2026年3月24日
偶然を取り込み、意図を磨く:創発と計画の統合メカニズム

組織の活動を動かす力には、二つの異なる方向性があると考えられます。一つは、トップが定めた目標と計画に基づき、組織全体が統率されて動いていくアプローチです。各部署が決められた手順を実行していく、いわば「計画」や「誘導」に基づく動き方です。もう一つは、現場の担当者が自らの判断で行動し、そこから予期せぬアイデアや事業が生まれてくるアプローチです。こちらは「創発」や「自律」に基づく動き方と言えるでしょう。
二つの力は、しばしば対立するものとして捉えられます。計画を重んじれば現場の自由な発想が抑えられ、自律を尊重すれば組織の統一性が損なわれるという見方です。しかし、優れた組織は、この一見矛盾する二つの力を両立させているのではないでしょうか。対立するどころか、互いに補い合い、組織の成長を支える関係にあるのかもしれません。
本コラムでは、いくつかの学術的な探求を手がかりに、組織の中で「創発(自律)」と「計画(誘導)」がどのように働き、共存し、統合されていくのか、その仕組みを検討していきます。現場で生まれた小さな動きが、いかに会社全体を動かす大きな戦略へと発展していくのか。トップダウンの計画とボトムアップのエネルギーが交差する、組織のプロセスを見ていきましょう。
内部ベンチャー戦略は自律的行動が公式化される過程
大きな組織の中で、新しい事業はどのようにして生まれるのでしょうか。経営トップが新規事業の開始を決定し、詳細な計画を立ててスタートする形が想像されるかもしれません。しかし実際には、現場で始まった小さな試みが、やがて会社全体の戦略にまで発展する例も少なくありません。ここでは、そうした現場の自発的な行動が、どのように組織に認められ、公式なものになっていくのか、その過程を追った研究を見ていきます[1]。
この研究は、組織の戦略的行動を二種類に分類します。一つは「誘導的戦略行動」です。これは、会社が既に持つ公式な戦略や方針に沿って、定められた手続きに従って行われる活動です。既存事業の改善や拡大がこれに該当します。もう一つが、新規事業の源泉となる「自律的戦略行動」です。これは、会社の公式な戦略の枠外で、現場の担当者や中間管理職が新しい機会を見つけ、自発的に始める活動を指します。
これらの行動は、それぞれ異なる組織の仕組みに支えられています。誘導的行動を支えるのは「構造的文脈」です。これは、組織構造、予算配分プロセス、人事評価制度といった、日々の業務を動かす公式なルール群を指します。これらのルールは既存事業の効率的な運営を目的としているため、誘導的な行動を促します。
一方、自律的行動が公式な戦略として認められるには、「戦略的文脈」の更新が必要となります。戦略的文脈とは、経営トップが示す会社の方向性や、事業の優先順位に関する判断基準のことです。現場で生まれた自律的な試みが有望だと経営トップが判断し、会社の大きな方針自体をその新しい動きに合わせて見直した時、その行動は組織の正式な戦略の一部となります。
このプロセスは、「変異・選択・保持」という三つの段階で説明されます。初めに、現場の担当者の試行錯誤から多様な事業アイデアが生まれます。これが「変異」です。続いて、それらのアイデアの中から、上司や関連部署、経営会議といった組織内のフィルターを通して有望なものが選び出されます。これが「選択」です。選ばれた事業が成功すると、新しい事業部として組織に定着したり、新たな評価基準や予算枠が設けられたりして、会社の仕組みの一部として根付きます。これが「保持」です。
この一連の流れは、現場担当者が既存戦略にはない新しい機会を見つけ、小さな実験を始めることから始まります。公式な予算がない中で、担当者は自身の裁量で使える資源を駆使してアイデアを具体化します。形になった試みは、次に組織内で活動を支援してくれる上司や役員といった「スポンサー」を探す段階に移ります。ここでは、小さな成功を積み重ねて信頼を得ることが肝心です。
しかし、こうした新しい試みは、既存の事業を前提とした予算サイクルや評価制度としばしば衝突します。この時、スポンサーとなった管理職が、例外的な措置を認めさせたり、特別なチームを編成したりして、活動が継続できるよう保護します。
最終段階として、経営トップがこの新しい事業の将来性を認識すると、大きな転換点が訪れます。トップがこの事業を会社全体の戦略に据えることを決断し、資源配分の優先順位や事業の選択基準を変更するのです。これが「戦略的文脈の更新」です。この段階を経て、自律的な行動は組織に完全に受け入れられ、恒常的な地位を得ることになります。現場から生まれる自律的な「創発」と、経営層による「計画」的な戦略は、敵対するものではなく、時間差のある相互作用のプロセスとして捉えることができるのです。
組織適応は、誘導戦略と自律戦略のプロセスが駆動
先ほど見た、現場から生まれる自律的な動きとトップが導く計画的な動きの相互作用は、組織が変化の激しい環境で生き残り、成長するための「適応」の仕組みです。ここでは、半導体メーカー、インテル社の歴史を分析した研究を手がかりに、この適応のプロセスがどのように機能するのかを見ていきます[2]。
