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コラム

組織アイデンティティを学ぶ:自社の個性を見出し、浸透させるには(セミナーレポート)

コラム

ビジネスリサーチラボは、2023年12月にセミナー「組織アイデンティティを学ぶ:自社の個性を見出し、浸透させるには」を開催しました。

アイデンティティという言葉を聞くことは多いですが、組織にもアイデンティティがあります。端的に言えば、社員が認識する「自社の個性・自社らしさ」を表す概念です。この概念を理解すれば、組織の理念や良さを社員に浸透させる方法が分かり、社員の惹きつけや組織パフォーマンスの向上に繋げられます。

組織アイデンティティのエッセンスを学ぶため、本セミナーでは組織アイデンティティの研究知見を頼りに、企業イメージの理解を深めるための知見を紹介しました。当社 チーフフェローの能渡真澄とチーフフェローの藤井貴之が講師を務め、組織アイデンティティを巡る理論と実践について解説しました。

※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。

組織アイデンティティとは何か

組織アイデンティティの定義

能渡:

本日は「組織アイデンティティ」についてお話します。組織アイデンティティと聞くと少し難しそうですが、実は私たちの日常にとても身近な概念です。

まず、「組織アイデンティティ」とは一体何でしょうか。これを理解するために、まず「アイデンティティ」の意味を考えることから始めましょう。アイデンティティは、一般的に「自分らしさ」と理解されることが多いです。これは、個人が「私はこういう人間だ」と自分自身を理解し、その特徴をはっきりと自覚している状態を指します[1]

では、組織アイデンティティはどう違うのかというと、これは組織レベルの自分らしさ、言い換えれば「自社らしさ」です。つまり、組織が持つ独自の特徴や個性のことを指します。ここで大事なのは、組織アイデンティティは、組織内のメンバーが認識を共有している、自社の核となる特徴であることです。

組織アイデンティティを考える上でポイントとなるのは、経営理念などの組織の特徴を宣言や周知するだけで成り立つものではない、ということです。メンバーに浸透していないならば、それは組織アイデンティティではありません。

例を挙げると、会社が「私たちは人との繋がりを重視します」と言うだけでは、それはただの声明であり、不十分です。組織アイデンティティは、従業員が「わが社は人との繋がりを大切にしている」と心から感じ、認めている特徴が組織アイデンティティなのです。

メンバーの共通認識を得た「自社らしさ」、つまり組織アイデンティティが自社に定まると、組織内の意思決定や行動指針に方向性が生まれ、組織全体をより強固に、一体感を持って前進させることができます。

他にも、組織アイデンティティは、従業員の貢献意欲や会社のパフォーマンスを向上させることが期待できます。実際の研究でも、組織アイデンティティが従業員のモチベーション向上や、会社の業績と密接に関連していることが示されています。

つまり、組織アイデンティティを理解し、育て、そして深めていくことは、組織全体の成功に直結する重要なプロセスです。今日はそのプロセスについて、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

組織アイデンティティとなる自社の特徴に必要な3つの要件

それでは、組織アイデンティティをどのように高めればよいかを見ていきましょう。組織アイデンティティの研究では、組織の中核となるような自社の特徴に必要な条件が提唱されています。具体的には組織アイデンティティとなる自社の特徴は、「中心性」「連続性」「識別性」と呼ばれる3つの要件を満たすものとされています。

中心性は自社を特徴づける核となる要素、連続性は時間を超えて継続する特徴、そして、識別性は他社との違いを明確にする要素、です。これらの要素を備えた特徴が、自社らしさとして従業員たちに認められ共有されやすく、組織アイデンティティとなっていきます。

組織アイデンティティの一つ目の要件 「中心性」

組織アイデンティティの要件の一つである「中心性」は、その特徴が自社の核を成すほどにとても重要であることを指します。言い換えれば、「この特徴がなければ、私たちの会社は存在しない」と言えるほど、会社にとって不可欠な特徴であることが求められます。会社を支える価値観や強みなど、会社の根幹を成すものです。

