2026年3月18日
「正しいはずのこと」が成果を下げる:フィードバックの逆説

多くの組織で、人材育成や業績向上のための「切り札」としてフィードバックが導入されています。上司から部下へ、あるいは同僚同士で、仕事の成果や行動について情報を伝え合う。この営みは、個人の成長を促し、組織全体を活性化させるための善意に基づいた実践だと考えられています。建設的なフィードバックが与えられれば、受け手はそれを素直に受け止め、行動を改め、やがてはパフォーマンスの向上につながる、というストーリーを信じている人もいるでしょう。
しかし、この一般的な信念は、果たして本当に正しいのでしょうか。良かれと思って行ったフィードバックが、実は受け手の心を閉ざさせ、モチベーションを削ぎ、場合によっては業績をかえって悪化させているとしたら・・・。本コラムでは、こうしたフィードバックの光と影のうち、普段あまり語られることのない「影」の部分に光を当てていきます。
科学的な研究が明らかにしてきた、フィードバックがもたらす意図せざる結末の数々を見ていくことで、私たちが抱いているフィードバックへの素朴な信頼を、一度立ち止まって見つめ直すきっかけを提供できればと思います。
低い評価のフィードバックは反発を生む
自分自身の能力や仕事ぶりについて、客観的な事実を知ることで改善への意欲が湧くと考える人は多いでしょう。特に、上司や同僚、部下など、複数の立場の人から多角的な評価を受ける「360度フィードバック」は、自己認識を深めるための手段として広く用いられています。この制度の根底には、自分自身が考えている自己評価と、他者からの評価との間に食い違いがある場合、その「ギャップ」が行動を変える原動力になるという期待があります。とりわけ、自分ではできているつもりだったのに他者からは低く評価されたという状況は、改善の必要性を認識させる機会だと考えられています。
しかし、能力開発を目的とした純粋なフィードバックの場であっても、人が否定的な情報に直面したときの反応は、必ずしも建設的なものばかりではありません。この点を検証したある研究があります[1]。この調査は、社会人経験を持つ経営学修士(MBA)課程の学生たちを対象に行われました。
参加者たちは、過去の職場の上司、同僚、部下に、自身のリーダーシップ行動に関するアンケートへの協力を依頼します。数週間後、参加者はグループ研修の場で、集計されたフィードバックレポートを手渡されます。そのレポートを読んだ直後に、内容に対する自身の考えや感情を尋ねる質問票に回答しました。質問項目は、「書かれている内容はどの程度正確だと思いますか」「内容を読んでどう感じましたか」「このフィードバックは今後の能力開発に役立つと思いますか」といったものです。
その後、研修の進行役であるファシリテーターとの個別面談が設定され、そこでの参加者の態度が「開発に前向き」か「防衛的」かという観点で評価されました。
分析から見えてきたのは、フィードバックに対する人の心の複雑な動きでした。他者からの評価が低いものであった場合、参加者は「腹立たしい」「がっかりした」といった否定的な感情を抱きやすいことが分かりました。これは特に、上司や同僚という、対等か目上の立場からの低い評価で顕著でした。
また、自分自身の評価と他者からの評価にギャップがある場合、とりわけ「自分は高く評価しているのに、他者からの評価は低い」という状況、いわゆる「過大評価」の状態にある人ほど、強い不満や怒りを感じていました。部下からの評価が自己評価を下回っていた場合には、そのフィードバックは正確ではない、と見なす応答も見られました。
反対に、他者からの評価が高いほど、その内容は正確であると認識されやすいことも明らかになりました。これらの結果は、フィードバックの内容が、受け手の解釈や感情を左右する現実を物語っています。人は、自分にとって耳の痛い情報や、自己認識を揺るがすような情報に対しては、その内容を吟味する前に、感情的な反発を覚えたり、情報の信頼性を疑ったりする心の動きがあります。
多面評価による業績向上効果はわずか
先ほどは、個人が低い評価のフィードバックを受け取った際に、感情的な反発を覚えたり、内容の正確性を疑ったりする心の動きを見てきました。このような個人の内面的な反応は、その後の行動変容に影響を及ぼしそうです。視点を少し引いて、組織全体で見たとき、多面評価フィードバックは、実際に従業員のパフォーマンスを向上させる力を持っているのでしょうか。個々人の反応にはばらつきがあったとしても、全体として見れば、多くの人がフィードバックをきっかけに成長し、結果として組織の業績は上向くという期待があります。
この問いに答えるため、過去に行われた数多くの研究結果を統計的に統合し、全体的な結論を導き出す「メタ分析」という手法を用いた調査が行われました[2]。
研究者たちは、同じ人物に対して複数回にわたって多面評価を実施した、24の時間差を置いた研究データを収集しました。そして、1回目の評価と2回目の評価の間に、パフォーマンスがどれだけ向上したかを客観的な指標で算出しました。これによって、フィードバックという働きかけが、個人の業績にどの程度の変化をもたらすのかを、信頼性の高い形で検証しようと試みたのです。分析は、評価者(上司、同僚、部下)ごとに行われました。
