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コラム

【第2回】組織サーベイのトレンドと課題:「組織サーベイサービスを俯瞰する ~妥当な「ものさし」の見定め方~」セミナーレポート

コラム
【第1回】組織サーベイの位置づけはこちら

前編のまとめ

前編では次のテーマについて話しました。

<組織開発における組織サーベイの位置づけ>

  • 組織サーベイの目的は、組織の問題の「真因」と「エビデンス」を獲得することである。
  • 意思決定の精度を引き上げ、組織パフォーマンスを高める。
  • その前提を踏まえて、適切にデータを収集できる組織サーベイの導入をすることが重要である。

<組織サーベイとHR Tech>

  • 組織サーベイにおいてはITの活用(HR Tech)が最近のトレンドとなっている。
  • HR Techは人材価値の向上、労働市場の成熟、キャリアの多様化、デバイスの普及、効率化重視傾向などを背景に国内で広まってきた。
  • 海外と日本では、普及プロセスや組織基盤・組織特性が異なる(カルチャーマッチ重視傾向、職務役割・評価の抽象性など)。
  • そのため、海外HR Techサービスとの親和性は低い。国内の特性にマッチしたサービス展開が求められる。

ここまでの話を簡単にまとめます。まず、冒頭で組織開発における組織サーベイの位置づけを確認しました。組織サーベイは、組織の問題に対して適切にアプローチすることが前提。そして、このサーベイ結果を踏まえて意思決定の質や組織パフォーマンスの質を高めていくことが目的。このような話をしました。さらに、近年の組織サーベイの傾向としてHR Techの潮流と流行の要因に触れました。ここでは、なぜHR Techがここまで求められるのかを多角的に考察しました。そのうえで海外と国内の組織特性の比較やHR Techサービス普及のプロセスを比較し、国内独自のサービス展開が求められる理由について説明しました。

これを踏まえ、後編では国内HR Techサービスのトレンドと、その潮流から見出される課題、そして組織サーベイにおいて重視すべきポイントについてお話します。

 

国内のHR Tech

ここからは日本において、関心が集まっているHR Techサービスがどういうものなのかを見ていきたいと思います。

これは先日、Yahoo!ニュースで挙がっていたものをそのまま掲載しています。Wevoxや、Unipos、それからMOTIVATIONCLOUD、カオナビ、Geppoというものですね。網羅的とは言えませんが、注目が集まっているHR Techサービスとしてこの場では扱いたいと思います。

これらを見て、その共通傾向について感じ取れる部分があります。比較的ソフトの部分というか、人間の心理的な側面に焦点化しているラインナップなんですよね。人間関係やコミュニケーションなど関係性に関するもの、そしてモチベーションやエンゲージメントなど意欲や心理状態に関するもの。そういう側面を測定して数値化・レベル化してテクノロジーで管理していくという傾向が見られます。

反対に、ワークフォースマネジメント系のサービスや、勤怠管理系、業績評価管理系のサービスなど、労務管理や人材管理系はここでは提示されていない。こういう管理系のHR Techパッケージは、欧米ではサービス母数が高いのですが、日本ではまだ充分に展開されていない印象です。先ほども申し上げた通り、日本企業においてパフォーマンスを厳密に評価したり、その人の能力レベルを精緻に評価するという人事観は未だ成熟していないところがあります。そういった市場において、定量化・数値化に基づいたテクノロジーの枝葉を伸ばしていくとなると、社員同士や社員・組織間の関係性や心理的側面にフォーカスしていくという展開になるのかなと考えています。

繰り返しになりますが、日本企業的な人事観や組織風土を重視する姿勢と、ITの特徴である数値管理・分析的な機能の親和性は高いわけではない。そもそも、厳密な数値化が難しい。相反する2つのファクターを同じ文脈で進めていこうとすると、日本企業の風土に馴染みやすい概念に着目しながら、それを測定する尺度を構成し、何とか数値化を達成してシステムに落とし込んでいく必要がでてくる。これをシンプルな表現で提示するならば「企業には〇〇という概念が重要です」「それは〇〇という尺度で測定できます」「これらの測定結果を簡便に分析・管理できるシステムが〇〇というサービスです」の3点セットがロジックとして求められる。特に概念の重要性と、尺度の妥当性がそのサービス価値を規定する要因として重視されます。これらを国内のHR Techではどのような文脈やエビデンスでロジックを構成しているのか。そのロジックの質が、組織サーベイの期待価値になってくるわけですが、実際に従業員エンゲージメントの分析事例を踏まえつつ、少し俯瞰していきたいなと思います。