この中心性を高めるには、会社がその特徴を明確にし、実際に活用することが求められます。例えば、会社がその特徴を明示していない場合、従業員は会社の強みが何なのかを理解できず、認識を共有させることが難しくなります。宣言するだけでは意味が薄いと述べましたが、宣言しないと共通認識は生まれてきません。そして、そのような特徴が日々の業務で活かされてこそ、その強みや意義を実感できます。

企業が自らの強みや特徴をはっきりと示し、それを実際の業務で活かしていると、従業員は会社の中心性を認識しやすくなり、その特徴は組織アイデンティティとして認められるものに一歩近づくのです。

組織アイデンティティを見出すためには、はじめに、会社がその中心となる特徴をはっきりと示し、業務でそれを生かすことが重要です。従業員がその特徴を日々の仕事の中で感じ、体現できるようになれば、強固な組織アイデンティティの発見に近づきます。

組織アイデンティティの二つ目の要件 「連続性」

二つ目の要件は「連続性」という概念です。これは、その特徴が組織の歴史の中で一貫して残り続けることを指します。会社が創業してから今日に至るまで、多くの変遷があった中でも残り続けていることが、組織アイデンティティと認められる特徴には必要です。

例えば「顧客第一」という特徴が創業から今日まで、会社の変革や成長の過程でずっと継続されていると考えられる場合、それは組織アイデンティティとして認められやすくなります。

重要なのは、連続性とは「不変である」ことを意味しない点です。会社は常に何らかの形で変化しますが、その変化を抑えて変わらないよう努めることがポイントではありません。組織が歴史の中で変わりゆく中でも、その根底で一貫して残り続ける価値観や強みが、組織アイデンティティとなっていきます。

連続性のある特徴を見出すには、組織が変化する中で、その変化を物語るストーリーを支え続けてきた組織の価値観や強みを考えることが大切です。市場に応じて事業や経営方針に変革を続けてきた企業でも、その変化は何らかの組織的な価値観や強みに支えられて選択され続けたはずです。

事業や経営方針の変革があると、表面的には組織が様変わりしたように感じられるかもしれません。しかし、その変化の中でも組織の屋台骨を支えている価値観や強みが残り続けているのであれば、それこそが連続性のある組織の特徴となります。

企業がどのように変革や進化を遂げても、それらを支え続ける根底の特徴があり続ければ、それは組織アイデンティティとして認識されるようになります。

組織アイデンティティの三つ目の要件 「識別性」

最後に、三つ目の要件は「識別性」です。識別性とは、簡単に言うと、自社を他社と区別する特徴のことで、自社が持つ独自性を指します。皆さんが「自社らしさ」を考える上で、最初に考えつく要件はこれではないでしょうか。やはり、組織アイデンティティと見なされる特徴は、自社ならではの独自な特徴だと従業員が感じている必要があります。

識別性を高めるプロセスは少し難しいかもしれません。他社と異なる自社独自の特徴を見出すのは、なかなか難しいタスクでしょう。意外に思われるかもしれませんが、自社の独自性を見出すためには、他社と自社を比べる以上に大切なことがあります。それは、先に話した「中心性」と「連続性」です。

自社の中核をなす、組織の歴史を支えてきた特徴を深く掘り下げて見つめ直すことで、自社を支え続けてきた価値観や強みの理解が深まります。それがわかってくることで、自社の特徴が他社とどう違うか、その独自性が明確になってくるのです。

そこでは、強力な個性が必ずしも必要ではなく、組織の核となる特徴を深く考えることが重要となります。例えば、自社が創業から現在に至るまで一貫して顧客第一を重視してきた場合、その歴史を振り返り自社の特徴を捉え直すことで、他社との違いも見えてきます。他社と異なる独自性を探り始めるより前に、自社がどういった組織なのか、内省することが大切だというわけです。

