ビジネスリサーチラボ

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コラム

当社のクライアントワークにおける価値観:研究活動との違い

コラム

ビジネスリサーチラボでは、学術的なトレーニングを積んだ人材が入社し、活躍しています。一方で、当社の仕事は学術研究そのものではありません。学術研究と当社の仕事は何が違うのかに注目することによって、当社の仕事の特徴が見えてきます。

そこで今回は、当社代表取締役の伊達洋駆とフェローの能渡真澄が、特に当社のクライアントワークにおける価値観について対談しました。研究知見を活かす当社の仕事についてご理解いただける内容になります。

クライアントワークを通じた変化

他者との向き合い方が変わった

伊達:

大学院時代の学術研究と、ビジネスリサーチラボにおけるサービス提供の違いについて考えてみます。能渡さんには、「当社で働き始めてからのこの数年間で、こういう点が変わった」という部分を聞きたいです。

能渡:

学術研究とビジネスリサーチラボの仕事の違いにおいて、特に変わった点は、「自身の研究が他の人にどのように活用されるか」に関する考え方です。

以前は、自分の専門領域の知識を深掘りし、新しい知見を実証・発信することを重視していました。具体的には、自領域に関連する先行研究の知見をまとめ、さまざまな研究の視点を統合した新しい観点からの理論構築と実証研究を考えていました。

しかし、ビジネスリサーチラボの仕事を経験する中で、私の研究や関心が他者にどのように理解され、利用されるかについて、深く考えるようになりました。自分たちが満足できる研究でなく、他の人にご満足いただくための研究実践を行うスタンスが仕事の中で身についた形です。

加えて、物事を捉える視点の多角化も感じています。

私は普段、一般の人々の考え方や物事の捉え方を把握するため、SNSの投稿統計解析や経営学に関する一般向けの解説サイトをよく参照します。以前の見方は、新しい研究アプローチの視点を探るために、多くの意見を参照して自身が持つ観点を増やすことを重視していました。

しかし現在は、その視点に加えて、一般の人々がどのような関心を持っているのか、また、どの程度の深度で理解しているのかということを考慮するようになりました。

伊達:

2つの変化があると解釈しました。一つは、他者の存在により焦点を当てるようになったことです。特に、サービスや知識を提供する相手を意識するようになった点が興味深いです。もう一つは、知識の生産に対するスタンスが変わったことです。当社では、知識の生産を行わないわけではありませんが、知識をどのように活用・適用するかが主な関心事となっていますね。

クライアントの解像度が上がった

伊達:

エドガー・シャインが「臨床」という考え方について説明しています。彼によれば、クライアントからの相談を基に、クライアントに対する支援を優先するのが臨床の特徴です。一方で、目の前のクライアントのために行動するという発想は、私自身が大学院生だった頃は、そんなに持っていませんでした。能渡さんは、どうですか。

能渡:

私も、研究対象者のための視点は持っていなかった方ですね。

私の研究アプローチは、丁寧な理論整理とデータ分析が中心にあります。もちろん、理論を整理してロジックをしっかりと組み立て、より良い手続きで検証することは、学術的に大切なことです。

他方で、私が以前から研究上の課題と感じ続けているのは、「研究対象者たちの実態や現状を十分に捉えられていない、理解できていないのではないか」という点です。厳密な理論構築や実証のプロセスを重視する中で、対象者たちの実態を見失いがちだと感じることは多くありました。

その観点が、ビジネスリサーチラボのクライアントワークを担当していく中で、少しずつ見えてきた感触があります。

伊達:

対象に対する理解の深さが十分ではない研究を目にすることがあります。私自身もかつては、組織行動論の研究を行いながら、組織の中の人々の働き方やニーズ、何を考え、何に悩んでいるのかを具体的に把握できていなかったように思います。

働く中で起きる変化

価値観が変化していく要因とプロセス

伊達:

当社で働くようになってから様々な変化があったことをお話してきました。これはもちろん、どちらが「良い」というものではありません。さて、当社の仕事のどういう部分が、変化を促したと思いますか。

能渡:

「クライアントの問題解決支援」に深く関わるようになったことですね。

クライアントの皆様にご満足いただくためには、正確で興味深い結果を提供することも大事です。しかし、それ以上に重要なのは、その結果を、クライアントの皆様が納得感と自信をもって使えることです。

高度な研究スキルを駆使した詳細で学術的価値の高い結果は、専門家にとっては興味深いかもしれませんが、一般の方々には取り扱いが難しいものがほとんどです。

このギャップを、専門性を損なわないようケアしつつ、クライアントの皆様にご満足いただけるものに仕上げること。これがクライアントワークの難しさだと感じています。この課題に取り組むようになったことが、私に変化を起こした大きな要因だと思います。

