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コラム

適応と活躍を促す採用設計のヒント:フィットする人材に、納得して入社してもらうために

コラム

本コラムでは、入社後の適応を見越して、どのような採用活動を行うと良いかを解説します。採用した人材が組織になじみ、定着し、パフォーマンスを発揮することが、候補者にとっても組織にとっても重要です。

例えば、採用された社員が組織に合わず、ストレスや不満を覚えることで早期に離職してしまうと、社員は新たな企業を探さなければならず、組織も再び採用活動を行う必要が生じます。

離職するまでにかけられたトレーニングは無駄になり、新たな人材に対して追加でトレーニングを行う必要があります。また、組織に適応できないと、期待された役割を遂行できず、チーム全体の生産性の低下につながる恐れもあります。

せっかく採用して入社しても、辞めてしまうとチーム内のコミュニケーションや協力が育まれにくくなり、既存の社員のエンゲージメントを下げることにもつながりかねません。このように、入社後に適応できることは非常に重要です。

自社に合った人材を採用するために

入社後の適応につながる採用を作っていく上で、入社後の適応を妨げる要因を知っておくことが重要です。阻害要因を考慮に入れ、採用プロセスを設計することで、適応を促すことに結びつきます。

入社後の適応を妨げる要因として、採用のあり方に含意を持つ要因を2つ挙げることができます。1つは自社に合っていないこと、もう1つは納得して入社していないことです。

自社に合わないと適応しにくい

ここでは、まず自社に合っていないという要因を紹介し、それに対応するための採用のポイントを説明します。

候補者と企業の価値観や仕事内容がフィットしない場合、仕事へのモチベーションが低下し、組織に適応しにくくなります。

例えば、創造的な仕事をしたいと考える候補者がいたとします。その候補者にとって、ルーチンワークが中心の企業はフィットしないでしょう。そして、フィットしない企業に入ると、候補者も周囲もギャップに苦しむことになるかもしれません。

自社に合うとはそもそも何か

自社に合っていないことが適応を妨げるとするならば、逆に自社にフィットした人材を採用することが望ましいと言えます。しかし、難しいのは「そもそもフィットとは何か」という点です。自社に合った人材を採用するためには、フィットの意味を理解しなければなりません。

フィットにはいくつかの種類がありますが、この文脈において最も的確なのは「ニーズ・サプライ・フィット」です[1]。ニーズとは候補者が働く上で望むことを指し、サプライとは企業が候補者の入社後に提供できることを表します。

例えば、候補者が成長を望んでいるのに対して、企業が裁量の大きい仕事を提供できる場合、候補者の成長を実現できる可能性があります。これはニーズとサプライがフィットしている状態と考えられます。

働く上でのニーズは理解しにくい

ニーズ・サプライ・フィットについての説明を聞くと、確かにそれが実現されていれば良い人材が採用でき、入社後もうまく適応するように思えます。しかし、実際にはニーズ・サプライ・フィットを高めることは簡単ではありません。

難しさの主な理由の一つは、自身の働く上でのニーズをはっきりと理解していない候補者が多いことにあります。多くの人は普段から自分が何を望んでいるかを深く考える機会がないのです。

「あなたの働く上でのニーズは何ですか」と突然尋ねられても、多くの人はとっさに答えることが困難でしょう。これは候補者だけでなく、組織内で働く既存の社員にも当てはまることです。

候補者が自身のニーズを理解することは、ニーズ・サプライ・フィットを高める上で大事であり、個人の自己責任と捉えないほうが有益です。企業がニーズの把握を支援することは、候補者を惹きつけることにもつながります。

面接の質問でニーズを掘り下げる

企業が候補者のニーズ把握を支援する方法のうち、第一に挙げられるのは、企業側が面接などの場で候補者に質問をしてそのニーズを掘り下げることです。質問は相手の思考を活性化させ、自分のニーズを考えるきっかけを作ります。

例えば以下のような質問が挙げられます:

  • 働く上で何を大事にしていますか?
  • 今までで、最も情熱を感じた瞬間はいつですか?
  • どのような状況で最も良いパフォーマンスを発揮しますか?

