2026年3月24日
なぜ丁寧な教育が逆効果になるのか:組織社会化のパラドックス

新しい職場に足を踏み入れる瞬間、誰もが期待と少しの不安を胸に抱くのではないでしょうか。自分の能力は通用するのか、新しい同僚とうまくやっていけるのか、この組織は自分に合っているのだろうか。こうした思いは、新入社員であれ経験豊富な転職者であれ、多くの人が共有する感覚かもしれません。
人と組織の相性は、偶然や第一印象だけで決まるものではありません。そこには、採用の段階から入社後の教育、日々の業務の進め方まで、組織が意図的あるいは無意識的に用いる様々な仕組みや働きかけが関わっています。組織がどのような人を求め、どのように育てようとするのか。個人はそれにどう応え、自らの価値観や働き方を調整していくのか。この相互作用のプロセスは、個人の仕事に対する満足度や組織への愛着、ひいては長期的なキャリア形成にまで関わってきます。
本コラムでは、人が組織に順応していく過程を、いくつかの研究を手がかりに紐解いていきます。価値観の適合から、専門職が直面する制度的な壁、新人を育てるための戦術がもたらす長期的な帰結まで、様々な角度から人と組織の関係性を見つめ直します。
組織社会化と採用選抜で価値観は適合していく
組織とそこで働く人々の間に「価値観の適合」がどのように生まれるのかを解き明かそうとした研究があります。この調査では、人が組織に加わる過程を「選抜」と「社会化」という二つの経路に分けて捉えています。「選抜」とは、採用活動を通じて、もともと組織の価値観と似た考えを持つ人々が集まってくる過程です。一方の「社会化」は、入社後の様々な経験を通じて、個人の価値観が組織のそれに近づいていく過程を指します。この二つが、価値観の適合という現象にそれぞれどのように貢献しているのかを、米国の大手監査法人に入社した新入社員を対象とした長期的な追跡調査によって検証しました[1]。
この研究の興味深い点は、価値観の適合度を客観的な数値で捉えようとした試みにあります。そのために「組織文化プロフィール(OCP)」と呼ばれる測定法が用いられました。
これは、チームワーク、革新性、成果主義といった組織文化を構成する様々な価値観を記述した数十枚のカードを、個人が「自分が望ましいと考える職場の価値観」の順に並べ替えるというものです。同じカードを、その組織で既に働いている従業員たちにも「自分たちの組織が奨励している価値観」の順に並べてもらい、その平均的な順序を「組織の価値観プロフィール」とします。新入社員が並べた個人の価値観の順序と、組織の価値観の順序がどれだけ似ているかを統計的な指標で算出することで、両者の適合度を数値化しました。
調査は、新入社員が入社する前と、入社して一定期間が経過した後の二つの時点で行われました。入社前の段階で新入社員の価値観を測定したところ、そのプロフィールは、自身が入社する予定の組織の文化プロフィールと既に正の相関関係にあることが分かりました。これは、企業の採用広報や選考過程で発信されるメッセージ、あるいは応募者自身が企業の情報を集めて自分に合うかどうかを判断する自己選抜のプロセスを通じて、入社前からある程度の価値観の合致が起きていることを物語っています。
入社後の変化を追うと、多くの新入社員において、組織との価値観の適合度が上昇していました。この変化の仕方は、組織の文化によって異なっていました。例えば、競争が激しく高い成果を求める文化の組織では、新入社員もそうした価値観をより強く抱くようになり、一方でチームワークや相互支援を重んじる文化の組織では、協調性に関する価値観が強まる、といった具合です。日々の業務、上司からの評価、同僚との関わりといった社会化のプロセスが、組織固有の文化に合わせて個人の価値観を微調整していく様子がうかがえます。
この価値観の適合度は、従業員の態度や行動に関連していました。適合度が高い人ほど、仕事に対する満足感や組織への貢献意欲が高く、離職を考える割合が低いという結果が得られました。実際の離職行動を追跡した調査でも、適合度が低い人ほど組織を去る確率が高いことが確認されています。
組織社会化は制度的制約で専門職の役割を限定し得る
先ほどは、組織と個人の価値観が徐々に適合していく過程を見ましたが、人が組織に馴染んでいくプロセスは、いつも円滑に進むとは限りません。高度な専門性を持つ職業の場合、組織の制度や慣習が、その専門能力の発揮を制約してしまうことがあります。ここでは、臨床現場で働くアスレティックトレーナー(AT)が、組織の一員となる過程でどのような経験をするのかを質的に探った調査を見ていきましょう[2]。ATはスポーツ選手の健康管理やリハビリテーションを専門としますが、近年は病院やクリニックといった臨床の場で働く機会も増えています。
この調査は、米国の臨床現場で働く経験豊富なATたちを対象に、複数回にわたるオンライン・インタビューを通じて行われました。質問内容は、採用されてから最初に受けたオリエンテーション、理学療法士など他の専門職との協働の実際、周囲から自身の専門性がどのように認識されているか、といった多岐にわたるものでした。集められた回答は分析され、ATたちが共有する経験のなかに共通のテーマを探し出すという手法が取られました。