伊達:

研究知見や分析技術を用いるという点では同じかもしれませんが、クライアントワークには独自の価値観があります。しかし、価値観の切り替えは容易ではありません。能渡さんは、なぜ変化できたのでしょうか。

能渡:

自分の研究スキルが実務家に通用しなかった経験がきっかけです。

ビジネスリサーチラボに入社したばかりの頃は、自分のスキルを如何に活かすかを重視していました。研究能力を最大限に発揮してアウトプットの質を高めていくことに注力し、「学術的に正確で、興味深い現象を見出せるような結果を追求する」ことが良いという発想です。

しかしながら、このアプローチで私が作成・提供したアウトプットに対して、「クライアントからの反応が良くない」と感じることが多々ありました。自分が面白いと感じたアウトプットが相手に響かず、強い違和感とスキル不足を実感した次第です。

伊達:

クライアントに対して価値を提供しようとすると、クライアントの個別具体性にきちんと向き合う必要がありますよね。一口にクライアントといっても非常に多様です。一般性を考慮するのとはまた違った頭の使い方が求められます。

フィードバックをもとに気づきを得る

伊達:

能渡さんにとって、仕事の価値観が変わる転換点はありましたか。

能渡:

仕事に対する私の価値観が変化した理由は、先ほど経験の中で獲得した気づきによるところが大きいと思います。この経験で得た気づきは2つあります。

ひとつは「内容の深さに対する、クライアントの期待レベルと理解レベル」を把握する重要性です。

私が作成したアウトプットに対するクライアントのご意見を後で聞いたところ、ここまで詳細なものは望んでいなかったというコメントがありました。要するに、クライアントの期待に対して、私のアウトプットはあらゆる意味で過剰だったのです。

この時に私は、研究でも仕事でも、とにかく「自分が持つスキルすべてをタスクに注ぎ込むこと」が習慣となっていたことに気づきました。クライアントワークも同じように進めていたわけですが、それだと内容に関する期待とずれが生じてしまう。それが私のアウトプットにおける最大の問題だと思い至りました。

「クライアントのご要望を、期待されるレベルで満たすこと」がクライアントワークの第一歩であり、それが高い満足度にも繋がることを強く認識した次第です。

この認識を得てから、改めて自分が作成してきたアウトプットとクライアントからのフィードバックを見返して、再評価してみました。すると、私のアウトプットはクライアントの期待水準を超えていると同時に、理解するには専門知識を多く要するアウトプットだったことが目につきました。

私は主にデータ分析を担当するフェローですが、アウトプットのクオリティは十分高いものに仕上げている自負があります。しかしそのアウトプットは、ある程度分析に精通している方でないと理解しにくい難解な内容であり、クライアントが自力で読んですぐに使えるような代物でなかったのです。

「たとえアウトプットが十二分な内容でクライアントの期待水準を大きく超えていたとしても、その内容がクライアントに理解されず使いにくいものならば、アウトプットとしての価値は低いのだ」と、ここに至ってようやく理解したのでした。

クライアントの分析に関する知識や読み取りにかけられる労力を見積もり、それに応じたアウトプットに仕上げることが必要だと、考え方が変わった次第です。

もうひとつの気づきは「アウトプットの量に応じた工数を考える重要性」です。

自身のスキルを最大限発揮するだけのアプローチだと、多くの専門的な内容を詳しくアウトプットに盛り込んでしまい、記載事項が増えます。それはわかりにくさを生む原因になりますが、それと同時に、アウトプット作成に膨大な時間と手間がかかります。

その結果として、アウトプットの提出スケジュールを遅らせる事態が生じたこともありました。確かにアウトプットの質は高かったかもしれませんが、スケジュールの遅れが原因でクライアントの期待を損ない、ご満足いただけなかったのです。

スケジュール遅れは、独力で進める研究ならば、その後の苦労は自分に返ってくるだけです。しかし、クライアントワークにおけるスケジュール遅れは、クライアントの他のスケジュールにも影響し、多大なご迷惑をかけることになります。

「スケジュール遅れがクライアントに及ぼす悪影響は想像以上に甚大であり、スケジュール厳守がクライアントワークでもっとも大事なことだ」と思い知ったのがこの時でした。

質を高めるために相応の時間が必要ですが、ビジネスにおいてはスケジュール厳守がもっとも期待されることを意識していなかった点と、それに関連して、アウトプットの質の向上ばかりに目を向けて、時間・工数管理に考えが及んでいなかった点が、自分に足りないポイントだと反省した次第です。