この研究は、組織内で様々な事業やプロジェクトが限られた経営資源をめぐって競争し、淘汰されていく様子を分析します。このプロセスも「変異・選択・維持」の枠組みで説明されます。現場で新しい事業アイデアが生まれるのが「変異」、組織がそれらを選び抜くのが「選択」、選ばれたものが成功体験として定着するのが「維持」です。
この組織内での競争と淘汰は、二つの異なる戦略プロセスによって動かされているとされます。一つは経営トップが定めた戦略に沿って進めるトップダウン型の「誘導された戦略プロセス」、もう一つは現在の戦略の枠外で現場が自発的に新しいアイデアを追求するボトムアップ型の「自律的な戦略プロセス」です。
インテルの事例は、この二つのプロセスがどのように相互作用したかを示しています。創業期のインテルはDRAMというメモリ製品で成功し、「メモリ企業」という戦略を掲げていました。しかし社内には「製造マージンの高い製品に優先的に製造能力を割り当てる」という資源配分ルールがありました。
やがてDRAMの利益率が低下すると、この社内ルールによって、製造能力は意図せずして、より利益率の高かったマイクロプロッサへと自動的にシフトしていったのです。これは、内部の選択プロセスが外部環境の変化に結果的に適応した例と言えます。
一方で、「自律的な戦略プロセス」も活発でした。代表例が、新しい設計思想のマイクロプロッサ開発です。当時、会社の公式戦略は既存の設計に集中することであり、経営層は新しい設計に否定的でした。しかし担当技術者は、この新しいプロセッサを既存製品の補助部品と説明することで承認を得て開発を進め、最終的にその製品が独自の市場を拓けることを証明しました。公式な戦略の枠外で生まれた自律的な取り組みが、その価値を事後的に証明し、組織全体の戦略を変革させたのです。
インテルが「メモリ企業」から「マイクロコンピュータ企業」へと変貌を遂げたのは、トップダウンの計画によるものではありませんでした。計画外の自律的な取り組みであったマイクロプロッサ事業が成功し、会社の能力の主軸が移り変わった結果を、経営層が追認する形で実現したのです。
この事例から、二つの戦略プロセスが組織の適応に異なる形で貢献することがわかります。「誘導された戦略プロセス」は、組織に安定と効率をもたらす一方、過去の成功体験に縛られ、環境変化への対応が遅れる「相対的慣性」を生むことがあります。インテルがDRAM事業からの撤退決断に時間を要したのは、この慣性が働いたためでした。
対して「自律的な戦略プロセス」は、より根本的な組織の変革である「戦略的刷新」を可能にします。これは、経営危機後のトップダウン改革とは異なり、組織内部の実験と学習を通じて、環境変化を先取りする形で戦略を転換させるプロセスです。
インテルの歴史は、経営トップの意図と現場の自発性が、組織の中で相互に作用し、組織を大きな環境変化に適応させる原動力となったことを教えてくれます。
戦略計画と自律行動は、動的環境下で共存し業績を高める
これまで、組織内部のプロセスや事例研究を通して、計画的な動きと自律的な動きの相互作用を見てきました。ここでは視点を変え、これらのアプローチが企業のパフォーマンスにどう結びつくのかを、データに基づいて検証した研究を紹介します[3]。
この研究の出発点は、過去の研究結果が一貫していなかった点にあります。戦略計画が業績を向上させるかについては結論が出ておらず、また現場のマネージャーによる自律的な行動の価値も、十分なデータによる裏付けがありませんでした。そこでこの研究では、戦略計画と自律的行動が業績に与える結びつきを、同時に、そして異なる産業環境で比較検証しました。
「戦略計画」とは、会社の使命の明確化、長期目標の設定、行動計画の策定といった経営の中核活動を指します。「自律的行動」とは、経営トップ以外のマネージャーが戦略的な意思決定をどの程度自身の権限で行えるか、その度合いを指します。
調査は、環境が比較的安定している「食品・家庭用品」、変化が激しい「コンピュータ製品」、中間的な「銀行」という三つの産業グループを対象に行われました。
分析の結果、いくつかの発見がありました。第一に、戦略計画の実践は、調査対象となった三つの産業すべてにおいて、企業の業績とプラスの関連性が見られました。環境の安定度合いにかかわらず、自社の進むべき方向を明確にし、計画的に行動することは、企業のパフォーマンスを高める上で有益である可能性が示されたのです。
第二に、自律的行動については、現場のマネージャーが持つ自律的な意思決定権限が業績にプラスの結びつきを見せたのは、変化が激しい「コンピュータ製品」産業においてでした。比較的安定している他の二つの産業では、その結びつきははっきりとしませんでした。このことから、現場の判断で迅速に行動し学ぶことの価値は、環境の不確実性が高い場合に特に発揮されると考えられます。
第三に、この二つのアプローチの関係性です。戦略計画と自律的行動は、互いを強め合うといった相互作用は確認されませんでした。この結果から、両者はそれぞれが独立して業績に貢献する、共存可能な二つのプロセスであると解釈できます。ただし、変化の激しいコンピュータ製品産業においては、両方を高いレベルで実践している企業が、片方だけを実践している企業よりも明らかに高い業績を達成していました。