これらの質問は思考を促進するスイッチのような役割を果たします。質問を契機にして候補者と一緒に回答を探っていくようなコミュニケーションを行いましょう。

企業側も、それぞれの質問に対して「自分ならどう答えるか」という視点で考えることが大切です。相手だけに考えさせるのではなく、一緒に考えるという関係性が築かれた時、ニーズの掘り下げはよりスムーズに進みます。

ワークシートでニーズを掘り下げる

面接での質問は相手の思考を喚起するものですが、即興で答える必要があるため、すべての候補者に適しているわけではありません。そこで、候補者が自分のニーズを考えるためのワークシートを用意するのも良い方法です。

ワークシートを使用すれば、候補者はその場で話しながら考える必要がなく、考えた内容を書き留めることができます。これにより、思考に時間的な余裕を持たせることが可能です。

例えば、面接の待ち時間にワークシートを記入してもらう方法や、事前課題としてワークシートの作成を求める方法が考えられます。ただし、あまり多くの時間を与えると、候補者がその会社に受かるための回答を考えてしまい、本来の目的であるニーズの掘り下げから離れてしまうリスクもあります。

ある程度短い時間で記入を促し、その内容をもとに対話を行うことで、ワークシートの記入自体がニーズについて考える機会になり、さらには、企業側との対話を通じて自己理解が深まります。

ワークシートの項目例としては、以下のようなものが挙げられます。

  • 12年以内に仕事で達成したいこと
  • 5年後にどのような人材になっていたいか
  • 身につけたいスキルや知識
  • ワークライフバランスに関する考え方

ワークシートに関しても、面接の質問と同様に、企業側が「自分ならどう記述するか」と考えた上で、候補者に記入を依頼するほうが良いでしょう。

ニーズを満たせる場合と満たせない場合

面接での質問やワークシート、そして対話を通じて候補者のニーズを明らかにしたら、そのニーズを自社で満たすことが可能かを検討します。提供できる環境が候補者のニーズに合っているかが重要なのです。

もし候補者のニーズを満たせる場合には、そのことを企業から候補者に伝えるのが良いでしょう。フィットを伝えることの重要性に疑問を持つ人もいるかもしれませんが、これまでの研究によると、候補者に対するフィットの伝達は候補者の志望度を高める効果があることがわかっています[2]

フィットしていると伝えられたことによる純粋な喜びと、企業側からのある種の認定を受けたことで「この会社で成功できる」という希望的な未来が見えるため、惹きつけの効果が得られるのでしょう。

一方で、全ての候補者のニーズを満たせるわけではありません。どんな会社でもニーズを満たせる候補者もいれば、そうでない候補者もいます。これは当然のことです。

候補者のニーズを企業が満たせない場合の対処法として、3つのアプローチが考えられます。まず、ニーズを満たせない場合、入社後にフィットしない可能性が高いため、候補者にとっても企業にとっても最適ではないと判断する方法があります。

次に、候補者のニーズの優先度がどれほど高いかを確認し、そのニーズを譲ることが可能かどうかを検討する方法もあります。最後に、企業側のサプライを変更したり、新たに準備したりすることも有効です。

納得して入社を選ぶ採用にするために

特に新卒採用の場合、学生はほとんどが未就業者です。これまで正社員として働いた経験がない人が多く、就職活動の期間も短いものです。就職活動を20年続けてきたベテランなどはおそらくいないでしょう。企業を選ぶ期間が長くないのは経験者採用でも同じです。

納得した選択が適応につながる

候補者は本当に納得して、自分の入社する企業を選んでいるのでしょうか。納得して入社することは重要です。

入社後は様々な困難がつきものです。事前の期待と異なることもあるかもしれませんし、想像以上に負荷が高い仕事が含まれる可能性もあります。どんな人でも常に仕事がうまくいくとは限らず、失敗やミスもあり得るでしょう。

困難に直面した際、「この会社は自分がしっかり考えて納得して入社した」という人と、「あまり深く考えずに何となく入社してしまった」という人がいたとして、どちらが適応しやすいでしょうか。前者の方が適応しやすいことは容易に想像できます。

このように、納得して入社していないことは入社後の適応を妨げる要因の一つとなります。実際に、自分の価値観を理解し、それに基づいて入社することは、入社後の活躍につながりやすいという報告もあります[3]

候補者の自己理解を促す

納得した入社を実現するためには、「自己理解」と「企業理解」を深めることが重要です。自己理解は、自分自身のことを深く知ることを指し、企業理解は、志望する企業のことをよく知ることを意味します[4]。自分を知り、企業を知ることが、納得した選択の基盤となります。

まず自己理解を促進する方法について考えましょう。これは、候補者の働く上でのニーズを掘り下げる方法と一部重なっています。具体的には、面接などの場で質問を投げかけ、候補者と共に考えること、ワークシートに記入してもらい、その後で対話を行うことが挙げられます。

さらに、候補者の自己理解を促進するためには、キャリアワークショップの開催も効果的です。ワークショップでは、候補者に価値観やキャリア目標を考える機会を提供し、企業側がワークショップのファシリテーターを務め、候補者にフィードバックを行います。

また、自己分析ツールの活用も一つの手段です。性格診断やキャリア適性テストなどを受けてもらいます。テストの結果を見るだけでも有益ですが、結果を踏まえた対話を行うことで、より効果的な自己理解が促されます。

