2026年3月19日
キャリアとウェルビーイングをつなぐ:キャリア・アダプタビリティの可能性

私たちは今、変化の予測が難しい時代を生きています。働き方、求められるスキル、キャリアそのものの考え方が移り変わっています。一つの会社で定年まで勤め上げるというモデルが必ずしも当たり前ではなくなり、キャリアの途中で、転職や学び直し、時には予期せぬキャリアの停滞や中断といった、様々な転機に直面する人も増えています。
このような不確実な状況の中で、私たちはどのように自身のキャリアを築き、そして心豊かな人生を送っていけばよいのでしょうか。その鍵を握る概念として深く探究されているのが「キャリア・アダプタビリティ(Career Adaptability)」です。
キャリア・アダプタビリティは、単に環境の変化に受動的に耐える「忍耐力」とは異なります。変化を予期し、それに備え、主体的に関わっていくための、個人の内なる「資源」や「準備」を指す概念です。
本コラムでは、この「キャリア・アダプタビリティ」が、私たちの仕事や人生にどのようなポジティブな「成果」をもたらすのかに焦点を当てます。キャリア・アダプタビリティが高い人は、仕事の成功だけでなく、日々の満足感や幸福感といった内面的な豊かさにも恵まれるのでしょうか。
キャリア・アダプタビリティは幅広い成果を高める
キャリア・アダプタビリティとは、具体的にはどのような力なのでしょうか。この概念を提唱した理論によれば、それは4つの異なる側面から構成される心理的な資源であるとされます。
第一に「関心(Concern)」です。自分の将来のキャリアについて考え、準備しようとする意識です。第二に「統制(Control)」です。自分のキャリアは自分自身でコントロールできるという感覚です。第三に「好奇心(Curiosity)」です。自分自身や仕事の可能性について、視野を狭めずに探求しようとする態度です。第四に「自信(Confidence)」です。キャリアに関する課題や困難に直面したとき、自分なら乗り越えられるという信念です。
これら4つの資源をどの程度備えているかが、その人のキャリア・アダプタビリティのレベルをあらわすとされます。
このキャリア・アダプタビリティは、どのような人の特性と関連し、どのような行動や結果につながっているのでしょうか。過去90件の研究を統計的に統合した大規模なレビューが、この問いに答えています[1]。
その分析結果は、キャリア・アダプタビリティが、個人の特性、適応的な行動、キャリアの成果という、広範な領域と結びついていることを明らかにしました。
初めに、どのような人がキャリア・アダプタビリティを持ちやすいのかという点です。個人の基本的な性格特性(ビッグファイブ)すべてと正の関連が見られました。特に「誠実性」との関連が最も強く、「外向性」「開放性」「情緒安定性」と続きました。また、主体的に行動する特性や、自尊感情、希望、楽観主義といったポジティブな心理状態とも強い関連が確認されました。
続いて、キャリア・アダプタビリティが高い人は、どのような行動をとるのかという点です。キャリア・アダプタビリティが高い人は、「キャリアプランニング」や「キャリア探索」といった行動をとりやすく、キャリアに関する「自己効力感」も高いことが分かりました。
最も着目したいのが、キャリア・アダプタビリティがどのような「成果」につながっているかです。
「キャリア・アイデンティティ」の確立、「天職感」、「キャリア満足」、「職務満足」、「エンプロイアビリティ」(雇用されうる能力)、「職務パフォーマンス」、「エンゲージメント」(仕事への熱意)といった多様な成果と正の関連がありました。収入とも弱いながら正の関連が認められました。
一方で、ネガティブな状態とは負の関連がありました。「職務ストレス」や「離職意図」(仕事を辞めたいと考えること)が低いことと関連していたのです。
この関連は、仕事の領域にとどまりませんでした。「人生満足度」や「ポジティブ感情」が高いこと、「ネガティブ感情」が低いこととも関連しており、キャリア・アダプタビリティが個人の全般的なウェルビーイング(幸福感)にも結びついている可能性がうかがえます。
この分析では、キャリア・アダプタビリティがただの性格特性の言い換えではないことも検証されました。個人の性格特性の影響を統計的に取り除いた後でも、キャリア・アダプタビリティは人生満足度やキャリア満足度、パフォーマンスといった成果を予測する独自の力を持っていました。
キャリア・アダプタビリティは2年後の満足を高める
