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コラム

組織に合わせる自分、ありのままの自分:社会化が揺さぶるアイデンティティ

コラム

自分らしく働きたい。これは、現代を生きる人々にとって、切実な願いかもしれません。私たちは、仕事を通じて自己を実現し、社会とつながり、日々の充実感を得たいと願っています。しかし、会社やチームといった「組織」の一員として働くことは、時に私たちに複雑な問いを投げかけます。組織が掲げる理念やその場の「暗黙のルール」と、自分が心の奥底で信じている価値観との間に、ズレを感じたことはないでしょうか。その時、私たちは一体どう振る舞うのでしょう。

本コラムでは、私たちが組織に適応する過程で、個人の「内なる自己」と「外向きの顔」がどう関わり合い、私たちの心に何をもたらすのかを探求します。自分を少し偽ってでも周りに合わせることにはどのような代償が伴うのか。ありのままでいることにはどのような力が秘められているのか。新しい環境で「自分」を確立していくとは、そもそもどういうプロセスを辿るのでしょうか。これらの問いに答える手がかりを、様々な研究知見の中から紹介します。

組織社会化で、価値観の不一致は同調の演技を生む

組織に足を踏み入れると、私たちはその場所特有の空気感や、大切にされている価値観を感じ取ります。そこで感じ取ったものが、自分がこれまで培ってきた信念や自己の姿と異なっていたとしたら、私たちはどうするでしょうか。その場を去ることが現実的でない場合、多くの人が、ある種の「演技」を始めることがあります[1]

これは「適合性のファサード」と呼ばれる現象です。自分の本心や中核となる価値観を内側に隠し、あたかも組織の価値観を受け入れているかのような外見を作り出す、虚偽的な表現や振る舞いを指します。例えば、疑問に思っている経営方針について、会議の場で力強くうなずいてみせること。あるいは、収益を最優先する文化に馴染めなくても、その方針を肯定するような言葉を選ぶことなどです。

どのような状況で、人はこうした「演技」をしやすくなるのでしょうか。一つは、組織の仕組みです。個人の評価や報酬が、客観的な成果だけでなく、「チームにうまく溶け込んでいるか」といった主観的な判断に左右される場合、人々は自分の内面との相違を隠してでも、周囲に合わせようとする動機が強まります。もう一つは、組織内での立場です。自分が多数派と異なる少数派であると感じる時、その言動は周囲からより注意深く見られます。その結果、否定的な評価を避けようと同調している外見を作り上げることがあります。

しかし、このような「演技」を続けることには、無視できない心のコストが伴います。外面的な振る舞いと、内面にある本当の自分との間に生じる不一致は、私たちの心に継続的な緊張をもたらします。それは、自分に嘘をついているという感覚や、本当の自分を誰にも理解してもらえないという孤立感、自分自身と義務との間で引き裂かれるような不安感につながることがあります。こうした心理的ストレスは、やがてバーンアウトや仕事への満足度の低下へと発展していく可能性があります。

もちろん、この心の負担の大きさは、誰にとっても同じではありません。集団全体の調和を重んじる文化的な背景を持つ人や、仕事上の自分と私的な自分を切り分けられる人は、内面的な摩擦を、ある程度は和らげることができるでしょう。

組織社会化では、個性を活かす方が定着・成果向上

先ほどは、組織の価値観に自分を合わせるために「演技」を続けることが、いかに心の負担となるかを見てきました。しかし、組織への適応は、自分を押し殺すプロセスではなく、その人だけが持つ個性や強み、すなわち「最高の自分」を解き放つプロセスでもあります。

組織への社会化のあり方を問い直すような実験が行われました[2]。その舞台は、従業員の入れ替わりが激しいことで知られる、インドの大手企業のコールセンターです。ここで、新入社員たちは、ランダムに三つのグループに分けられ、それぞれ異なる内容の導入研修を受けました。

一つ目の「個人アイデンティティ・グループ」では、研修の冒頭、「あなたという人間を最もよく表す言葉は何ですか」といった問いについて、じっくりと考える時間を与えられました。そして、自分が考えた「最高の自分」について、他のメンバーと共有しました。

二つ目の「組織アイデンティティ・グループ」は、より伝統的なアプローチを反映しています。研修の冒頭では、会社のリーダーが登壇し、この組織がいかに素晴らしいかを語りました。新入社員たちは、会社の魅力について話し合いました。

三つ目のグループは、特別な介入を受けず、その会社が通常行っている、業務スキル中心の研修を受けました。

研修から約半年後、ある事実が明らかになりました。自分の個性や「最高の自分」について考える時間を持ったグループは、他の二つのグループに比べて、会社を辞めた人の割合が低かったのです。それだけではありません。顧客からの満足度評価においても、このグループは、従来のアプローチを受けたグループよりも、高い評価を得ていました。

