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コラム

職場における“先延ばし”の科学:学術研究に基づく先延ばしの対策とは(セミナーレポート)

コラムセミナー・研修

ビジネスリサーチラボは、20229月にセミナー「職場における“先延ばし”の科学:学術研究に基づく先延ばしの対策とは」を開催しました。

仕事を後回しするうちに予定日に間に合わなくなっている、まだ余裕があると思っていた期日が気づけば目の前に迫って焦るといった行動は、学術的には「先延ばし」と呼ばれます。

本セミナーでは、ビジネスリサーチラボ・フェローの黒住嶺から、先延ばし対策の働きかけや先延ばしが起きにくい環境を紹介し、その後、代表取締役・伊達洋駆が、それらの知見を「職場での対策」として実践に落とし込む方法を解説しました。 

※レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。

登壇者

伊達洋駆:株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。近著に『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)や『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)など。

黒住 嶺:株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー
学習院大学文学部卒業、学習院大学人文科学研究科修士課程修了。修士(心理学)。日常生活の素朴な疑問や誰しも経験しうる悩みを、学術的なアプローチで検証・解決することに関心があり、自身も幼少期から苦悩してきた先延ばしに関する研究を実施。教育機関やセミナーでの講師、ベンチャー企業でのインターンなどを通し、学術的な視点と現場や当事者の視点の行き来を志向・実践。その経験を活かし、多くの当事者との接点となりうる組織・人事の課題への実効的なアプローチを探求している。

 


職場の先延ばしとは

黒住:

まず、仕事上の先延ばしが、学術研究でどう扱われているのかを確認します。先延ばしの定義は、「雇用主、従業員、職場、客に、害を与える意図はなく、自らの意図で仕事の関連しない行為をとり、仕事上の行動を遅らせること」というものです。例えば、次のような行動があれば、先延ばしが起きたと考えます。

  • やらなければならない仕事に取り掛かるのが遅れる
  • 仕事が退屈で集中せず、別のことを考えがち
  • 1日の仕事中に30分以上SNSを利用する

先延ばしの実態についてはネガティブな報告が大半を占めます。勤務時間中のネット使用の約3割から6割が、仕事に関係がないという報告があります。年間損失額に換算すると社員約1人当たり8875ドルであり、経営者としてはドキッとする額です。

先延ばしのメカニズムを、行動の選択場面から考えてみましょう。仕事を先延ばしにする際、仕事よりも魅力的な、別の行動が存在しています。それを「誘惑」と表現すると、先延ばしとは、「仕事」を選ばずに「誘惑」を選んでいる状態です。

このことを踏まえると、先延ばし対策として2つの基本方針が立てられます。1つ目が、誘惑の魅力にどうあらがうかを考える対策です。2つ目が、仕事の魅力をどう高めるかを考える対策です。

誘惑の魅力にあらがう対策

時間管理のスキルを磨く

黒住:

「誘惑の魅力にあらがう対策」に関する研究として、時間管理のスキルを磨くというものがあります。誘惑があることは承知の上で、仕事全体の計画を立てて対応する方法です。 

研究の結果から見ていきましょう。次の図は、4週間後に締め切りが来る課題について、1週間ごとに、投じた時間の推移を示しています。

先延ばしへの介入プログラムを受けていない群では、第4週にかけ、時間が急上昇しています。何の対策もとらないと、締め切り直前に時間を投入してしまうのです。一方で、介入プログラムを受けた群では、時間を均等に配分し、締め切り直前になって急に時間を投入することはありません[1] 

この研究では、どのような介入を受けたのでしょうか。便宜的に、マクロ・中期的なものと、ミクロ・短期的なものに分けて紹介します。

マクロ・中期的な時間管理では、障害を事前に予想し、その対策を考えます。4週間後が納期の仕事Aと、2週間後が納期の仕事Bがあるとします。仕事A4週間分の時間があるかに見えます。しかし、仕事Bの進捗が良くないと、2週間分はそちらに時間を取られるため、仕事Aも実質2週間しか時間を割けません。そのため、「仕事Bの進捗が良くないと分かったら、仕事Aは早めに助けを求めよう」と想定しておくのです。 

ミクロ・短期的な時間管理では、ある1日の状況を、ごく詳細に想定します。次のような例が挙げられます。

  1. オフィスに着いたら、給湯室で紅茶のティーバッグにお湯を注ぐ
  2. デスクに戻り、紅茶の抽出を待つ間にパソコンを起動しファイルを開く
  3. 出来た紅茶を一口飲んだら作業を開始する 

ミクロとマクロの両方の対策を取り入れることで、均等に時間を配分できることができたということです。

ネガティブな感情と向き合う 

黒住:

誘惑の魅力に抗う対策の2つ目は、ネガティブな感情と向き合うものです。先延ばしが起きるとき、行為者には様々なネガティブな感情が生じています。「この仕事は面倒だな」と退屈に思うだけでなく、「この仕事は失敗してしまうかもしれない」と不安に駆られる、先延ばしをする自分に恥や罪悪感を覚える、といった例も報告されています。

