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コラム

現場に役立つ経営学:服部泰宏氏(神戸大学)×伊達洋駆(ビジネスリサーチラボ)

コラムセミナー・研修

2022224日、代表取締役 伊達洋駆の著書『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎、以下「本書」)が刊行されました。本書では、業務遂行や組織運営において直面する44の課題に対して、主に組織行動論の研究知見に基づき、解決策を提案し、なおかつ、解決策の副作用も示しています。

ビジネスリサーチラボでは、2022222日(火)に本書の出版を記念し、特別対談「現場に役立つ経営学」を、神戸大学大学院経営学研究科の服部泰宏氏をお招きして開催しました。本レポートは、対談内容を基に編集・再構成したものです。

登壇者

服部泰宏 神戸大学大学院経営学研究科 准教授
2009年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(経営学)。滋賀大学経済学部専任講師、准教授、横浜国立大学大学院国際社会科学研究院准教授を経て現職。「組織と個人の関わりあい」をコアテーマに、人材の採用に関する研究,人事評価や社内の評判に関する研究,圧倒的な成果をあげるスター社員の採用・発見・育成と特別扱いに関する研究などに従事。著書に『採用学』(単著、新潮社)、『日本企業の採用革新』(共著、中央経済社)、『組織行動論の考え方,使い方』(単著、有斐閣)、『コロナショックと就労』(共著、ミネルヴァ)など。

 

伊達洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。近著に『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)や『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)など。 

 


目次から読み取れる『人と組織の行動科学』の構成

伊達:

この度、『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』を出版します。服部さんには既に読んでいただいているのですが、最初に、本書の全体的な感想についてお願いします。

服部:

まず私が感動、感心したのは構成です。職業柄、本のゲラをいただくことが多いのですが、最初に見るのが、どういう目次構成にしているかです。さらに目次構成の1個下、一個一個の目次の見出しをどう構成しているのかが、中身よりも先に気になってしまいます。

今回、皆さんにお勧めしたいところでもあり、面白いと思ったのは二つの点です。

一つは、一個一個のチャプターの中の構成です。例えば、求職者の意思決定には、123の三つのファクターがある。これは宣言的知識あるいは科学知、要はエビデンスも含めた、「世の中がどうなっているか」についての知見です。さらに本書の場合、こういうことは分かっているが、ではどうしたらいいのかという具体的な処方的知識、アクションにつながる知識も書かれています。

現実のビジネスの世界の「課題」と「アクション」につながる処方的知識によって、宣言的知識をサンドイッチしている構成、これが本書の特徴だと思います。真ん中の科学知だけではなくて、その両サイドにある現実とのリンクも楽しんでいただける本になっていると思います。

もう一つが、目次そのものです。ここにも二つの意味があります。1つ目は、目次が、今のビジネスの現場が抱えている悩みの構造そのものになっていること。2つ目は、私と伊達さんがともに神戸大学で学んだ20052010年ごろのクラシックな経営学トピックから、経営学がアップデートされた分、いわば新しい経営学の姿やその構造も示していることです。経営学が、この部分で伸びてきたということが分かる構造になっています。

まとめると、一つは「一個一個の構造、中身の構造の面白さ」であり、もう一つは、「目次全体そのものが、今の課題の悩み、課題の構造である」ということ。経営学の、ここ10年ぐらいのフロンティア部分を描き出している、ということを思いました。

『人と組織の行動科学』の特徴①:平易な言葉で概念を説明

伊達:

ありがとうございます。お話に挙がった、科学的に記述された知識と、現場に役立つ知識との配分をどうするかについてお話できればと思います。この本を書く中で、一つの項目において学術的な概念はできる限り一つに絞る、ということを工夫しました。

例えば、「本音で話せる職場をつくりたい」と考えている人にとって、心理的安全性という学術的な概念は重要です。ただ、それ以外の概念が同時に登場してくると、途端に複雑性が増してしまいます。その項目では極力、心理的安全性以外の学術的な概念は使わないようにしました。

具体的には、エンゲージメントと正の関連が認められる場合、例えば「仕事に対する活力が増しました」など、実務で伝わる言葉に置き換えています。これが、「心理的安全性は組織コミットメントを高めます」「エンゲージメントはワークライフコンフリクトを抑制します」などと書かれていたら、複雑に見えますよね。

