2026年3月19日
データで読み解く「キャリア自律」の可能性:離職のリスクか、組織の味方か(セミナーレポート)

ビジネスリサーチラボは、2026年2月にセミナー「データで読み解く『キャリア自律』の可能性:離職のリスクか、組織の味方か」を開催しました。
変化の激しい現代において、会社が社員に固定的なキャリアパスを用意することは難しくなっています。社員一人ひとりが自ら考え、行動する「キャリア自律」の必要性が叫ばれています。その鍵となるのが「キャリア・アダプタビリティ(適応力)」という概念です。
キャリア・アダプタビリティとは、変化に対して関心を持ち、自分の行動を自分でコントロールし、好奇心を持って新しい可能性を探り、自信を持って課題に取り組む力のことです。重要なのは、これが生まれつきの性格だけで決まるものではなく、育成したり、環境によって変化させたりできる能力だということです。
しかし、社員の適応力を高めることは、必ずしも組織にとって良い結果ばかりをもたらすとは限りません。多くの研究データが示しているのは、適応力の高さが持つ複雑な側面です。
適応力が高い社員は、確かに高い成果を出す傾向がありますが、組織からのサポートが不十分な環境では、その高い適応力が裏目に出ることがあります。適応力があるからこそ、現状に見切りをつけ、より良い環境を求めて会社を去るという選択肢を取りやすくなるのです。良かれと思って進めた自律支援が、かえって優秀な人材の流出を招いてしまうという矛盾がここにあります。
また、上司の日々の接し方や、仕事に対する思い入れ、AIなどの新技術への不安といった要素が、社員の適応力と組み合わさった時に、どのような化学反応を起こすのかについても多くの知見が得られています。
※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。
はじめに
社員が自ら主体的にキャリアを考え、行動に移すことは一つの理想的な姿とされています。しかし、組織としては、容易には解消しがたい葛藤が存在していることがあります。それは、社員が優秀になり、環境の変化に対応する適応力を高めれば高めるほど、現在の組織に見切りをつけ、外部へと流出してしまうのではないかという懸念です。
この懸念はただの心配事ではなく、人的資本経営を推進する上での実質的な課題となっています。社員に対して自律を求めながら、同時に組織への定着も求めることは、相反する要求を同時に満たそうとする矛盾を伴うからです。
本講演では、この複雑な課題に対し、学術的な知見に基づいてアプローチします。具体的には「キャリア・アダプタビリティ」という概念を軸に、どのような条件下で社員の成長が離職のリスクとなり、どのような環境下であれば組織の成果へと還流されるのかを解説します。蓄積されたデータと実証的な証拠をもとに、人事施策の指針となる論理を構築していきます。
キャリア・アダプタビリティの本質と可変性
個人がキャリアを健全に形成していくために重要な能力として、キャリア・アダプタビリティという概念が重要視されています。キャリア・アダプタビリティは、キャリア上の課題や予期せぬ変化に対して、個人が心理的に準備を整え、適切に対処するための資源の総体という意味で用いられます。
具体的には、将来のキャリアに対して「関心」を持ち備えようとする意識、自身のキャリア構築に責任を持ち決定を下そうとする「統制感」、自身の可能性や周囲の機会を探求しようとする「好奇心」、困難な課題に直面しても解決できると信じる「自信」という4つの側面から構成されています。これらは生まれ持った固定的な性格特性とは異なり、個人の心理社会的な資源です。
キャリア・アダプタビリティが、固定的な能力ではなく、日々の状況や介入によって変化し得るものであることを示した研究があります[1]。オランダの大学職員および米国の多様な職種の就業者を対象に実施された調査では、日誌法という手法が用いられました。参加者は一週間にわたり、毎日その日の適応的な行動と業務成果、満足度を記録しました。
分析の結果、キャリア・アダプタビリティの発揮度合いには個人差があるだけでなく、同一人物内でも日によって変動があることが明らかになりました。さらに、その日の適応的な行動レベルが高いほど、その日の業務成果や満足度も高まるという関連性が確認されました。これは、適応力が環境や状況に応じて変動する側面を持つことを示唆しており、人事施策による介入によって高めることが可能であることを意味します。
意図的なトレーニングによってキャリア・アダプタビリティを向上させ、維持できる可能性を示唆した研究も存在します。オランダの大学卒業予定者を対象に行われた実験的な調査では、一日がかりのキャリア・ワークショップが実施されました[2]。このプログラムは、自己理解を深めるワークや模擬面接、将来の理想像の視覚化、具体的な行動計画の策定などを通じて、キャリア・アダプタビリティの4つの側面を刺激するように設計されていました。