ここまで、組織アイデンティティとなる特徴に求められる三つの要件、「中心性」、「識別性」、「連続性」についてお話してきました。これらが組み合わさった特徴が従業員に認識されると、自社に独特の個性が共有され、自社らしさが確立できます。

他方、3種の要件のいずれかが欠けてしまうと、従業員は組織アイデンティティを感じにくくなります。組織アイデンティティとしたい特徴が、自社の中核をなすものか不明瞭、たまに言及・周知されるだけで一貫性がなく組織の歴史や日常業務に深く根づいていないと、従業員はその特徴を組織アイデンティティとして実感しにくいことになります。

まとめると、組織アイデンティティを見出し育てるためには、その特徴が三つの要件をしっかりと満たし、従業員にそれが理解されている必要があるわけです。そのために、まずは組織の核となるような中心性のある特徴を考え、それが組織の歴史をどう支えてきたかを振り返って連続性を見出し、その中で自社の独自性である識別性を考える、この手続きが必要となります。

これら3要件を備えた特徴を従業員に伝えて日々の業務に浸透させることで、従業員の認識が共有され、強い組織アイデンティティが育まれていくでしょう。

もうひとつの組織アイデンティティ

「従業員の自認」という観点の組織アイデンティティ

経営学の研究では、組織アイデンティティを捉えるもう一つの観点があります。これらを区別しない解説資料もあり混乱が生まれそうなため、今日はこの点についても説明していきます。

先ほどは企業の「自社らしさ」という組織アイデンティティの一側面を説明しましたが、もう一つの側面は、従業員自身の認識になります。

もうひとつの組織アイデンティティとは、「自分はこの企業の一員である」と従業員が自認することを指します。日本語では「組織同一視」と呼ばれるものです。従業員が「私はこの会社の一員だ」と感じて自分自身を定義することが、もうひとつの組織アイデンティティの側面となります。

企業が持つ自社らしさとしての組織アイデンティティと従業員の自認としての組織アイデンティティ、これら二つの組織アイデンティティは相互に強化し合います。

企業の自社らしさが強く表れることで、従業員は組織に惹きつけられ、「私はこの会社の従業員だ」という自認するようになっていきます。逆に、従業員が自分を会社の一員だと強く認識することで、企業の特色をより強化するようふるまい、また、他の従業員にもその意識を広めることで企業の自社らしさがより浸透していくのです。

二つの組織アイデンティティが組織に活きる場面

最後に、二つの組織アイデンティティがそれぞれどのように活きてくるのかについてお話しします。

まず、自社らしさに関連する組織アイデンティティは、特に企業が変革していく時期に重要とされています。企業の困難が続く時期や新たな分野への参入時など、何か変革を進めようとするとき、自社らしさは非常に有効です。

企業が変革を進める際には、予測の難しい不確実な状況で前に進む必要があります。そのとき、自社の歴史と強みを振り返り、「私たちは一体何者なのか」「私たちの存在意義は何か」といった自社らしさを意識することで、不確実な中でも自社に合った良い意思決定につなげることができます。

このように、今後の見通しが立たず進む先に迷うような状況では、自社らしさの組織アイデンティティが有効に機能します。

一方で、従業員としての自己認識に関連する組織アイデンティティは、日常の業務において役立つと考えられます。従業員が「自分はこの会社の一員だ」と強く自覚していると、その気持ちは組織への貢献を促し、結果として日常のパフォーマンスを向上させる効果が見込めます。

これらの観点から、二つの組織アイデンティティを理解し活用することは非常に重要です。自社らしさの組織アイデンティティと、従業員の自認としての組織アイデンティティは、それぞれが異なる有効性を持ちつつ、さらに互いに影響しあう関係があります。

組織と従業員をより良い状態へと導くこれら二つのアイデンティティを強化していくことは、組織に大きなメリットをもたらすのです。

組織アイデンティティは組織にどのような影響を与えるか

藤井:

私からは組織アイデンティティが組織に与える影響について、三つのパートに分けて説明します。一つ目は組織アイデンティティが高いことの利点、二つ目は組織アイデンティティのダークサイド、そして三つ目は組織アイデンティティを高める方法についてです。

