2026年3月18日
戦略は現場で生まれる:創発的戦略というもう一つの現実

企業の「戦略」と聞くと、経営トップや企画部門が練り上げた、緻密な未来への「計画」を思い浮かべるかもしれません。会社の進むべき道筋を定めて資源を配分し、組織全体で目標に向かう。こうした姿は、組織運営の一つの理想形として語られてきました。
しかし、日々の仕事の現場を振り返ると、現実はもっと複雑で、予測不能な出来事に満ちています。市場環境はめまぐるしく変わり、顧客のニーズは多様化し、競合の動きも変化します。念入りに立てたはずの計画も、数ヶ月後には見直しを迫られたり、時には機能しなくなったりすることも珍しくありません。計画と現実の間に生まれるギャップは、多くの組織が直面する課題です。
本コラムでは、「計画された戦略」という見方とは少し異なる、もう一つの戦略の姿に光を当てていきます。それは、現場での無数の小さな意思決定や日々の行動が積み重なり、いつの間にか一つの大きな方向性となって、組織の進路を形づくっていくという考え方です。このような、誰かが明確に意図したわけではないにもかかわらず、結果として立ち現れてくる一貫した行動パターンは、「創発的」な戦略と呼ばれています。
意図せずして生まれるこの戦略は、どのように組織の中に現れるのでしょうか。その源泉はどこにあるのでしょうか。戦略が持つもう一つの側面について、詳しく見ていきましょう。
戦略は、意図せずとも行動のパターンとして創発する
組織の戦略は、必ずしも事前に練られた計画通りに実現するわけではありません。日々の活動の積み重ねの中から、意図せざる結果として一貫した行動の型が生まれることがあります。戦略を「意思決定の流れの中に現れるパターン」と捉え直すことで、こうした現実の組織の姿をより深く理解できます。この考え方では、事前に考えられた「意図された戦略」と、実際に組織が行動した結果として現れる「実現した戦略」とを区別します[1]。
両者が一致することもあれば、ずれることもあります。意図されたにもかかわらず実現に至らなかった戦略もあれば、当初は誰も意図していなかったにもかかわらず、結果的に一貫したパターンとして実現する「創発的な戦略」も存在します。
この戦略形成の複雑な過程を、ある自動車メーカーの数十年にわたる歴史を追った調査が描き出しています。第二次世界大戦後、このメーカーは「人々のための車」という、個性的で各要素が緊密に連携した戦略を打ち出しました。これは、リーダーによって明確に意図され、見事に実現した、典型的な「意図された戦略」でした。この戦略は当時の環境に適合し、会社に大きな成功をもたらしました。
しかし、市場環境や競争相手が変化しても、組織は過去の成功体験から抜け出せませんでした。組織の仕組みや人々の考え方は、一度確立されたやり方を維持しようとする慣性を持ちます。そのため、新しい状況に対応するための変更は、既存の戦略に部分的な修正を加える程度にとどまりました。
やがて経営の危機が訪れると、強いリーダーシップのもとで、新しい設計思想を軸とした全社的な方針転換が断行されました。この新しい戦略の核となったアイデアは、突然生まれたものではありません。方針転換に先立つ手探りの時期に、組織の周辺部分で行われていた様々な試みの中に、その原型はすでに現れていました。成功の兆しを見せたそれらの活動が、新しいパターンとして認識され、やがて組織全体の新たな公式な戦略として統合・制度化されていったのです。
この事例は、強力な戦略が硬直性を生む一方で、変化の時代には、現場から創発する新しい行動パターンが、次の時代の戦略の核となりうることを物語っています。
別の調査では、ある国家の外交戦略が分析されました。そこでは、当初は小規模な支援から始まった関与が、段階的に拡大していく過程が描かれています。一つ一つの決定は、その時点では合理的で小さな一歩に見えるかもしれません。しかし、決定が積み重なることで、組織は気づかぬうちに、後戻りできないほどの深い関与へと進んでしまうことがあります。
これは、小さな行動の蓄積が、当初の意図を超えた大きな戦略的パターンを創発させてしまう危うさを示しています。一方で、一度方針が明確に言語化され組織全体で共有されると、それは推進力を持ちます。官僚的な組織は、定められた方針を効率的に実行するため、時には方針が「過剰に実現」されてしまうことがあります。
戦略は「熟慮的」と「創発的」の連続体上にある
先ほどは、戦略には事前に意図された側面と、結果として立ち現れる創発的な側面があることを見ました。この二つは全く別々のものとして存在するのでしょうか。現実の組織における戦略は、もっと多様な姿をとります。純粋に意図した通りに実現される「純粋に熟慮的な戦略」も、全くの意図なしに完璧な秩序が生まれる「純粋に創発的な戦略」も、実際にはほとんど存在しないでしょう。
現実の戦略は、これら両極端の間に位置する連続的なものとして捉えることができます[2]。意図の明確さ、その意図が組織内でどれだけ共有されているか、トップによるコントロールの強さ、外部環境の予測可能性といった様々な要因の組み合わせによって、戦略は多様な形態をとるのです。
ある研究では、多くの組織の事例分析を通じて、この連続体上にある代表的な8つの戦略タイプが明らかにされています。