結果、トレーニングを受けたグループは、受けなかったグループと比較して、半年後の時点でも統制感や好奇心といった資源が高い水準で維持されていました。重要な点は、トレーニングを受けた参加者が就いた仕事の質が高かったことです。彼ら彼女らは仕事への満足度が高く、組織との適合感も良好でした。この知見は、企業が社員に対して適切な教育機会を提供することで、不確実な環境下でも社員の心理的資源を枯渇させず、質の高い雇用関係を構築できる可能性を示しています。
適応力が離職リスクとなるメカニズム
キャリア・アダプタビリティの向上は、個人の就業能力や精神的健康を高める一方で、組織にとっては離職リスクの増大という望ましくない結果をもたらす可能性があります。この現象は、適応力の高い人材が自身の市場価値を認識し、より良い条件を求めて外部へ移動する能力も同時に高まるために生じると考えられます。
カナダ連邦政府の公務員を対象とした研究では、組織による支援と離職意図との間に存在する複雑な関係性が検証されました[3]。分析の結果、意思決定への参加や上司からのキャリア支援といった組織的な取り組みは、従業員の組織への情緒的な愛着を高め、離職意図を低下させる効果を持つことが確認されました。
しかし同時に、これらの支援は従業員のキャリア・アダプタビリティをも高めていました。そして、高まったキャリア・アダプタビリティは、組織への愛着を高める経路とは別に、直接的に離職意図を高める要因としても機能していました。組織が良かれと思って行う支援は、従業員を組織に留める力を生むと同時に、組織から離れるための力も与えてしまうという二面性を持っていることが実証されました。
キャリア・アダプタビリティが離職に結びつくか否かを分ける要因として、職場の社会的支援の有無が挙げられます。米国およびナイジェリアのホテル従業員を対象とした複数の研究において、この点が検証されました[4][5]。米国の研究では、新型コロナウイルス感染症の流行という不確実性の高い状況下で調査が行われました。
その結果、上司や同僚からの支援が乏しい職場環境においては、キャリア・アダプタビリティが高い従業員ほど離職意図が高くなる傾向が示されました。支援が得られない状況では、従業員は自身の適応力を組織内部での課題解決ではなく、外部への脱出機会を探索するために使用すると解釈できます。対照的に、職場の支援が手厚い環境では、適応力の高さは離職意図の低下と関連していました。これは、従業員が組織からの恩恵に対して報いようとする心理が働き、自身の能力を組織貢献のために発揮しようとするためと考えられます。
従業員がとる具体的なキャリア行動の種類によっても、組織への定着に対する影響は異なります。オランダで人員削減が行われている組織の従業員を対象とした縦断的な研究では、キャリア探索とキャリア計画という二つの行動の影響が比較されました[6]。
自分の興味や外部の仕事について情報を集めるキャリア探索行動は、その後の組織への忠誠心を低下させ、離職行動を促進することが明らかになりました。一方、将来の目標を設定し達成戦略を練るキャリア計画行動は、組織への忠誠心を高める方向に作用していました。不確実な状況下において、単に外部へ目を向ける探索は離職を招きますが、将来への見通しを持つための計画立案は、従業員に心理的な安定をもたらし、組織への定着を促す可能性があることを示唆しています。
個人のキャリア・アイデンティティの確立度合いも、適応力と離職意図の関係を調整する要因です。中国の企業従業員を対象とした調査では、キャリアの方向性や目標が明確でない、すなわちアイデンティティが低い従業員においてのみ、キャリア・アダプタビリティの高さが離職意図の高さと結びつくことが判明しました[7]。
確固たる目標を持たずに適応力だけが高い状態は、現状への不満を外部への逃避によって解決しようとする行動につながりやすいと考えられます。逆に、明確なキャリア目標を持つ従業員の場合、高い適応力は目標達成のための組織内での努力に向けられるため、離職意図には直結しません。
整理すると、キャリア・アダプタビリティが離職リスクに転じるのは、職場の支援が欠如している場合や、個人のキャリアの方向性が定まっていない場合です。また、将来への計画なき探索行動も離職を招きます。適応力というエネルギーの向かう先は、環境と個人の条件によって左右されるのです。
上司と組織環境が果たす決定的役割