このメカニズムを解明するために、今度はアメリカの大学生を対象に、より管理された環境で実験が行われました。参加者たちは、架空のチームで作業を行うという設定のもと、同様に三つのグループに分けられ、作業への意欲や満足度、パフォーマンスなどが測定されました。

結果は、インドでの発見を裏付けるものでした。個人のアイデンティティに焦点を当てられた学生たちは、他のグループと比較して、仕事への意欲、満足度、パフォーマンス、継続意欲のすべての項目で、最も高い数値を示しました。

この良好な結果の背景には、参加者が「ありのままでいられている」と感じる度合いがあったことが、分析から浮かび上がりました。社会化の初期段階で「あなたらしさを発揮してほしい」というメッセージを受け取ることが、「ここでは本当の自分でいて良いのだ」という安心感や肯定感を育み、仕事に対する前向きな態度や高いパフォーマンスを生み出す源泉となっていたのです。

組織社会化は、他者を真似て仮の自分を試す過程

新しい役割、とりわけ専門職としての一歩を踏み出す時、私たちは「プロフェッショナルとはこうあるべきだ」という理想のイメージと、「今の自分」との間に、大きな隔たりを感じることがあります。まだ何者でもない自分と、なりたい自分との間のギャップを、人々はどのように乗り越え、新しい職業人としての自己を築き上げていくのでしょうか。

ある質的な研究から見えてきたのは、人々が新しい自己を試作品のように試しながら適応していく姿でした[3]。それは「暫定的な自己」と呼べるかもしれません。まだ完全には自分のものになっていない未来の職業的アイデンティティを、一時的に身にまとってみる。その実験を通じて、人々は徐々に新しい自分を形成していきます。この適応のプロセスは、大きく三つの相互に関連する活動から成り立っています。

第一に、「ロールモデルの観察」です。新しい役割に適応しようとする人々は、自分が目指す姿をすでに体現している先輩たちを、注意深く観察することから始めます。信頼される専門家とは、どのような表情で、どのように振る舞うのか。具体的な姿を観察することで、抽象的だった理想像が、行動のレパートリーへと変わっていきます。

人々は、複数の先輩を比較し、多様なやり方が存在することを知ります。そして、観察した様々なスタイルを自分自身と照らし合わせ、「あの人のやり方は自分にもできそうだ」「あのスタイルは魅力的だが、自分の価値観とは合わない」と、自分だけの「なりたい姿」のカタログを頭の中に作り上げていきます。

第二に、「暫定的な自己を実験する」ことです。観察で得た知識を実際の行動で試します。ある人は、一人の上司のスタイルをそのまま真似るかもしれません(全面的模倣)。また、複数のロールモデルから良いと感じた要素を抽出し、組み合わせて自分だけの独自のスタイルを創造しようとする人もいます(選択的模倣)。

第三に、「暫定的な自己を評価する」プロセスです。実験の結果がどうであったかを評価し、どの自己の可能性を追求し、どれを捨てるのかを決定します。この評価には二つの基準があります。一つは、内的な基準です。試してみた振る舞いが、「本当の自分」のイメージと一致しているか、心地よいと感じるか、という内省です。感情的な不協和は、その暫定的な自己が自分に合わないという信号になります。もう一つの基準は、クライアントや上司といった他者からの反応を通じて、自分の試みがどう受け止められたかを知るという外的な評価です。

観察、実験、評価のサイクルを何度も繰り返しながら、人々は新しい役割の要求と、自分自身の価値観とを統合し、より安定した、本物だと感じられる職業的アイデンティティを、少しずつ築き上げていくのです。

組織社会化で、個人の価値観の否定は心を消耗させる

これまでの議論では、組織に適応していく過程における、個人の内面の創造的な働きを取り上げてきました。しかし、組織からの働きかけが、個人の持つ価値観、すなわち「何が正しく、何が間違っているか」という倫理的な感覚を揺さぶるものだったとしたら、どうなるでしょうか。自分自身の核となる部分を否定されるような経験は、私たちの心に深刻な痕跡を残すことがあります。

組織が新入社員に対して、入社前に持っていた特性や価値観を否定し、組織の規範や価値観に置き換えようとするアプローチは、「剥奪的社会化」と呼ばれています。このような社会化が、従業員の心にどのようなコストを強いるのかを明らかにするための調査が、キャリアの初期段階にある弁護士たちを対象に行われました[4]

