2019年1月10日
(3)従業員エンゲージメントの多義性①:働く人のエンゲージメント ビジネスリサーチラボセミナー報告
第2部 従業員エンゲージメントとは何か~概念が流行するメカニズムを捉えなおす~
(1)実は幾つか存在する「エンゲージメント」の種類はこちら
(2)「測定できること」がもたらす光と影はこちら
こんばんは。ビジネスリサーチラボの神谷と申します。よろしくお願いします。
後半戦では、「従業員エンゲージメント」について取り上げたいと思います。「エンゲージメント」と一言で言っても、従業員エンゲージメントとワークエンゲージメントが存在する。それぞれ、異なるものを示しつつも混同して用いられていたり、そもそも線引きがあいまいになってしまっている側面もある。
だから、後半戦では「従業員エンゲージメント」という概念に向き合いながら、ワークエンゲージメントをはじめ他の概念との差異について解きほぐしていきたいと思います。
それから、従業員エンゲージメントを巡って海外ではやや混乱や批判が発生している側面もあります。実際に、国内のエンゲージメント・サーベイなどを拝見しても、混同している部分はあると感じています。その点についても取り上げていきたいと思っています。
従業員エンゲージメントとは何か?
従業員エンゲージメントの説明をする前に、従業員エンゲージメントと似た概念について整理をしていきたいと思います。従業員エンゲージメントの周辺領域に散らばっている概念を説明することで、従業員エンゲージメントの説明もスムースになり、輪郭がよりはっきりすると思います。それぞれの概念は、詳細に見ていくと細かく分かれていくのですが、今回は概要を提示しますね。
<ワークエンゲージメント>
1つ目は、先ほど伊達が説明したワークエンゲージメントです。定義としては「仕事への活力に満ち、打ち込んでいる」というものです。「熱中」というような解釈ができます。「個人と仕事」、あるいは「個人と職場」に焦点をあてた概念です。ポイントは、「組織」の文脈はあまり出てこないところです。個人が「仕事が楽しい」って言ってすごい熱量で打ち込んでいるイメージが、ワークエンゲージメントが高い状態と解釈できるでしょう。
また、ワークエンゲージメントはバーンアウトの対概念として出てきます。仕事に熱中している状態ですが、ワーカホリックとかバーンアウトとは違う。つまり熱が高くなり過ぎちゃって心身消耗してしまう状態ではない。すごくいい状態で熱中できているというような意味合いです。
<職務満足感>
次に、職務満足感(Job Satisfaction)というものですね。これも「個人と仕事」に焦点をあてた概念です。対象としているものはワークエンゲージメントと一緒ですね。ただちょっとコンディションが違って、情緒的・感情的に心地良い状態です。例えば、「快適な情緒状態」という定義がありますけど、「熱がある」というよりは「不満がない」状態というような、穏やかなイメージをしていただくと分かりやすいと思います。
<組織コミットメント>
それから組織コミットメントという概念です。組織コミットメントの概念は情緒的な愛着とか、組織における継続的なメンバーシップ。組織にいることを情緒的な理由で肯定したり、継続する意思を持っている状態。辞めないような状態です。今までの概念は「個人と仕事」とか「個人と職場」の関係に着目するものでしたけど、組織コミットメントは「個人と組織」ですね。貢献意欲とか愛着といった、組織に対するポジティブな心理状態を示すものです。離職やなどを予測する概念として注目されているものです。
これらの概念を踏まえて、今度はエンゲージメントを捉えていきましょう。まずは、ビジネスでどのように説明されているのかを確認していきたいと思います。コンサルティングやリサーチを手掛けるベンダーがどのようにエンゲージメントを説明しているかに注目します。
まず、タワーズワトソン社の定義を見てみると、『“会社や事業の方向性”を物差しとして従業員の現状を把握する概念で、会社の成長に対して従業員が有している自発的な貢献意欲の度合いを示すものである』とされています。
「会社にとって有益な働きかけを自発的にしている度合い」と言い換えても良いかもしれません。
そしてGallup社の定義です。Gallup社は従業員エンゲージメントを、後で出てくる「Q12」という尺度があるんですけど、それを開発したアメリカのコンサルティング会社ですね。こちらの定義だと『組織に対して強い愛着を持ち、仕事に熱意を持っている状態』とされています。
それから、リンクアンドモチベーション社がWEB上で説明に用いている定義も見てみましょう。『企業と従業員の相互理解・相思相愛度合い』。
いろんな定義がありますが、ここで提示されている定義の主旨をまとめると「個人と組織の関係に注目した概念」と要することができそうです。組織や仕事に対するポジティブな感情、意欲や自発性を強調しているものが多い印象です。
さらに理解を深めるために、アカデミックな文献も参照してみました。
実際に研究領域で従業員エンゲージメントという概念が出てくるのかっていうと、数は限られてきますがいくつか出てきます。一番多く引用されているのは、シュミットという研究者が出している定義です。
『従業員の関与であり、コミットメントや満足である』
『従業員の定着を促す概念の一部分である』って説明されています。