これらの振り返りを経て、「自分のスキルをやみくもに発揮するだけの仕事は、プロフェッショナルの仕事ではない」と強く認識し、仕事の価値観が大きく変わりました。

伊達:

学術研究としての理解の方法と、クライアントが求める理解の方法は異なります。クライアントの支援を大事にするとなると、クライアントの視点に合わせて情報提供する必要がありますね。

このことは、ITエンジニアがクライアントに対して、プログラミングコードの詳細を必ずしも説明しないことに似ているように思います。クライアントは、プログラムがどう機能するかに関心を持っているはずです。

それぞれが知見を持っている

伊達:

このような人はほとんどいないと信じたいのですが、専門的な知見を伝えて相手に伝わらなかった際に、「相手の勉強不足」と感じる人もゼロではありません。能渡さんが、そのような考えを持たず、現在の気づきを得られたのは、なぜでしょうか。

能渡:

その点は、私の研究スタンスが大きいかもしれません。私は個人のアイデンティティについて研究しており、個人の信念や主観を強く意識しており、それぞれが異なる特徴や人生史、考えを持っている点を尊重しています。

例えば、「実務家たちは何もわかっていない」と発言される専門家がいるかもしれません。その考えにおいて参照しているのは、専門知識でしょう。しかし実務家の方々は、専門家が知らないような、現場で戦い抜いてきた中で身につけてきた、固有の実践知や経験を持っています。

専門家と位置付けられる我々が実務家より優れているのは、あくまで我々が専門知識に秀でているからであり、専門家に見えていない実践知を実務家は持っています。その意味で、実務家も専門家もそれぞれ強みや良さを持っており、各々の知識や経験、能力には敬意を払うべきといえるでしょう。

そんな考えのもと、自分の強みを重視して人を貶めるのではなく、互いの強みを認めて尊重し協力する方が良いのでは、より面白い成果や動きを生むことができるのでは、と思っています。

だからこそ、自分のスキルが通用しない現実に直面し、クライアントの反応やご意見から学ぶことができるのだろうと思うところです。

伊達:

私が昔、クライアントワークを始めたばかりのころ、クライアントの発言に違和感を覚えることがありました。クライアントの発言が経営学の枠組みから外れているときに違和感を覚えていたのだと思います。そうした違和感を「手掛かり」と捉えることで、新しい視点が得られるかもしれないと気付いたとき、心が軽くなりましたね。

クライアントワークの醍醐味

日々、研究と向き合える

伊達:

ビジネスリサーチラボのクライアントワークの醍醐味について考えてみましょう。

能渡:

私が感じるポイントは2つです。まず1つ目は、研究スキルを現場の問題解決に応用する経験ができる点です。

個人的に、クライアントワークをある種のゲームのように感じる部分があります。つまり、「ご依頼いただいた難題に、自分のスキルを活用して挑戦し続ける」という仕事の特徴が、私の好みと合致しています。

その際、クライアントのご要望に合った学術理論や概念、あるいはデータ分析手法をうまくあてはめる必要があります。そのため、研究知識や分析手法の学習、刷新を常にやり続けて、研究スキルを高めることが求められるのですが、研究に関する知識や分析手法について学びを深めることが好きなのです。

このような、「多様な研究スキルを日々高め続け、それを活用して依頼をクリアすることを繰り返す」実践は、学術研究ではなかなか得にくい経験だと思います。

伊達:

当社の場合、研究を活用する頻度が高いですね。毎日のように研究に触れる必要があります。常に研究に接する環境に身を置けるわけです。それが楽しい人にとっては、良い環境だといえます。

最前線で深い情報が得られる

能渡:

加えて、実務家の考えを直接伺う機会を持てる点は、研究者にとって非常に魅力的だと思います。現場の最前線で活躍する方々が、現在どのようなことに課題を感じ、何に関心を持っているかを直接知ることができる点は、非常に価値があると感じています。

先ほどもお話ししましたが、私は一般向け解説サイトやSNSも含めて、様々な情報を参照する習慣があります。しかしそういった情報の中でも、現場の方々が実際に抱えているリアルな悩みや関心に触れることは難しいです。

インターネットで検索してヒットする多くの情報は表向きのものが多い感触があり、本音の考えに触れる機会は稀です。しかし研究の上では、実務家の方々が実際に感じている誇張や忖度のない考えや思いこそ、もっとも取り上げたい事柄だと思います。

クライアントワークでは、クライアントの関心や課題意識を直接伺うプロセスがタスクの中に組み込まれています。クライアントは自社の課題解決に向けてご依頼くださるため、ご関心や組織の様子に関して、嘘偽りなく情報共有が行われます。

