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コラム

【第1回】組織サーベイの位置づけ:「組織サーベイサービスを俯瞰する ~妥当な「ものさし」の見定め方~」セミナーレポート

コラム

2018年11月7日、弊社主催セミナー「組織サーベイサービスを俯瞰する ~妥当な「ものさし」の見定め方~」を開催しました。組織開発や人材マネジメントを進める上で、「組織サーベイ(組織診断)」が多用されています。従業員満足度調査やエンゲージメントサーベイ等が有名です。

このようなサーベイは上手く活用できれば組織をよりよくするための有用なツールになる一方、自社に適したサーベイの選び方や良いツールの見分け方、施策への展開の仕方についての情報はあまり出回っていません。

本セミナーでは、組織サーベイの効果的な活用方法を考えるため、その歴史から最新動向・活用方法等について幅広く話題提供しました。これから全4回(予定)にわたって、本セミナーのレポートを掲載します。


イントロダクション ~組織開発とHR Techの観点から~

私がお話するテーマは幾つかありますが、まず「組織サーベイの位置付け」についてです。組織開発のなかで組織サーベイはどう位置付けられているのか。ここをまず確認していきたいと思います。

そのうえで、「組織サーベイとHR Tech」というテーマを扱います。HR Techの台頭について、その背景や日本における特徴などをまとめつつ、組織サーベイとの関連について説明したいと思います。

これは本当に難しいテーマですね。HR Techといっても様々で、どのようにまとめていくべきか悩みました。また、アカデミックの分野ではHR Techに関するものは蓄積が浅く、文献や研究についても限られています。本日はHR Techに関するメディアの記事内容を手掛かりにしつつ、傾向や課題についてお伝えできればと考えています。

これらのテーマによって、組織サーベイの輪郭を浮き彫りにしつつ、現状どのような課題が発生しているのかを共有していきます。そのうえで、組織サーベイの導入に際してどのようなポイントに配慮すべきかという点に繋げていければ良いなと。この後、伊達さんが話をしますが、役割分担としては、私のほうでは全体観の話、彼のほうではそれを踏まえて、より突っ込んだお話をさせていただきます。

 

組織サーベイの位置づけ

まず組織サーベイの位置付けですけれども、先ほども申し上げたように、組織開発というものを舞台に据えて位置づけていきたいと思います。組織開発というのは、定義も説明も様々です。敢えて言うならば、「行動科学に基づいた、人間の成長や変化を促すような長期的なプロセスの改変」と表現です。しかし、こういうアカデミックな表現よりも、こちらを見ていただいたほうがイメージがつきやすいと思います。

最初から少し脱線して、組織開発の複雑性について触れます。組織開発という概念はその発展プロセスの中で徐々に拡張していき、現在では組織内の開発手法の集合体そのものを組織開発と表現していたりします。頻繁に用いられる割には、ちょっと分かりにくい概念なのですよね。人事制度の構築のような構造的・組織的な介入も組織開発に含まれますし、あるいは人材マネジメントにおけるコーチング、1on1なども組織開発に含まれます。

さて、この組織開発というのが、恐らく人事の方にとって、あるいはコンサルタントの方にとってはメインの業務領域になってきます。そこにおいて、組織サーベイがどのように位置付けられるのか。ここについて、まず押さえたいと思います。こちらがODマップ(Organizational Development Map; 組織開発のプロセスをチャート式に表したもの)です。

まず、「契約」がスタート地点になっています。組織開発の目的を設定し、何を変えていくのかについて当事者間での合意を確認するステップです。その後、実際に勧めていくうえで最初に実践が展開されるのが、「データ収集」ですね。その後、データの分析、その結果を組織にフィードバックしていく。その中で、具体的な施策・手段が検討され、アクションにつながっていくわけです。その結果を効果測定し、ひとまずの「終結」を迎えます。組織開発は、このようなプロセスを進むとされています。