このような状況は、不快感情が「仕事」によって引き起こされているとも捉えられます。嫌な感情から逃れるために、仕事ではなく誘惑を選んでいるという先延ばしの捉え方もあるのです。

対策としては、ネガティブ感情にとらわれた意識を、仕事に向け直すスキルを磨くのが良いでしょう。ネガティブ感情に囚われることがあると自覚したうえで、意識をネガティブ感情からそらす方法を身につけます。

研究の中で実際に取り入れられたのは、呼吸法です。深呼吸にあわせて、身体に注意を向けていきます。例えば「今、肺から空気が体を巡っている」「酸素が血を巡って手に行く」といったことを考えるのもいいでしょう。それにより、意識を今の自分の状態に集中するのです。こうした対策を受けた群の、課題の進捗が良くなったり、(自己評価による)先延ばし傾向の低下が見られたりしました。

仕事の魅力を高める対策 

「自分らしく」働く工夫

黒住:

先延ばし対策の方針の2つ目は、「仕事の魅力を高める」ことでした。例えば、「自分らしく働けるように仕事を作り変える」ことの有効性を示した研究があります。

業務のやり方や捉え方を工夫している人ほど、仕事のパフォーマンスが高いことがわかりました。こうした工夫は「ジョブ・クラフティング」と呼ばれます。ジョブ・クラフティングを行うほど仕事のパフォーマンスが高く、仕事のパフォーマンスが高い人は先延ばしが少ないことが分かりました。 

なぜジョブ・クラフティングが有効なのかというと、仕事と個人の間に「適合」が起きるためです。例えば、従業員の働き方のニーズと職場の環境が合う、業務に必要なスキルを持つ従業員が見つかるといった状態です。仕事と個人が適合していると仕事のパフォーマンスは高まります。仕事を工夫することで適合が起きやすくなるのです。

部下を「受け止めてくれる」上司 

黒住:

仕事の魅力を高める第2の対策は、部下を受け止めてくれる上司を見つける、あるいはそういった上司になるということです。次のような特徴を持つ上司のもとで働く人は、先延ばし行動が少ないことが明らかになりました。

  • 部下の視点や意見に耳を傾けてくれる
  • 相談しやすい関係性である
  • 相談しやすい環境を整えている

このような特徴を、学術的には「インクルーシブ・リーダーシップ(inclusive leadership)」と呼びます。インクルーシブ・リーダーシップの高い上司のもとでは、部下は「仕事自体が楽しい状態」になります。

仕事自体が楽しい状態は「内発的な動機付け」と呼ばれ、3つの条件が満たされる必要があると言われています。

  • 「仕事を通して能力を発揮できそうだ」と思えること(有能感)
  • 仕事の裁量があり、自分なりのやり方ができること(自律性)
  • チームの同僚や上司とうまく付き合えていること(関係性)

インクルーシブ・リーダーシップを発揮する上司のもとにいると、部下は上記3つの条件を満たしやすくなります。

実践編;ポジティブな対策への着目

黒住:

ここまで2つの対策方針を紹介しましたが、個人的には「誘惑の魅力にあらがう対策」は、対策を実行する側に負担が大きいと考えています。私自身の体験から得た所感です。

私はかつて、修士課程への入学試験に向け、「誘惑の魅力にあらがう対策」を実施していたことがあります。「やりたくないな」という気持ちを抱えつつ勉強をする羽目になり、大きなストレスを感じました。

ジョブ・クラフティングの掘り下げ 

伊達:

続いては私から、黒住さんの話を受けて、特にポジティブな対策について補足します。まず、「ジョブ・クラフティング」の掘り下げです。ジョブ・クラフティングは先延ばしを防ぐ要因の一つという紹介がありました。

先延ばし対策に有効なジョブ・クラフティングの行動は、資源の探索、挑戦の探索、要求の削減の3つです。 

  1. 資源の探索:例えば、同僚や上司に助言を求める、自分の働きぶりにフィードバックを求めるなどを含みます。これらの行動を取ると資源が得られ、仕事が楽しくなって、先延ばしが少なくなります。
  2. 挑戦の探索:例えば、規模や責任が大きく、やりがいのある仕事がもらえるように働きかけることを含みます。困難に挑戦するとき、人はワクワクします。そのため、仕事の魅力が増えて先延ばしが減ります。
  3. 要求の削減:仕事の量を減らしたり、納期に余裕を持つようにやりくりしたりします。要求を減らせば無理せずに済み、先延ばしを減らせます。

職場や個人の特徴によって、ジョブ・クラフティングのしやすさは変わります。大切なのは、自分に実行できそうだと思うものから実践してみることです。

モチベーショナル・アフォーダンスの可能性

伊達:

ジョブ・クラフティング以外に、楽しく先延ばしを防ぐ方法はないでしょうか。ヒントになるのが「モチベーショナル・アフォーダンス」です。

モチベーショナル・アフォーダンスとは、行動を促して動機付ける「モノ」です。「モノ」とは事物のことです。モチベーショナル・アフォーダンスは、「ゲーミフィケーション」という領域における考え方です。 

モチベーショナル・アフォーダンスの具体例として、「進捗バー」があります。例えば、ステップ1から4と道筋があり、「現在3まで完了した」と表示するものです。

「ステップ2」まで来ていることが分かると、「ステップ3」に進めたくなります。ECサイトのアカウント購入ページなどに進捗バーが組み込まれています。「後で買おう」と先延ばしをされると、買ってもらえません。

モチベーショナル・アフォーダンスは種類も豊富ですが、今回は、特に先延ばしに有効そうなものとして、パフォーマンスを可視化するタイプを紹介します。進捗バーは、その一例です。他にも、タスク管理のツールにおいて、「本日は○件のタスクを完了しました」とポップアップを出すというものがあります。 

プロジェクトマネジメントへの応用例もあります。時間のかかる仕事を「〇%完了、残り〇%」と表示すれば、「着実に進んでいる」とわかり、「もう少し頑張ろう」という気持ちが芽生えます。

仕事が終わるとポイントやバッチを付与し、それが蓄積されていく仕組みもあります。「5ポイントためたら、アイスを食べよう」など、自分へのご褒美と組み合わせると良いかもしれません。

モチベーショナル・アフォーダンスは身近に沢山あります。これらをうまく活用すれば、先延ばしの対策にもなり得ます。皆さんが現在、どのようなモチベーショナル・アフォーダンスに囲まれているかを考えるところから始めてみましょう。

Q&A

Q個人の先延ばしが集団に影響するプロセスは体系化されているか

黒住:

仕事に関する先延ばしの研究自体がまだ十分にはありません。個人と集団の関連ともなると、研究がまだ少ない印象があります。ただ、一部で指摘されているのは、チームで取り組むタスクで、一人の先延ばしが次の工程を進める人の遅れに関わる可能性が指摘されています。

伊達:

加えて、先延ばしが起きる環境は、そもそも仕事自体が魅力的でない可能性があり、パフォーマンスが落ちやすい環境とも言えますね。

Q先延ばしに介入した効果はどれほど持続するのか

黒住:

先延ばし傾向者へ介入した効果に関する「メタ分析」によれば、介入の効果は維持されます。しかし、研究ごとにフォローアップ期間の違いがあるので注意は必要です。

Q組織内の先延ばしでは「個人の役割不明瞭」や「上司の指示のあいまいさ」の影響や対策はあるか

伊達:

自分が期待されている役割がよく分からないと、先延ばしは起こりやすいかもしれません。自分の役割がよく分からないストレスから逃れるため、先延ばしが起きうるからです。なお、役割曖昧性の対策として有効なのはコミュニケーションです。お互いにやりとりすることで、期待がわかるということです。

黒住:

逆に、締め切りや進め方が明確であるために先延ばしをするケースも報告されています。「いついつからやればいいのか」と目算が立つので、逆に先延ばしが起きるようです。

Q個人の先延ばしの是正で生じるストレスは、従来のストレスマネジメントや組織マネジメントの視点でどこまで対応できそうか 

黒住:

先延ばし対策の効果と本人のストレスに対処することのバランスをとっていただきたいという思いがあります。 

伊達:

先延ばしによって罰を与えるのは、統制的な動機に働きかける方法です。シンプルな仕事の「量」を増やすには有効です。一方、自らの内から湧き出るような自律的な動機もあります。こちらは仕事の「質」を高めたり、難易度の高い仕事に取り組んだりする際に有効です。 

このように考えると、仕事の種類によって、先延ばしを防ぐ方法を変えるのも良いでしょう。シンプルで量をこなすべき仕事では、それは短期的であれば、少々のストレスがあっても統制的な動機に働きかける。しかし、長期間にわたる難しい仕事では、自律的な動機を駆動させるような、仕事の魅力を高める対策を打つと良いかもしれません。

Q「着手に納期を設ける」という方法を実践しているが、学術的な根拠はあるか

黒住:

マクロ・中期的な計画を立てる際にスモールステップを設けることは有効です。作業に段階と期限を設けると、途中で多少の先延ばしが生じても、以降でキャッチアップを目指せます。

伊達:

自己効力感が高まるという観点もありますね。「取り組めそうだ」と自信が湧いて、行動を起こしやすくなります。

伊達:

それでは、時間になりました。本日のセミナーを終了します。ありがとうございました。

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[1] 介入プログラムを受けた群と対照群の間で、投資した時間全体には統計的に有意な差が無いことから、配分を変えることにつながったと言えます。ただし、各群の中での個人差も大きかったという指摘もあり、介入効果の有効性を解釈するうえでは注意が必要です。

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