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コラム

ネガティブ・ケイパビリティ:あえて立ち止まる力

コラム

「ネガティブ・ケイパビリティ」という用語を耳にしたことがあるでしょうか。筆者は以前、曖昧さ耐性をテーマにしたセミナーで講演を行った際[1]、このネガティブ・ケイパビリティと曖昧さ耐性の関連性について質問を受けたことがあります。

詳しくは後で述べますが、ネガティブ・ケイパビリティと曖昧さ耐性は、共通点を持つ概念です。ビジネスの文脈においては曖昧さ耐性も重要ですが、ネガティブ・ケイパビリティの方がやや有名かもしれません。

そこで、本コラムではネガティブ・ケイパビリティについて解説します。ただし、あらかじめお断りしておくと、ネガティブ・ケイパビリティという概念は歴史が長いものの、経営学において本格的に取り上げられるようになったのは比較的最近のことです。

リーダーシップの文脈では時折言及されますが、研究の数はそれほど多くはありません。それでも、存在する研究知見を手がかりに、いくらかの私見を交えながら、ネガティブ・ケイパビリティの整理を試みます。

ネガティブ・ケイパビリティとは何か

ネガティブ・ケイパビリティという言葉は、不思議な響きを持っています。ネガティブ・ケイパビリティは、意味的に矛盾する言葉を組み合わせたオクシモロンの一例であるためか、ビジネスの文脈でも注目を集めています。

ネガティブ・ケイパビリティという用語は、ジョン・キーツによって最初に使われたと言われています。キーツは19世紀初頭に活躍したイギリスの詩人で、ロマン主義文学の中心的な人物の一人です。キーツの短い人生の中で記された詩作品は、英文学の金字塔です。

キーツは自身の手紙の中で、ネガティブ・ケイパビリティという語をたった一度だけ使用しました。具体的には、不確実性、謎、疑問の中にいらだたずに、結論に急がずに居続けることの重要性を述べる文脈で用いています。

ネガティブ・ケイパビリティは創作において重要であるとして、文芸評論家たちの注目を集め、やがて経営学者の耳にも届くことになりました。近年の経営学の文脈では、ネガティブ・ケイパビリティはリーダーシップと共に語られることが多いと言えます[2]

一般に、リーダーシップは不確実性の中でも迅速に意思決定し、勇敢に前進するものと捉えられています。しかし、タスクに取り掛かるのではなく、何もせず不確実性の中に身を置き続けることも重要ではないでしょうか。

何をすべきか分からない場面で無理やり判断せず、十分なリソースがない場合は拙速に取り組まず、どっしり構えてあえて何もしないのです。これがネガティブ・ケイパビリティと呼ばれるものです。

ネガティブ・ケイパビリティは、積極的に行動をとるのとは逆のアプローチです。よい考えが浮かぶまで、リソースが手に入るまで、人脈が得られるまで、現状を観察し、他人の意見を聞いて、じっくりと待つのです。

様々なものが足りていない、いわゆるネガティブな状況では、断固として行動をし人々を主導するよりも、忍耐強く待つことが功を奏する場合もあります。

ネガティブ・ケイパビリティが期待を集める理由

日本には「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」という有名な句がありますが、この態度はまさにネガティブ・ケイパビリティを含んでいます。

それにしても、ビジネス領域でネガティブ・ケイパビリティが関心を集める理由は何でしょうか。ビジネスにおいては、いつも明確な答えが得られるわけではないという点が重要です。

例えば、1990年代から2000年代にかけて、インターネットの普及とデジタル技術の進化がビジネスに大きな変化をもたらしました。さらにグローバル化が進み、企業は多様な文化や市場で事業を展開するようになりました。

イノベーションの重要性が高まる中で、新たなアイデアを出し、実現させることが市場で生き残るために求められています。

しかし、このように市場は変動し、技術は進展し、消費者のニーズは変化する中でも、即断即決がほとんど自明のうちに重視されているのです[3]。すぐに判断し、進めるリーダーに私たちはある種の力強さを感じてしまいます。

実際に、「スピードが大事」という言葉をよく耳にします。連絡はすぐに返信すべきで、意思決定は早ければ良いという言説が社会に普及しています。

敏捷性をもってスピード感あふれることが競争優位を実現すると信じる人も少なくありません。また、「早く進めるべき」というプレッシャーを社内で受けることもあるでしょう。

しかし、不確実性や変化の中では、リーダーがすぐにわかりやすい答えを出すより、そこで立ち止まり、粘り強く考え続けることが、時に有用なのです。これがネガティブ・ケイパビリティの考え方です。