分析の結果、三つの大きなテーマが浮かび上がりました。第一に、ATたちが経験する導入教育のあり方は多様であるということです。全体の約半数は、特に体系的な研修はなく、現場に配属されてから先輩のやり方を見よう見まねで覚えたり、必要に応じて質問したりしながら仕事を学ぶという、非構造的な社会化を経験していました。一方で、大規模な医療機関に所属するATたちは、数日間にわたる集合研修や電子カルテの操作訓練など、構造化されたフォーマルな導入教育を受けていました。
第二のテーマは、チーム医療におけるATの立ち位置が二極化しているという現実です。回答者の約8割は、医師や理学療法士などと対等な関係で協働し、患者の評価や治療方針の決定に関与できている「チームの中核メンバー」であると認識していました。しかし、残りの約2割は、他職種の補助的な業務や雑務が中心となり、専門性を十分に発揮できずにいる「従属的な立場」に置かれていると感じていました。
このような立場の違いが生まれる背景には、組織内でのATの専門性への理解不足だけでなく、制度的な問題が存在していました。例えば、公的医療保険の診療報酬制度がATの業務を対象としていなかったり、州の法律がATの業務範囲を制限していたりする場合、組織としてはATに責任ある業務を任せたくても任せられない、という状況が生まれてしまうのです。
第三のテーマは、そうした制約がありながらも、多くのATが多職種との協働に肯定的な価値を見出している点です。異なる専門性を持つ人々が協力することで、患者に対してより包括的なケアを提供できると感じていました。また、他職種の知識や技術を学ぶことが、自身のスキルアップや成長にもつながると捉えていました。
組織社会化の効果は役割意識には長く、帰属意識には短い
組織が新しく入ってきたメンバーを一人前にするために用いる働きかけ、すなわち「社会化戦術」は、その人の仕事への取り組み方や組織への愛着にどのような変化をもたらすのでしょうか。その変化は時間と共にどう移り変わっていくのでしょうか。ある縦断研究では、ビジネススクールを卒業して新しい職に就いた人々を対象に、入社後6ヶ月と12ヶ月の二つの時点で調査を行い、社会化戦術がもたらす帰結の持続性を検証しました[3]。
この研究では、組織が用いる社会化戦術を、大きく二つのタイプに分類しています。一つは「制度的社会化」と呼ばれるもので、新入社員を一同に集めて集合研修を行ったり、キャリアパスの段階や順序を定めたり、指導役となる先輩社員をつけたりする、体系的で構造化されたアプローチです。もう一つは「個別的社会化」で、現場での実務を通じて個別に指導したり、キャリアの進め方を本人に委ねたりする、柔軟で非公式なアプローチを指します。
これらの戦術がもたらす結果として、「役割志向」と「組織コミットメント」という二つの側面が測定されました。「役割志向」とは、仕事への取り組み姿勢のことで、既存のやり方やルールを忠実に守ろうとする「カストディアルな姿勢」と、自ら仕事の進め方を改善したり新しい領域に挑戦したりしようとする「革新的な姿勢」の両極で捉えられます。「組織コミットメント」は、組織に対する情緒的な愛着や、組織のために貢献したいという意欲を意味します。
調査の結果、役割志向については、制度的な社会化戦術を経験した人ほど、カストディアルな姿勢を強く持つことが分かりました。体系的な教育は、組織が求める行動基準を伝え、逸脱を防ぐ方向に作用すると考えられます。この関係は、入社後6ヶ月の時点だけでなく、12ヶ月の時点でも同様に見られ、初期の社会化経験が、仕事への基本的なスタンスとして比較的長く維持されることを示唆しています。
一方、組織コミットメントについては、異なる様相が見られました。入社後6ヶ月の時点では、制度的な社会化戦術を経験した人ほど、組織へのコミットメントが高いという結果でした。構造化された導入は、新人が抱える不安や混乱を和らげ、組織への信頼感を育むのに役立つのでしょう。しかし、入社後12ヶ月の時点になると、この関係は大幅に弱まっていました。
社会化戦術がコミットメントを高める働きは、比較的短期的なものである可能性がうかがえます。初期の導入経験がもたらす安心感の効果は時と共に薄れ、その後は日々の仕事の経験や人間関係といった、他の要因がコミットメントを左右するようになっていくのかもしれません。
組織コミットメントが高い人は既存のやり方に固執し、革新的な姿勢を失いがちになるのではないかという懸念がありましたが、この調査ではそのようなトレードオフの関係は見出されませんでした。入社後6ヶ月の時点では、コミットメントが高いほど革新性が低いというわずかな関連が見られたものの、12ヶ月後にはその関連はほとんどなくなっていました。
組織社会化は中途半端な支援だと満足度低下を招く