そこにおいて、組織サーベイはデータギャザリングといわれる「データ収集」と、「データ分析」の部分に位置付きます。これらの上流工程に、組織サーベイが位置付けられるわけです。

組織開発の上流で、組織サーベイはどのような役割を果たしていくのでしょうか。「組織内のプロセスに対する問題を把握することができる」と書いてあります。組織内で発生している問題の「真因」を把握するというのがメインの目的になってきます。真因という表現がすごくグサっときますね。「真因」とそれを裏付ける「エビデンス」を抽出していくのが、組織サーベイに求められる役割です。

ここまでは、原理原則です。皆さんにとっては御存じのお話だと思います。しかし、なぜ改めてこの話をしているのか。それは、HR領域においては“手段の目的化”が起こりやすいと感じているからです。流行している概念やアプローチを取り入れることを重要視され、何のために施策を投下するのかっていう目的が希薄化してしまう。組織サーベイにおいても、メンタルヘルスやモチベーション、コミットメントやエンゲージメントなど、その時代に流行した概念を取り入れたサーベイが開発されてきました。確かに、多くの企業が導入している概念は社会的に重要視すべきものなのかもしれません。その“物差し”で自社を測定したほうが良いかもしれないという判断も、時に妥当と言えるものかもしれません。

ところが、原理原則に立ち戻れば、組織開発において組織サーベイの本質はそこではなく、むしろサーベイ後の「真因」策定と「施策実施」への反映にあるわけですね。自社の「真因」を適切に把握できるのか。やはり、この点が組織サーベイの存在理由であると言えます。

組織開発における組織サーベイの位置づけについて、言葉を変えて説明すると次のようなスライドになります。

組織サーベイの結果に基づいて、改善の設計や指針が構築され、それを人事戦略やアプローチに反映させていく。例えば、採用基準どうするかとか、昇進昇格基準をどうするかとか、いわゆる人事施策に反映していく。それらのアプローチが組織パフォーマンスに影響を与えていくという流れです。

自社の問題の背景を適切にキャッチアップする組織サーベイをやっていくことで、意思決定の精度が上がり、人事戦略の精度が上がり、結果的にそれが人事施策に反映され、組織のパフォーマンスが上がっていく。こういうような好循環を描くことができるわけです。

反対に、“Garbage In Garbage Out”という言葉があります。組織サーベイによって、意味のないデータを掬いあげても、意味のない結果しか出てこない。重視しても意味のないデータで、意思決定の質が下がってしまって、戦略の精度も大きく下がってしまうという側面もあります。

例えば、自社の問題にマッチしない“物差し”で測定してしまうケースがあります。その概念で調査をしても洗い出すことはできないのに、他社がその概念を重視しているので、その物差しを信用してしまうなどですね。或いは、そもそも“物差し”の開発プロセスにバグがあり、適切に組織を測定することができないというケースもあるのかもしれません。

いずれにしても、組織サーベイにおいて重要なのは、なんのためにやるのかを踏まえたうえで、その目的を達成するために適切なサーベイアプローチをとっていくことですね。どういう点に注目して、組織サーベイをチョイスすれば良いかについては、伊達さんのパートにて詳細をお伝えさせて頂きます。

 

組織サーベイとHR Tech

冒頭では、組織開発プロセスを説明し、組織サーベイの位置付けを確認しました。組織サーベイを実施する意味を確認したうえで、今どのようなものがあるのか、少しまとめてみたいと思います。検索結果で上位に挙がってきたものを30ほどリストアップしてみました。各サービスの内容と、提供企業名、そして各サービスの主要なキャッチ文面の一覧を掲載しています。

まず、「何を」サーベイするサービスなのかに注目してみます。一番知られているものとして、従業員満足度調査(ES; Employee Satisfaction)。そして、モラル・サーベイですね。従業員意識調査と呼ばれるものです。さらに、類似したものとしてモチベーションに関するサーベイ。そして、ストレス診断などメンタルヘルス関連のものですね。最近リリースされたものですと、エンゲージメントですね。このように、組織サーベイと言っても、測定する概念もさまざまになっているのが現状です。

