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ビジネスリサーチラボ対談「リモートワークと日本の働き方」

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新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、多くの企業がリモートワークを導入しました。リモートワークのメリットに注目が集まる一方、様々な問題も発生してきています。
このような状況を受け、ビジネスリサーチラボ代表取締役の伊達洋駆とコンサルティングフェローの神谷俊が対談を行いました。リモートワークで発生する問題について、日本企業の働き方という切り口から紐解いていきます。

テレワーク消耗感と役割曖昧性

神谷:
リモートワークというと「働きやすくて満足度が高いスタイル」という認識を持たれている方が多いと思います。しかし研究では、体調を崩しやすくなる・仕事に対する満足度が下がる・ストレスによってエンゲージメントが低下するなど、ネガティブな効果が複数報告されていますよね。これに関して、伊達さんがいま注目している概念はありますか?

伊達:
テレワークをしていると、普段よりも疲れを感じる方も多いと聞きます。移動をしなくて良いので、打ち合わせを1日に7、8個も詰め込んでしまったり、こなすタスクの量がいつもより多くなってしまったり。また、普段とは異なる環境なので、周囲との調整が上手くいかなくなるなど、様々な理由があります。
リモートワークによって消耗する現象として「テレワーク消耗感」という概念があり、個人的に注目しています。テレワーク消耗感が何によって高まるのかが検討されているのですが、特に興味深い要因が「役割曖昧性」です。自分が何を期待されているのかが分かりにくい状態を指します。
役割曖昧性が高いと、「自分は何を期待されているのだろうか」と探索し始めてしまい、それが疲れの原因になってしまうんでしょう。

神谷:
役割や目標が定義づけられていないと、どこまでやったらいいか分かりませんよね。テクノロジーの発達でいくらでも仕事を詰め込んだり、対応したりすることができてしまうので、そうなると働きすぎの状態になってしまうわけですね。

伊達:
普段はそこまで期待を擦り合わせることなく仕事を進めることができるのですが、テレワークを進めるほど役割曖昧性が高まることが分かっています。

神谷:
分かりますね。周囲に相談しにくいですから、要件定義や優先順位付けなどの組み立てを自分の中だけで行うことになりますよね。

伊達:
例えば、いつもは60%くらい仕事ができたところで、上司が後ろを歩いてきて、「こんな感じで進めているんですけどどうですか?」と聞けたりする。物理的に同じ環境で働いているとコミュニケーションをとりやすいんですけど、リモートワーク下ではそうはいきません。どこまでやればいいのか・何をやればいいのかが分かりにくくなります。

神谷:
他の研究を見ていても、リモートワークの中で発生する問題に上司は気づきにくいという報告は多いですね。上司の知らないところで部下が仕事に消耗していたりストレスを抱えてしまっていたりという問題も出てきてしまいます。
これはどうやって対応すれば良いのでしょうか。役割を設定すればそれで解消するというものなのか、もっと複雑な要因が絡み合っているものなのか。

役割を可視化すれば、役割曖昧性は解消されるか

伊達:
役割曖昧性を減らすと言ったときに一般に想像しやすいアプローチは、役割の言語化だと思います。「あなたに期待されている水準は〇〇で、仕事内容は△△をやって欲しくて」などと記述する方法ですね。確かに、このやり方は役割曖昧性を下げる効果があります。
ただし、言語化には限界もあります。そこで重要になるのは、周囲からのフィードバックです。周囲とコミュニケーションをとりやすい環境を作ることが大事です。

神谷:
日本企業の特徴のひとつとして、ジョブディスクリプションが曖昧なことが挙げられますし、その課題意識からとにかく詳細に役割を設計してしまいがちですね。そうではなくて、役割をカチッと設定するよりも、日々コミュニケーションをとって理解を深めていった方が、曖昧性を実感する度合いが低くなるのでしょうね。

伊達:
日本企業の特徴という点ではもうひとつ、仕事の相互依存性(お互いの仕事内容が重なり合う度合い)が挙げられます。日本企業は仕事の相互依存性が高いのですが、そうした状況では、適宜コミュニケーションをとりながら業務を進めていくことが前提になっています。それがリモートワークの環境になったときに機能しにくくなり、結果的に役割曖昧性の増加という問題を生み出します。

神谷:
相互依存性と近しいものとして、個々の従業員の役割の幅が広いという特徴もありますよね。日本企業の従業員は、特定の業務に限らずなんでもやる傾向がある。その幅広さによってお互いの仕事を補完しあったり、イレギュラーやトラブルが起こった時にサポートし合えることが組織の強みであるといえます。しかし、リモートワークでそうもいかなくなると弱みに転換してしまう可能性がある。これは気をつける必要があります。リモートワークをやりにくいからといって厳密に役割設計をしてしまうと、逆に組織の強みを無くしてしまうことにもなりかねません。