最も熟慮的な側に近いのが「計画戦略」です。トップが明確な計画を策定し、予算やスケジュールといった公式な統制手段を用いて、計画が細部まで正確に実行されることを目指すものです。環境が安定していて予測可能であるか、組織が環境をコントロールできる場合に機能しやすいとされます。
続いて「企業家戦略」です。一人の強力なリーダーが持つ「ビジョン」が戦略の源泉となるタイプです。ビジョンは計画ほど詳細に言語化されませんが、リーダーの個人的な統制力によって組織全体に浸透します。ビジョンは一般的な方向性を示すため、細部は状況に応じて柔軟に決定される余地があり、創発的な側面を併せ持っています。
リーダー個人のビジョンではなく、組織のメンバー全員によって「イデオロギー」としてビジョンが共有されている場合、「イデオロギー戦略」が生まれます。メンバーが共通の信念に強く動機づけられているため、組織の行動には一貫性が現れます。この信念は深く根付いているため、変更は困難です。
連続体の中間に位置するのが、「アンブレラ戦略」です。リーダーが具体的な行動を一つひとつ指示するのではなく、行動の範囲や境界線、すなわち「傘」だけを設定します。例えば、「我々の製品は、すべて高価格帯市場向けとする」といった大枠です。その傘の下で、現場の担当者が環境の変化に対応しながら、具体的な行動を創発的に決定していきます。これは、リーダーが意図的に創発を促す戦略とも言えるでしょう。
似たものに「プロセス戦略」があります。戦略の「内容」ではなく、戦略が形成される「プロセス」をリーダーがコントロールするものです。例えば、どのような人材を採用し、どのような組織構造を設計するか、といった事柄を通じて、間接的に戦略の方向性に影響を与えようと試みます。戦略の中身は、現場の主体性に委ねられます。
より創発的な側に位置するものとして「非連結戦略」が挙げられます。組織内のある部門や一人の専門家が、組織全体の方針とは直接関係なく、独自の行動パターンを追求するものです。専門性が高い大学や病院のような組織でしばしば見られます。組織全体から見れば意図せざる創発ですが、実行している当人にとっては熟慮的なものである場合もあります。
「コンセンサス戦略」は、明確なリーダーシップや事前の意図がない中で、多くの人々が互いに学び合い、調整し合ううちに、自然と同じ行動パターンへと収斂していくことで生まれます。現場の自発的な行動が集団的な知恵となり、組織全体の戦略を形づくっていきます。
最も創発的なタイプが「強制戦略」です。この戦略の源泉は、組織の内部ではなく、完全に外部の環境にあります。強力な顧客や規制当局からの要求、あるいは業界全体の技術的な制約などによって、組織が特定の行動をとることを「強制」される場合です。組織自身の意図とは無関係に、外部の力によって戦略が形成されます。
アドホクラシーでは、戦略は現場の行動から創発する
これまで見てきたように、戦略はトップダウンで計画されるだけでなく、現場の行動の積み重ねから生まれることがあります。こうした創発的な戦略は、どのような組織で特に現れやすいのでしょうか。その一つの典型が「アドホクラシー」と呼ばれる組織形態です。
アドホクラシーとは、複雑で変化の激しい環境の中で、独創的で高度な成果を生み出すことを得意とする組織です。そこでは、高い専門技能を持つ人々が、プロジェクトごとにチームを組み、階層的な命令系統やルールに縛られることなく、互いに調整しながら仕事を進めていきます。意思決定の権限は固定されておらず、課題に応じて専門知識を持つ人に委ねられます。
この問いに答えるため、ある公的な映画制作機関の約37年間にわたる歴史を詳細に追跡した調査があります[3]。この組織は、短編のドキュメンタリー映画などを制作しており、監督やカメラマンといった専門家たちが、作品ごとにチームを編成して活動していました。アドホクラシーの典型例です。調査では、この期間に制作された多数の作品を分析し、組織全体の行動にどのようなパターン、すなわち「戦略」が現れたのかを明らかにしました。
その結果、ダイナミックな戦略形成の姿が浮かび上がりました。制作される映画のテーマは、全体として見れば非常に多様でした。しかし、その多様性は無秩序ではなく、ある時期には特定のテーマに制作が集中する「焦点化」の時期があり、また別の時期には様々なテーマが追求される「多様化」の時期が訪れる、というサイクルが規則的に繰り返されていたのです。これは、組織が革新のために多様な試みを許容しつつ、時には資源を集中させて成果を結実させるという、二つの要請の間でバランスをとっていた結果と解釈できます。
興味深いのは、こうした「焦点化」が、必ずしもトップの明確な指示によって起こったわけではないという点です。例えば、テレビ放送の開始という外部環境の変化に対応して、組織はテレビ向けのシリーズ番組の制作に大きく舵を切りました。これは、経営層が詳細な計画を立てたというよりは、現場の誰かが始めた成功事例が「前例」となり、他の多くの制作者たちがそれに追随するように、一斉に行動を変化させた結果でした。現場から戦略が創発した瞬間です。