組織アイデンティティが高いと何が良いか

組織や同僚に対するポジティブな働きかけが促される

まず、組織アイデンティティが高いとどのような良い影響があるのかについて、様々な研究で、組織アイデンティティを高めることが組織の様々な側面にポジティブな効果をもたらすことが示されています。

組織アイデンティティが高い状態について考えてみると、例えば組織に共通の目的意識があり、明確でユニークなビジョンがある状態で、従業員がこのような共通の認識を持っている、このような組織は強い組織アイデンティティを有していると言えます。従業員が組織の独自のアイデンティティを感じると、組織と従業員の一体感が促進され、従業員の行動にも良い影響を与えます。

ここでいくつかの研究知見を挙げてみます。ポジティブな影響の一つとして、組織アイデンティティの強さは文脈的パフォーマンスを予測するという研究があります。文脈的パフォーマンスとは、自分や他者の職務をより良く機能させる行動、同僚への支援や協力行動のことを指します。これらが組織アイデンティティの強さから予測されるというわけです。

また、別のポジティブな影響として、組織アイデンティティの強さが組織市民行動を高めるという研究もあります。組織市民行動とは、従業員が見返りを特に期待せずに、組織や職場に対して行う自発的な行動のことです。このように、組織アイデンティティがもたらすポジティブな影響はさまざまな研究で示されています。

組織と従業員の一体感が強まることで、従業員同士の結束や組織への貢献意識が高まります。この結果、従業員はより一層勤勉に働く傾向があり、組織を改善しようとする自発的な行動のモチベーションが生まれることが考えられます。

仕事へのやる気や組織との結びつきを強める

また、組織アイデンティティの強さは、従業員のワークエンゲージメント、つまり仕事へのやる気を通じて、職務満足度の向上に繋がるという知見もあります。従業員が自分の役割や存在意義を再考することで、職場や同僚に対する協力的な行動や組織市民行動を促進し、これが職務へのモチベーションに影響を与えます。さらに、これらの要素が組織への愛着や結びつきを深め、従業員が組織にとどまりたいと感じることにも繋がるとされています。

ここで、組織への愛着や結びつきという概念は「組織コミットメント」と呼ばれ、組織アイデンティティと似た概念です。また、「組織に留まりたい」という感覚については「ジョブエンベデッドネス」という概念も関係します。これらの概念は、従業員の働きぶりや職務満足度、パフォーマンスにも影響を与えるとされていますので、組織アイデンティティとともに考慮すると良いでしょう。

一方で、組織アイデンティティを単に強化するだけで良いのかというと、そう単純ではありません。次に、組織アイデンティティに関連するいくつかの課題についても触れていきたいと思います。

組織アイデンティティのダークサイド

組織アイデンティティの「ダークサイド」についてお話しします。組織アイデンティティが不十分だと、組織が不適切な方向へ導かれる可能性があります。特に、健全でない組織アイデンティティが強化されると、さまざまな問題が生じる可能性があります。

この問題については、いくつかの研究知見を参考にして、「強迫的統合」「脅迫的差別化」「組織ナルシシズム」「過剰適応」という概念を紹介したいと思います。

強固な組織アイデンティティの追求による悪影響

まず、組織には強いアイデンティティを保持したいという動機があることを前提に話します。強いアイデンティティは、危機や環境の変化に対応する際に有用です。明確な方向性を示し、迅速な意思決定を下せるため、強いアイデンティティは役立つ側面があります。

しかし、強固なアイデンティティを追求し過ぎると、組織に悪影響を及ぼす可能性があります。最初の問題点として「強迫的統合」について考えます。これは、強固で支配的なアイデンティティが形成され、組織全体がそのアイデンティティを維持することに強く動機付けられる状態を指します。