注目していただきたい傾向があります。組織サーベイにおけるIT利用の傾向ですね。例えば、「AI」というキーワードもあります。人工知能を用いて統計解析するサービスですね。さらに「クラウド」というキーワードも幾つか目に入ります。ITを利用することで、従来よりも複雑な分析を可能にしたり、スピーディで高頻度なアウトプットを可能にしたり、そういう特徴が近年表れてきています。

これらはHR Techといわれる潮流に含まれるサービスですね。HR Techに関しては、説明は省いてもいいかと思うのですが、『日本の人事部』によれば、“ヒューマンリソースとテクノロジーを意味する造語”という説明があります。重要なのはここですね。アメリカでは、既に企業価値が10億ドルを超えるユニコーン企業が登場するということで、市場が非常に活性化しているというところです。平たく言えば、“稼げる市場”となっているわけです。

メディア上の露出レベルを確認すると、日本におけるHR Techも、2017年の前半ぐらいから盛り上がりを見せてきているようです。2017年っていっても、去年ですよね。

こちらは、HR Tech台頭の背景についてまとめたものです。HR Techに注目が集まる背景は、いくつか挙げられます。

1つは、人的資源の価値向上ですね。戦略的HRM(SHRM; Strategic Human Resource Management)と言われますけども、人材が単なる資源ではなくて、競合他社との勝敗を分けるようになってきている。例えば、「あの人を採用したら、このプロジェクトは絶対に勝てる」とかですね。要するに個人の能力が、かなりビジネスにインパクトを与えるような時代になってきているので、そこを適切に管理する必要性が出てきている。こういうような背景があります。

2つ目として、労働市場の成熟があります。前提として、採用に対する企業の熱が高い。景気の流れや人材不足に対する問題意識などがあり、企業は採用に注力している。その流れと連動するように、雇用側と求職者側をマッチングさせるようなサービスも益々拡充されている。そういった市場環境の中で個人の意識も変わっています。新卒で入った社員のキャリア観などをヒアリングするとよく分かるのですが、感覚的にも行動的にも非常にフットワークが良いんですよね。優秀な人材ほど、より良いキャリアを求める姿勢が強いですし、自社に固執するようなことも少なくなってきているように感じます。それぞれのプレイヤーにおいて非常に流動性の高い動きが出てきているわけです。だからこそ、ITを積極的に活用して、より早くより多くの人材情報をマネジメントする必要が出てきていると考えられます。

さらに3つ目として挙げているのは、多様化です。先ほどの労働市場の話と関連する話です。ダイバーシティやインクルージョンという言葉が市場に浸透している昨今においては、企業はそれぞれのキャリアニーズに合った形でマネジメントしていかなきゃいけない。ここを現場の管理職に全て任せ、アナログでマネジメントするのは限界がある。そこをテクノロジーで何とかできないかというニーズですね。

4つ目は、デバイスの普及ですね。スマートフォンやタブレット端末の普及率は、ビジネスパーソンに限れば100%近い普及レベルです。

5つ目は、業務革新や効率化のニーズです。働き方改革の台頭によって、生産性や効率化が重視されるようになってきた。それを支援するためにデータマネジメントシステムが求められているわけです。

他にも多様な要因があるかと思いますが、これらの社会変化・市場変化によって、HR Tech市場が活性化しているわけですね。ビジネスチャンスが到来して、いろんなベンダーが出てきて、この市場を足掛かりに売上を伸ばすベンチャーもたくさん出てきている。そういう状況がこのHR Tech界隈への関心を醸成していると考えています。

これらの背景を踏まえて、HR Tech市場はかなり急速に加熱しています。こちらは「カオスマップ」と呼ばれるものですが、グローバルのHR Techのサービスをカテゴライズしてまとめたものです。こちらは、2018年5月の時点のカオスマップです。8カテゴリー231サービスでした。それが、つい最近更新されまして、8カテゴリー299サービスになっています。この半年、5カ月間で68サービスがリリースされているような状況になっています。非常に活況といえますね。