社員のキャリア・アダプタビリティを組織の成果につなげるためには、上司のリーダーシップや組織環境の設計が重要になります。ガーナの社会人大学院生を対象とした研究では、上司の発達志向型リーダーシップと部下のキャリア楽観性との相互作用が検討されました[8]。発達志向型リーダーシップとは、部下のキャリア発達を支援するためにフィードバックやコーチングを行う行動を指します。
分析の結果、部下自身のキャリアに対する楽観性が低い場合において、上司の発達的な関わりがキャリア・アダプタビリティを向上させる効果が強く見られました。自ら前向きな展望を持つことが苦手な社員にとって、上司からの具体的な支援は適応力を形成するための重要な外部資源として機能します。
上司の変革型リーダーシップと業務の性質との関係に着目した研究もあります。中国の従業員とその上司を対象とした調査では、上司がビジョンを提示し知的刺激を与える変革型リーダーシップを発揮することで、部下のキャリア・アダプタビリティが高まることが確認されました[9]。
特筆すべきは、部下が担当する業務の多様性が高い場合、要するに変化に富んだ非定型な業務を行っている場合に、変革型リーダーシップの効果がより顕著に現れた点です。不確実性が高く正解のない業務においては、従業員は不安を感じやすいため、リーダーが方向性を示し挑戦を促すことが、適応力を育む上でより大きな意味を持つと考えられます。
組織全体としての支援体制も、個人の適応力と相互に作用し合います。中国の企業従業員を対象とした研究では、組織が提供するキャリア支援と個人の適応力が、キャリア満足度に及ぼす影響が分析されました[10]。
その結果、キャリア・アダプタビリティが高い従業員ほど、組織の支援制度を有効に活用し、より高いキャリア満足度を得ていることが明らかになりました。適応力の高い人材は、環境資源を自らの成長のために取り込む能力に長けていると言えます。これは、制度を整えるだけでなく、それを活用する個人の主体性を高めることの重要性を示唆しています。
社員の適応力を組織の成果につなげる鍵は、上司による方向付けと支援的な関わり、そして組織全体からのサポートの実感にあります。これらが揃うことで、社員は自らの能力を組織のために発揮しようとする心理状態に至ります。
現代的課題と心理的メカニズムの深層
現代の職場環境における新たな課題として、AIの台頭や、仕事への情熱のあり方、過去の選択への後悔といった心理的要因が、キャリア・アダプタビリティに及ぼす影響も見逃せません。
パキスタンのIT企業従業員等を対象に、AIに対する認識が適応力に与える影響を調査した研究があります[11]。AIの普及を脅威と捉える認識は、失敗への恐れを高め、その恐れがキャリア・アダプタビリティを低下させるという否定的な経路をもたらしていました。その一方で、脅威の認識はキャリアの不安定性を喚起し、その危機感が逆にキャリア・アダプタビリティを高めるという肯定的な経路も同時に存在していました。
技術革新という環境変化は、従業員の心理において不安による萎縮と、生存本能による活性化という相反する反応を引き起こしており、人事としては不安を軽減しつつ建設的な危機感を醸成するコミュニケーションが求められます。
仕事への情熱に関しては、強迫的な情熱がバーンアウト(燃え尽き)を引き起こすリスクが指摘されています。フィリピンの労働者を対象とした研究では、仕事に取り憑かれたような強迫的情熱を持つ従業員は、情緒的枯渇に陥りやすいことが確認されました[12]。しかし、キャリア・アダプタビリティが高い従業員においては、この強迫的情熱と情緒的枯渇との結びつきが弱まっていました。さらに、たとえ情緒的に枯渇したとしても、キャリア・アダプタビリティが高い場合にはパフォーマンスの低下が防がれていました。
適応力は、過度な情熱がもたらす副作用に対する緩衝材として機能し、メンタルヘルスと生産性を守る役割を果たしています。
一方で、キャリア・アダプタビリティの機能が阻害されてしまう条件も存在します。トルコの教師を対象とした研究では、過去のキャリア選択に対する後悔の念が強い場合、キャリア・アダプタビリティが本来持っている燃え尽き防止効果が失われることが明らかになりました[13]。通常であればキャリア・アダプタビリティが高いほど燃え尽きは低減されますが、強い後悔を感じている状態では、未来に向けて行動する意欲が削がれ、適応力が持つ保護的な機能が発揮されなくなります。
これは、従業員の現在や未来への適応を支援する際には、過去のキャリアに対する否定的な感情のケアも同時に行う必要性を示唆しています。
また、天職意識と雇用可能性の関係についても興味深い知見があります。オランダの就労者を対象とした研究では、現在の仕事を天職とみなす意識が高いほど、専門能力の開発に積極的になり雇用可能性が高まるという肯定的な側面が見られました[14]。しかし同時に、天職意識の高さはキャリアに対する柔軟性を低下させ、一つの領域に固執することで雇用可能性を損なうという否定的な側面も併せ持っていました。天職意識は学習意欲の源泉となる一方で、視野狭窄を招くリスクもあり、バランスの取れたキャリア観の醸成が必要です。