その結果は、多面評価フィードバックの効果に期待を寄せる人々にとっては、少々意外なものだったかもしれません。全体として、フィードバック後のパフォーマンスの向上度は、ごくわずかなレベルにとどまることが判明しました。同僚からの評価に至っては、統計的に意味のある改善は確認できませんでした。多面評価フィードバックを導入すれば、誰もが目に見えて仕事の成果を上げるようになるという単純な話ではないことが、多くの研究データの集積から示されたのです。
なぜパフォーマンスの向上はこれほどまでに小さいのでしょうか。この結果を考察する中で、いくつかの可能性が挙げられています。一つは、多くの評価尺度が、評価する側にとって異なる能力(例えば、リーダーシップと対人関係スキル)を区別して評価することが難しく、結果としてフィードバックを受け取った側も、自分の具体的な強みや弱みを特定しにくいのではないかという点です。また、ほとんどの研究が2回の測定しか行っていないため、人の行動が変わるのに必要な、長期的な変化のプロセスを捉えきれていない可能性も考えられます。
しかし、最も有力な説明として挙げられているのは、フィードバックの効果が一様ではない、という可能性です。フィードバックを受けてパフォーマンスが向上する人もいれば、そうでない人もいる。あるいは、ほとんど変わらない人もいる。これらの個人差が混在しているため、全体を平均すると、変化がごくわずかに見えてしまうのではないかという解釈です。
この解釈に立つと、問われるべきは「多面評価は機能するのか」という問いではなく、「どのような人が、どのような状況で、フィードバックから良い学びを得るのか」という、より繊細な問いへと変わっていきます。
フィードバックの3分の1以上が業績を低下
先ほどのメタ分析は、多面評価フィードバックがもたらすパフォーマンス向上の度合いが、全体として見ればごくわずかであることを明らかにしました。これは、フィードバックの効果が決して万能ではないことを物語っています。しかし、問題はそれだけにとどまりません。もし、フィードバックが単に「効果が薄い」だけでなく、場合によっては「有害」ですらあるとしたら、私たちはその実践を見直す必要に迫られます。
この深刻な可能性を探るため、大規模なメタ分析が行われました[3]。この調査では、過去に行われたフィードバックに関する様々な研究が精査され、厳密な基準をクリアした131件の研究、延べ2万人以上の参加者のデータが分析の対象となりました。分析の目的は、フィードバックという介入が、人のパフォーマンスに対してどのような影響を及ぼすのか、その全体像を描き出すことでした。
分析から得られた結果は、私たちの常識を揺さぶるものでした。確かに、平均してみれば、フィードバックはパフォーマンスに対して中程度の肯定的な変化をもたらしていました。しかし、その内訳を詳しく見ると、驚くべき事実が浮かび上がってきたのです。
分析対象となった事例のうち、3分の1以上にあたる38%のケースで、フィードバックはパフォーマンスを向上させるどころか、かえって低下させていました。これは、フィードバックが「諸刃の剣」であり、意図とは裏腹に、人の仕事ぶりを悪化させてしまう危険性をはらんでいることを示したものです。
この現象を説明するために、「フィードバック介入理論」という新しい考え方が提唱されました。この理論の核心は、「フィードバックは、受け手の注意の矛先を変えることで機能する」という点にあります。人の注意は、大きく分けて三つの階層に向けられると考えられます。最上位には、自尊心や他者からの評価といった「自己」に関する階層があります。中間には、目標の達成や進捗といった「タスクへの動機づけ」に関する階層。そして最下位には、タスクをこなすための具体的な手順や方法といった「タスクの学習」に関する階層が存在します。
フィードバック介入理論によれば、パフォーマンスが向上するか低下するかは、フィードバックに含まれる情報が、受け手の注意をこれら三つの階層のどこへ導くかによって決まります。フィードバックが、タスクの進め方や目標達成への意識といった、下位の階層に注意を向けさせるものであれば、タスクへの集中力が高まり、パフォーマンスは向上しやすくなります。例えば、「この手順をこう変えると、もっと効率が上がります」といった情報は、注意をタスク学習の階層へ導きます。
一方で、フィードバックが受け手の注意を最上位の「自己」の階層へ向けてしまうと、事態は逆転します。自己への注意が喚起されると、人はタスクから意識をそらし、「自分は他人からどう見られているのだろうか」「自分の能力は十分なのだろうか」といった、自己評価に関わる内省に認知的なエネルギーを費やしてしまいます。その結果、タスクに割くべきリソースが減少し、パフォーマンスが低下してしまうというのです。
興味深いことに、この自己への注意を喚起するフィードバックには、否定的なものだけでなく、「賞賛」も含まれます。褒められることで、人は他者との比較や、他者からの評価を過剰に意識するようになり、かえってタスクへの集中が妨げられることがあると、この理論は説明します。