概念をできる限り平易に言い換えつつ、中心にある学術的な知識の重要性は伝えようとしたのが、工夫した点です。

『人と組織の行動科学』の特徴②:実務の中で役立てたことのある概念を紹介

ここで、参加者の方からご質問もいただいています。「なぜこれだけ多くの本を出せるのか」という質問です。実は、本書の1週間後に、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』という本を、法政大学大学院の石山恒貴先生と共著で出します。本を出すのは大変なことです。

執筆のご依頼をいただいて書けそうだなと思うのは、日頃ビジネスリサーチラボとして扱っている業務と関連している場合です。例えば本書の内容は、そのほとんどが組織サーベイや人事データ分析といった業務の中で用いた知識です。多くの本を出せる理由として、調べ物の時間を省略できていることが挙げられます。

服部さんも、本や文章をたくさん書かれていますが、どのようにしていますか。

服部:

自分の中のコツとしては、「日常的に吐き出していく」ことです。私はよく、SNSなどに比較的長い文章を書いたりしますが、実はこの内容はいつか使うかもしれない、自分の備忘録になっています。SNS上の情報はどうしても流れてしまうので,いったん投稿したものは全てアーカイブとして残しています。

あとはメモアプリなどに、思いついたアイデアをポンポン書いていきます。「3年前に書いたこの一節、結構使えるな」といったことがありますね。ストックしておくことが、一つのポイントかもしれません。「よし書くぞ」となって、ゼロから書き始めると大変なことになるので。

伊達:

文章を書いていくとき、素材があるかどうかは鍵を握りますよね。本書の場合、ご依頼をいただいたときに、「研究の知見を用いて何かが分かるだけでなく、実務の中で役に立つ本を書きたい」という気持ちがありました。

これは言い換えれば、「役に立てたことがある知識について書きたい」と思ったということでもあります。過去に何らかの実践の中で使ったことがある、そういう知識を持っている状態でお受けしたいという気持ちがありました。そこを一つ、判断材料にしていますね。

服部:

本書の中で、書きやすかった章や項目、逆に苦労した箇所はありますか。

伊達:

二つの意味で、「実践している知識」を含む項目は書きやすかったです。一つは、クライアントに対して提供したことがある知識。もう一つは、自分の経営する会社の中で使っている知識です。この二つが兼ね合わさっている項目はすらすら書けました。

後者について補足したいと思います。例えば、「自ら成長を求めてほしい」という項目があります。本書では、この悩みについて、学習目標志向性という学術概念を用いてアプローチしています。

この概念は、ビジネスリサーチラボの採用における人材要件として設定しているものの一つです。それを確かめるための選考課題を設定してもいます。このように自社で実践していると、役に立つイメージを持ちやすいのですよね。

また、本書では、それぞれの解決策の副作用についても取り上げています。例えば学習目標志向性であれば、時間のプレッシャーが強すぎたり、リソースが十分になかったりすると、あまり機能しないことが分かっています。他にも、学習目標志向性が高い人はある意味で「余分な」ことをやってしまいます。

こうした副作用についても、ビジネスリサーチラボの中で私が社員に仕事を依頼するときに気をつけています。例えば、できる限り大きめの単位で仕事を依頼しよう、マイクロマネジメントはあまりしないでおこう、といった形です。

『人と組織の行動科学』の特徴③:概念の「副作用・ダークサイド」にも注目

伊達:

服部さんが読んでいて、関心を持てた、気になった項目などはありましたか。

服部:

副作用については、私が知らない知見がたくさんありました。例えば、エンゲージメントの章の「ダークサイド」について。経営学のコンセプトは、基本的にはポジティブサイドに立ったものです。リーダーシップは大事、心理的安全は大事、ワークエンゲージメントは高めたほうが良い、など。

当の研究者の中にも、「ポジティブバイアス」みたいなものがあって、それらはどうしたら高まるか、どうやったらいい結果が導かれるかといったことを、無反省に追いかけがちです。

ただ本書に書かれている通り、例えばエンゲージメントは、良くも悪くも強烈な当事者意識、責任意識を突きつけることになります。すると、家庭とのコンフリクトにつながりやすい人が生まれたり、長時間残業に繋がったりするということも起き得る。

つまり、私たちが、今流行りのエンゲージメントや心理的安全など、大事だよねと言っているものの中に注意すべき点があることに、本書では注目をしています。そういったダークサイドにフォーカス当てているのが、研究者としてはとてもありがたいです。

伊達:

それはとても嬉しいご意見です。というのも、今回の本のご依頼をいただいたときに、一番面白いと思ったのが、副作用の話でした。副作用については、確かに学術的にも研究が盛んに行われているわけでもなく、かつ、知識としてそこまで流通していません。