この調査の背景には、「資源保存理論」という考え方があります。これによれば、人々は自分にとって価値のある資源、例えば自尊心や倫理観といったものが脅かされる状況に置かれると、強い心理的負担を感じます。組織から、自身の善悪の感覚に反する行動を促されることは、この価値ある資源を失う危機であり、結果として精神的なエネルギーが枯渇してしまう、「情緒的消耗」につながると考えられます。

調査に参加した若手の弁護士たちは、職場での経験について回答しました。分析の結果、一連の心の動きが浮かび上がりました。まず、組織から剥奪的社会化を経験したと強く感じている弁護士ほど、仕事において深刻な倫理的葛藤を抱えていることが分かりました。例えば、上司からクライアントに対して不誠実な対応を求められたりする中で、自身の倫理観との間で板挟みになっていたのです。

この倫理的葛藤が強いほど、情緒的消耗もまた高まっていました。自身の価値観に反する行動を日々強いられることによる内的なせめぎ合いが、心のエネルギーを奪い去り、燃え尽きの状態を引き起こしていたのです。この情緒的消耗は、キャリア全体に対する満足度を低下させることにもつながっていました。

この調査から得られた一つの示唆は、個人の倫理観の強さが、この苦しいプロセスに対する有効な防御策にはなりにくいという点です。高い倫理観を持っている人であっても、組織からの強い圧力の前では、同様に倫理的葛藤に苦しみ、心を消耗させてしまう可能性が確認されました。

組織社会化プロセスで、個人の「約束」の認識は変化

私たちが組織で働くとき、そこには公式な雇用契約書に書かれている以上の、目に見えない「約束」が存在します。それは「心理的契約」と呼ばれ、従業員が「組織は自分に対してこのようなことをしてくれるはずだ」と信じる期待と、従業員自身が「組織に対してこのような貢献をすべきだ」と信じる義務の組み合わせから成り立っています。この心理的な約束は、一度結ばれたら決して変わらない、固定的なものなのでしょうか。

この問いに答えるため、ベルギーの新入社員を対象に、1年間にわたって認識の変化を追跡する縦断的な調査が行われました[5]。この調査は、心理的契約は静的なものではなく、入社後の日々の経験を解釈する中で、絶えず見直され、更新されていく動的なものであるという考え方に基づいています。

調査の結果、この約束の認識が変化していく過程には、主に二つのメカニズムが働いていることが分かりました。

一つ目は、「現実への適応」です。これは、自分自身や組織の実際の行動を根拠に、約束の認識を調整していくプロセスです。例えば、入社後に会社が手厚い研修機会を提供してくれたという経験をすれば、「この組織は従業員の学習と成長を約束してくれている」という、組織側の約束に対する認識を上方修正します。

二つ目は、「互恵性に基づく適応」です。これは、相手から受け取ったものに応じて、自分が返すべきものの認識を変えるメカニズムです。例えば、組織から多くのキャリア機会や良好な報酬といった誘因を受け取っていると感じるほど、従業員は「これだけのものを受け取っているのだから、自分もそれに見合うだけの貢献をすることを約束すべきだ」と、自分自身が果たすべき義務の認識を高めます。この互恵的な調整は、組織と個人の間にバランスの取れた関係を築く上で、関係を円滑にする働きをします。

この調査は、これらのメカニズムが働くタイミングについても、興味深い点を明らかにしました。組織が何をしてくれるかという「組織側の約束」に対する認識は、とりわけ入社して数ヶ月という社会化の初期段階での経験に左右される傾向がありました。初期にどのような経験をするかが、その後の組織に対する期待の基準を形作るのです。一方で、自分がどれだけ貢献しているかの解釈に基づいて、自分自身の約束を見直すプロセスは、入社初期だけでなく、時間が経過した後も継続していました。

脚注

[1] Hewlin, P. F. (2003). And the award for best actor goes to…: Facades of conformity in organizational settings. Academy of Management Review, 28(4), 633-642.

[2] Cable, D. M., Gino, F., and Staats, B. (2013). Breaking them in or revealing their best? Reframing socialization around newcomer self-expression. Administrative Science Quarterly, 58(1), 1-36.

[3] Ibarra, H. (1999). Provisional selves: Experimenting with image and identity in professional adaptation. Administrative Science Quarterly, 44(4), 764-791.

[4] Kammeyer-Mueller, J. D., Simon, L. S., and Rich, B. L. (2012). The psychic cost of doing wrong: Ethical conflict, divestiture socialization, and emotional exhaustion. Journal of Management, 38(3), 784-808.

[5] De Vos, A., Buyens, D., and Schalk, R. (2003). Psychological contract development during organizational socialization: Adaptation to reality and the role of reciprocity. Journal of Organizational Behavior, 24(5), 537-559.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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