組織の構造も、戦略と相互に作用しながら変化しました。制作者たちに大きな自由を与えるために、監督が自由にチームを編成できる制度を導入した時期がありました。これによって多くの創造的な作品が生まれましたが、一方で組織としてのまとまりを失い管理が難しくなるという問題も生じました。その結果、活動を調整するための官僚的な仕組みが後から導入されることになります。しかし、それが行き過ぎると創造性が阻害されるため、再び小規模なチームへと組織構造を戻すといった揺り戻しが起きました。
この長期的な事例研究が描き出すのは、アドホクラシーのような組織では、戦略が上層部によって決定されるだけでなく、現場の活動から自律的に形成される側面が強いということです。現場で生まれた一つの成功例が、周囲に広がり、やがて組織全体の行動パターンを形成していく。トップの意図とは無関係に、時にはそれに反してさえ、戦略は生まれるのです。
戦略優位の源泉は、日々の微細な活動にある
これまで、戦略が現場の行動パターンから創発するという側面を見てきました。さらに視点をミクロに、現場の日常へと向けてみたいと思います。組織の競争力の源泉はどこにあるのでしょうか。それは、企業全体の資源や業界構造といった大きな話だけではなく、人々が日々行っている、ごく当たり前の微細な活動の中に潜んでいるのではないか、という考え方があります。これが「アクティビティ・ベースド・ビュー」と呼ばれるアプローチです[4]。
この見方は、組織の戦略的な成果、例えば高い収益性や革新的な製品といったものが、結局のところ、現場で行われている一つひとつの具体的な実践の質に支えられていると捉えます。誰が、何を、他の人々とどのように行っているのか。そうした活動の細部に、その組織ならではの強みが宿るというのです。
例えば、ある企業が独自の技術という「資源」を持っていたとします。しかし、その資源が価値を生むかどうかは、それ自体で決まるわけではありません。研究者たちが会議でどのように議論し、設計者が製造部門の担当者とどう連携し、営業担当者が顧客から得た情報をどのように開発チームにフィードバックするか。そうした日々の目に見えにくい活動の連鎖を通じて、資源は実際の価値へと変換されます。他社が簡単に真似できない持続的な優位性は、組織全体にわたる、このような微細で複雑な活動の組み合わせから生まれます。
この考え方を突き詰めると、戦略を「策定」と「実行」に分ける従来の考え方を見直すことになります。戦略は、会議室で考え出され、その後現場に下ろされて実行されるという一方通行のプロセスではありません。戦略は日々の活動の中で絶えず形づくられ、試され、修正されていきます。
現場の担当者が行う顧客との何気ない会話や部門間の小さな協力などが、意図せずして新しい事業の機会を生み出したり、既存のやり方を改善したりするきっかけとなり、組織全体の戦略的な方向性に影響を与えていく。これが、創発的戦略が生まれるミクロな基盤です。
このような視点に立つと、戦略を理解するためには、組織図や中期経営計画書といった公式の資料を眺めるだけでは不十分であることがわかります。実際に人々がどのように働いているのか、その「やり方」のレベルまで観察する必要があります。
ある調査では、複数の大学がそれぞれどのような戦略を形成しているのかを比較分析しました。その際、各大学が掲げる方針を比べるのではなく、教授たちがどのように研究テーマを決め、学生とどう関わり、学内の会議でどのような発言をしているかといった、具体的な活動のレベルまで掘り下げて分析を行いました。その結果、似たような方針を掲げていても、日々の活動の実態が異なることで、最終的な成果には大きな違いが生まれることが示されました。
これらの研究が示唆するのは、戦略という大きな現象を、それを構成する小さな活動のレベルにまで分解して捉えることの有用性です。組織の強みも弱みも、未来への変化の兆しも、すべては日々の仕事という営みの中にあります。私たちの日常業務の一つひとつが、組織の戦略を形成する構成要素です。
脚注
[1] Mintzberg, H. (1978). Patterns in strategy formation. Management Science, 24(9), 934-948.
[2] Mintzberg, H., and Waters, J. A. (1985). Of strategies, deliberate and emergent. Strategic Management Journal, 6(3), 257-272.
[3] Mintzberg, H., and McHugh, A. (1985). Strategy formation in an adhocracy. Administrative Science Quarterly, 30(2), 160-197.
[4] Johnson, G., Melin, L., and Whittington, R. (2003). Guest editors’ introduction: Micro strategy and strategizing: Towards an activity-based view. Journal of Management Studies, 40(1), 3-22.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。
