ビジネスリサーチラボ

open
読み込み中

コラム

分化と統合の人事論:人事施策を整理する新たなフレームワーク(セミナーレポート)

コラム

ビジネスリサーチラボは、2023年9月にセミナー「分化と統合の人事論:人事施策を整理する新たなフレームワーク」を開催しました。

人的資本経営をきっかけに、企業における人材の価値に注目が集まっています。人と組織に関する課題は実に多様であり、その分、多様な人事施策がとられます。一方で、施策間で目的が矛盾したり、効果を打ち消し合ったりすることがあります。

そこで当セミナーでは、多種多様な人事施策を整理するフレームワークとして、「分化と統合」という考え方を紹介しました。これは、経営学において提案された概念であり、効果的な人事施策の組み合わせを考えるための土台となります。

講師は、当社代表取締役の伊達洋駆が務めました。「分化と統合」という概念を世に広めた研究を紹介したうえで、実務での応用の仕方についても解説しました。

※レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。

「分化と統合」とは何か

まず、本日の鍵概念である「分化と統合」について説明します。ここでは、「分化と統合」という考え方を広めた研究を紹介していきます。

ローレンスとローシュによる論文とその背景

「分化と統合」の考え方を広めたのは、1967年に発表された論文です。この論文は、ローレンスとローシュという二人の研究者によって発表され、経営学においては非常に有名です。経営学に詳しい方であれば、「コンティンジェンシー理論」という名前を聞いたことがあるかもしれません。コンティンジェンシー理論の代表的かつ幕開けとなる研究が、この論文です。

1967年当時としては、斬新な切り口が提示されています。市場には多様な組織が存在していますが、成功する組織とそうでない組織があり、成功する組織の形態として唯一最善のものがあるわけではなく、環境の性質によって、最適な組織の形態も異なるという切り口です。この切り口のもとで提案されたのが、「分化と統合」という考え方です。

組織が大きくなると「分化」が起こる

先の論文が発表された当時は、経営組織が規模化した時代です。組織が大きくなると、様々な部分に分かれていきます。この現象が「分化」と呼ばれるものです。

しかし、興味深いのは、ローレンスとローシュの研究によれば、分化は、部門に分かれることだけではありません。人々の心理や行動も分化していくのです。

具体的には、どんな目標を重視するのか、時間に対する考え方は長期的か短期的か、人間関係で何を大事にするのかなど、同じ組織において多様なあり方が生まれていくことが、分化なのです。

分化が進んだ組織では「統合」も必要

分化が進んで多様性が増すと、それぞれの人が異なる方法で問題に対処するようになります。これは一見素晴らしいことですが、組織がばらばらになり、意思疎通が困難になる可能性もあります。組織全体として取り組むべき課題に対処できなくなり、環境に適応する能力が低下します。

分化が進んで、考え方、行動、価値観などが分かれていっても、その人たち同士が協力する必要があります。これが「統合」と呼ばれるものです。

「分化が進めば統合が必要」と言葉で言うのは簡単です。しかし、ローレンスとローシュの研究によれば、両者はマイナスの関係にあります。つまり、分化が進むほど統合はより困難になるのです。

不確実性が高いと分化が進む

ローレンスとローシュの研究は、組織の分化と統合に対して、その組織を取り巻く環境がどう影響するかを報告しています。環境の「不確実性」が高い場合、組織の分化が進むという結果が明らかにされました。

「環境の不確実性」とは、情報が不足しており、未知の状況を指します。例えば、具体的な仕事の内容が不明瞭であったり、仕事の成果がすぐには明確にならなかったりするような状況です。こうした状況では、現場でのローカルな対応が不可欠になり、分化が進むということです。

ただし、繰り返しになりますが、組織のパフォーマンスを向上させるためには、分化だけではなく統合も必要とされます。分化に応じた統合という難題にうまく取り組んだ組織が良い結果を残すのです。

現代の人事施策を整理する

不確実性の高い現代に分化と統合を再解釈する

ここまで、人事の話は横において、論文の解説をしてきました。ここからは、現代の人事施策を、分化と統合の視点で整理していきます。

先ほど「環境の不確実性が高いほど、分化と統合が高いレベルで求められる」と説明しました。では、現代はどうかといえば、「VUCAの時代」と称されるほど、不確実性が高い状況にあります。