伊達:
その視点は大事ですね。リモートワーク下では役割を可視化したいという欲求が出てきやすい。しかし可視化の中で、自分たちが本来持っていた、付加価値を作り出すプロセスを毀損する恐れもあります。もちろん全ての可視化が課題を生むわけではありませんが、拙速で安易な可視化には注意が必要です。

神谷:
官僚制組織と呼んだりしますが、トップダウンでカチッと構造化して管理するというのは、確かに見た目上はシステマチックで整理されているように思えます。でも柔軟性がなくなりますよね。それに、カチッと定めた職務要件の内容が1週間後、2週間後、1か月後にも同じように価値を発揮するかと言えば、それはおそらく違うと思います。やっていくうちに不毛になっていく仕事、価値が生み出されなくなる仕事が一定割合出てくるはずなんですが、そこで仕事の新陳代謝をどうやって図っていくのか。これが重要なのですが、それと役割定義は相性が悪い感じはしますね。

伊達:
たとえ要件を定義しても、その要件や前提が変わることもあります。特に現在のように流動的な環境においては、そうでしょう。
仕事の役割を可視化するとロジカルに見え、満足感は得られやすいかもしれません。しかし、日本企業は、可視化しない相互調整の方法を積み重ねてきており、そうしたノウハウが社内に張り巡らされています。自分たちの良さを広げる形での対応が望まれます。

神谷:
「役割が曖昧だ」という、現場で叫ばれる問題意識を真に受けて役割を設定するという安易なアプローチは、ソリューションにはならないということですね。重要なのは、「役割が曖昧だ」と言っている本人の心理状態に注目して、どういうサポートやコミュニケーションが必要なのかを共有・相談しながら、密にアジャイルにサポートしていくやり方が良いのかもしれません。

リモートワーク下ではジョブ型が良いのか

伊達:
一般に、日本企業はメンバーシップ型雇用で、会社の仲間になる人を採用する一方、欧米企業はジョブ型で、職務を定義し、ポジションに人をアサインするといわれています。
リモートワークが普及し、ジョブ型の働き方へと転換しなければならないといった議論をよく目にしますよね。一つの見方ですが、これは先ほどの役割曖昧性の話と関連しているのではないでしょうか。役割曖昧性が高まって疲弊し、役割を定義した方がいいんじゃないかと感じている。
ただ、自社の雇用形態をどのようにするのかは、様々な制度との絡みもあり、慎重に検討すべきテーマだと思います。いずれにせよ、拙速にジョブ型に向かってしまうのは心配です。

神谷:
日本の大手メーカーが今春にジョブ型に移行するということがニュースリリースされていましたが、その背景には外資系の競合他社に採用で後れをとっているという問題意識も強かったのだと思います。ジョブ型に移行しないと労働市場の中で自社の存在価値を高めることが難しい、つまり、求職者に提供できる仕事内容がある程度は明確でないと、優秀な人材への訴求力が失われてしまうというケースもありそうです。
一方で、仕事内容を明確化・言語化することに終始してしまうと、先述のように現場のマネジメントやコミュニケーションにフィットしなくなってしまいます。非常に繊細なバランス感覚を求められるのかなという気はしました。

伊達:
一部の会社や業界にとって、優秀人材の獲得を考慮すると、ジョブ型という解もあり得るとは思います。しかし、それを全社員に広げてしまうと、規定したジョブの継続的な見直しを余儀なくされるなどの問題が生じそうです。

神谷:
そうですね。タレントアクイジション(優秀人材の獲得)のような文脈でジョブを定義するのなら良いのですが、全体的な組織デザインの根幹にしてしまうと、組織としての強みや特性が失われてしまうかもしれないということですね。やはり役割はある程度は抽象性をもって定めておいて、あとは現場のメンバーとマネジャーがコミュニケーションを交わしながら規定していくという関わり方になるのだと思います。これまではそのコミュニケーションがオフィスでの日常的な会話や雑談の中で行われていたのだとすれば、リモートワークでマネジメントをするときには、これまで職場で行われてきた雑談やコミュニケーションの中にどんな意味があったのかを抽出し、そこを戦略的にコミュニケーションに織り交ぜていくというアプローチが求められてくるのかなと思いますね。