さらに、中国の従業員を対象とした倫理行動に関する研究では、外部の雇用可能性が高すぎず低すぎない中程度のレベルにある従業員が、結果至上主義に陥りやすく、非倫理的な行動をとるリスクが最も高いことが示されました[15]。自らの市場価値に対する不確実な認識が、成果への焦りを生み、倫理的な判断を歪める可能性があります。
このように、適応力の機能は、技術変化への不安や仕事への過度な情熱、過去への後悔といった複雑な心理的要因によっても左右されます。人事施策においては、単に適応力を高めるだけでなく、こうした心理的な阻害要因を取り除き、健全なキャリア観を育む視点も不可欠です。
適応力を組織の駆動力とするために
以上の研究知見を総合すると、キャリア・アダプタビリティは単純な個人の能力ではなく、組織環境との相互作用によってその方向性が決定づけられる資源であることが浮き彫りになります。自律支援と離職リスクのジレンマは、適応力そのものの問題ではなく、適応力が発揮される文脈の問題として捉え直す必要があります。ここでは、人事施策に組み込める3つのアクションを提示します。
第一に取り組むべきは、キャリア面談や1on1ミーティングの質的な転換です。オランダの研究が示す通り、将来への計画なき探索行動は離職を招く一方で、計画立案は組織への定着を促します。したがって、社員に外部探索を促すだけでは、離職のリスクを高める可能性があるため、計画の策定とセットにする運用を徹底することが大事です。
具体的には、社員に対して外の世界を見て視野を広げることを推奨する際、それだけで終わらせるのではなく、その気づきを今の組織でどう活かすか、今の仕事を通じてどのようなキャリア目標を実現したいかという計画に落とし込む問いかけを同時に行います。例えば、「将来のために社外の勉強会などにも参加してみたらどうですか?」と勧めるだけではなく、「社外で得た知見を、今のプロジェクトで試すとしたらどんな方法がありますか?それをキャリアの次のステップとしてどう位置づけますか」といったように問いかけるイメージです。
このように、外部への関心を内部での実践計画へと接続させることで、適応力は定着への力となります。
第二のアクションとして、管理職に対して行動指針を提示することが挙げられます。上司の発達的な関わりが適応力を組織成果に変えます。管理職は、部下の成長を支援的に導く役割を担うとよいでしょう。特に、変化への不安を感じている社員や、正解のない業務に従事している社員に対しては、単に仕事を任せるだけでなく、その仕事の意味を語る関わりが有効です。管理職研修などの場を通じて、推奨される行動を伝えましょう。
不安が高い部下に対しては、単に大丈夫だと励ますのではなく、その人の強みがこの課題のどこで活きるのかを具体的にフィードバックし、小さな成功体験を設計します。また、困難なタスクを割り振る際には、これを乗り越えることが本人のキャリアにとってどのような資産になるのかを、組織のビジョンと個人の成長を結びつけて語ることが求められます。このような発達志向型の関わりが、適応力を組織成果に変換します。
第三のアクションは、支援の可視化と愛着の醸成です。職場の支援が手厚いと感じられる環境において、高いキャリア・アダプタビリティは離職ではなく組織貢献へと向かいます。制度を用意するだけでなく、あなたに期待しているからこの機会を提供するのだというメッセージを添えるとよいでしょう。適応力の高い社員は、組織からの支援に敏感です。しかし、それが事務的な手続きとして伝わってしまっては、感謝や愛着は生まれません。
例えば、研修の案内メールを自動配信のような文面にするのではなく、「次世代のリーダーとして期待しているあなたに受けてほしい」という人事や経営からのメッセージを冒頭に入れることや、キャリア面談の冒頭で、「会社は社員一人ひとりの自律を支援し、長く活躍してほしいと本気で考えている」というスタンスを明言することが効果的です。組織は自分を支援してくれているという確信が高まれば、社員は高い適応力を組織へのお返しとして発揮するようになります。
結局のところ、社員のキャリア・アダプタビリティを高めることは、組織にとってのリスクではなく、変化の時代を生き抜くための条件です。重要なのは、その高まった適応力が組織の外へ流出するのではなく、組織内での革新や課題解決に向けられるような環境を、組織がいかに設計するかという点にあります。
おわりに