これを通して、日本の企業経営や人事に関する実践的な考えやビジョンを、現場にいる実務家の方々と直接ディスカッションして学べることは、非常に魅力的だと感じています。

伊達:

特定の分野で進行中の事柄を目の当たりにすることができますね。これは、当社がクライアントワークにおいて介入を支援していることと無縁ではないでしょう。サッカーでたとえると、観客席からの見るのではなく、ピッチ上に立って、プレイヤーの息づかいやボールの速さ、コミュニケーションなどを体感しているような感覚です。

仕事を進めるうえで大切にしていること

クライアントの満足と専門性を両立させる

伊達:

改めて、ビジネスリサーチラボで仕事を進めていく上で、何を大事にしていますか。

能渡:

こちらも、2つあります。第一に「クライアントにご満足いただくこと」、これを最優先にしています。第二に、「仕事の中で、クライアントに気付かれなくとも、専門家としてのスキルを十分に発揮すること」を大事にしています。

1点目として、クライアントに満足していただくことは、クライアントワークを行う上では基本的なことかもしれません。しかし、ビジネスリサーチラボの仕事でこの点を重視することは、特に大切だと考えています。

先ほど述べましたが、研究スキルを全力で発揮したアウトプットを作成すると、専門家でない方々には理解し難い内容になります。研究者は理論構築やデータ分析を基本スキルとして身につけていることが多いですが、それらは一般的に、非常に専門性が高い特殊なスキルであり、この点を忘れがちです。

クライアントに理解していただくためには、アウトプットのわかりやすさとボリュームを調整することが不可欠です。これを忘れないために必要なことは、「どうすればクライアントにご満足いただけるか」を意識し続けることだと思っています。

単に「わかりやすくしよう、ボリュームを減らそう」とすると、研究者が読む上で理解しやすい資料に仕上げてしまう恐れがあります。そのため、クライアントの満足感を念頭におくことで、クライアントに向けた調整になるよう意識している次第です。

2点目として、専門家としてのスキルをしっかりと発揮することを意識しています。ここまでの話と矛盾するかもしれませんが、自身のスキルを十分に発揮することは大事にしています。

これを未だに重視し続ける理由は、専門家とクライアントの間に知識のギャップがあるからです。知識のギャップがある状況では、専門家が手を抜いた甘いアウトプットを提供しても、クライアントが気づきにくい構造が存在します。

クライアントはアウトプットに多少の疑問を感じても、「自分の理解が足りないだけだ、専門家がやってくれたのだから大丈夫だ」と、内容を鵜呑みにするかもしれません。わかりやすさやボリューム調整によって誤った理解がされてしまっては、本末転倒です。

このような構造があるため、「クライアントに気づかれず伝わらなくても、水面下でしっかりした内容に仕上げる」と決めて、できる限りのスキルを発揮することを心がけています。

これは、単に質を高めるのではなく、スケジュールと工数の限界を加味して、その中で可能なスキル発揮を限界まで突き詰める作業になります。これは新たな能力開発が必要なところであり、まだまだ試行錯誤していますが、個人的な挑戦として重視し続けている側面です。

伊達:

「クライアントの満足」と「専門性の発揮」はバランスを保つのが難しいものです。しかし、どちらかに偏ることなく、両者の間にとどまり続けることが、職業倫理として重要だと感じます。

クライアントの「変化」を尊重する

伊達:

能渡さんの話の他に、私が重視している点も追加しておきます。それは、プロジェクトの過程で起きる変化を尊重しているということです。

クライアントは自社の内部を私たちより知っています。しかし、その理解が初めから十分に深いものであるとは限りません。例えば、自社の課題や現状の認識、望む方向性などが、プロジェクトを進める中で変わることがあります。これを「話が違う」と表面的に捉えるのは問題だと考えています。むしろ、プロジェクトを通じた学習の成果だと好意的に受け止めたいところです。

人事領域に対する当社の貢献

研究知見によって共通認識を醸成する

伊達:

ビジネスリサーチラボの仕事は、産業界、主に人事領域にどのような影響をもたらし得るでしょうか。

能渡:

まず、学術知やフレームワーク、データ分析を皆さんに知っていただくことで、現場実践の練度が高まると考えています。

これは、学術知見や物事の捉え方の視点を多様に身につけることで、日常の思考が豊かになることを意味しています。それが進むことで、対策立案や制度策定にバリエーションが増え、それぞれの機能を理解した上で活用できるようになるでしょう。