HR Techに関しては、海外の方が普及している状況です。きっかけは2010年のクラウドの登場でした。海外ではクラウドの活用が2010年から始まり、普及していったと言われています。クラウドで人事データを管理していく基盤が整ったわけですね。さらに、そのデータを分析しようという動きが、2012年ぐらいから14年にかけて活性化しました。ピープル・アナリティクスというキーワードで称されるそのムーブメントでは、端末から積極的にデータ収集をして、分析することで有益なソリューションを見出していこうという姿勢が強化されました。そのなかでHR Techが台頭したわけです。データ、アプローチの基盤が整備されたうえで、テクノロジーが加わってきた。それゆえに進展も著しく、様々なサービスが展開されています。

例えば、こちらはTALENT TECH LABSがまとめているカオスマップですね。日本と同じぐらいじゃないかというふうに思われる方いると思うんですけど、これはタレントアクイジションのみ。つまり、採用だけのHR Techサービスです。タレントアクイジションだけで、28カテゴリー。全てのHR Techのサービスは、全部で14万ぐらいあるといわれています。

一方では日本はどういう状況かというと、企業内で人事データを収集して分析するという基盤が整う前にHR Techが輸入されてきた感じがしています。一部の外資系やIT系、メガベンチャーでは既に十分な導線があったのでしょうが、他の多くの企業においては企業内の人事データの蓄積が整う前に、HR Techという手段がやってきたという印象です。

さらに日本の場合は、市場環境や雇用環境、それから人事観みたいなものが、欧米のそれとかなり異なる。例えば、採用においては日本では新卒採用という雇用習慣がありますし、転職する際はエージェントや転職サイトへの登録などが主流ですが、欧米ではLinkedInに登録しているのが基本です。だから、転職意思の有無に関わらず、オファーが常時たくさん来るというような感じだったりする。企業側の視点で見れば、LinkedInを常時検索して、自社の求める要件とマッチする人材とのネットワーキングやタレントプールを構築・維持しているという形です。そういった違いがあるために、平均勤続年数も異なる。日本だと10年から12年といわれていますが、海外だと、平均で4、5年ぐらいですかね。日本の半分ぐらいで皆さん転職されていくというところがあります。こういう違いがあります。

採用を1つ例に挙げてもこれだけ環境や文化が違う。それゆえに、日本の人事に“欧米発”のHR Techとの親和性はやや低いと考えています。“カルチャーマッチ”と言われますが、日本では、コンピテンシーやジョブディスクリプションの策定がやや緩めなところもあります。それよりも、風土に馴染めるかといった部分を意識する傾向がある。人事評価も厳密とは言い難いところもあるかもしれません。一方で、欧米はスキルマッチですから、採用要件を厳密に策定しやすい。さらに、先ほどLinkedInの話が出ましたが、SNSを利用してキャリアを探すという習慣が根付いていないところもあります。HR Tech には、SNSと連動してデータを吸い上げるものがありますが、そういった機能は充分に発揮することができない。正社員志向が強いのも日本企業の特徴です。海外はアウトソーシングを活用して、非正規社員を活用していく。内製志向か外注志向か。HR Techでは、非正規社員の管理などを行うシステムもあります。しかし、非正規社員の割合が低ければ、そういったものを日本で利用することは難しくなる。こういったところの仕事文化の違いも、欧米でリリースされているHR Techサービスとの親和性が低いと考える理由です。

このような環境の違いによって、“欧米発”のHR Techを直列的に輸入してくることは難しいわけです。そうすると、日本の市場にマッチしたHR Techサービスを展開する必要が出てくる。そういった背景を抑えたうえで、国内でどのようなサービスが展開されているのかを確認していきたいと思います。そのうえで、組織サーベイへの影響についてまとめていきたいと思います。

第2回に続く)

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