先ほどは、キャリア・アダプタビリティが、仕事の成功から人生の満足度にいたるまで、非常に幅広い「成果」と関連していることを確認しました。しかし、その多くは、ある一時点での「関連」を見たものでした。キャリア・アダプタビリティが高いから満足度が高いのか、それとも満足度が高いからキャリア・アダプタビリティが高まるのか、といった時間的な前後関係までは、はっきりとしませんでした。
キャリア・アダプタビリティが本当に「成果」をもたらす源泉なのであれば、現在のキャリア・アダプタビリティのレベルが、「将来」のウェルビーイングを予測するはずです。スイスの成人就労者1007名を2年間追跡した研究が、この点を検証しています[2]。
この研究の第一の問いは、調査開始時点(T1)のキャリア・アダプタビリティが、2年後(T2)の従業員のウェルビーイング(仕事満足度、人生満足度、知覚ストレス)を予測するかどうかという点でした。研究者たちは、キャリア・アダプタビリティがウェルビーイングを長期的に維持する「安定した基盤」として機能するかを調べました。
分析では、調査開始時点(T1)のウェルビーイングを考慮したうえで、T1のキャリア・アダプタビリティが2年後(T2)のウェルビーイングの変化を予測するか検証されました。
結果、T1のキャリア・アダプタビリティが高い従業員は、2年後(T2)の「知覚ストレス」が有意に低く、「人生満足度」と「仕事満足度」は有意に高くなっていました。これらの結果は、キャリア・アダプタビリティが、キャリア中期の成人においても、2年という長い期間を経てもなお、将来の心理的な健康状態を支える「安定した基盤」として機能していることを物語っています。
この研究は、もう一つの問いも立てていました。それは、キャリア・アダプタビリティが、どのような状況下で「特に」役立つのかという問いです。キャリア・アダプタビリティは、困難な状況下で特に役立つのではないかと考え、いくつかの状況が検証されました。その結果、いくつかの境界条件が確認されました。
「仕事関連の重要なライフイベント」(昇進や異動など)を経験したグループでは、キャリア・アダプタビリティが2年後の「仕事満足度」と「人生満足度」を高める結びつきが、そうでないグループより有意に強くなっていました。キャリア上の大きな変化を経験した人にとって、キャリア・アダプタビリティが満足度を支えるより大きな拠り所となっていたようです。
「キャリアの見通しが限られている」と感じるグループでは、キャリア・アダプタビリティが2年後の「仕事満足度」を高める結びつきが、見通しが良好なグループより強くなっていました。将来への見通しが立たないという制約下で、キャリア・アダプタビリティが仕事上の満足感を維持するために、より大きな働きをしていたことがうかがえます。
この結果は、キャリア・アダプタビリティが、長期的にウェルビーイングを支える「安定した機能」と、キャリア上の困難な状況下で「特に」満足度を支える「動的な機能」の両方を持つ可能性を示しています。
キャリア・アダプタビリティは心理的資本を介して離職意向を下げる
先ほどは、キャリア・アダプタビリティが将来のウェルビーイング(満足度)を高め、ネガティブな状態(ストレス)を低減させる長期的な働きを持つことを見てきました。ネガティブな状態の低減という点に関連して、多くの組織にとって深刻な問題である「離職」を防ぐ上で、キャリア・アダプタビリティはどのように関わっているのでしょうか。
とりわけ、仕事の負担が大きい厳しい労働環境では、離職意向が高まりやすくなります。このような状況下で、キャリア・アダプタビリティは、どのように従業員の離職意向を押しとどめるのでしょうか。中国本土で離職率が課題となっている介護助手276名を対象とした研究が、この心の「メカニズム」に着目しました[3]。
この研究が立てた問いは、キャリア・アダプタビリティが、離職意向を「直接的に」下げるのか、それとも、何か別の心理的な要因を「介して」間接的に下げるのか、という点です。研究者たちが媒介要因として着目したのが、「心理的資本」です。これは「自己効力感」「希望」「レジリエンス(回復力)」「楽観主義」という4つの肯定的な心理状態を指します。
「キャリア・アダプタビリティが、まず『心理的資本』を高め、その高まった『心理的資本』が結果として『離職意向』を低下させる」という媒介仮説が立てられました。調査は、質問票を用いてこれらの3つの変数を同時に測定する方法で行われました。
分析の結果、キャリア・アダプタビリティが高い人ほど心理的資本が高く、離職意向は低いという基本的な関連が確認されました。
そして、媒介効果を検証したところ、キャリア・アダプタビリティから離職意向への「直接的な」経路は認められず、キャリア・アダプタビリティが「心理的資本」を高め、その「心理的資本」が「離職意向」を低減させるという「間接的な」ルートのみが統計的に有意でした。