新入社員が経験する感情の変化として、「ハングオーバー効果」と呼ばれる現象があります。これは、入社直後の高揚感が落ち着くと共に、仕事への満足度が徐々に低下していくパターンを指します。では、組織が新人を支援するために行う様々な社会化の取り組みは、この満足度の低下を食い止めることができるのでしょうか。それとも、かえって悪化させてしまうこともあるのでしょうか。ある研究では、この問いに答えるため、米国のエンターテイメント・ホスピタリティ企業の新入社員を6ヶ月間にわたって追跡調査しました[4]。
この調査では、入社後2週間、6週間、3ヶ月、6ヶ月という4つの時点で、新入社員の仕事満足度と離職意思を繰り返し測定しました。これによって、各個人の満足度が時間と共にどのように変化していくかの「軌跡」を捉えることができます。そして、組織が行う社会化の取り組み(学習内容の順序や時期を定める「内容面」、集合研修などの「文脈面」、先輩による指導や個性の尊重といった「社会面」の三次元で測定)が、この満足度の変化の軌跡にどう結びつくのかを分析しました。
分析から得られた発見は、社会的な支援、例えば手厚いメンタリングなどを受けた人ほど、満足度の低下速度が速まるという、一見すると直感に反する結果でした。これは、手厚い支援が初期の期待感を過度に高めてしまうため、その後の現実とのギャップが大きくなり、結果として幻滅感や満足度の低下がより急激に進んでしまうという解釈が可能です。「ハネムーンが華やかであるほど、その後のハングオーバーもきつくなる」というわけです。
しかし、分析をさらに進めると、より複雑な関係性が見えてきました。社会化の取り組みの「程度」に着眼すると、その効果が直線的ではないことが明らかになりました。内容面、文脈面、社会面のいずれの取り組みにおいても、その実施レベルが低い、あるいは中途半端な水準である場合には、満足度の低下を加速させてしまうという結果でした。ところが、実施レベルが非常に高い水準に達すると、逆に満足度の低下を「和らげる」方向に転じることが確認されたのです。これは、U字型の曲線のような関係です。
この結果が物語るのは、社会化の取り組みが生半可なものでは逆効果になりうるということです。中途半端な支援は、満たされることのない期待だけを生み出し、かえって満足度の急落を招きかねません。一方で、非常に高いレベルで、一貫性をもって徹底的に支援が行われる場合には、新人が直面する困難を乗り越えるための実質的な資源(スキル、知識、人間関係など)が十分に提供されるため、初期の高揚感が薄れた後の落ち込みを支え、満足度の低下を緩やかにすることができると考えられます。
この満足度の変化の軌跡は、従業員の行動にも結びついていました。満足度が急激に低下していく人ほど、離職したいという気持ちが急速に高まり、それが最終的に実際の離職につながる確率も高かったのです。このことから、社会化の取り組みの質が、満足度の軌跡を介して、従業員の定着にまで連鎖的に及んでいくプロセスが浮かび上がります。
脚注
[1] Chatman, J. A. (1991). Matching people and organizations: Selection and socialization in public accounting firms. Administrative Science Quarterly, 36(3), 459-484.
[2] Pitney, W. A., and Mazerolle, S. M. (2012). Organizational socialization experiences of athletic trainers working in the clinical context. Athletic Training & Sports Health Care, 4(6), 265-274.
[3] Allen, N. J., and Meyer, J. P. (1990). Organizational socialization tactics: A longitudinal analysis of links to newcomers’ commitment and role orientation. Academy of Management Journal, 33(4), 847-858.
[4] Wang, D., Hom, P. W., and Allen, D. G. (2017). Coping with newcomer “hangover”: How socialization tactics affect declining job satisfaction during early employment. Journal of Vocational Behavior, 100, 196-210.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。近著に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』(すばる舎)、『世界の研究者はマネジメントをどう分析しているのか』(労務行政)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。