興味深いのは、そういった状況は、マーケットにおいても似ている点です。先ほど服部さんがおっしゃったポジティブバイアスが、マーケットでも発生しているのです。

学術界と産業界では、共通した欲求があるのかなと思っています。それは、自分たちのやっていることの意義を示したいという欲求です。自分たちの存在価値を示すというのは、生き延びるために必要な戦略でもあります。

例えば、エンゲージメントを研究している研究者は、「エンゲージメントに意味はありません」と言われたらショッキングですよね。だからエンゲージメントには効果があるという研究をきちんと行っていきます。そして、この領域には意味があることを主張します。

同様に産業界でも、エンゲージメントをタイトルに冠したサービスをリリースしている会社は、エンゲージメントには意味がないという知見は出しません。エンゲージメントには効果あるということを、宣伝していくことになります。

学術界と同様に、産業界において構造的に不足する副作用の知識を補っていかないと、まずいのではないかという問題意識がありました。

例えばHR業界は、毎年のようにバズワードが出てきて、それには価値があるということが宣伝されます。しかし、それを導入した結果、思ったよりうまくいかなかったり、導入することによるリスクの存在に後で気づいたりします。結果、徐々に廃れていってしまう。そして、また新たな概念が登場する、という循環があります。

私は、そこに積極的に水を差したいわけではありません。ただ、自社にプロダクトやサービスを導入するときに、どういうリスクに配慮する必要があるかを立ち止まって考えないと、役に立つことにはつながらないと考えています。

「副作用」に自覚的になるためには

服部:

ちょうど今、「副作用に自覚的になるためには、どうすれば良いですか」という質問をいただいています。これは私の回答ですが、一つの切り口として、「物事を一つ高く見る、大きなところから見てみる」ことがあると思います。

例えば、心理的安全性やエンゲージメントは、基本的に良いものです。ですが、例えば自分が思っている原因Xと結果Y1の関係だけでなく、他の原因Y2という、別の結果を生み出す可能性もある。リーダーシップのような「基本的には良いもの」についても、まずはこういった考え方をしてみることが重要かもしれません。

もう一つが、「時間軸を伸ばす」という考え方です。短期的には高まるが、長期的には低めるということがあり得ます。

私たちはどうしても、目の前の、関心のある原因Xと結果Yの関係だけに注目しがちですが、より俯瞰して見たとき、より長い目で見たときに、どういう関係があるのか。こういうまなざしを持っておくことが重要だと思います。その昔、レンシス・リカートという研究者が、こと細かく指示をするリーダーシップは短期的には業務成果を高めるが、長期的には、人々の依存や思考停止を招き、業務成果をマイナス低める、ということを指摘しています。例えばこういうことですね。

伊達:

服部さんのお話で思い出しました。本書のタイトルには「処方箋」という言葉が含まれています。その意味では、課題解決の考え方に基づいており、課題と解決策を提案する一冊です。しかし、そこに副作用を入れることで、「課題解決の考え方は万能ではない」ことを示したかったというのがあります。

より具体的に説明しましょう。課題を解決するという考え方はビジネスでよく使われますよね。ところが実際、ある課題を解決したことが別の課題につながる、ということが起こります。例えば、社員満足度を上げようとして、手続きが明確になる制度をベンチャー企業で入れた。結果として、全体的に満足度が上がったが、優秀な社員がいなくなってしまった、など。

このように、当初の課題は解決したものの、新たな課題が生まれてくる、という状況をしばしば目にします。課題解決の考え方だけで進めていくことに疑問を感じていました。では、具体的にどうすればいいのかを考えたときに、行き着いたのが副作用の話です。

私が特に興味深いと思う副作用は、「飲み合わせ」です。例えば、心理的安全性は、基本的には高めたほうがいいと言えます。ただし、「基本的には」というのが肝で、飲み合わせによっては悪い結果をもたらすパターンもあります。

例えば、個人主義の人たちが集まったチームや、結果さえ良ければいい・コスパを重視するといった功利主義の人たちが集まったチームでは、心理的安全性が高いとうまくいきません。

飲み合わせの悪さは、実務上、配慮すべき点ではないでしょうか。良いことをしようとして対策を講じた結果、悪いことが起こってしまうのは残念なことです。

現場で役に立つ経営学とは

伊達:

服部さんから見たときに、「現場で役立つ経営学とはどういうものか」をお伺いできればと思います。

服部: 

