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エンゲージメント入門:2つのエンゲージメントとその高め方

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「エンゲージメント」という言葉は市場に広まり、さまざまな定義を持つようになりました。本コラムではエンゲージメントとは何かを解説したのち、エンゲージメントを「組織コミットメント」と「ワークエンゲージメント」の2種類に分けます。それぞれの意義・高め方・副作用を、学術研究を参照しながら説明します。

「エンゲージメント」という言葉の広がりと背景

人事系のカンファレンスなどでもエンゲージメントという言葉の含まれたセッションを多く見かけます。エンゲージメントは人事の世界で半ば定着したといってもよいでしょう。

さらに近年、エンゲージメントが人的資本の開示項目のひとつとして挙げられており、関心に拍車がかかっています。中期経営計画にエンゲージメントの目標数値を掲げる企業もあるほどです。人事領域においてエンゲージメントは今後も注目され続けていくでしょう。

「エンゲージメント」の多様な定義と注意点

「エンゲージメント」は多様な定義がなされています。例えば、仕事に対する関与や熱意、満足度、組織への忠誠心、目標への努力、さらには貢献意欲、献身的な姿勢などをエンゲージメントの中に含まれています。ざっと挙げるだけでもこれだけの多義性を持つ概念であるため、エンゲージメントを語る場合は、個人や会社、実施するサーベイの間でエンゲージメントの定義が合致しているかを考えなければなりません。

エンゲージメントとはなにかを一言で表すのが難しい背景には、言葉の使用が広まったことと同時に、エンゲージメントがさまざまな期待を背負っていることもあります。HR事業者にとってみると、エンゲージメントの定義が広い方が、様々な人事課題に対してアプローチしやすいという便利さもあるのでしょう。

しかし、エンゲージメントの多義性には注意が必要です。同じエンゲージメントという言葉を用いながらも、定義が異なれば別のことを話している可能性があるからです。

多様な意味合いを持って使われる言葉がもたらす影響を考えるために、「コミュニケーション能力」という例を示しましょう。人事担当の方にとっては、身近な多義性を持つ言葉です。コミュニケーション能力が高い人材を採ろうというときに、この言葉の定義が合致していないと、結果的に異なる能力を持つ人を採用してしまいます。

同じようなことがエンゲージメントでも起きる可能性がありますし、私の見聞きする中でも、実際に企業内でエンゲージメントをめぐるディスコミュニケーションが生まれています(例えば、人事は仕事に打ち込むこと、経営者は会社への忠誠心を、それぞれエンゲージメントと呼ぶと社内で問題が起きます)。

エンゲージメントは「組織と個人」「仕事と個人」の2種類

エンゲージメントの様々な定義を俯瞰すると、人事領域ではエンゲージメントという概念が2つの用いられ方をしていると整理できます。

ひとつは、個人と「組織」の結びつきが良好な関係にあることを指してエンゲージメントと呼んでいる場合です。もうひとつが、仕事と「個人」が良好な関係にあることを指してエンゲージメントと呼んでいる場合です。それぞれ、個人と結びつく対象が異なります。

専門的には、組織と個人の結びつきが良好なことは「組織コミットメント」、仕事と個人の結びつきが良好なことは「ワークエンゲージメント」と名付けられています。両者は学術的にも異なる概念であることが検証されています。

これ以降は、組織コミットメントとワークエンゲージメントについて、それぞれの効果・それぞれを高める要因・副作用という順番で解説を進めます。

会社に対する愛着、組織コミットメントの意義

組織と個人が良好な関係にあることを意味する組織コミットメントは、より厳密には「特定の組織への同一化と没入」と定義されています。分かりやすく言うと、会社に対して愛着や一体感を持っていることです。例えば、会社の問題が自分の問題のように感じられているなら、組織コミットメントが高いといえます。

組織コミットメントが高いことのメリットも実証されています。1点目は、会社を辞めることなく残り続けるというリテンション効果。もう1点は、会社にとって有益な役割外行動をとる点です。仕事を抱えて困っている同僚がいたら助けたり、会社の行事に積極的に参加したりする主体的な行動を起こします。この2点は、会社を維持・発展させるために大事な要素です。

組織コミットメントを高める3つの主な要因

組織コミットメントの高め方を考えるため、先行研究の中で組織コミットメントの要因として挙げられたものを見ていきます。これまでの多くの研究を統合したメタ分析の論文を参考にすると、組織コミットメントに対して特に影響度の大きい要因は3つあります。

1つめは「組織的サポート」で、会社から支援をしてもらっている感覚です。2つめは、部下をビジョンに向けて動機づけていくような上司の行動である、「変革型リーダーシップ」です。3つめは「相互作用的公正」といい、部下が上司から尊重されたり、丁寧に評価してもらったりしている感覚を指します。