伊達:
私が思うに、リモートワークにおいて、重要な観点の一つはコミュニケーション設計です。どのようなコミュニケーションを、どのようなやり方で行っていくのか。ここが鍵になってきます。
今まで物理的な環境を共有する中で、自然にコミュニケーションを交わせていました。実は非常に高度な相互作用をしていたわけですが、まず、そこにおいて何が起こっていたのかを改めて考える必要があります。その上で、リモートになると、何が維持でき、何が失われ、何を新たに獲得したのかを整理した方が良い。

社会的存在感と非公式的なコミュニケーション

神谷:
コミュニケーションの話が出てきたついでに、私が最近関心を持っているのが「存在感」です。リモートワークにおいて、上司やメンバーの存在感をどうやって醸し出していくのかということですね。他愛ない雑談や挨拶って、ちゃんと自分のことを気にかけてくれているとか、そこにいてくれるという存在感のようなものが織り交ざっていたのかなと。それがリモートワークになるとどうしてもひとりぼっちという状況が生まれてしまいます。
オンラインの関わりだけれども、常に上司は自分の仕事を気にかけてくれているというような、社会的存在感(social presence)をどう遠隔で調整していくのか。かなり高度なテクニックが求められると思います。

伊達:
あまり監視されている感覚になると、役割外行動をとりにくくなるという研究もあります。言ったことしかやらなくなるということですね。つかず離れずのバランスが必要なんでしょうね。

神谷:
非公式的なコミュニケーションがポイントになると思います。例えば、1週間に1回、公式的な場として進捗会議を行って、そこで仕事内容を報告してフィードバックして・・・というようなことをやっていると、「管理」のためのコミュニケーションに偏ってしまいます。その結果、チームに対するエンゲージメントも低下し、パフォーマンスも低下するということがバーチャルチームの研究で報告されています。一方で、非公式なコミュニケーションで絵文字を送り合ったりするだけで、社会的存在感の認識は高まってコミュニケーションを活性化しやすいという報告もあります。コミュニケーションの公式性と非公式性に注目して、コミュニケーションの戦略をデザインしていく必要があるのかなと思いますね。

伊達:
社会的存在感の増やし方については、仕事よりもプライベートの文脈の方が進んでいるのかもしれません。例えば、友人同士でメールやチャットをやり取りするとき、絵文字や言葉遣いなど、いろんな工夫をする。

神谷:
これまでの環境だと、飲み会やランチのような非公式な場で「お前のことは本当に気にしてるよ」って本音を話すというケースが多かったと思うんですけど、オンラインになるとどうしても業務報告とか、公式的な仕事内容のコミュニケーションに偏りがちになるというところはあるかもしれないですね。

伊達:
飲みニケーションなどがなくなっていく中で、どのように非公式なコミュニケーションを取っていけばよいのか。そのことは、そもそも対面の状況のおいても課題でしたよね。

神谷:
そうですね。働き方改革などの文脈でも、効率性を高めようとするとそういうコミュニケーションがなくなってしまうというのは言われてましたよね。

伊達:
そう考えると、働き方改革の中で言われていたことの中には、リモートの状況で当てはまるものが多いですよね。働き方改革で効率性を向上させると、冗長なコミュニケーションが減る。そのことによって、若手の成長支援が難しくなったり、相互に関係を構築・維持しにくくなったりする。
リモートの環境では、コミュニケーションが公式的なタスクに焦点化されやすいと指摘されています。そこで出てくる弊害は、やはりタスクの効率化に意識が向きがちだった働き方改革のものと似ているのかもしれません。興味深いですね。

神谷:
この前ウェブの記事で見たんですが、リモートワークの環境下では「メールは簡潔に」「報告は簡潔に」と言われていたんですね。でもオンラインのバーチャルチームの研究を見ると、むしろ絵文字を使った方が良いとか、冗長に物語を語るような場があった方がいいとか言われています。そういった人間味みたいなものをどうやって残していくのかというところですかね。

オンラインでの雑談の難しさ

伊達:
今の話を聞いてふと思ったのですが、リモートワークが増える中で、「雑談をする時間を作ろう」という提案がしばしばなされていますよね。しかし、雑談は本来自然発生的で非公式なもの。それを意図的かつ公式的に設定するというのは、「主体的になれ」と同じように、少し矛盾を含んだ構造だと捉えられなくもありません。雑談の機能が必要であることには賛成しますが。

神谷:
オンラインになると、偶発性や自然性みたいなものが損なわれてしまうので、自然と非公式なコミュニケーションをする場は作りにくくなりますしね。そういった中で自然とオンライン飲み会が出てくるという流れは分からなくもないですね。逃げ場とか撓(たわ)み、余白みたいなところをどうやって作っていくのか。戦略的に作りすぎると公式的な意味合いを持ってしまって余白じゃなくなってしまうので、どうやってナチュラルに作っていくのかは難しいところですよね。