役立つとは、理解するだけではなく、どうしたらいいかという実際の行動につながることである、と捉えています。このように表すとシンプルですが、それに向かうための経路は複雑です。というのも、読者によって、動けるまでに必要な情報の種類や量が違うからです。

ある国立大学の有名な先生が大学の経営をされていたときに、「経営学って、とても使えるね」とおっしゃっていました。知識の抽象度が高くても、それを行動に落とし込めるタイプなのでしょう。

さらに言えば、抽象的な知識すらも必要ない人もいます。例えば、最も優れたリーダーの一人であったジャック・ウェルチ、これは私の勝手な想像ですが、恐らく彼はリーダーシップに関する本をほとんど一冊も読んだことがないと思います。もちろん、経営学者が書いたリーダーシップの書籍を参考にした様子もありません。自分で考え、言語化して、アクションにつなげられる人も世の中にはいるということです。

こういう達人がいる一方で、各所で開催される勉強会やMBAコースなどに通い、知識を得たにもかかわらず、なかなか行動を導き出せずにいる方もおられます。あるいは、そもそも、そうした知識を読んだり聞いたりしてインプットし、自分で考えて言語化していくだけの時間的認知的な余裕がない人たちもいるでしょう。そもそも全く興味がなくて本を読まない、考えないという方もいるはずです。

このように、ビジネスパーソンの中にもかなりのグラデーションがあるはずです。その中で、どのような知識を届ければ、人々を行動に導くかということは、私にとってとても大きな問題意識であり、悩みでもあります。

ジャック・ウェルチのような達人レベルの人に、私から何かを届けられるとは到底思えませんが、エビデンスか理論が与えられたら、勝手にそれを使って、自分で持論を作ってやっていける人であれば、十分にターゲットになり得るだろうと思います。ただし、そのような人はごく一部でしょう。

ではそれ以外の人々は…などと考えていくと、今回の伊達さんの本がまさにそうであったように、こうしたらうまくいくのでは、と背中を押してくれるタイプの知識、先ほど私が「アクション」につながる処方的知識と申し上げたタイプの知見をもらえれば、試してみる気になれるという人。おそらく、ここまでが自分たちのターゲットではないかと思っています。

私の中のラインの引き方を、次のように整理できます。能力もあるし、自分たちで考えたいと思っているけれど、時間や認知的なリソースを割くことができない、あるいは言語化が難しい。そこで、私たちの本や伊達さんの本などを読んで、言語化に役立てる。そのような人たちに対して、ちゃんとアクションに導けるもの。こういうものを目指していこうとしています。

研究知見が役に立つタイミング

伊達:

時間は有限ですし、個人が経験できること、考えられることにはどうしても限界がありますよね。それを補っていくものとは何かと考えると、一つは知識でしょう。知識には様々な獲得方法がありますが、その一つが研究知見から学ぶ、ということだと思います。それによって思考しやすくなったり、自分が経験できなかったものについても考える補助線をもらったりできます。

「役に立つ経営学」ということを考えたとき、私は、重要なのはタイミングだと思います。どのタイミングで、どの知識が入ってくるのかが重要だということです。

例えば、「うまくいかないとき」というのは、研究知見が役に立つタイミングです。「従業員の関係性がよくない」場合には、人間関係に関する研究知見が有用でしょうし、「部下とうまくいかない」場合には、上司部下関係に関する研究知見が染み入るはずです。課題に直面しているときに、タイミングよく研究知見を提供できるかが、経営学が役立つために必要な要素になっているのではないでしょうか。

服部:

例えばMBAの方々が、なぜあれほど勉強するのか。それは、何かにとても悩んだからこそ、大学院の門をたたいて、もう一回勉強しようという人たちだからではないかと思います。これこそ、まさにタイミングということですよね。

私は、哲学者が社会学者がいう「物語」という言葉を好んでよく使います。私たちはそれぞれに、様々な物語を生きています。「同期よりも早く、自社内の組織階層をのぼることを目指す昇進競争物語」「報酬最大化を目指して、複数の企業を渡り歩くキャリアアップ物語」などなど、バリエーションはかなりあると思います。重要なのは、知識であれ物理的なものであれ、何かが消費されるということには、こうした物語が深く関わっているということです。