例えば、現代の経済は過去と比べてグローバル化が進んでいます。テクノロジーも進展しており、AIも急速に進化しています。さらに、雇用環境も多様化しています。

高度に不確実な環境では、分化と統合の両方が高いレベルで必要とされ、人事としても、分化と統合を促す施策をそれぞれ実行していくことになります。

人事施策を分化と統合で整理していく前に、先ほど説明したローレンスとローシュの「分化と統合」の考え方を、私なりに拡張してみます。

まず、「分化と統合」は組織内の二つの作用と捉えられます。このうち「分化」とは、いわば「遠心力」です。要素が離れていき、ばらばらになり、分散して、個人化する方向に作用します。

一方で、「統合」とは、「求心力」を表します。要素を結びつけ、一体化や集中、そして組織化を促進します。

分化に関する人事施策

分化に焦点を当てて、人事施策について考察します。二つの具体例を挙げます。

1つ目の例は、「テレワーク」です。新型コロナウイルス感染症の影響で、テレワークを導入する企業が増加しました。テレワークにより、従業員はそれぞれ異なる場所で、自分自身のペースで業務を遂行できます。このような制度は、個々を分散させる「分化」を促進する人事施策と言えます。

2つ目の例は、「キャリア自律」です。これは、従業員がそれぞれ自らのキャリアプランを設計し、それに向かってスキルや能力を開発する取り組みを指します。キャリア自律も、個人化や分散を進める作用があります。

「分化」を促進する施策は、組織にも効果があることが確認されています。例えば、テレワークでは仕事の裁量が大きくなり、キャリア自律によって仕事面での自律も高まります。これらはいずれも従業員のパフォーマンス向上につながります。

テレワークやキャリア自律以外にも、分化を促進する人事施策は存在します。例えば、個々の成果に基づいた評価制度、パーソナライズされた人材育成、ダイバーシティ推進などが該当します。また、自律性や自主性を重視する企業文化を形成すること、あるいは従業員が独自にプロジェクトを推進する時間を設けるといった施策も、分化を促進します。

統合に関する人事施策

続いて、統合を促す人事施策として、「エンゲージメント」と「経営理念」を例にとります。

「エンゲージメント」は多様な文脈で使用されますが、ここでは、社員と会社とのつながりを強化することを意味する言葉として用います。また、「経営理念」は、社員が共通の目標のもと、一丸となるために用いられます。両者は、統合を促進する人事施策と言えます。

統合を促す人事施策の効果についても、研究上の報告があります。例えば、エンゲージメントが高いと、社員が会社に貢献する可能性が高まります。また、経営理念が浸透すると、努力の方向性が一致し、パフォーマンスが向上します。

他にも、統合を促進する施策は多く存在します。チームに基づく評価、組織全体の目標達成に連動する報酬体制、部門横断的なプロジェクトなどがその例です。非公式なコミュニケーションの機会を提供することや、レクリエーション活動も、統合を促すかもしれません。

皆さんの企業でも、様々な人事施策が施行されていると思います。それらを一覧化し、次の24象限の図を使って、整理してみてはいかがでしょうか。

分化と統合の「副作用」

分化の副作用とその対策

これまで、分化と統合はそれぞれ良い効果が認められるという話をしてきました。一方で、実は望ましくない影響も存在します。これは薬の副作用に似ています。

まずは、分化の副作用について、テレワークを例に考えてみます。テレワークにおいては、仕事の成果に対するフィードバックが得にくい、期待される役割が不明瞭であるといった問題が指摘されています。つまり、コミュニケーションが減少する可能性があります。

この副作用に対処するためには、コミュニケーションを強化する施策が必要です。例として、コミュニケーション・ツールの整備や定期的な個人面談の実施が考えられます。タレントマネジメントシステムや組織サーベイを活用し、孤立している社員のサポートも有効でしょう。

分化の副作用は、コミュニケーション以外にも考えられます。例えば、情報や育成、評価の格差が広がることや、多様性が増えることで、価値観の対立や業務進行におけるコンフリクトが起こる可能性があります。

統合の副作用とその対策

次に、統合の副作用について、エンゲージメントを例に考えてみます。エンゲージメントが高いと、パフォーマンスの向上につながります。一方で、現状に満足することで、変化に対して抵抗する恐れがあります。

他にも、過度な自己犠牲や、組織の都合を過度に重視する傾向もあります。さらに、プライベートに悪影響が出ることや、非倫理的行動をとる可能性もあります。これらは、統合が進みすぎた結果としての副作用です。

こうした副作用に対処するために、例えば、従業員の健康管理の支援、ワークライフバランスの推進や、社外とのコミュニケーションが考えられます。

人事施策においては、「設計よりも運用が重要」とよく言われます。運用の過程で、どのような副作用が起こり得るかを事前に考慮し、対策を準備しておきましょう。

分化と統合を両立する施策

どう両立するか

分化と統合について、個別に人事施策との関連性を議論してきました。ただ、ローレンスとローシュの研究によれば、両者はどちらも不可欠であり、一方だけに依存すると不足が生じます。