本講演では、研究知見に基づき、キャリア・アダプタビリティの多面的な性質とそのマネジメントについて論じてきました。データが示したのは、社員の自律を促すことが必ずしも離職を招くわけではなく、適切な環境と関わりがあれば、それは組織への深いエンゲージメントと高いパフォーマンスの源泉になるという事実です。恐れるべきは、社員が適応力を持つこと自体ではなく、その力を発揮する場や方向性を組織が提示できないことにあると言えます。
組織としては、社員の適応力を高める施策と並行して、そのエネルギーを受け止め、増幅させる器づくりに注力していくことが大事です。変化を恐れず、社員と共に変化していく覚悟を持つ組織が、不確実な未来において選ばれ続ける存在となるでしょう。
Q&A
Q:管理職と部下の相性が悪く、上司からの支援が逆に部下のストレスになっているケースが見受けられます。マネージャーの役割が重要だというお話がありましたが、キャリア・アダプタビリティを高めるための支援というのは、直属の上司が行わなければならないのでしょうか。
確かに上司の役割が重要だとお話ししました。その考えは変わりませんが、直属の上司以外による支援が無駄かというと、全くそのようなことはありません。むしろ、上司以外のサポートも十分に機能します。
講演の中で「職場の社会的支援」という要素を挙げました。これは上司からの支援に限定されません。職場ですので、同僚も含まれます。その意味では直属の上司に固執する必要はなく、周囲の人々からの支援も有効です。重要なのは「誰から支援を受けているか」よりも、本人自身が「自分は周囲から支援されている」と実感できることです。自分がサポートされているという安心感を持てれば、自分の適応力を組織や職場のために使おうという前向きな気持ちが生まれやすくなります。
Q:最近の若手社員は「配属ガチャ」に敏感で、希望しない部署への配属に対する耐性が低いように感じます。しかし、組織の事情でどうしても希望と違う部署に配属せざるを得ない場合があります。そのような場合、本人のキャリア・アダプタビリティを損なわないための関わり方はあるでしょうか。
人事異動は組織全体の最適化を図るものでもあるため、すべてが個人の希望通りにはいきません。では、希望通りでない状況で、いかに本人の適応力や意欲を保つか。大原則は丁寧な説明です。ただし、組織側の都合だけを論理的に説明しても、本人の納得感やキャリア・アダプタビリティは守られません。
あくまで、本人のキャリアの観点から説明を行うことです。今回の配属が「本人が将来のキャリアのために必要な資源を手に入れる機会」なのだという文脈で、配属の意味を紐解く必要があります。
例えば、ある部署に配属になった方に対し、単に辞令を伝えるのではなく、「この部署では具体的にこういった仕事を経験できます」と伝えます。その上で、「以前、将来はこういう仕事に就きたいと言っていましたよね。その目標実現に必要な〇〇というスキルを、今回の仕事を通じて養うことができます」と伝えましょう。
このように伝えれば、一見希望と異なる配属でも、個人のキャリア目標との接合点を見出せます。「遠回りに見えるが、自分の将来の計画にとって意味のある配置だ」と解釈できるようになるのです。
Q:「支援の可視化」について質問です。現在、社内イントラネットでの発信やメール配信を行っていますが、社員に読まれている実感がありません。社員に「組織は自分を支援してくれている」と感じてもらうには、他にどのようなアプローチがありますか。
イントラやメールなどの全体への発信はもちろん継続すべきですが、それだけで個々の社員が「自分は支援されている」と深く実感するのは難しいものです。支援の実感を得てもらうには、全体への発信に加え、個別のアプローチが重要です。何かしらの機会を提供する際に、その人だけに向けた意味付けを行うことが、支援の可視化として有効です。
例えば、特別なプロジェクトへの抜擢や、特定の研修への指名などの際、「あなたが選ばれました」という業務連絡だけで済ませていないでしょうか。ここを事務的に終わらせず、「なぜ他の誰でもなくあなたを選んだのか」「あなたにどのような期待を寄せているのか」というメッセージを個別に伝えていきます。
「これまでの実績を評価しているから任せたい」「将来こういうリーダーになってほしいから受けてほしい」といった言葉があれば、受け手は「自分のことをちゃんと見てくれている」という実感を得やすくなります。自分に向けられたメッセージには力があります。
脚注
[1] Zacher, H. (2015). Daily manifestations of career adaptability: Relationships with job and career outcomes. Journal of Vocational Behavior, 87(1), 76-86.