科学社会学の中に「科学知は、自分の生きている物語と合っていたときに摂取されていく」という考え方があります。例えば「なぜ感染症にかかるのか」という知見について、これまでほとんどの人が全く興味を持ってこなかったと思います。ところがコロナ禍になり、ウイルス感染の問題が、多くの人の人生の物語の中心的な部分に躍り出ることになりました。そのため多くの人が、これまでは見向きもしなかった「なぜ感染症にかかるのか」に関わる科学知を、ニュースなどを通じて摂取するようになったわけです。感染のメカニズム、スパイクという科学用語などが多くの人に消費され始めているのは、コロナが自分の物語の一部になったからに他ならないと思います。

逆の言い方をすれば、物語に関連しない、あるいは本人にとって関連していると思われないような知識は、見向きもされない可能性があるということです。そこで伊達さんの今回の本がそうであったように、私たち研究者は知識を届ける際に、「これは優れた知識だよ」とだけいってその知識の素晴らしさや確からしさを伝えるだけでなく、その知識がどのような物語、コロナ禍のような大がかりな物語ではないにしても、人々が日常生活や仕事生活の中で直面しているどのような「プチ物語」と接続しているのかということをも、伝えていく必要があるのかもしれません。

例えば、MBAに行くほど切迫はしてないけれども、上司との1on1がうまくいかなかった、あるいは部下がうまく付いてきてくれない、といったことプチ物語は、誰もが抱えているはずです。そこに引っ掛かるためには、伊達さんのおっしゃったタイミングと、もう一つは、「表現の仕方」が重要になるのだと思います。

例えば、「サイコロジカルセーフティー(心理的安全性の原語)だ大事だ」とだけ言われても、多くの人は、これが自分の物語に近いものであると気付きません。そういうときに、伊達さんの今回の本のように、日常の言葉を使う、あるいはできるだけ難しい言葉を少なくして、その問題を表現してみることで、自分の日々発生しているプチ物語と、科学知がうまくつながるようになると思います。

伊達: 

本書は、プチ物語と接合できるように項目を挙げている本ということが言えそうです。今回、この本に対するモチベーションをなぜ保てたのかを考えると、自分が会社を経営し、従業員が増えていることが関連していると思います。創業当初にこういう本は書けなかったでしょう。

本書で挙げている課題、つまりプチ物語のようなものは、私自身も経験したことがあるものです。人や組織を巡る課題に直面した経験があった点は大きかったと思います。

先ほど、私はタイミングという言葉を使いましたが、服部さんの物語の話を聞いて、「レディネス」のほうが適切であると思い直しました。レディネスとは、準備態勢、準備が整っているかどうか、です。良い研究知見、分かりやすい研究知見がどれだけあったとしても、準備が整ってないと受け入れることはできません。

介入する側としては、その準備をいかに整えていくのかということが大事ですし、活用する側としては、準備状態のときにこそ、研究知見を頼りにしたほうがいいのでしょう。

本書の読み方

服部:

本書の読み方としては、二つあると思います。一つは、ある種の教養として読むモードで、全体を読み、ここ1020年ぐらいの経営学のアップデート分、多くのテキストにはまだ描かれていないような鮮度の高いアップデート分を理解する。若い院生さんやMBA生となどには、そういう読み方をお勧めしたいと思います。

もう一つは、プチ物語というか、自分の中でレディネスができている部分、ピンとくるものから重点的に読んでいただくモード。それに続いて、自分にとってまだピンとこないものも読み進めていただく。ただ、今はピンとこなくても、いつかはぶつかる問題かもしれない、あるいは社内の誰かがで悩んでいる問題、ということもありえます。

伊達:

レディネスを整えるときに、「自分が直面している課題に対して、素直であること」も重要ですね。そうすることで、「この課題は自分も直面しているな」と気づくことができます。例えば忙しさを理由にしていたり、認識したくない自分もいたりするわけです。

それに気付くためにも、目次を眺めてみるというのは良いかもしれないですね。すると、自分の組織や周囲で、こういうことが起こっているのでは、自分はこういうことに直面しているのでは、と思いが至り、レディネスが形成される可能性もあります。

終わりに

伊達:

最後に、服部さんから一言お願いします。

服部:

ありがとうございました。本書に関して一言で表すと、「皆さんの視座を一つ高いところに持っていける本」だということです。目次を読んで自分のプチ物語を発見できますし、同時に、自分が関心のある解決策が引き起こしてしまう副作用の問題も知ることができます。課題から入り、そこから一つの大きな物事の関係性を想像できるようになる本だと思います。

伊達:

ありがとうございます。ということで、以上で本日の対談は終了します。

#『人と組織の行動科学』 #伊達洋駆

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