2026年3月18日
公平か足かせか:視点によって変わるレッドテープ

「お役所仕事」や「形式主義」と評される煩雑な手続きは、多くの人が経験したことのある悩みでしょう。これらは「レッドテープ」と呼ばれ、組織の活力を削ぎ、物事を遅らせる元凶として、否定的に語られるかもしれません。しかし、このレッドテープという現象は、本当にどこでも同じように現れる、一枚岩のものなのでしょうか。
ある手続きが、ある人にとっては業務を滞らせるだけの無駄なものに映る一方で、別の人にとっては公平性や説明責任を担保するための不可欠なプロセスかもしれません。同じ組織内でも、課題の内容や、決定が組織のどの階層で行われるかによって、手続きの煩雑さの度合いは変わってきます。
本コラムでは、そうしたレッドテープの多面的な性質に光を当てます。レッドテープの問題を一度解きほぐし、「どのような状況で」「どのような種類の」レッドテープが立ち現れるのかを調査結果を通して見ていきます。組織の階層、決定内容、情報技術との関わり、官民の違い、そして誰の視点から見るか。様々な角度からレッドテープの実像に迫ることで、この身近でありながら複雑な問題に対する理解を深められればと思います。
意思決定のレッドテープは組織階層と決定内容で決まる
ある組織で新しいプロジェクトを始めようとするとき、あるいは備品を購入しようとするとき、私たちは様々な承認プロセスを経験します。その手続きの煩雑さ、すなわち意思決定におけるレッドテープの度合いは、何によって決まるのでしょうか。組織の風土や文化といった漠然とした要因ではなく、ある調査研究は、より具体的な二つの要因が決定的な働きを持つと明らかにしました[1]。
この調査は、アメリカの州政府で保健・人間サービスに携わる管理職を対象に行われました。回答者には、過去一年間に自身が関わった直近の重要な意思決定を一つ思い浮かべ、その決定に伴う手続きの煩雑さを自己評価してもらうというユニークな手法が取られました。これによって、レッドテープを組織全体の印象ではなく、個別の「意思決定の文脈」に即して捉えることが可能になりました。
調査では、意思決定の煩雑さに関連しそうな、様々な要因が測定されました。例えば、決定に関わった人数、変更のしやすさ、上下のコミュニケーション、経営層のリスク文化などです。それらの要因と回答者が感じたレッドテープの度合いとの関連が分析されました。
これらの要因を同時に統計分析すると、他の要因の働きを調整した後でも、独立してレッドテープを説明する要因は、主に「組織の階層の多さ」と「意思決定の内容」の二つに絞られました。
組織の階層構造、要するにピラミッドの段数が多い組織ほど、管理職は意思決定の手続きを煩雑だと感じていました。承認を得なければならない上司の数が増えれば、それだけ手続きのステップが増え、時間もかかるでしょう。この関係は、他の要因を考慮に入れても、一貫して強いものとして確認されました。
もう一つの要因は「決定内容」です。回答者が挙げた意思決定の内容は、「予算の削減」「物品の調達」「人事」などに分類されました。その結果、特に「予算削減」や「調達」に関する意思決定において、レッドテープが強く感じられることがわかりました。これらは、公的資金の配分や使用に直接関わるため、外部からの監視が厳しく、手続きの公正性を担保するための規則が多くなりやすい領域です。情報システムの決定も高額な調達を伴う場合は同様でした。一方で、人事に関する決定では、他の要因を考慮に入れると、レッドテープとの明確な結びつきは見られなくなりました。
この調査から浮かび上がるのは、意思決定におけるレッドテープが、組織の文化的な側面よりも、むしろ組織の構造的な特性(階層の多さ)と、その決定が置かれた制度的な文脈(予算や調達といった統制を受けやすい内容)によって、強く規定されるという姿です。ある決定に時間がかかるのは、単に組織の風通しが悪いからというわけではなく、その組織が持つ階層の数と、決定が社会的な説明責任を求められる性質であるかどうかに、根差している可能性が示唆されます。
レッドテープによる遅延と情報技術への関心は複雑に関連
先ほどは、組織の階層構造や決定内容が、手続きの煩雑さを生み出す土台となっていることを見ました。こうした煩雑な手続きがもたらす帰結の一つが、業務の「遅延」です。現代において、その解決策として情報技術の活用が挙げられます。直感的には、レッドテープによる遅延に悩まされている組織ほど、新しい情報技術に関心を持つように思えます。しかし、現実はもう少し複雑なようです。
ある調査が、この想定に一石を投じました[2]。全米の州政府機関を対象に、レッドテープによる業務遅延と、新しい情報技術への関心度との関係を探ったものです。ここでの工夫は、「レッドテープによる遅延」の測定方法にありました。単に業務ごとの所要時間を尋ねるだけでは、組織の規模や業務の特性といった正当な理由による遅延と、非効率な規則が生み出す不必要な遅延とを区別できません。
