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コラム

リスキリング概論:最新研究から紐解くスキル開発(セミナーレポート)

コラム

ビジネスリサーチラボは、20242月にセミナー「リスキリング概論:最新研究から紐解くスキル開発」を開催しました。

リスキリングに社会的な関心が寄せられています。それに応じてスキル開発に関する研究知見も蓄積されています。

リスキリングをどう進めれば、うまくいくのでしょうか。一般的な取り組みにおいて忘れがちな点とは何でしょうか。この度、リスキリングをテーマにセミナーを行い、最新の研究知見を紹介しました。

※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。

リスキリングとその背景

リスキリングとは何か、そしてその背景についてお話しましょう。リスキリングの考え方を理解するために、まず「スキル」という基本概念から始めましょう。

スキルとは、特定のタスクを効率的に遂行するために必要な能力のことです。仕事をする上で、さまざまなタスクをこなす必要がありますが、それぞれのタスクを成功させるためにスキルが必要になります。

続いてスキリングとは、新しいスキルを習得するプロセスを指します。スキル開発と言っても良いでしょう。スキリングには2つの形態があります。一つはリスキリング、もう一つはアップスキリングです。これらはどちらもスキル開発ですが、目指す方向性が異なります。

リスキリングは、新しい領域で働くために、新しいスキルを習得することを指します。人事部門で働く人がデジタルマーケティングの技術を学ぶことは、リスキリングの一例です。これにより、人事以外の領域における仕事の機会を広げることができます。

一方で、アップスキリングは、既存の領域内でのスキルをさらに深化・強化することを意味します。ITエンジニアが新しいプログラミング言語を学ぶことは、アップスキリングの一例になります。

リスキリングが注目される理由の一つに、テクノロジーの急速な進化が挙げられます。AIやロボティクス、ビッグデータなどの技術は日々進化を続けており、これらの技術によって仕事の内容や求められるスキルが変化しています。

さらに、新型コロナウイルス感染症の流行により、デジタル化が加速し、リモートワークやオンラインでのコミュニケーションが一般化しました。このような環境の変化は、新しいスキルを習得する必要性を高め、リスキリングに対する関心を増大させています。

技術の進歩に伴い、従来の職業がなくなる可能性があるという指摘もありますが、リスキリングによって新しい仕事への移行を支援し、労働市場における柔軟性を高めることができます。

現状と目標を考える

リスキリングというと、デジタルスキルを習得することを指すケースが多く見られます。これは、日本だけでなく世界中で見られる傾向です。例えば、機械学習を学ぶための企業内大学を設立する、従業員全員にITスキルの研修を提供するなど、デジタルスキルに関する取り組みは多岐にわたります。

しかし、リスキリングがデジタルスキルの習得に限られるわけではないことを理解することが重要です。デジタルトランスフォーメーション(DX)の文脈だけではありません。スキルにはハードスキルとソフトスキルの両方があります。

ハードスキルとは、仕事を遂行するために必要な技術や知識のことです。対して、ソフトスキル(またはヒューマンスキル)は、他者とのコミュニケーションやチームワークなど、人と関わる際に必要とされる能力を指します。

ほとんどの職場では、単独で仕事をするよりも、他者と協力することが求められるため、ソフトスキルの重要性は高いのです。

では、リスキリングを効果的に進めるにはどうしたらよいでしょうか。重要なのは、自身のスキルの現状と目標を明確にし、その間のギャップを明らかにすることです。

まず、自分の持っているスキルを評価し、どのレベルに達したいのか目標を設定します。現状と目標のギャップを分析し、そのギャップを埋めるための学習がリスキリングのターゲットとなります。

自分のスキルを正確に評価し、適切な学習を進めることで、学習内容に対する満足度が高まることが分かっています。自分に合った学習を進めることが、リスキリングの成功につながります。

スキルの現状評価と目標設定は、「言うは易し、行うは難し」ということわざが当てはまります。そこで役立つのが「スキルマップ」というツールです。スキルマップを作成することで、自分自身のスキルの現状と目標を明確にしやすくなります。

スキルマップとは、様々なスキルとそれぞれのレベルを行と列で整理した表のことです。行にはスキルの種類が、列にはそれぞれのスキルのレベルが記されます。

例えば、データ分析のスキルであれば、そのレベルを初心者から上級者まで定義し、視覚的に整理することができます。スキルマップを活用すれば、自身のスキルレベルを可視化し、目標を設定する際の基盤となります。