時代の要請と現在の規範との乖離が見られるようになり、その乖離を埋めるためにネガティブ・ケイパビリティに人々は期待を寄せるようになっているのです。

ネガティブ・ケイパビリティと合う仕事

ネガティブ・ケイパビリティの理解を深めるために、ネガティブ・ケイパビリティが高い人がどのような行動をとるのかを考えてみましょう。

まず、より良い答えが分からない状況において、不安や焦りにとらわれることなく、落ち着いて対応することができます。

急いで意思決定をせず、多くの情報やアイデアが得られるのを辛抱強く待ちます。そのプロセスにおいて物事の別の側面に気づき、深い洞察を得て、考慮された判断を行うことができます。

興味深いことに、ネガティブ・ケイパビリティが高い人は、あえて行動しないこともあります。これは「勤勉な怠惰」とでも言える状態です。じっとこらえることで、適切なタイミングをうかがいます。

また、表面的な理解に満足せず、問題の根本的な原因を追求しようとしたり、複雑な関連を解きほぐすことをいとわない傾向があります。たとえ時間がかかったとしても、そうした努力を惜しみません。

こうした行動をとるネガティブ・ケイパビリティですが、どのような仕事や役割に相性が良いのでしょうか。いくつか候補を挙げてみます。

一つは、経営学におけるネガティブ・ケイパビリティの議論の中心となっているリーダーシップです。経営者、マネージャー、プロジェクトリーダーなど、チームや組織を率いる立場の人は、不確実性や複雑性に向き合う必要があり、ネガティブ・ケイパビリティが有効に機能するでしょう。

もう一つは、創造性が求められる仕事です。元々キーツがネガティブ・ケイパビリティの考え方に言及した際、神秘の中で遊び心を持って感性でたわむれる側面が存在していました[4]。この側面は、例えばデザイナー、作家、クリエイターなどの仕事において必要かもしれません。

未来を予測することが役割の一部となっている人にも、ネガティブ・ケイパビリティは参考になります。例えば、戦略を立案したり、マーケティングを検討したりする人です。未来は原理的に予測不能であるため、少しでも良い案に到達するために、ネガティブ・ケイパビリティが求められるでしょう。

研究開発職のように、試行錯誤の中で新たな発見を行うことが要請される人にも、ネガティブ・ケイパビリティは価値があります。

あるいは、ネガティブ・ケイパビリティは、こうした仕事のパフォーマンスを高めるための手段であるだけではないという指摘もあります。複雑な世界をそのまま受け入れ、愛し、楽しむこと自体が職業人生の目的にもなり得ます[5]

曖昧さ耐性との共通点と相違点

冒頭で触れたように、ネガティブ・ケイパビリティは、曖昧さ耐性という概念を連想させます。ネガティブ・ケイパビリティと曖昧さ耐性はどのように似ており、どのように異なるのでしょうか。

まず、曖昧さ耐性について知るために、「曖昧さ」の意味するところを考えてみましょう。曖昧さとは、情報が不足している状況や、ある情報の解釈が多様にあり得る状況を指します[6]

人間は基本的に曖昧さを苦手とします[7]。曖昧さに直面すると、多くの人はストレスを感じ、できれば避けたいと考えます。

しかし、ときに曖昧さを好ましいもの、やりがいのあるもの、興味深いものとして捉える人もいます。曖昧さに対して肯定的な態度を示すのが、曖昧さ耐性です[8]

曖昧さ耐性とネガティブ・ケイパビリティは、曖昧さと向き合うことに関連する概念である点で共通しています。また、曖昧さを否定的に捉えず、新しいアイデアや視点に開放的である点も似ています。

一方で、ネガティブ・ケイパビリティは、曖昧さ耐性よりも「一時停止」することを強調します。即座の判断を避け、世界を深く見つめる視点が特徴的です。曖昧さ耐性もこの価値観を部分的には共有していますが、主な焦点ではありません。

さらに、ネガティブ・ケイパビリティは文学の世界から発生した概念ですが、曖昧さ耐性は心理学の分野で発展しました。そのため、ネガティブ・ケイパビリティは創造性や思索に重点を置く傾向があります。

ネガティブ・ケイパビリティを高める10の方法

ネガティブ・ケイパビリティは生まれながらに決まっているわけではありません。変化させていくことも可能です。それでは、どのようにネガティブ・ケイパビリティを高めることができるのか、いくつかのアプローチを考えてみましょう。

退避場所を設ける

階段の吹き抜けやお手洗いなど、気持ちを切り替えて小さなリフレッシュが可能な場所を作ります[9]。ネガティブ・ケイパビリティには休息が必要です。「タイムアウト」をうまく取り入れましょう。

記録を付ける

自分の一日を振り返り、記録を付けます。自分がどのようなときにどのような反応をするか、徐々に見えてきます。思考や対応のパターンが分かれば、ネガティブ・ケイパビリティを発揮しやすくなります。