そこで、調査では統計的な手法が用いられました。様々な業務にかかる合計の遅延時間を算出し、組織の規模や機能といった正当な要因から予測される「標準的な遅延時間」を統計モデルで計算します。そして、実際に観測された遅延時間と、この予測値との「ズレ」を算出しました。「レッドテープに起因する非効率な遅延」を表す指標として扱われたのです。
この指標と、組織が新しい情報技術を今後どれだけ重要視しているかという関心度との関係が分析されました。結果は、単純ではありませんでした。レッドテープによる遅延が新しい技術への関心を高めるかどうかは、その組織がもともと「内部コミュニケーションのためにコンピュータ技術をどの程度重視しているか」という、情報技術への既存のコミットメントの度合いによって異なる様相を呈しました。
分析結果から、四つの組織類型が浮かび上がります。第一に、「レッドテープが煩雑」で「技術へのコミットメントが高い」組織は、想定通り、煩雑な手続きを情報技術で解決できると考え、新しい技術に最も高い関心を示しました。
第二に、「業務が比較的効率化」され「技術へのコミットメントが高い」組織も新しい技術への関心は高いのですが、その動機はレッドテープの解決ではありませんでした。第三の類型は、「業務が効率化」され「技術へのコミットメントが低い」組織で、意外なことに、ここも新しい情報技術にある程度の関心を示しました。これは、情報技術の経験が乏しいため、その便益を過大評価している可能性があると考察されています。
そして、最も示唆に富むのが第四の、「レッドテープが煩雑」で「技術へのコミットメントが低い」組織です。直感に反して、ここでは深刻なレッドテープの存在が、新しい技術への関心をむしろ「低下」させていました。あまりに煩雑な状況が、解決策を探すという前向きな行動すらも妨げてしまうのかもしれません。
公私のレッドテープ差は人事領域に集中し心理要因が関連する
これまで組織内部の要因に光を当ててきましたが、より大きな枠組みで、レッドテープは「公的組織(官)」と「私的組織(民)」で違いがある、と一般に信じられています。この通説は本当なのでしょうか。もし違いがあれば、それはどの領域で、どのような仕組みで生じるのでしょうか。ある研究が、この問いに多角的にアプローチしました[3]。
この研究は、ニューヨーク州の公私の管理職を対象とした調査に基づいています。調査では、「一般的なレッドテープ」の認識に加え、より具体的な「ルール執行の強度」や、従業員の採用、昇進、解雇といった「人事に関する手続きの制約」が測定されました。
これらのレッドテープ認識に関連する可能性のある、管理職の心理的な要因についてもデータが収集されました。具体的には、組織の目標がどれだけ明確かという「目標の曖昧さ」、管理職自身に十分な権限がなく部下を信頼しきれないと感じる「インセキュリティ(不安定感)」、そして、良い仕事をすれば昇進や昇給に結びつくと期待できるかという「期待」の三側面です。
公私の管理職の認識を比較した結果は、通説の一部を覆すものでした。「公的組織は目標が曖昧」「規則でがんじがらめ」といったイメージとは異なり、「目標の曖昧さ」の認識や「ルール執行の強度」の認識には、両者の間で統計的に意味のある差は見られませんでした。
しかし、ある特定の領域において、両者の差は際立って現れました。それが「人事」の領域です。公的組織の管理職は、私的組織の管理職に比べて、「業績の低い従業員を解雇することが難しい」「業績と報酬が結びつきにくい」「採用や解雇に時間が長く、関与する人数も多い」と強く感じていました。公私のレッドテープ認識の差は、組織全体に均一ではなく、法律や条例で厳格な手続きが定められている人事制度に、特に集中していると明らかになりました。
心理的要因とレッドテープ認識の関係を分析すると、興味深い結果が得られました。組織の目標が曖昧であると感じている管理職ほど、インセキュリティを感じている管理職ほど、業績が報われるという期待が持てない管理職ほど、セクターを問わず、組織のレッドテープは深刻であると認識する傾向が見られました。
この結果が示唆するのは、レッドテープが単に客観的な規則の数だけで決まるのではないということです。それは、そこで働く人々の主観的な認識、心理的な状態によっても、感じ方が変わる現象です。同じ規則の下にあっても、組織の向かう先が明確で、自身に裁量が与えられていると実感でき、努力が正当に評価される信頼感があれば、手続きの煩雑さはそれほど苦にならないかもしれません。
レッドテープの影響は多次元的でステークホルダーにより異なる
これまで、レッドテープがどのような文脈で生まれ、認識されるかを見てきました。レッドテープは組織のパフォーマンス、すなわち成果にどのような結びつきを持つのでしょうか。「レッドテープはパフォーマンスを低下させる」とは、自明に聞こえます。しかし、この関係もまた、誰が、何を「パフォーマンス」と見なすかによって、その姿を大きく変えることが、ある研究によって示されています[4]。