この状態になると、組織は環境の変化に対して適応力が低下することがあります。強迫的な統合によって、変化に対応する柔軟性が失われるためです。また、組織運営の代替案や異なる意見に対して不寛容になり、創造性や革新性が低下することも考えられます。これらの問題は、組織の環境への適応力や柔軟性の喪失と関連しています。

次に、「脅迫的差別化」についてお話しします。これは、組織が自身のアイデンティティをエリート視する、あるいは特別良いものと見なし、他の組織との類似性を認めない状態を指します。つまり、組織が自らを特別な存在と位置づけ、それを維持することが組織の存在目的になってしまう状況です。

このように強迫的な差別化の状況に陥ると、他の組織との差別化にこだわりすぎ、経営資源やリソースを無駄に使ってしまうことがあります。これは、組織が非効率な決定を下し、機能不全に陥るリスクに繋がります。

魅力的なアイデンティティの追求による悪影響

また、少し観点を変えてみると、組織は魅力的なアイデンティティを持ちたいという動機もあります。例えば、自社の特徴を強調したいという気持ちを強くもつことや、新しいアイデアをアイデンティティに取り入れたいと考えることもあります。そのこと自体は悪いことではありませんが、こちらも追い求めすぎると悪影響を及ぼす可能性があります。この観点に関するダークサイドについて考えてみます。

組織ナルシシズムは、組織内部の考えが社会のニーズや道徳倫理感を捉えられていない状態を指します。この状態では、社会との価値観のギャップが生じることによる経営戦略の失敗や、社会のニーズや価値観を無視して利益を追求し、安全性や倫理感を軽視する決定をしてしまうことがあります。

また、過剰適応という状態も考えられます。これは外部のステークホルダーに過度に焦点を当て、長期的なビジョンを持たず、その場しのぎの対応に終始してしまう状態を指します。この状態では、外面を良く見せることに専念し、内部の問題を隠すことや、不正会計を行うような体制に陥るリスクがあります。これは組織不祥事の発生の土壌になる可能性があるため、注意が必要です。

これらのダークサイドを防ぐためには、健全な組織であることに注意する必要があります。例えば、外面ばかりを気にせず、従業員や取引先からのフィードバックを得ることが重要です。また、他の企業との比較に固執しすぎていないか、自社の歴史や現状、将来の方向性に焦点を当てることも大切です。

さらに、現状維持に固執しすぎていないかをモニターし、変えるべき点と変えるべきでない点を適切に判断することも重要です。これは、自社の歴史を振り返りながら、大切な点と改善すべき点を見極めることにも繋がります。

健全な組織アイデンティティを構築するためには、客観的な視点を持ち、現状を確認するだけでなく、定期的に状況をチェックすることが必要です。これによって、組織が機能不全に陥ることを防ぐことができます。

組織アイデンティティを高める方法

組織アイデンティティと組織文化

最後に、健全な組織アイデンティティをどう高めるか、という点についてお話しします。具体的には、「組織文化の理解」と「組織による支援」という二つの側面に焦点を当てます。

組織アイデンティティと組織文化には密接な関係があり、相互に影響を及ぼすことが研究からも示されています。組織のトップが望む組織のあり方と、現実の組織文化にギャップがある場合、社員から新しい行動様式の提案があることもあります。これは創造性を促進する機会にもなり得ます。

社員が組織文化をしっかり理解し、彼らが気づいたことや改善案について自由に意見を述べられるような職場環境の整備が重要です。組織としての支援も不可欠で、これによって組織の「自社らしさ」を高め、組織アイデンティティを強化することにつながります。

ここで述べていることは、主に「自社らしさ」を高めることに焦点を当てています。組織が持つアイデンティティを社内に伝え、従業員がそのアイデンティティをより強く感じるようにすることが、このプロセスの核心になっています。

組織による従業員への支援

次は、従業員としての自認、すなわち社員が自社のアイデンティティに魅力を感じ、それを自身のアイデンティティとして受け入れることについて考えてみます。

組織アイデンティティを高めるためには、従業員にとって望ましい職場環境の提供が重要です。意見を自由に言える環境、そして組織からの支援を感じられることが、組織との一体感を高め、愛着や組織市民行動を促すことにつながります。