分化のみが進むと、組織がばらばらになってしまいます。逆に、統合だけに重点を置くと、環境の変化に柔軟に対応できなくなります。特に不確実性の高い現代において、分化と統合の両方を高い水準で進めていかなければなりません。

先ほどキャリア自律を、分化を促進する施策として挙げました。この施策により、各社員が自分のキャリアを形成する機会が得られます。これは良いことですが、その結果として組織がばらばらになったり、社員が組織を去ったりしないように、統合を促進する施策、例えばエンゲージメントを高める活動も並行して行う必要があります。

もう一つの例として、ダイバーシティの推進を考えてみます。この施策も、多様性を尊重する意味で分化を促進しますが、組織内で分断や派閥が生じるリスクがあります。そのため、統合を促進する施策、たとえば経営理念の共有などと一緒に進めたほうが良いでしょう。

皆さんは無意識のうちに「この施策を行うと、それに伴う対策も必要だ」と考えているかもしれません。そのような経験則を、分化と統合という枠組みで整理することにより、安定した組織マネジメントが可能になります。

「ダブルバインド」に対処する方法

分化と統合を両立させるための例について、違和感を覚えた方もいるでしょう。両者が矛盾しているように感じるためです。分化と統合を両立させようとするとき、社員は「ダブルバインド」と呼ばれる状況に陥りかねません。

「自律的にキャリアを形成してほしいが、組織に愛着をもってください」と言われると、自由にキャリアを考えて良いのか、会社の方針を考慮する必要があるのかわからなくなってしまいます。

このように、2つの要求の板挟みにあうことをダブルバインドと言います。分化と統合はどちらも重要ですが、両者は負の関係にあります。そのため、同時に求められた社員は混乱してしまいます。

分化と統合を一緒に促すと、社員にとっては、相反する要請を同時に受けることになります。組織としてはどう対応していくと良いでしょうか。

1つ目の対応策として、上位概念を設定する方法があります。例えば、キャリア自律とエンゲージメントという、2つの人事施策を進める場合、両者を統合する上位概念として「ウェルビーイング経営を重視する」と明示します。上位概念の下で、2つの要請を推進すると説明すれば、矛盾は緩和されます。

2つ目の対応策は、時間軸で整理する方法です。例えば、「キャリア自律は特定の節目で考慮するだけで良い」とします。それ以外の時期はエンゲージメントに焦点を合わせることができます。

3つ目の対応策は、場面で整理する方法です。例えば、日常の業務ではダイバーシティを推進する一方、大きな決定をする際には経営理念を優先するということが考えられます。状況に応じて分化と統合のバランスを取ることもできるのです。

QA

Q:パラドックスな関係にある分化と統合を両方進めるのは胆力が必要だと思うが、どんな工夫がありうるか

前提として、ある人事施策が「分化」か「統合」のどちらを促すかを考えた上で、効果と副作用をあらかじめ検討するようにしましょう。その上で、「ダブルバインド」に対処するために、先に挙げた三つの方法を実践してみてください。確かに、ダブルバインドに対処するには持続的な努力と勇気が必要です。しかし、粘り強く取り組むことで、道は開けるはずです。

Q:施策が分化と統合のどちらに機能しているのかをどう見分ければよいか

分化と統合の24象限の図をもとに検討することで、人事施策の機能を理解しやすくなります。また、組織サーベイも、施策の機能を理解するのに有用です。各施策の利用や満足度と、分化・統合の程度の関連を検証すれば良いでしょう。

Q:分化と統合を、それぞれどの程度進めれば良いか

初めに注目すると良いのは、必要な分化の程度です。組織を取り巻く環境の不確実性に応じて、分化の程度を考えてみてください。少なくとも、その分化の程度に応じた統合が求められます。それ以上の統合をどこまで進めるべきかは、各社の判断によります。いずれにせよ、あまり統合を強めると副作用が大きくなるリスクはあります。

Q:どうすればダブルバインドを解消する良質な上位概念を設定できるか

企業として一貫して重視しているものを上位概念として設定する必要があります。過去に一度も掲げていないことを突然設定しても不自然で、むしろ混乱を招きます。例えば、企業が長らく重視している価値観や方針が、上位概念として有望です。


登壇者

伊達洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

#伊達洋駆 #セミナーレポート

社内研修(統計分析・組織サーベイ等)
の相談も受け付けています