この研究は、計画と自律を二者択一の問題として捉えるべきではないことをデータで裏付けました。両者は対立するものではなく、共存させるべきものであり、それぞれが異なる形で企業の強みとなり得ます。
創発的戦略は、計画による統合を経て業績を最大化
これまでの議論で、組織の中では「計画」と「創発」が働き、両者の共存が企業のパフォーマンスにとって有益であることが見えてきました。ここでは、両者の「統合」の仕組みに迫ります。現場から自発的に生まれる創発的な動きは、どのように計画的なプロセスと結びつき、その価値を最大限に発揮するのでしょうか。
この研究は、企業の戦略が、経営層による意図的な計画と、組織の様々な階層からの自律的な行動を通じた創発の両側面を持つという認識から出発します[4]。そして、これら二つのプロセスがどう相互作用し、業績を高めるのかを定量的に分析することを目指しました。
そのために「適応的戦略策定モデル」という枠組みを構築しました。このモデルでは、戦略策定を、現場の創発性を促す「創発的戦略モード」と、組織全体の整合性をとる「意図的戦略モード」の二つに分けて捉えます。「創発的戦略モード」は、中間管理職の「自律性」(トップの承認なしに行動できる度合い)と戦略決定への「参加」の度合いで構成されます。一方、「意図的戦略モード」は、「戦略的計画」の実践度合いで表されます。
これらの戦略モードが、組織の「適応的行動」(新しいアイデアを生み出し、仕事のやり方を変える能力)を介して、最終的な「業績」にどうつながるかを検証しました。特に、現場の創発性から生まれた「適応的行動」が、「戦略的計画」のプロセスに組み込まれることで、間接的にも業績を高めるのではないかという仮説を立てました。
このモデルを検証するため、185の事業体を対象に調査を行い、収集したデータを統計手法で分析しました。
分析の結果、立てられた仮説はすべて支持されました。中間管理職の「自律性」や「参加」といった創発的モードは、組織の「適応的行動」を活発にし、その「適応的行動」は企業の「業績」を直接的に高めていました。同時に、「戦略的計画」もまた、それ自体が直接的に「業績」を高めていました。
この研究における最大の発見は、これらの直接的な結びつきに加え、創発と計画をつなぐ間接的な経路が統計的に確認されたことです。分析の結果、「適応的行動」が活発であるほど「戦略的計画」の実践度合いも高まり、それが「業績」につながるという流れが示されたのです。これは、現場から生まれる創発的な活動や学びが、組織の公式な計画プロセスに取り込まれ、そこで統合・調整されることで、業績への貢献が大きくなる仕組みを物語っています。
この結果は、創発と計画の動的な関係性を示しています。創発的モードは組織の「適応能力」の源泉となり、意図的モードは「経済的効率性」を高める調整機能を果たします。組織のパフォーマンスを最大化するのは、この二つが連携する時です。創発的な行動によって生まれた新しい試みを、戦略計画のプロセスが受け止め、組織全体の方向性と整合性をとる。これによって、現場の試行錯誤が組織全体の経済効率性を伴った成長へと結びつくのです。
脚注
[1] Burgelman, R. A. (1983). A process model of internal corporate venturing in the diversified major firm. Administrative Science Quarterly, 28(2), 223-244.
[2] Burgelman, R. A. (1991). Intraorganizational ecology of strategy making and organizational adaptation: Theory and field research. Organization Science, 2(3), 239-262.
[3] Andersen, T. J. (2000). Strategic planning, autonomous actions and corporate performance. Long Range Planning, 33(2), 184-200.
[4] Andersen, T. J., and Nielsen, B. B. (2009). Adaptive strategy making: The effects of emergent and intended strategy modes. European Management Review, 6, 94-106.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。近著に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』(すばる舎)、『世界の研究者はマネジメントをどう分析しているのか』(労務行政)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。