このような良い職場環境を作るために、人事部門ができることとして、心理的安全性を高めるマネジメント教育、チームビルディング活動、社内イベントの開催、情報共有ツールの導入などが挙げられます。これらは社員が自分の意見を述べやすくし、他の社員との意見交換を促進し、コミュニケーションを活発にします。

また、社員同士のコミュニケーションを促進することは、社内の風通しを良くし、創造性を高めることにも繋がります。また、これらの取り組みは、先ほど挙げたダークサイドに陥らないための予防策としても機能すると考えられます。自社のアイデンティティを振り返る際には、こうした観点もご参考いただければと思います。

Q & A

Q:組織アイデンティティの識別性に関して、客観的には各社が似ていても、社員が独自性を主観的に感じている場合はそれで問題ないか

能渡:

はい、従業員が主観的に感じていれば良いものと言えます。むしろ客観的な独自性を意識して追求すると、自社と他社との単純な比較に陥りがちです。その結果、「自分たちには目立った特徴がない」と落ち込んでしまうことも多くあります。

しかし、これは多くの場合、自分たちの持つ特徴や強み、価値観をしっかりと把握していないことに起因します。目につきやすい表面的な類似点に目が行ってしまい、深いところにある違いに気づけていない状態です。

中心性や連続性といった観点から、自分たちの中核をなす価値や歴史を見直していけば、他社と似て感じられることでも、背景や歴史が異なる自社ならではの特徴として捉え直すことができます。そうすることで、独自性のある自社らしさを主観的に認識できるようになります。自社らしさを明確化する際には、それで十分です。

Q:組織が自己を特別視することの悪影響について、良くない状態に陥っていることの判断基準などはあるか

藤井:

一概には言えない部分もありますが、社員が自社について問題を感じた場合に、それについての意見や改善案を提案できる場がないという状況は危険と考えられます。また、社外の視点から問題が感じられるような状況も要注意です。

能渡:

組織が自社を「これだ」と特別視して決めつけすぎてしまうと、柔軟性を失います。その状態では、組織の変革が必要な際も硬直してしまい、有効性もなくなってしまうでしょう。その意味で、アイデンティティを固持しすぎる状態は注意が必要です。

Q:会社としての理想と現実のギャップは、組織アイデンティティとどのような関係にあるか

藤井:

理想と現実にはギャップがあることが多いですが、組織文化と組織アイデンティティの相互関係に注目すると、理想を目指す取り組みが組織文化を形成し、それが組織アイデンティティに影響を与えることが考えられます。どちらが源泉かは明確ではありませんが、相互に関連していると考えられます。

[1] 厳密には、これは「アイデンティティを確立して得られている感覚や自信」を意味する自己アイデンティティを指します。


登壇者

能渡 真澄
株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー。信州大学人文学部卒業、信州大学大学院人文科学研究科修士課程修了。修士(文学)。価値観の多様化が進む現代における個人のアイデンティティや自己意識の在り方を、他者との相互作用や対人関係の変容から明らかにする理論研究や実証研究を行っている。高いデータ解析技術を有しており、通常では捉えることが困難な、様々なデータの背後にある特徴や関係性を分析・可視化し、その実態を把握する支援を行っている。

 

 

 

藤井 貴之 
株式会社ビジネスリサーチラボ チーフフェロー。関西福祉科学大学社会福祉学部卒業、大阪教育大学大学院教育学研究科修士課程修了、玉川大学大学院脳情報研究科博士後期課程修了。修士(教育学)、博士(学術)。ECC編入学院大阪校非常勤講師(心理学担当)。社会性の発達・個人差に関心をもち、向社会的行動の心理・生理学的基盤に関して、発達心理学、社会心理学、生理・神経科学などを含む学際的な研究を実施。組織・人事の課題に対して学際的な視点によるアプローチを探求している。

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