スキルマップ作成の第一歩として、仕事をタスクに分解します。これは、スキルが特定のタスクを遂行する能力であるという定義に基づいています。タスクに分解することで、それぞれのタスクに必要なスキルを特定する準備が整います。

例えば、データ活用という仕事を考えた場合、データ収集、データクリーニング、データ分析、結果報告、データベース管理など、複数のタスクに分けることができます(なお、これは少し粗めに分けており、実際にはもう少し細分化することを推奨します)。

各タスクに必要なスキルを特定した後、それぞれのスキルのレベルを分類します。スキルのレベル分類には、例えば「入門」「基礎」「応用」「専門」といったカテゴリーを用いると良いでしょう。

これらを用いることで、自身がどのレベルにいるのか、どのレベルを目指すべきかが明確になります。スキルマップは、リスキリングやアップスキリングを効果的に進めるための重要なツールです。

特にリスキリングでは、自分の仕事領域外のスキルを身につける必要があるため、自分の職場だけではなく他の職場もスキルマップを作っておいてもらう必要があります。

ITスキルの学習を例にとると、ITスキルを用いる職場のスキルマップがなければ、自分の現在地や目指すべきレベルを把握するのが難しくなります。そのため、全社的にスキルマップの作成に取り組む方が良いでしょう。

学んだことを活かす

リスキリングは多くの場合、職場を離れて行われる研修やeラーニングなど、この方法が良いかどうかの議論はさておき、いわゆる「OFF-JT」によって実施されます。

しかし、Off-JTで学んだことを実際の職場でうまく活用するのは、なかなか難しいことです。研修を受けたにもかかわらず、職場に戻ると以前と同じやり方に戻ってしまい、、学んだことを活かせないケースは珍しくありません。

Off-JTの中でも研修で学んだ内容を職場で応用することを「研修転移」と呼びます。研修転移は、様々な研究でその難しさが指摘されていますが、同時に研修転移を促す要因が明らかになっています。

今日は、特に大事な二つの要因、転移動機と上司支援についてお話しします。転移動機とは、研修やそこで学んだことを実際に活用しようとするモチベーションです。転移動機が高ければ高いほど、学んだことを積極的に職場で適用しようとします。

とりわけ、期待に基づく転移動機がおすすめです。研修から得られるスキルが、将来的に自分の成果につながると期待することです。このような期待があれば、研修で学んだことを実際に活用しようという意欲が高まるのです。

学習ニーズを明確にすることが、転移動機を高める上で効果的です。先ほどの話で言えば、自分の現在のスキルと目標とするスキルのギャップを理解することが、ニーズを明確にします。ニーズに合った研修を提供することで、学んだことを活用しようと思えます。

また、研修内容を職場の実務と関連づけることも、転移動機を高めます。研修が実務と関連していればいるほど、学んだことを活かそうという気持ちになります。

しかし、リスキリングの場合、学んでいるスキルが日常業務と異なることも多く、職場での応用が難しいかもしれません。そのため、どのように新しいスキルを業務に活かせるかを真剣に考え、準備する必要があります。

研修の成功事例を共有することも、転移動機を高める上で推奨されます。研修で学んだことを職場で活用して成果を上げた事例を見ることで、参加者は「自分にもできる」という自信を持ちやすくなります。

研修転移を促す二つ目の要因は、上司支援です。上司支援とは、具体的には、上司が研修で得た新しいスキルの使用を奨励し、その実践を歓迎する姿勢を示すことなどを指します。このような支援があると、従業員は新しいスキルを使うことに前向きになります。

上司支援があることで、新しいスキルを実践する機会が増えます。実践機会がなければ、学んだことを仕事に活かすのは困難です。実践においてスキルを使うことは、従業員にとって挑戦になりますが、上司支援があれば、挑戦を受け入れやすくなります。

研究によると、研修前後に上司向けのセッションを実施することで、研修転移が促進されることが示されています。これは、上司が研修の内容や目的など、従業員が学んでいることについて理解し、どのような支援が必要かを把握する場となるためです。

リスキリングの文脈で上司の支援を得るためには、研修やeラーニングの具体的な目的を明確にし、上司に伝えましょう。また、研修の前後で上司と従業員が関わる時間を設定することで、学んだ内容をどのように活かしていくかの議論が促されます。