候補者の企業理解を促す

企業理解を促すための対策は、採用活動の中で比較的よく実施されています。例えば、インターンシップや会社説明会などの機会を設ける企業は多いでしょう。これらは、企業について候補者が深く理解する機会となります。もちろん、面接や面談も企業理解につながります。

これらは典型的な方法ですが、他にも企業理解を深めるためのユニークな方法があります。一つはジョブ・シャドーイングです。これは、候補者が社員の「影」となり、実際の仕事を体験する方法です。数時間の体験でも、実務的な理解が深まります。

実現が難しい場合は、特定の社員の動きを採用担当者が追いかけて録画し、それを編集して候補者に見せることで、シャドーイングを擬似的に体験させることもできます。

また、社員のキャリアストーリーを整備することも有効です。社員が自分の仕事の歴史を語り、その様子を録画して動画にまとめることで、候補者はその会社で働くことの長期的な展望を得られます。

ここまで企業理解と自己理解は同列に扱ってきましたが、実際には候補者によってどちらが重要かは異なります。例えば、自社に早く関心を持った候補者は、既に企業理解に関して多くの時間を使っているでしょう。その場合、企業理解よりも自己理解を促すことが有効かもしれません。候補者にとって何が最も必要かを見極め、適切な支援を提供しましょう。

企業選びの軸を定める

これまでに述べた方法を実行し、候補者の自己理解と企業理解を十分に高めることができたとします。自己理解と企業理解が納得のいく入社にどのようにつながるのかを理解するためには、「企業選びの軸」という考え方も導入する必要があります。

企業選びの軸とは、その名の通り、候補者が自分の入社する企業を選ぶ際に大事にする基準のことです。「自分は◯◯に注目して会社を選ぶ」というように、企業選びの軸を定めることで、納得感のある入社が可能になります。

では、企業選びの軸はどのように定めればよいのでしょうか。その際に役立つのが自己理解です。自己理解をもとにして、企業選びの軸を作成します。

企業選びの軸として検討すると良い点は、例えば以下のようなものがあります。

  • 価値観:何を目指す企業が良いか
  • キャリア開発:どのように成長できる企業が良いか
  • 職務内容:どのような仕事に挑戦したいか
  • 働き方:どのような時間や場所で働きたいか
  • 企業文化:どのような雰囲気の中で働きたいか
  • 経済的要因:どのような待遇の企業が良いか
  • 企業特性:どのような規模・地位の企業が良いか

これらの内容は自己理解がしっかりできていれば考えやすくなるのですが、とはいえ、それほど簡単ではないのも確かです。ここでは企業側の支援が功を奏することもあります。

例えば、キャリアカウンセリングを候補者に行うのが一つの方法です。社員が個別に候補者のキャリア相談に乗ります。面接のように候補者を評価する場面ではキャリアの話はしにくいため、評価しないと明言した機会を作ることが大切です。

対話型セッションの実施も有効です。候補者が暫定的に作成した企業選びの軸に対してコメントをします。ポジティブなコメントを心がけ、リアルタイムで候補者からの質問に答えることで、企業選びの軸をブラッシュアップしていくことができます。

企業理解と照らし合わせて選び取る

企業選びの軸ができたら、それを企業理解の内容と照らし合わせてみましょう。そうすることで、その企業が自分にとって入社すべきかどうかを深く考えることができます。

このようにして吟味した上で選んだ企業であれば、納得感を持って入社することができるでしょう。また、このプロセスにおいて「自分がなぜこの会社に入るのか」というストーリーも作り上げることが可能です。ストーリーは納得感を後押しする要素となります。

つまり、深い自己理解に基づいて企業選びの軸を定め、その後、深い企業理解に基づいて決めることで、納得して企業を選び取ることができるのです。

脚注

[1] Edwards, J. R. and Shipp, A. J. (2007). The relationship between person-environment fit and outcomes: An integrative theoretical framework. In C. Ostroff and T. A. Judge (Eds.), The Organizational Frontiers Series. Perspectives on Organizational Fit. Lawrence Erlbaum Associates Publishers.

[2] Dineen, B. R., Ash, S. R., and Noe, R. A. (2002). A web of applicant attraction: Person-organization fit in the context of Web-based recruitment. Journal of Applied Psychology, 87(4), 723-734.

[3] 竹内倫和(2012)「新規学卒就職者の組織適応プロセス:職務探索行動研究と組織社会科研究の統合の視点から」『学習院大学経営論集』第49巻、143-160頁。

[4] 下村英雄・堀洋道(1994)「大学生の職業選択における情報収集行動の検討」『筑波大学心理学研究』第16巻、209-220頁。


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

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