この文言ですと、先ほど述べた職務満足感とか組織コミットメントが頭を横切ります。実際にシュミットは1993年の論文の中で、エンゲージメントは職務満足の延長上に存在する概念であると説明しています。先ほど説明しました従業員満足と類似性の高い概念と位置付けていたと考えられます。
その後、彼が2002年に出している論文では、従業員エンゲージメントに関して、
『従業員の仕事に対する関与や満足、熱意として定義づけられる』
と提示しています。定着を促す職務満足の意味合いに、熱意といったアクティブな意味が付与されています。
同じく2002年にシュミット氏が別の研究者と手掛けている文献では
『従業員自身が何を期待されているのかを知り、仕事を遂行する資源を持ち、成長機会に接しており、それらのプロセスが組織に貢献しているときに発生する』
ものと説明されています。
ここでも、満足というよりも意欲的な要素が感じ取られます。さらに成長、そして組織への貢献的な側面が強調されている。
また、ここで注目したいのは期待や資源という表現ですね。これは、伊達が先ほど説明していたワークエンゲージメントで出てきた要因です。JD-Rモデルなどでは、組織からの要望や期待に対して、社員の有する資源がバランスしているか否かによってワークエンゲージメントにつながるのか、バーンアウトになるのかを説明していました。
このように、シュミット氏個人の説明だけに着目しても、従業員エンゲージメントという概念は意味合いも拡張・変容していっているように感じます。
そして、他の文献を参照してみても意味合いは実に多様に解釈されています。
例えば、『心理的・感情的な自己効力感を持ち、明確な目標を持ち、公平で明確なフィードバックがあり、仕事で生じる事柄をコントロール出来ている状況で従業員エンゲージメントが生まれる』とモチベーションに近いものとして概念が説明されていたり、
『従業員エンゲージメントは、職務満足という定義と、組織コミットメントという定義を統合したものである』なんていう説明もされていたりします。
果たして、従業員エンゲージメントとは何なのか。
職務満足、組織コミットメント、モチベーションのような要素を備えているものということは分かります。しかし、具体的に何とどのように違うのか?
結局のところ、従業員エンゲージメントという概念に関しては、現時点では詳細な言葉や他の概念との比較によって説明をすることは難しく、イメージで解釈していくのが妥当と考えています。実務に反映していくのであれば、この解釈で良いのではないかなと。
つまり概念的に捉えると、従業員エンゲージメントが低い状態というのは、個人と職務がうまくフィットしていない、あるいは個人と組織がうまくマッチングしていない。
反対に高い状態というのは、全てがマッチングしていて、有機的なつながりがあるような状態のことを指しているのかなと考えています。
でも、このイメージは、職務満足感でも当てはまるでしょうし、組織コミットメントでも当てはまるでしょう。このイメージの示す重要性については、様々な観点から研究されてきたわけです。時代は繰り返すと言いますが、今まで言われてきたこと、研究されてきたこと、あるいは重視されてきたことが、社会の移り変わりと共に再浮上している。そんな概念なのかなと考えています。
従業員エンゲージメントという概念に対して批判的な評価をしているのではありません。様々な概念やアプローチが登場して、我々になんどもこのイメージを振替させるわけですから、組織と個人の関係というのはそれほど実務において重要なものであるのでしょう。
従業員エンゲージメントと業績の関係について
従業員エンゲージメントの定義について確認をしました。今度は、「何を測定しているのか?」という観点で、理解を深めていきたいと思います。
こちらは、先ほど紹介したギャラップ社が提示している「Q12」という尺度ですね。
この12問の設問の点数が高ければ従業員エンゲージメントが高いという説明がされています。
職場で自分が何を期待されているのかとか、資源が揃っているかとか、最も得意なことをする機会が与えられているか・・・という感じで12問の設問が順記されています。
他には、ベイン・アンド・カンパニー社が提供している「eNPS」っていう尺度ですね。
先ほどのQ12は12問でしたが、こちらは2問の設問から構成されているものです。この尺度はもともと顧客と企業のエンゲージメントを測定する尺度であったNPSを従業員と組織の関係に適用したものですね。先の「Q12」と同様にこの2問の得点が良ければ従業員エンゲージメントが高い状態である、ということになります。
そして、「これらの点数が高いほど業績にポジティブな影響を与える」という言及も比較的多くの記事で目にします。
最初に紹介したシュミット氏は、従業員エンゲージメントモデルというものを提示していて、従業員エンゲージメントが高まると組織の業績が高くなるというようなことを提唱していますし、欧米のコンサルティング・ファームのホームページやエンゲージメント・サーベイのウェブページを見てみると、業績に対してのインパクトがかなり強調されています。
例えば、これはBSC DESIGNER社の調査結果ですが、従業員エンゲージメントが高い企業は低い企業に比べて、生産性が21%上がったとか、利益率が22%高くなったとか、商品の質を下げるようなイレギュラーが41%も減ったとか、こういう成果が従業員エンゲージメントによって生まれていると主張されています。
