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コラム

(4)従業員エンゲージメントの多義性②:働く人のエンゲージメント ビジネスリサーチラボセミナー報告

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(1)実は幾つか存在する「エンゲージメント」の種類はこちら
(2)「測定できること」がもたらす光と影はこちら
(3)従業員エンゲージメントの多義性①はこちら

従業員エンゲージメントが流行る背景を考察する

前半では、従業員エンゲージメントの定義について理解を深めました。組織コミットメントや職務満足感といった類似概念と比較したうえで、従業員エンゲージメントの多義性について意見を提示しました。また、その多義性から発生している海外の混乱についても紹介しました。

この流れを踏まえつつ、後半では従業員エンゲージメントの流行という「現象そのもの」に注目したいと思います。なぜ従業員エンゲージメントはここまで多くのメディアに取り上げられ、流行しているのでしょうか。その理由を考察していきたいと思います。

従業員エンゲージメントの流行を解説するにあたって、1つモデルを提示しようと思います。流行のメカニズムを説明しているモデルです。社会学者であるゲオルク・ジンメルという方が提示した流行の理論です。ジンメルは次の図のモデルを用いて流行を説明しました。

つまり、流行とは「模倣」と「差異化」によって発生するとジンメルは説明しています。彼の理論において面白いのは、人間には「全体から際立った存在になりたい」という差異化の欲求と、「全体の一部になりたい」という模倣の欲求がそれぞれ存在するという点です。この相反する欲求によって流行という現象は生み出されるわけです。

より上位階層に属する人々は、全体とは異なる位置づけに自らを置きたいがために、より良い暮らしを求めて差異化を図ります。その下位に属する人々は、それを取り込みたいと思い模倣をするわけです。このように、新しい概念は差異化によって生み出され、多くの人々の模倣によって浸透していく、これがジンメルの理論です。

この考え方を踏まえて、従業員エンゲージメントを捉えてみると、従業員エンゲージメントの流行とは、Gallup社や外資系コンサルが従来の概念との「差異化」を構築し、それを他の企業が「模倣」することで発生していると解釈できるわけです。

この「差異化」に関しては、ビジネスではよくある事象でしょう。概念を構成したり、提示したりする側が、従来の概念と差別化を図ることでより高い付加価値を訴求するわけです。

重要なのは、「模倣」のアプローチです。つまり、なぜ多くの企業が従業員エンゲージメントを自社に導入したいと思ったのか。「模倣」の背景にある動機、ここが重要なのかなと思っています。

ジンメルによれば、「模倣」によって生活が改善されるという動機が流行を生むとされています。では、従業員エンゲージメントを「模倣」することによって、企業における「何か」が改善されるわけですよね。「模倣」したい理由があるわけです。これを紐解くことが、従業員エンゲージメントという事象を深く理解することに繋がると私は考えています。

今回、エンゲージメントをテーマにセミナーを開催するにあたって、私は従業員エンゲージメントに関わる多くのメディア記事を拝見しました。そのなかで挙げられていたテーマやキーワードをもとに従業員エンゲージメントが流行する背景を考えていきたいと思います。

流行の要因(1)従業員の個人化

従業員エンゲージメントの概念の特徴として、個人が強調されている側面があります。

そもそも、従業員エンゲージメントという概念が、ワークエンゲージメントの延長線上に位置づく概念というよりかは、顧客エンゲージメント(マーケティング用語ですね)から着想を得て展開されていったという側面が見て取れます。

先ほどベイン・アンド・カンパニーのeNPSという尺度を紹介しましたけど、本来はNPS(ネット・プロモーターズ・スコア)の測定尺度です。商品やサービスに対する愛着や顧客ロイヤリティを測定するためのマーケティングの尺度を、組織の従業員に応用したものなのですよね。そこには従業員も、顧客のように「個人」として認識をしていこうというスタンスがあります。

では、なぜ個人が重視されているのか。そこに従業員エンゲージメントが流行する要因の1つがあると考えています。

労働市場において、個人のパワーが強まっている。人材不足が顕著になり、市場は売り手のパワーが強まってくる。個人が、比較的自由に仕事を選べる状態になってきている。そういう外部環境の潮流があります。シンプルに表現するならば、「個人化」とでもいうのでしょうか。

従来のように、終身雇用前提の人よりは、自分の出産、育児、あるいはシニアのキャリアとかを見据えながら、働きやすい環境を探していく。働き方改革やダイバーシティ重視の潮流もあり、個人化が進みやすい社会になってきています。

