下でチームがうまく機能したか、またはそうでなかったかを考えることで、チーム作りに役立てることができます。

心理的安全性を高めることはチームにとって有益ですが、その過程でチームの性質やメンバーのチーム観にも注目し、それらときちんと向き合うことで、心理的安全性の効果をより良いものにすることができます。

Q&A

Q:なぜ人は対人関係のリスクを感じるのでしょうか。臆せずにどんな環境でも意見を言える人の特徴は何ですか。

対人関係のリスクを生み出す原因の一つは、自分に対する評価の懸念です。人は自身を否定的に見られたくないと感じます。そのため、意見を言う前にその意見が受け入れられるかどうかを考慮します。

これは集団内での調和を保つために必要な慎重さでもあります。対人関係のリスクは一概に問題のあることだと断定できるわけではありません。

なお、臆せずに意見を言える人は、例えば、細かいことを気にしない性格や、外向的な傾向があることが多いですが、全ての人が評価を完全に気にしないわけではなく、多かれ少なかれ対人関係のリスクを感じるものです。

Q: 心理的安全性を高める上で、ハラスメント予防とのバランスをどのように取れば良いでしょうか。

確かに、ハラスメント予防を強調し過ぎると、自由に意見が言いにくくなることがあります。そこで、例えば、何をしてはいけないかを整理し、ガイドラインとして共有するのはどうでしょうか。禁止事項がわかっていれば、それ以外は自由に行動できることを意味します。一見不自由に見えて、自由を確保できる手段です。

Q:自分の持つチーム観とどのように向き合えば良いでしょうか。

チーム観はある種のステレオタイプの場合もあります。無理にチーム観を是正しようとするより、自分自身が持つステレオタイプを意識し、それをチーム内でオープンに議論できる環境を作ることではないでしょうか。


登壇者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

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