[2] Koen, J., Klehe, U.-C., and Van Vianen, A. E. M. (2012). Training career adaptability to facilitate a successful school-to-work transition. Journal of Vocational Behavior, 81, 395-408.
[3] Ito, J. K., and Brotheridge, C. M. (2005). Does supporting employees’ career adaptability lead to commitment, turnover, or both? Human Resource Management, 44(1), 5-19.
[4] Lee, P. C., Xu, S. T., and Yang, W. (2021). Is career adaptability a double-edged sword? The impact of work social support and career adaptability on turnover intentions during the COVID-19 pandemic. International Journal of Hospitality Management, 94, 102875.
[5] Karatepe, O. M., and Olugbade, O. A. (2017). The effects of work social support and career adaptability on career satisfaction and turnover intentions. Journal of Management & Organization, 23(3), 337-355.
[6] Klehe, U.-C., Zikic, J., Van Vianen, A. E. M., and De Pater, I. E. (2011). Career adaptability, turnover and loyalty during organizational downsizing. Journal of Vocational Behavior, 79(1), 217-229.
[7] Yu, H., Guan, X., Zheng, X., and Hou, Z. (2017). Career adaptability with or without career identity: How career adaptability leads to organizational success and individual career success? Journal of Career Assessment, 26(4), 717-731.
[8] Delle, E., and Searle, B. (2022). Career adaptability: The role of developmental leadership and career optimism. Journal of Career Development, 49(2), 269-281.
[9] Lan, Y., and Chen, Z. (2020). Transformational leadership, career adaptability, and work behaviors: The moderating role of task variety. Frontiers in Psychology, 10, 2922.
[10] Guan, Y., Zhou, W., Ye, L., Jiang, P., and Zhou, Y. (2015). Perceived organizational career management and career adaptability as predictors of success and turnover intention among Chinese employees. Journal of Vocational Behavior, 88, 230-237.
[11] Ahmed, I., Asim, Z., Kamran, H., Mahmood, M., and Usman, A. (2025). AI the double-edged sword: Navigating the career adaptability through the parallel mediation of fear of failure and career insecurity. International Journal of Organizational Leadership, 14(1), 126-138.
[12] Amarnani, R. K., Lajom, J. A. L., Restubog, S. L. D., and Capezio, A. (2020). Consumed by obsession: Career adaptability resources and the performance consequences of obsessive passion and harmonious passion for work. Human Relations, 73(6), 811-836.
[13] Doganulku, H. A., and Kirdok, O. (2021). The moderating role of career decision regret in the effect of career adaptability on burnout. International Journal of Progressive Education, 17(2), 319-330.
[14] Lysova, E. I., Jansen, P. G. W., Khapova, S. N., Plomp, J., and Tims, M. (2018). Examining calling as a double-edged sword for employability. Journal of Vocational Behavior, 104, 261-272.
[15] Niu, Y., Liu, D., and Niu, X. (2025). Internal security vs. external options: A goal shielding explanation of how employability differentially shapes unethical pro-organizational behavior. Frontiers in Psychology, 16, 1605697.
登壇者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。