もう1つは、個人的な期待を含めて申し上げますが、知識や理解が多くの方々に広まることで、人事領域にハイレベルな共通認識が形成できるのではないかと考えます。

具体的には、人事領域における学術的な知識やフレームワーク、データ分析に関する共通理解が生まれてくるイメージです。「この課題には、こういった捉え方がある」「この実情を把握するなら、このようなデータ測定・分析がベター」といったアイデアが当たり前となる状況を想像しています。

そのような集団・社会レベルの共有知や常識が出来てくることで、人事領域の実務家が制度や対策案をより洗練された観点で評価・導入したり、そのアイデアを互いにうまく共有してディスカッションできるようになると期待しています。

そして、その状況の中で新たなニーズが生まれることを予想しています。つまり、学術的な知見に基づく共通認識が業界全体に広がると、その活用が加速する中で、研究者との協働や参画を求めるニーズが高まるかもしれません。

そこで、より高いレベルでの産学連携が進めば、実務家の知識や満足が高まると同時に、各社にフィットしつつも専門知が活きた、より高度な人事施策が生み出されていくだろうと考えています。

伊達:

共通の認識を築くことができれば、調整コストが低減し、様々な立場の人たち同士で協働の可能性が拡がりますね。

私も一つ追加させてください。「副作用」を示すことは、人事領域に対するビジネスリサーチラボの貢献になり得ると思います。例えば、エンゲージメントは重要な概念である一方で、副作用もあります。エンゲージメントが高まることで、現状維持の力が強くなったり、私生活を犠牲にしたりする可能性もあります。

このように企業の方々に、立ち止まって考えを深める機会を提供することも、一つの貢献ではないでしょうか。

学術界に対する当社の貢献

実務家と研究者の架け橋になる

伊達:

最後の論点として、ビジネスリサーチラボだからこそできる学術的な貢献について考えていきたいと思います。例えば、私たちは現在進行系で論文を執筆しているわけですが、どうでしょうか。

能渡:

まず、実務家と研究者を結びつける架け橋としての役割を担っていると思います。

ビジネスリサーチラボでは、実務家の問題意識やニーズを取り上げて、学術知見やデータ分析の情報発信を積極的に行っています。これにより研究者は、「実務家がどういった学術知を求めているか」の知識が得られ、実務家に向けた自分のアピールポイントを知ることができるでしょう。

加えて、それらの情報によって、実務家と研究者の間で知識のギャップが小さくなり、コミュニケーションがスムーズになると考えられます。実務家からすれば、研究者はどういったことを考えており、どんなアプローチが可能かを知るきっかけになります。

このように、実務家と研究者双方の理解を促す情報をビジネスリサーチラボが提供し続けることで、両者を結びつける架け橋としての役割を果たしていると考えます。

伊達:

実務に基づいた問題意識から研究を始められるということも大事ですね。産業界における課題がすべて研究されているわけではありません。

企業の深いデータを分析する

能渡:

もうひとつ重要だと思うのが、現場で行った研究成果を、学術界に発信できる点です。大学に所属している研究者の方々は、企業が保有するデータを入手するのはなかなか難しいと思います。

例えば、研究者側から企業が保有している未公開のデータの提供を求めたり、アクションリサーチとして協働を持ちかけることはあるでしょう。しかし、それは良好な関係が事前に築かれている企業でもない限り、承諾を得るのは難しいと考えられます。

しかし、ビジネスリサーチラボは、企業人事の方を中心に相談や依頼があり、直接的に関与します。そのため、現場の最新情報の共有やデータ提供をいただきやすく、研究を全面的にサポートしてくださるクライアントも少なくありません。

このような、なかなかアプローチできない情報やデータを基にした検証成果を学術界で発信することは、非常に珍しいデータによる実証結果を提出できる点で、学術的な貢献が大きいと考えます。

伊達:

深いデータを収集できるというのは、確かにそうです。エドガー・シャインも臨床の意義の一つとして、この点を指摘していました。従来は容易に手に入れられなかった情報を得られるのは、価値があると思います。

今後、当社独自のアプローチと視点を活かしながら、学術的な貢献をさらに進めていきたいですね。


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

能渡 真澄
株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー。信州大学人文学部卒業、信州大学大学院人文科学研究科修士課程修了。修士(文学)。価値観の多様化が進む現代における個人のアイデンティティや自己意識の在り方を、他者との相互作用や対人関係の変容から明らかにする理論研究や実証研究を行っている。高いデータ解析技術を有しており、通常では捉えることが困難な、様々なデータの背後にある特徴や関係性を分析・可視化し、その実態を把握する支援を行っている。

 

 

 

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