「組織的サポート」が要因になるのは、会社に支援してもらっている感覚があると、会社への愛着で恩返しするという考え方であり、納得できます。他方で、「変革型リーダーシップ」と「相互作用的公正」はいずれも上司にまつわる概念で、組織コミットメントを高めるためには上司の存在が大事になるのがわかります。

組織コミットメントを高める有効な施策

組織コミットメントを高める要因とそれぞれの施策を少し掘り下げて考えていきます。

1つめの「組織的サポート」は、会社が自分たちを支援してくれているという感覚で、あくまで従業員が感じるものです。人事が多くの制度を提供しているからといって、組織的サポートが高いとは限りません。いい施策を講じても従業員が支援と受け止めていなければ、組織的サポートは高まりません。

その視点に立つと、組織的サポートを高めるには、社員のどのような困り事をどう解消しようとしたのかという、施策の意図を従業員に粘り強く語るべきでしょう。意図を理解すれば、社員は「会社から支援をしてもらっている」と感じられるかもしれません。

2つめの「変革型リーダーシップ」を実践するために、まず、上司が職場の目標を立てましょう。ただし、わくわくするような目標である必要があります。次に、部下に知的な刺激や気付きを与えること。また、部下個々人の事情を考慮するため、部下の状況をヒアリングするのも大事です。

3つめの「相互作用的公正」については、上司が部下に対して期待を伝え、期待に応えていたかを高い頻度で伝えましょう。部下が期待に応えていない場合、何が足りなかったのか、次に向けてどのような行動を取ればよいのかを一緒に考えます。こうしたコミュニケーションを日常的に実践していくことが相互作用的公正を促します。

組織コミットメントを高めるうえで気をつけたい副作用

組織コミットメントは高めたほうがよいとの前提で、「組織的サポート」「変革型リーダーシップ」「相互作用的公正」という方法を紹介してきました。確かに多くの研究で、組織コミットメントには効果が実証されています。しかし、どんな薬にも副作用があるのと同じく、組織コミットメントにも副作用があります。主な副作用を2つ紹介します。

1つめは、組織コミットメントが高いほど現状維持の力が働き、組織変革の際の障壁になる点です。組織コミットメントが高いと、現在の会社に対して愛着を持っています。現在の会社を変えようという気持ちになりにくく、新しい物事を取り入れることに消極的になります。

組織の変革期には特に注意が必要です。変革期には、必ずしも組織コミットメントが高くない社員が鍵を握ることもあるかもしれません。

2つめの副作用は、愛着ゆえに、場合によっては自分のことより会社を優先する可能性があることです。会社のために尽力しようとしすぎると、社員が自分のプライベートを犠牲にしてしまいます。組織コミットメントがプライベートの崩壊をもたらすのです。

プライベートを犠牲にして会社のために尽力し続けていると、中長期的には健康かつ幸福に働き続けられないかもしれません。組織コミットメントを高める際には、社員のプライベートにも配慮したいところです。

仕事に対するポジティブな状態、ワークエンゲージメントの構成要素

続いて、「ワークエンゲージメント」という、エンゲージメントのもう一側面について取り上げます。ワークエンゲージメントは、仕事と個人の関係が良好なことを指す概念で、経営学の領域でも大きな関心を持たれています。ワークエンゲージメントは元々「バーンアウト」の対概念として導入されました。バーンアウトとは、情緒的に燃え尽きている状態のことです。

燃え尽きと逆にあるのがワークエンゲージメントです。ワークエンゲージメントは学術的には、仕事全般に関するポジティブで充足した状態と定義されます。これでは少しイメージがつきにくいかもしれません。

ワークエンゲージメントの構成要素を紹介しましょう。熱意・没頭・活力の3つです。熱意とは、仕事にやりがいや誇りを感じている状態。没頭は、仕事に熱心に取り組んでいることです。活力は、仕事から活力を得て生き生きとしている状態を言います。自分の仕事に誇りを持っていたり、仕事に没頭していたりする人は、ワークエンゲージメントが高いと言えます。

ちなみに、ワークエンゲージメントは学術的には「従業員エンゲージメント」の後継者です。従業員エンゲージメントは、人事領域でしばしば言及される「エンゲージメント」のフルネームです。ビジネスの世界では従業員エンゲージメントという言葉で使われていますが、学術領域ではワークエンゲージメントとして定式化されていった経緯があります。

ワークエンゲージメントが高いことの意義

ワークエンゲージメントが高いと、どのような意義があるのでしょうか。これも学術研究の中で実証されています。ワークエンゲージメントが高いと、会社を辞めずに残ろうと思ったり、パフォーマンスが高かったりします。この場合のパフォーマンスとは、本人の評価はもちろん、周囲が評価したものも高く、主観的にも客観的にもパフォーマンスが高いのです。

後者のパフォーマンスの効果は興味深いところです。先ほどの組織コミットメントに関する研究では、パフォーマンスへの影響があまり一貫していません。パフォーマンスを高めるという研究もあれば、あまり関係していないという研究もあります。対して、ワークエンゲージメントは少なくとも個人のパフォーマンスを高める効果があります。