 

現行組織サーベイの訴求ポイント~従業員エンゲージメントのケース~

多くのメディアで取り上げられているのが従業員エンゲージメントという概念です。この概念を例に、どのように概念を訴求し、尺度を構成しているのかについて確認してみたいと思います。どのような文脈でその重要性を提示しているのか。少し具体的に見てみましょう。

こちらは、従業員エンゲージメントを取り上げたHR系メディア記事44本の分析結果です。従業員エンゲージメントの重要性や各組織に導入すべき理由を提言している文章を分析にかけ、どのような文脈が構成されているのかを確認してみました。

結果を確認してみると、左下のネットワークでは社会的背景をロジックに訴求している点が見て取れます。「人口減少」「長時間労働」「働き方改革」といったキーワードが読み取れます。また、右上はより核心的な文脈ですね。従業員エンゲージメントは、「業績向上」に「影響を与える」と「研究」で言われていてるといった文脈ですね。このように、環境適応やパフォーマンス向上の側面を訴求しながら、従業員エンゲージメントの重要性を説いている傾向が見て取れます。従業員エンゲージメントは、業績に影響を与えるという言説です。これはよく耳にしますね。

これは、「おや?」と思うかもしれません。1つの構成概念が組織の業績を高めるなんて実証できるのか。そんな疑問を持つ方もいるかもしれません。何ともコメントしにくいところですが、例えば組織コミットメント研究においては業績との関係については否定されていたり、なかなか難しいものであるという結果も提示されています。Laffaldano & Muchinsky(1985)やMathieu & Zajac(1990)などの研究ですね。本当に業績につながるのかについて、サーベイ検討の際は、エビデンスを集めたり、その質を確認していく必要があるのかもしれませんね。

尺度についても確認してみましょう。従業員エンゲージメントにおいて比較的用いられている尺度の例をこちらに掲載しています。エンゲージメントを測定するサービスの全てがこれを用いているわけではありません。公開されているなかで比較的知られている尺度を掲載しています。

ひとつは「Q12」という物差しです。これを実際にサーベイで実施をして、結果がよければエンゲージメントが高いというロジックで提供されている尺度です。アメリカのギャラップ社という組織が開発した物差しです。

もう1つは「eNPS(employee Net Promoter Score)」というものです。こちらは、ベインアンドカンパニー社の開発した尺度ですね。NPSというインターネット上でサービスやブランドに対する消費者のエンゲージメントを測定する尺度を、企業に対する従業員のエンゲージメントを測定するためにカスタムしたものと理解しています。

これらの尺度は、ご覧いただいてお分かりになると思いますが、非常に手軽で実践しやすいものです。その意味で非常に実践的なものだと考えています。その一方で、個人的な所感としては、この尺度で必要十分であろうかと考える部分も少しあります。あくまで、組織開発の観点からみた懸念です。組織開発の観点から見た場合に、組織内の問題を適切に把握し、「真因」「エビデンス」を抽出する尺度として、この構成内容や設問数で充分と言えるのか。導入前に再検討してみる必要性も感じます。

実際に、尺度に対して情報を集めていくと、海外ではネガティブなコメントも少なくない。組織心理学のプロフェッサーであるArnold. B. Bakker氏は、Q12尺度で調査した結果が、従業員満足度の尺度で調査した結果とほぼ一緒(相関係数=0.91)だったというコメントをしています。また、コーネル大学でHRMの研究をしているChristopher J. Collins氏は、従業員エンゲージメント尺度がこれらの尺度の他に乱立している現象に疑問を投げかけつつ、エンゲージメントだけでパフォーマンスを判断すべきではないと述べています。