さらに、普段の仕事に満足しているかどうかも、研修転移に影響します。仕事への満足度が低いと、不満を抱えたまま研修に参加することになり、その結果、学んだことを仕事に活かすのが難しくなります。

しかし、転移動機が高ければ、普段の仕事に不満があっても、研修転移への影響を緩和できる傾向があります。やはり転移動機は重要だということです。

孤立のリスキリングを防ぐ

リスキリングは、往々にして企業が主導します。これは基本的な前提として理解しておくべきです。企業が「デジタルスキルを向上させてください」と要求し、従業員がそれに応じて行動するわけです。

このプロセスは、外部からの動機づけによるものです。内発的な動機づけではなく、「これを行うと良いことがある」「行わないと不利益がある」という外部からの刺激によって、リスキリングが促されます。こうした外部からの動機づけを「統制的動機」と呼びます。

統制的動機が全て悪いわけではありません。例えば、単純なタスクや大量の学習が必要な場合には、このタイプの動機づけがパフォーマンスを向上させることがあります。しかし、リスキリングの文脈では、注意が必要な副作用も伴います。

統制的動機が強いと、知識の共有が難しくなることが示されています。外部からの圧力を受けて学習している場合、その成果を他人と共有することが少なくなりがちなのです。これは学習が個人的なものとなるという問題を引き起こします。

企業が主導するリスキリングでは知識共有が困難になり、結果的に学習者が孤立しやすくなる可能性があります。学習者が孤立してしまうと、効果は低下します。

なぜなら、孤立した状態では、他者からの刺激やサポートが得られず、継続的な学習意欲の維持や困難な問題への対処が難しくなるからです。一人で問題に直面した時に解決策を見出すのが難しく、励ましやサポートの不足が心理的な落ち込みにつながることもあります。

これらの理由から、学習者の孤立は避けるべき状況と言えます。学習者が互いにサポートし合うコミュニティの形成が、学習効果を高める鍵となります。ピアサポート、つまり学習者同士の助け合いは、学習への意欲を高め、ポジティブな感情を育みます。

リスキリングのプロセスで学習者間のコミュニティを形成し、孤立を防ぎましょう。コミュニティ内では、お互いに学習内容を共有し、支援し合うことが可能になります。そして、共同で学習することで、目標達成に向けた責任感やモチベーションの維持も容易になります。

コミュニティ形成の初期段階では、積極的な学習者や支援意欲の高いメンバーを選んで参加を促すのが良いでしょう。これにより、学習に対する前向きな姿勢がコミュニティに広がり、その後のメンバーが参加しやすくなります。

最後に、リスキリングを進める際には、eラーニングのような個別学習でも定期的に集まり、進捗を共有したり、情報を交換したりする機会を設けます。これによって学習者が孤立せず、持続可能な学習環境を設計することができます。

Q&A

Q:研修転移がどの程度起こったかをどう測定すれば良いですか?

研修の効果を定量的に可視化することは重要です。これには、まず「何をもって効果とするか」を定義する必要があります。何を目的に学習を行うのか、どのような結果を期待しているのかを明確にしておきます。

効果の定義付けは見落とされがちですが、重要なステップです。効果を定義することで、その後にサーベイやアセスメントを用いて、研修前後で効果が実際に達成されたかどうかを検証することが可能になります。

研修を受けた人と受けていない人の比較や、高度な統計分析を通じて、研修の効果をより厳密に評価することもできます。

Q:生成AIのような技術の進化が、リスキリングの目標設定にどのように影響しますか?

生成AIは、職場におけるスキルの必要性に変化をもたらしています。しかし、すべての領域で同じ影響があるわけではありません。どのようなタスクがAIによる変化を受けるのかを検討する上でスキルマップが有効です。

スキルマップを用いることで、AI技術の影響を受けやすいスキルを特定し、リスキリングの方向性を明確にすることができます。技術の進化を踏まえた上で、スキルマップを更新し、目標を設定していくことが、これからの時代における考え方になるかもしれません。

Q:ソフトスキルについてもスキルマップを作成することはできますか?

はい、可能です。ただし、ソフトスキルは特定の仕事に紐づけなければ、抽象的になりすぎてしまい、スキル開発に活かすことができません。具体的なタスクに分解した上で、それぞれのタスクにソフトスキルを対応させるようにします。


登壇者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

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