「グループレベルの要因」を高める

ワークエンゲージメントを高めるためにはどうすればいいのでしょうか。ワークエンゲージメントに関する多くの研究の結果を統合したメタ分析の論文を参考に解説します。

初めに、「グループレベルの要因」があります。これは、ワークエンゲージメントを高めるために周囲にできることです。例えば、仕事のサポートが得られる風土や、同僚からのサポートがあるほどワークエンゲージメントが高いことが明らかになっています。

助け合う職場がワークエンゲージメントを高めます。そのような職場をつくるために、まず、お互いの仕事の状況を可視化しましょう。一緒に働いていても、周囲の人が今どのような状態にあるのかを十分に把握できていないケースもあります。仕事の状況を可視化すれば、仕事がたまっていないか、仕事で困っていることがないかが分かります。

加えて、助けを求めることができる風土を醸成することも非常に大事ではないでしょうか。「助けを求めるのは能力がないからだ」と思われる職場で、助け合いを定着させるのは無理です。助けを求めるのは歓迎であるという雰囲気づくりをしたいところです。そのためは、上司が部下に助けを求めていきましょう。

「リーダーレベルの要因」を高める

次はワークエンゲージメントを高める「リーダーレベルの要因」です。これは、上司にできることです。例えば、上司からのサポートやフィードバックが多いほどワークエンゲージメントは高まります。サポートや関わり合いが大事になる点はグループレベルの要因と似ています。

上司が部下をサポートしたりフィードバックしたりするためには、部下の様子をきちんと観察する必要があります。その上で、必要な資源を提供しましょう。ここでいう資源とは、人脈・ツール・予算・知識を含みます。

上司からのサポートというと、仕事を前に進める支援をイメージしてしまいがちです。もちろん、そういったサポートも有効ですが、サポートには部下の情緒的なケアも含まれます。部下の相談に乗ったり話を聞いたりすることも上司が部下に対してできることです。

「組織レベルの要因」を高める

最後に、「組織レベルの要因」もあります。これは、会社レベルで行う必要があるものです。ひとつは、仕事の自律性を高めること。次が、能力開発の機会を提供すること。さらに意思決定への参加も促すのも効果的です。

会社にできることとしては、社員の仕事に関する裁量を大きくすることです。他にも、社員が成長できる仕事を提供するのも大事です。研修や自己啓発を支援する制度を作るのもよいでしょう。意思決定に関与する点については、社員の意識を吸い上げる機会をつくりましょう。

このように、ワークエンゲージメントを高めるためには、グループ・リーダー・組織の3つのレベルで、それぞれできることがあります。実践できそうなところから始めてみてはいかがでしょうか。

ワークエンゲージメントを高めるうえで気をつけたい副作用

ワークエンゲージメントにはリテンションとパフォーマンスへの効果がありますが、先述の組織コミットメントと同様に完ぺきなものではなく、副作用があります。

具体例として挙げられるのが、残業時間の長さです。ワークエンゲージメントが高いほど残業時間が長いことを実証した研究もあります。仕事に没頭するがあまり、労働時間が長くなるのです。仕事が楽しくて打ち込んだ結果、労働時間が長くなるのが悪いことなのかは判断が難しいところです。

この点に対して考えさせられる研究があります。ワークエンゲージメントが高いほど、会社にとって有益な役割外行動を多く取るという研究です。ただし、役割外行動が増えていくことで、家庭のための時間が減り、仕事と家庭の間に葛藤が生じることも分かっています。

ワークエンゲージメントの持つ、この副作用への対策は複雑です。ワークエンゲージメントは本人が望んで、しかも楽しんで働いている状態です。会社が無条件に仕事をやめさせればよいという単純な話ではないかもしれません。

私は、ワークエンゲージメントのリスクを社員自身が知ることが大切だと考えています。ワークエンゲージメントが高い人は働きすぎる傾向があることや、仕事と家庭の葛藤が生じる恐れがあることなどを知った上で、個々人がどういう働き方をしていくのかを検討し、会社と調整するのがよいのではないでしょうか。

2つのエンゲージメントの相関関係

本コラムでは「エンゲージメント」について解説してきました。エンゲージメントの多様な定義の中で、今回は「組織コミットメント」と「ワークエンゲージメント」という2つの側面に注目し、それぞれの効果・要因・副作用を紹介しました。

最後に興味深い研究結果を紹介して終わりにします。実は、ワークエンゲージメントと組織コミットメントは別物ではあるものの、正の相関があることがわかっています。ワークエンゲージメントと組織コミットメントは、どちらか一方ではなく、あわせて高める必要があることを示唆する結果です。

(了)


執筆者

伊達洋駆:株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。近著に『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)や『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)など。

#伊達洋駆

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