これは、キャリア・アダプタビリティが離職意向に与える影響が、心理的資本によって「完全」に媒介されていることを意味します。キャリア・アダプタビリティは、内面的な強さ(心理的資本)を育み、その強さが組織に留まる意欲を支え、離職意向を低下させていると考えられます。さらに分析したところ、この媒介効果はキャリア・アダプタビリティの4次元のうち、特に「好奇心」の次元を通じて最も強く表れていました。
キャリア・アダプタビリティ向上はパワー感と人生満足を高める
これまでの議論では、主に就労している成人を対象に、キャリア・アダプタビリティが仕事の成果、将来のウェルビーイング、離職意向といった「成果」にどのように結びついているかを見てきました。
キャリア・アダプタビリティはキャリア開始前の「青年期」において、どのような意味を持つのでしょうか。その発達は、若者にどのような成果をもたらすのでしょう。この点を、スイスの中学2年生330名を1年間追跡した縦断研究が調べています[4]。研究対象となった生徒たちは、卒業後に職業訓練に進むか、進学校に進むかという、キャリアの分岐点に直面している時期でした。
研究の主な問いは、「キャリア・アダプタビリティの向上(キャリア選択準備、計画、探索、自信の総合レベル)が、青年にどのような成果をもたらすか」でした。成果の指標として、「パワー感(自分に起こることをコントロールできる感覚)」と「人生満足度」という、ポジティブな若者育成の指標が用いられました。
調査は学年当初(T1)と終了時(T2)の2回行われました。分析では、T1時点のパワー感や個人の感情傾向などを考慮した上で、この1年間の「キャリア・アダプタビリティの向上」が、T2時点の「パワー感の向上」や「人生満足度」に独自の貢献をしているかが検証されました。
結果、1年間でキャリア・アダプタビリティが向上した生徒は、そうした他の要因を差し引いてもなお、「パワー感」の有意な向上と、より高い「人生満足度」を報告していました。
この研究は、青年期のキャリア準備が、「将来の仕事のため」だけではないことを示しています。キャリア課題に主体的に向き合い、キャリア・アダプタビリティを高めていくプロセスが、彼ら彼女らの「今」を生きるうえでの幸福感や、「自分の人生は自分でコントロールできる」というパワー感を育むことにもつながっているのです。
脚注
[1] Rudolph, C. W., Lavigne, K. N., and Zacher, H. (2017). Career adaptability: A meta-analysis of relationships with measures of adaptivity, adapting responses, and adaptation results. Journal of Vocational Behavior, 98, 17-34.
[2] Urbanaviciute, I., Udayar, S., and Rossier, J. (2019). Career adaptability and employee well-being over a two-year period: Investigating cross-lagged effects and their boundary conditions. Journal of Vocational Behavior, 111, 74-90.
[3] Sun, C., Xing, Y., Wen, Y., Wan, X., Ding, Y., Cui, Y., Xu, W., Wang, X., Xia, H., Zhang, Q., and Yuan, M. (2023). Association between career adaptability and turnover intention among nursing assistants: the mediating role of psychological capital. BMC Nursing, 22, 29.
[4] Hirschi, A. (2009). Career adaptability development in adolescence: Multiple predictors and effect on sense of power and life satisfaction. Journal of Vocational Behavior, 74, 145-155.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。