さらに、こちらは先ほど「Q12」で言及しましたGallup社の調査です。Gallup社の提示している「Q12」と企業の業績の関係を見たときに、従業員エンゲージメントが高いグループは、低いグループに比べて利益は21%高く、売上も20%高いという結果が出ています。
もちろんこれらの結果は、因果関係を証明するものではありません。実際に、業績が高く、給与や報酬レベルが高いから従業員エンゲージメントが高いのか。従業員エンゲージメントが業績を高めているのか。判断は難しいですよね。
でも、従業員エンゲージメントと業績の関係性はいろんなメディアでも言われています。日本国内でも、従業員エンゲージメントと業績の関係は多くのメディアで語られていました。
こちらは、2015年から2018年までの間に公開された従業員エンゲージメントに関する記事をテキストマイニングにかけた結果です。
HR系メディア記事やHR系サービスを手掛ける企業の記事のなかから、従業員エンゲージメントを重視する理由、必要な理由に関して言及されている部分を抜粋して分析にかけています。平たく言えば、従業員エンゲージメントの効能・効果について言及されているものと解釈してください。
こちらの右上に「業績向上」とありますが、やはり業績に関しての言及が多いです。「業績向上に影響を与えるという数多くの研究がある」という文言が比較的高い頻度で登場していました。皆さんも目にしたことがあるかもしれません。
とにかく、従業員エンゲージメントと業績の関係について、多くのメディアが言及しているわけです。
実際に、従業員エンゲージメントには、そのような効果があるのかもしれません。一方で、そうとは限らない可能性についても意識的になる必要があるでしょう。
“従業員エンゲージメントを高めても業績には繋がらない”という可能性です。
例えば、先ほど類似概念として説明しました職務満足感に関する研究などでは、業績との関連性については否定的な立場もあります。74件の先行研究を集めて、業績との関連性があるのかを確認した研究者がいますが、そのうち18.9%は負の相関、つまり職務満足感が高まると業績が落ちるという研究結果が出ています。また、業績と職務満足度の相関が確認できた研究はわずか3.6%にすぎず、それも強い相関ではなかったとの言及もあります。
また、他の類似概念である組織コミットメントについて、パフォーマンスに関する分析を展開した研究者の方もいますが、こちらにおいても、業績との関連性は見られていません。転職意思とか求職意思、それから退職、離転職に関してはポジティブな相関がありましたが、業績に対する相関は見られなかった。
組織コミットメントも職務満足感も、業績との関連性は主張されてはいないのです。
従業員エンゲージメントが職務満足感や組織コミットメントと非常に類似したものであるという解釈を踏まえるのであれば、業績に影響するという言説には慎重に向き合う必要もありそうだなと思います。
従業員エンゲージメントに対するネガティブな意見
先ほど、従業員エンゲージメントが業績に対して影響を与えない可能性についても意識的になるべきだと言いました。これだけエンゲージメントが取り沙汰されている中、なぜそのようなことを提示するのかと思われる方もいらっしゃるかもしれません。
実は、海外のメディア記事や文献を見ていると、従業員エンゲージメントに関して懐疑的な意見も少なくないのです。日本のメディアでは見たことないですが、例えばこんな意見ですね。
『従業員エンゲージメントは手の込んだ従業員満足度のようなものである。Gallup社とシュミット氏の共同開発したQ12は相関係数0.91で従業員満足度の尺度と相関していた』。
どういうことかというと、さっきの職務満足度の定義ありましたよね。それを調べる尺度がいろんな研究によって開発されている。かなり蓄積があるわけですが、そのものさしと従業員エンゲージメントのQ12はほぼ一緒だったと。相関係数1.0が完全相関なんで、0.91っていったらほぼ同じ概念であるわけですね。
また、先ほど従業員エンゲージメントの定義について多様であることを指摘しましたが、これについても批判的なコメントはあります。
『多大な関心を集める従業員エンゲージメント、しかしそこにはHRリサーチャー、コンサルタント、実務家がより効果的に従業員エンゲージメントを高めるにあたっていくつかの課題が存在する。最も重大な課題はエンゲージメントレベルの測定や定義をもっと改善していくことである。最初に定義が提唱されてから、従業員エンゲージメントはその定義を“会社への熱意”だけでなく“心理的な動機”や“離職意図”もその範囲に含めて意味を拡げていった。コンサルティング会社はエンゲージメントの測定をシンプルにしようとしているが、企業がきちんと従業員エンゲージメントに取り組もうとするならばより複雑で明瞭な尺度が求められるだろう。』
つまり、定義の意味合いが広がってきた背景があるにも関わらず、先ほど紹介したQ12やeNPSといった尺度が比較的シンプルに構成されています。それに対する指摘です。
ちょっとネガティブな響きを持った従業員エンゲージメントに対する意見っていうのが、アメリカでは2013年時点で提示されているにも関わらず、まだ日本では言及されていないところも興味深いですよね。
このような従業員エンゲージメントの2つの側面を踏まえつつ、次のパートでは、従業員エンゲージメントがここまで流行している背景について、考察していきたいと思います。