企業に従属する個人から、企業と対等に駆け引きする個人へと変容しているわけです。

そうすると、個人と企業がいかにフラットで良い関係を構築できるか?といった点が組織マネジメント上のポイントになる。それゆえに、従業員エンゲージメントに注目が集まってきているのだと考えています。

流行の要因(2)業務における「報酬」の多様化

2つ目は、「報酬」の多様化であると考察しています。これは、1つ目の個人化と関連する側面です。個人化が進むと、従業員のニーズも個人に合わせて多様化してきますので、個人化が進めば、ニーズも多様化します。

仕事に熱中するとか、仕事に対して没頭するとか、働きがいを重視する人もいれば、自分の生活の時間を確保することを報酬と考える人もいる。

一人ひとりが感じる価値観とか考え方が多様化していき、そのなかで目の前の仕事を面白いというふうに思う人もいれば、面白くないと思う人もいて、個人差が出てくるわけです。だからこそ、個々の社員と会社や仕事の関係性に目を凝らす必要が出てくる。

1on1というアプローチがひと昔前に流行しましたが、やはり同じ背景でしょう。チーム一人ひとりのニーズと向き合う必要がある。それを促したり、重視したりする際に、従業員エンゲージメントという概念はとても相性が良いのだと思います。

流行の要因(3)業績と人事施策の関連性

3つ目は、業績に対する意識ですね。SHRM(戦略的人的資源マネジメント)という概念は、業績に資する人材マネジメントの在り方を提唱した言葉ですが、これに類する考え方が近年メディアに頻繁に登場するようになっています。

例えば、タレント・マネジメントとか、タレント・アクイジションなどですね。戦略に資する人材獲得や人材マネジメントを進めて、市場での優位性を獲得していくという姿勢です。例えば、IT業界やクリエイティブ産業はこの姿勢がかなり強いのではないでしょうか。

現在進めているプロジェクトを成功させるために、他社との競争に勝つために最重要視することは何か。付加価値を生み出せるスペックの高い人材を引っ張ってくることです。育成している時間はないため、市場から調達してくることが重視される。

そこでいい人材を引っ張ってくればプロジェクトは成功するし、失敗してしまえばプロジェクトで負ける。こういう戦いがビジネスの中では当たり前のように発生している。

このような市場環境のなかで、人材を巧くマネジメントすることで業績を高めるという姿勢は重視されてきていると考えています。

そのなかで、「業績を高める」と言われている従業員エンゲージメントを、自社にも導入したいという企業が増えているのでしょう。実際に業績を高めるか否かはさておき、そのような打ち出しをされている概念が受け入れられやすくなっているのでしょう。

流行の要因(4)スピード化・Tech化する人事

さきほど、伊達さんの話のなかで「パルスサーベイ」というキーワードが出てきました。パルス、つまり脈拍ですね。短期間で頻繁に調査をしていくアプローチです。

また、前のスライドで紹介したeNPSなどは実際にパルスサーベイのような様式でデータを収集することが多いようです。毎日サーベイをして毎日回答したり、1カ月に1回サーベイを受けて回答したりなんていう事例も比較的多く目にします。

この頻繁に従業員データを吸い上げるシステムが、従業員エンゲージメントが市場に受け入れられた要因の1つかと考えています。

なぜ、頻繁なサーベイが市場に受け入れられたのか。これは、先ほどの転職しやすい市場になっているという売り手優位の市場の話や、短期間での人材調達が市場競争の結果を分けるという戦略的人材マネジメントの話と関連してくると考えています。つまり、現在の市場は「採った、採られた」の競争が激化している、いわゆる“War for Talent”ですね。

優秀な人材には数多くのオファーが集中する。今月は高いモチベーションで仕事をしていた人材が、次の月には他社により良い条件を提示され引き抜かれていたりする。

そういった市場の「速さ」が存在するために、年に1回の状況調査では対応しきれなくなっている側面もあるのでしょう。組織も人材のコンディションを頻繁に確認する必要が出てきています。そのため、パルスサーベイなど頻繁にデータ収集を行い、その管理を効率的に進めることができる従業員エンゲージメントやそれに関連するシステムが市場に受け入れられていったと考えています。