フィードバックは業績を改善しても態度は改善しない
これまで、フィードバックが個人の感情やパフォーマンスに及ぼす、必ずしも肯定的とはいえない側面を見てきました。低い評価は反発を招き、全体的な業績向上効果は限定的で、場合によっては業績を悪化させることさえある。これらの知見は、フィードバックという実践の難しさを物語っています。ある電力会社で行われた長期間にわたる調査事例を通じて、フィードバックがもたらすもう一つの複雑な側面、すなわち「業績」と「従業員の態度」との間に見られる乖離について掘り下げてみたいと思います[4]。
この会社では、顧客先へ出向いて修理やメンテナンスを行う作業班の「非生産時間」、すなわち直接的な作業に従事していない時間が増加していることが経営上の問題となっていました。この問題を解決するため、研究者たちは「サーベイ・フィードバック法」というアプローチを試みました。
従業員に対して、仕事に関する満足度や、社内のコミュニケーション、業務の段取りなどについて尋ねるアンケート調査を実施します。その調査結果を作業班にフィードバックし、非生産時間を削減するための改善策について、従業員自身に議論してもらいました。
この調査は、地理的に離れた二つの地区を対象に行われました。一方の地区(テスト地区)では、このサーベイ・フィードバックの全プロセスが実施されました。もう一方の地区(コントロール地区)では、比較のためにアンケート調査のみが行われ、結果のフィードバックや議論の場は設けられませんでした。
テスト地区での議論の結果、設備のメンテナンス体制の強化や、従業員向けの技術トレーニングの導入といった、いくつかの具体的な運営上の改善策が立案されました。経営陣はこれらの提案を受け入れ、実行に移すことを決定します。しかし、ここで一つ、計画と異なる事態が生じました。経営陣は、問題の深刻さを考慮し、これらの改善策をテスト地区だけでなく、コントロール地区にも同時に適用することにしたのです。
二年後、再び調査が行われました。業績の指標である非生産時間を見てみると、改善が確認されました。この改善は、従業員が改善策の立案に参加したテスト地区だけでなく、一方的に変更が導入されたコントロール地区でも、同様に見られました。このことから、業績の向上は、従業員の参加やフィードバックのプロセスではなく、実施された「運営上の変更」自体が適切であったことによるものだと考えられます。
しかし、もう一つの指標である従業員の態度は、異なる様相を呈していました。二年後のアンケート結果では、職務満足度や会社への評価といった項目において、肯定的な変化は一切見られませんでした。それどころか、いくつかの項目では、調査開始前よりもスコアが低下していました。この態度の改善が見られないという傾向は、テスト地区とコントロール地区の両方で共通していました。従業員の意見を吸い上げて実行されたはずの改善策が、当の従業員たちの仕事に対する満足感や、会社への信頼感を高めることにはつながらなかったのです。
この事例が示すのは、フィードバックが業務上の問題点を発見し、有効な解決策を導き出すための「情報収集ツール」としては機能した一方で、従業員の心に働きかけ、彼ら彼女らの態度を前向きに変えるまでには至らなかったという現実です。
脚注
[1] Brett, J. F., and Atwater, L. E. (2001). 360° feedback: Accuracy, reactions, and perceptions of usefulness. Journal of Applied Psychology, 86(5), 930-942.
[2] Smither, J. W., London, M., and Reilly, R. R. (2005). Does performance improve following multisource feedback? A theoretical model, meta-analysis, and review of empirical findings. Personnel Psychology, 58(1), 33-66.
[3] Kluger, A. N., and DeNisi, A. (1996). The effects of feedback interventions on performance: A historical review, a meta-analysis, and a preliminary feedback intervention theory. Psychological Bulletin, 119(2), 254-284.
[4] LaForge, R. L., Wood, D. R., Jr., and Sleeth, R. G. (1984). An application of the survey-feedback method in a service operation. Journal of Operations Management, 5(1), 103-118.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。