この研究の舞台は、イングランドの地方自治体です。分析の巧みさは、レッドテープとパフォーマンスの双方を、多次元的なものとして捉えた点にあります。レッドテープについては、「内部レッドテープ」や「外部レッドテープ」といった包括的な指標に加え、「業績の低い管理職を解雇することの難しさ」といった、より具体的な人事・管理面の指標も測定されました。
一方のパフォーマンスも、一つの物差しでは測られていません。監督する第三者機関(監査委員会)による客観的な「外部からの視点」と、自治体内部の管理職による「内部からの視点」が、それぞれ用いられました。内部評価においても、業務の効率性、サービスの質、公平性など、様々な側面からパフォーマンスが評価されました。
これらの多次元的な指標を突き合わせた分析結果は、レッドテープに関する単純な善悪二元論を揺るがす、複雑な様相を呈しました。
予想通り、パフォーマンスを低下させる形で関連するレッドテープも確認されました。「内部レッドテープ」の多さや、「業績の低い管理職を解雇することの難しさ」は、内部の自己評価でも、外部の客観評価でも、多くのパフォーマンス指標の低下と結びついていました。組織内の非効率な手続きや、新陳代謝の欠如が、組織の成果を蝕むという、一般的な理解と合致する結果です。
しかし、すべての結果がこの通りだったわけではありません。ある種のレッドテープは、パフォーマンスの「向上」と関連していました。それは、「給与体系の制約によって、優秀な管理職に高い給与で報いることが難しい」という人事面のレッドテープでした。この制約が強いと感じられている自治体ほど、内部の管理職によるパフォーマンスの自己評価が、複数の側面でむしろ「高い」という結果になりました。
この逆説的な結果は、公的組織で働く人々の動機づけの性質を考えることで解釈できます。公務に携わる人々は、金銭的な報酬といった外的な動機よりも、社会に貢献したいという内的な動機によって強く動かされることが知られています。そうした環境では、業績と給与を過度に直結させることが、かえって組織の士気や協調性を損なう可能性があります。
さらに決定的だったのは、誰の視点から見るかでレッドテープの評価が異なるという点です。例えば、市民とのやり取りを規定する「外部レッドテープ」について、内部の職員は、これが職員満足度を低下させる要因だと認識していました。しかし、外部の監督機関の評価では、この外部レッドテープがある程度存在することが、パフォーマンスの高さと正に関連していました。これは、監督機関の立場からすれば、手続きの標準化が組織の透明性や公平性を担保する上で望ましいと評価されるためでしょう。
この研究が導き出す結論は、ある規則が「レッドテープ」であるかどうかは、絶対的なものではなく、それを見る人の立場(ステークホルダー)に依存するということです。ある規則は、現場の職員には「障害」でも、監督者には「安全装置」、市民には「防波堤」かもしれません。レッドテープとパフォーマンスの関係を考える際には、誰にとっての、どの側面のパフォーマンスなのか、という問いを立てる必要があります。
脚注
[1] Turaga, R. M. R., and Bozeman, B. (2005). Red tape and public managers’ decision making. American Review of Public Administration, 35(4), 363-379.
[2] Pandey, S. K., and Bretschneider, S. I. (1997). The impact of red tape’s administrative delay on public organizations’ interest in new information technologies. Journal of Public Administration Research and Theory, 7(1), 113-130.
[3] Rainey, H. G., Pandey, S., and Bozeman, B. (1995). Public and private managers’ perceptions of red tape. Public Administration Review, 55(6), 567-574.
[4] Brewer, G. A., and Walker, R. M. (2009). The impact of red tape on governmental performance: An empirical analysis. Journal of Public Administration Research and Theory, 20(1), 233-257.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。