このように、比較的知られている従業員エンゲージメントという概念であっても、些細な“揺らぎ”はあるわけです。HR Tech市場の活況レベルを踏まえれば、当然と言えるかもしれません。市場規模は非常に大きく、かつ成長可能性も見込める分野です。「ひとまず」参入したい。「とりあえず」サービスを投下して、状況を把握したい。そういったビジネス戦略は妥当であると言えますし、実際にテストマーケティング的にサービスを展開している企業もいる。今回は、最もメディアで見かける「従業員エンゲージメント」を例にとりましたが、HR Techの文脈では、モチベーションでも、職務満足や組織コミットメントといった概念でも同じようなことが発生しているかもしれません。

勿論、全企業に活用できる完全無欠の組織サーベイなんてものはありません。しかし、Tech市場の活況やベンダーの戦略に自らシンクロして、流行しているアプローチや概念をそのまま自社の組織サーベイに用いるという姿勢には再考の余地があるかもしれないなと思っています。自社の問題がどのようなものなのかを考え、該当サービスとのフィッティングを検討することは勿論ですし、提供されているサーベイサービスが信頼性・妥当性に足るものなのか。これを考える姿勢が重要なのだろうと思っています。

 

組織サーベイの開発スタンス

さて、HR Techやエンゲージメントをはじめとした様々な概念が提示され、裾野が広がってきている組織サーベイですが、ここからはどのようなサーベイが精緻な結果を抽出できるサーベイなのかについてお話したいと思います。サーベイのチェックポイントなどについては、後の伊達さんのパートで扱いますので、私からはその前段として開発の考え方やプロセスについて少し触れたいと思います。弊社のビジネス内容を少し紹介する感じになるので、やや販促的な響きがあるかもしれませんが、そういう意図は特にありません(笑)。開発時に意識することや、そのプロセスを共有することによって組織サーベイに対する私たちの視点を一部紹介できればいいなと思っています。

まず、スタンスについてですが、サーベイの開発をするときに、私たちは「エビデンス・ベースド」というスタンスを意識しています。前半で“Garbage In Garbage Out”という言葉を使いましたが、それと関連する意味合いかもしれません。科学的な根拠に基づいて構成される尺度(エビデンス・ベースド)でなければ、目の前の状況を精緻に測定することはできない。そう考えています。
組織コミットメント、ワークモチベーション、ワークエンゲージメント、職務満足などそれぞれの構成概念には、それらを測定した研究者の蓄積があります。私たちはその蓄積を重視するわけです。余談ですが、Google Scholarという論文検索サイトがありますけれども、トップページの検索バーの下に“巨人の肩の上に立つ”という表現があります。これはアカデミックな分野では象徴的な文章です。私のような知識も情報も未熟な小人が、より高い景色を見るためには、巨人の肩の上に立たなければいけません。巨人の肩っていうのは何のメタファーかというと、先行研究とか、類似研究のことですね。

私たちが組織サーベイを「ビジネス」として販売したいという開発依頼を受けた際の流れをこちらに簡単にまとめています。顧客企業の人事担当者から自社組織を調査して欲しいと言う依頼は勿論ありますが、その一方で人材系の企業や研修会社からのサーベイ開発依頼もかなり多いです。こちらのスライドのプロセスは、後者のベンダー側から依頼されたケースのプロセスを示しています。

進め方として、まず行うのが「調査プラン」の策定から始まる上流のプロセスです。これは、どのような事象を測定したいのかについて議論を繰り返し、そのうえでどのような概念に注目するのかを選択していくという流れです。最も重要な「視点」の構成です。何を見るのかです。組織サーベイは、策定した設問を通してしか組織の状況を見ることができません。それゆえに、この上流は相当に重要なプロセスになります。

例えば、あるコンサルティングファームが調査サーベイを商品として開発していきたいと考えた場合、そのファームの顧客企業の業種・規模や抱えている組織課題の傾向などを詳細にヒアリングし、その問題の「真因」を把握するために、どのような構成概念に注目したら良いのかを検討していきます。例えば、最近、顧客企業内の若手の離職率が〇%UPしているとか、あるいは、安定志向が高く組織にぶら下がっているような社員が多いという相談が増えているとか、そういった問題意識を掬いあげるところから始める。