別のことを考える

日常業務とは異なることを考える時間を強制的に作ることも一つの方法です。例えば、「◯%ルール」はネガティブ・ケイパビリティを高める上で有効でしょう。仕事の中に探索や実験ができるようなファジーな時間を持っておきます。

感覚を育む

ネガティブ・ケイパビリティには、自分の主観や感性、直感を大事にすることが含まれます。例えば、芸術や音楽に親しむなど、自分自身の感覚を醸成する実践を取り入れましょう。

議論しすぎない

どれだけ議論をしても答えが出ないことはあります。そういうときに無理に議論を続けると、防衛的になったり、極端な結論を導き出したりしてしまう可能性があります。議論を諦め、横に置いておくことも大切です。

感情に気づく

普段、自分の感情を意識することは少ないかもしれません。様々な経験をし、それぞれの経験を通じて自分がどのような感情を抱くかを観察しましょう。自分を拙速な行動へと強く駆り立てる感情を認識することが特に重要です。

観察の癖をつける

周囲の状況を観察するようにします。誰が何を言っているのか、どのような行動をとっているのかを意識します。また、周囲の声に耳を傾けましょう。

支援関係を育む

他者との関係を育むよう努めます。信頼関係を築いた仲間がいれば、ネガティブ・ケイパビリティに対する理解も得られます[10]。居場所を作ることも大事です。自分は孤独ではないことに気づけば、焦らず腰を据えて状況に対処することもできます。

リラクゼーション

ネガティブ・ケイパビリティはストレスをもたらすことがあるかもしれません。自分なりのリラックス方法を確立しておくと便利です。ストレス発散のアプローチをあらかじめ開発しておきます。

最悪を考える

不確実で複雑な状況に対してただちに行動を起こさないとなると、何が起こるか不安になります。最悪の事態をあえて具体的にイメージしてみるのも一つの手です。そうすることで、気が楽になる可能性があり、最低限の備えもできます。

ネガティブ・ケイパビリティの限界

ここまで、ネガティブ・ケイパビリティの有用性を述べてきましたが、それは万能ではありません。その性質ゆえに限界も存在します。

まず、曖昧な状況に直面した際に判断を保留し、様々な可能性を模索することがネガティブ・ケイパビリティの特徴です。

これは迅速な意思決定を避けることを意味しますが、決断の遅れが深刻な事態を招くこともあります。この点が、ネガティブ・ケイパビリティの限界となります。

次に、立ち止まって考えたり準備したりするのがネガティブ・ケイパビリティの魅力ですが、過多の情報や選択肢によって行動不能に陥るリスクもあります。ネガティブ・ケイパビリティの結果、行動が起こせなくなる可能性もあるのです。

これらの点は、ネガティブ・ケイパビリティの効果の裏面とも言えます。何かを可能にする一方で、別のことを不可能にすることもあります。これはネガティブ・ケイパビリティに限らず、他の多くの事項にも当てはまるでしょう。

ネガティブ・ケイパビリティをより効果的に活用するために、そしてその特徴を深く理解するために、限界を踏まえることが有益です。

脚注

[1] "曖昧さ耐性"を科学する:人や組織を変えるために(セミナーレポート)

[2] Simpson, P. F., French, R., and Harvey, C. E. (2002). Leadership and negative capability. Human Relations, 55(10), 1209-1226.

[3] French, R. (2001). “Negative capability”: Managing the confusing uncertainties of change. Journal of Organizational Change Management, 14(5), 480-492.

[4] Saggurthi, S., and Thakur, M. (2016). Usefulness of uselessness: A case for negative capability in management. Academy of Management Learning & Education, 15(1), 180-193.

[5] Bate, W. J. (2012). Negative Capability: The Intuitive Approach in Keats. New York: Estate of Walter Jackson Bate and Contra Mundum Press.

[6] Furnham, A., and Ribchester, T. (1995). Tolerance of ambiguity: A review of the concept, its measurement and applications. Current Psychology: A Journal for Diverse Perspectives on Diverse Psychological Issues, 14(3), 179-199.

[7] Budner, S. (1962). Intolerance of ambiguity as a personality variable. Journal of Personality, 30(1), 29-50.

[8] McLain, D. L. (2009). Evidence of the properties of an ambiguity tolerance measure: The Multiple Stimulus Types Ambiguity Tolerance Scale-II (MSTAT-II). Psychological Reports, 105(3), 975-988.

[9] Nash, L. (2022). There and back again: Neuro-diverse employees, liminality and negative capability. Work, Employment and Society, 09500170221117420.

[10] Hay, A., and Blenkinsopp, J. (2019). Anxiety and human resource development: Possibilities for cultivating negative capability. Human Resource Development Quarterly, 30(2), 133-153.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

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