流行の要因(5)「エビデンスベースド」な人事アプローチ

エビデンス・ベースド・アプローチと言われますが、科学的根拠に基づいたアプローチが重視されるようになってきている。それは、さきほどの戦略的人材マネジメントの潮流と同様です。

人材マネジメントが業績に与える影響が高まっているのであれば、人材マネジメントに対する意思決定に対しても慎重になる必要があります。意思決定の質を高める為には、その根拠となるデータやエビデンスが求められる。そのエビデンスとして、従業員エンゲージメントのデータ結果が重視されるわけです。

あくまで、この傾向は従業員エンゲージメントに限った話ではなく、人材データを抽出する全てのサーベイに対して言えることです。エビデンスを求める潮流があり、そこに市場に流行していた従業員エンゲージメントがうまくフィットした。そのように捉えています。

組織と個人の関係を表す言語として登場した「従業員エンゲージメント」

ここまで、従業員エンゲージメントの流行背景についていくつかの要因を提示しながら考察を進めてきました。それらを簡単にまとめると次のような図のイメージです。

社会、企業、個人それぞれの側面から従業員エンゲージメントが流行した背景を整理しています。

労働人口が減っている。日本という国のパフォーマンスを維持するために、国家施策として働き方改革とかあるいはダイバーシティや女性活躍などが提示されるようになっている。

その背景を踏まえて、キャリアの個人化が進んでいく。

例えば、働き方改革が進めば、自分にとって働きやすい会社って何だろうと考える傾向が強まるので、個人化が促進されていく。

そうなってくると、個人としては離職や転職を早い段階で判断するようになってくる。「ここで昇進、昇格してしまうと残業が増える」とか、あるいは「自分は今後結婚を考えてるので産休を取りやすい会社に行かなきゃいけないな」とか、ライフキャリアとビジネスキャリアのバランスを基準に判断をしていく。

個人が企業に従属している時代ならば、それは従業員の「わがまま」だったかもしれない。しかし、今は違う。労働人口が減ってますから、企業としては個人のニーズを尊重する姿勢になってくる。個人のニーズと向き合わなければ転職していくでしょう。

ただでさえ、人材不足なうえに人材が企業パフォーマンスに与えるインパクトは拡大傾向にある。人材が離脱してしまうことのリスクは日々大きくなっています。そうすると、そのリスクを回避するために、また市場で優位に立つために、組織と個人の関係性をどうするのかに注目が集まる。

その関係性に注目し、個人ニーズを日々の業務に反映していくためには、個々に合わせたマネジメントをしていかなきゃいけない。でも管理職が個々に合わせたマネジメントをしていくと、人事としては適切なマネジメントができているのか「ものさし」が分からなくなっちゃいます。放置が正解という社員もいれば、関与が正解という社員もいるわけですから。

そこで従業員エンゲージメントのような概念があったりすると、適切なマネジメント水準が保たれているかを判定できるようになる。複雑になってしまった個人と組織の関係を捉える「ものさし」として有用なのです。

従業員エンゲージメントの定義や概念の整理、そして流行の要因について考察をしてきました。ここまでをふまえて従業員エンゲージメントとは何なのか、私なりに提示して終わりたいと思います。

定義は多様ですが、多くの言説において共通している点は、組織と個人の双方にとって有益な価値の交換関係が構築されている状態であることです。お互いにとってメリットがある関係ですね。

そして、この関係性は数多くの先行研究で様々な概念によってその重要性が提示されてきました。従来の研究でも数多く検証され、その効果や促進要因が蓄積されてきました。職務満足とかワークエンゲージメントなどです。それを踏まえれば、従業員エンゲージメントが提唱しているものは、際立って目新しいものではない。

しかし社会の動きや、ビジネス市場の動き、それを踏まえた企業活動の傾向、そして人事施策の在り方の変容が、従業員エンゲージメントにスポットライトを当てている。それらの相互作用によって、実務界に再浮上してきた概念、それが従業員エンゲージメントっていうものだった。つまり、「世の中」というフィールドで芽生えてきた概念であると。このように理解をしています。

そのなかで、従業員エンゲージメントと向き合うならば、改めて視点を自社というフィールドに戻す必要があるでしょう。自社の状況や事業内容などを具に鑑みる必要があります。そして、改めてその必要性を検討することが求められるでしょう。頭から「模倣」するのではなく、その特性や背景を踏まえて検討していく。そのような姿勢が必要なのかもしれません。

(了)

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