伊達:
SNSが発達する中で、「若者はSNSを用いてコミュニケーションそのものを目的としたコミュニケーションを行っている。そこにゴールはない」ということが言われていたかと思います。コミュニケーションを目的にしたコミュニケーションこそ、リモートワーク下で求められているものではないでしょうか。

神谷:
企業内と若者のコミュニケーションの決定的な違いは「繋がりたいと思うかどうか」というところですかね。

伊達:
大きな違いですね。企業における人間関係の中で「繋がりたい」というモチベーションは、若者のそれと比べると相対的に低い。

神谷:
そうです。だからそもそも繋がりたいと思っていれば、自然に発生するわけです。オンライン飲み会なんかも、繋がりたいと思うメンバー同士で自然に企画されて、非公式的な場が作られるわけじゃないですか。でもそれが一つの会社や職場となったときに、そんな時間を作るんだったら早く帰りたい、家事をしたい、育児をしたいという意見が結構多くなるんじゃないかなと思っていて。そもそも職場のメンバーと積極的に繋がる時間に有意味性を感じていない人も多そうだなという気はしますね。

伊達:
別にそこまで仲良くないし、元を辿れば、リアルな飲み会も嫌だったし、それはオンラインでも変わらないという・・・。

神谷:
多分、非公式的な場が公式的な場に移ってしまっているというところが問題だと思うんですが、そこはどうしたらいいのかなと。

組織デザインからリモートワークを考える

伊達:
二者択一ではないのですが、話を分かりやすくするために、あえて単純化します。仲が良い職場を作るか。それとも、仕事をするための職場を作るか。これは一つの分かれ道なんでしょうね。
仲の良さを基盤とした職場を作ると非公式的なコミュニケーションも自然に生まれる。もっと仲良くなりたいし、仲の良さを維持したいと思うからです。他方で、仕事をするための職場になると、非公式的な会話は余程上手くデザインしない限り生まれにくい。

神谷:
組織デザインの特徴がリモートワークとの相性に関連してくる可能性はありますよね。いわゆる「コミュニティ型組織」と呼ばれるような、少人数で役職や上下関係があまりないようなフラットな組織は、リモートワークでも進めやすい職場を形成できる。一方で、上下関係がしっかりとあって、しかもジョブディスクリプションが明確になっていない状況だと、リモートワークとの相性は難しくなってしまいそうです。

伊達:
「何をするかよりも誰と働きたいかが大事です」という話がありますよね。ここにおける「何をするのか」と「誰とやるのか」が、先ほどの二つの分かれ道に対応しています。「誰とやるのか」を重視する職場を作るのか。それとも「何をやるのか」を重視する職場を作るのか。どちらに近いかによって、リモートワークによって生まれる問題やソリューションも違ってきそうです。

神谷:
自分の組織の状況を踏まえてリモートワークをするかしないか等の意思決定をしないといけないということを踏まえると、そのジャッジに人事担当者って結構関わってくるんじゃないかと思います。リモートワークという働き方のスタイルの中で損なわれてしまうものと、自社の組織構造、今後のビジネスの方向性を踏まえて、リモートワークを導入すべきかどうかを人事が主体的に考えていく必要があります。

伊達:
組織をどういうものにしたいのか・するべきなのかを考える人が必要で、その役割を人事が担うことは可能だと思います。そういうことを考える人がいないと、目の前の問題に対して即物的な対応をしてしまい、結果、その組織が本来持っていた強みが傷つく恐れもあります。

神谷:
私の知り合いの経営者の方でも、「この3月から5月の固定費が圧倒的に減った。リモートワークを進めればコストメリットが確実に得られるから、リモートワークを進めたい」っておっしゃる方結構多いんですよね。その時に人事が「それがいいと思います」と言うのか、「うちはこのような状況でリモートワークとは相性が悪いから、徐々に部分的にシフトしていくのはありだけどいきなりは難しいですよ」という提言をするのか、これからの組織を見定めて判断していく必要はありますね。

伊達:組織のあり方については、大きく分けても先ほどの2パターンが想定されますし、実際にはもっと細分化して検討した方が良いと思います。

神谷
目の前のリモートワークでストレスを感じている社員がいるというのは、組織の問題の延長線上にあるっていうところを押さえておいた方がいいですよね。

(了)

#神谷俊 #伊達洋駆

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