これらの情報を細かくヒアリングしたうえで、今度は何を測定すべきかを検討するわけですね。ここでは、ヒアリング内容に対して様々な諸理論を総動員させて、多くの仮説を構築する。先行研究を読み込み、研究者たちの足跡と自分たちの歩みを見比べる。その過程で、例えば「離職」という問題に結びつくあらゆる要因を潰していくわけです。そのうち、どの構成概念を組み合わせると問題の「真因」に対して妥当なアプローチができるのか。そういったことを検討していきます。

例えば、早期離職ならば、組織適応不全、採用ミスマッチ、配属ミスマッチ、新人教育の質、キャリアの見通しの無さ、成長実感の希薄さ、組織適応不全、個人特性(変化志向)、評価報酬など無数の要因が考えられますが、全てを測ることはできない。全てを精緻に測定しようとすれば、設問数は膨大になり過ぎてしまい、サーベイの質が低下するリスクがある。かといって、設問数を減らして全てを測定しようとすれば、今度は調査結果の信頼性が損なわれる。だから、何を測定すべきかを顧客企業群の特性を踏まえながらある程度絞り込んでいくわけですね。この上流の精査がサーベイの質を決めていくわけです。

その次に行うのがテストプレイと、項目分析ですね。スライド上では矢印がサイクルを描いていますが、ここは必要に応じて何回かテストプレイをします。設定した質問のうち、統計的に分析した結果、測定したいものをきちんと測定できていない設問に関しては削ったりします。いくら先行研究にてその信頼性が検証されていたとしても、それはその研究対象企業に関してのことかもしれませんし、その研究がされた時代特有の傾向なのかもしれない。自分たちのフィールドで検証して、自分たちでその判断をしていくことを重視しています。最終的に、複数の企業に対してテストプレイを実施して検証を重ね、精緻なサーベイを構成していくわけです。

そして最後に行うのが、解釈基準の作成パッケージングなどの販促関連のプロセスです。組織サーベイは、私たち学術的な知見があるものが開発を進めていきますが、例えばコンサルティングファームなどでは、コンサルタントたちがそういった知見を持ち合わせていないケースもあります。戦略コンサルや財務コンサルの方、ITコンサルの方にとってはこれらのアプローチはやはり分かりにくいわけです。そのため、彼らが企業に提供しやすいような表現や内容をアレンジしていく。ここは、ベンダー側の担当者と協働で行ったりします。以上がプロセスの概要ですね。

 

組織サーベイの本質

このように、かなり時間と手間と情報量を投下して開発を進めていきます。冒頭でも申し上げた通り、組織サーベイは、企業のパフォーマンスに間接的に影響を与えるものです。開発のアプローチによって、測定の質、データの質は変わってきますし、ひいては意思決定や現場でのパフォーマンスも変わってきます。

市場に出回っているサーベイも恐らくこういった開発を経ているのだと思っています。しかし、最近では調査の質に関しては二の次で、回答のしやすさ、集計スピードなど利便性に価値を置くような組織サーベイもあると聞きます。それも「有り」だと思います。それによって、人事業務が効率化され、結果として組織のパフォーマンスが高まることだってあると思います。

組織開発は社会構成主義に基づくといわれています。どういうことかというと、統計学的に「正」とか、信頼性が検証されているから「正」とかそういうことではないと。本人が「正」と認め、自分の会社の上司や経営陣が「正」と認めれば、そのアプローチは「正」になっていく。人間たちの集団のダイナミズムの中で組織開発はされていくという考え方ですね。そのため、どのような組織サーベイが良いのか。私は、アンサーは持っていません。貴社の状況と、皆さんの問題意識に委ねられる部分であると考えています。皆さんの判断が非常に重要になってくるわけです。精緻な開発プロセスを経て設計された組織サーベイを使ったとしても、社内から不満がたくさん出てきたり、「設問に答えにくいよ」と、アンケートに対する不満が出てきて、組織開発が停滞してしまえば意味がないわけです。自社の現状を踏まえて、サーベイを選んでいく必要を感じてもらえたら幸いです。

(第3回に続く)

#神谷俊 #組織サーベイ

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