2026年3月16日
変革の現場に潜む曖昧さ:新ルーティンが根づくまでの心理的プロセス

職場には、日々の業務を支える無数の「当たり前」が存在します。申請書を特定の書式で作成する、会議を決められた手順で進行する、顧客からの問い合わせに定められたフローで対応する。これらは「組織ルーティン」と呼ばれ、組織が円滑に機能するための骨格を成しています。私たちは普段、その存在を意識することさえありません。それはまるで、呼吸をするように自然な営みだからです。
しかし、この当たり前とされているルーティンは、本当にいつも同じなのでしょうか。マニュアル通りに動いているように見えて、実は現場では状況に応じた工夫や解釈が加えられているかもしれません。逆に、会社が「やり方を変えよう」と新しい方針を打ち出しても、現場の行動はほとんど変わっていないということもあるでしょう。組織の安定性も、変化も、このルーティンの内に秘められた複雑なメカニズムと関わっています。
本コラムでは、組織ルーティンという、普段は意識されることのない「当たり前」の世界に光を当てます。ルーティンを一つの塊として捉えるのではなく、その内部構造を分解し、構成要素の関係性に目を向けることで、組織の中で何が起きているのかを理解できればと思います。
組織ルーティンは理念・行動・モノの三側面の相互作用
組織における日々の繰り返される活動、すなわちルーティンは、一見すると単純な作業の連続に見えるかもしれません。しかし、その内実を詳しく見ていくと、異なる性質を持つ三つの側面が相互に絡み合って成り立っていることが分かります。ルーティンを深く理解するためには、まずそれを構成するこれらの要素に分解してみる必要があります[1]。
第一の側面は、ルーティンの「理念」とでも言うべきものです。これは、ルーティンに関する人々の頭の中にある、抽象的で一般的な理解や脚本のようなものを指します。例えば、「採用活動」というルーティンであれば、「求人情報を公開し、応募者を選考し、採用者を決定する」といった一連の流れに関する共有された概念がこれにあたります。
この理念は、人々が自分たちの行動を説明したり、他者の行動を理解したりする際の拠り所となります。ただし、この理解は組織内で完全に統一されているわけではなく、人によって解釈が異なったり、複数の異なるバージョンが存在したりすることも珍しくありません。
第二の側面は、理念とは対照的な、具体的な「行動」です。これは、特定の時間、特定の場所で、特定の人々によって実際に行われるパフォーマンスを指します。理念が脚本であるならば、行動は舞台上で演じられる演技にたとえられます。この演技は脚本をなぞるだけの単純なものではありません。常にその場の状況に応じた判断や即興的な対応が求められます。同じ採用面接というルーティンであっても、面接官や応募者、その日の雰囲気によって、毎回少しずつ異なるパフォーマンスが繰り広げられるのは、このためです。
第三の側面は、ルーティンを支える「モノ」の存在です。業務マニュアルや申請フォーム、チェックリストといった書類から、業務プロセスが組み込まれた情報システム、あるいはオフィスのレイアウトに至るまで、物理的な事物全般がこれに含まれます。これらのモノは、第一の側面である理念を文章や図として記録し、人々の間で共有する手助けをします。同時に、第二の側面である行動を物理的に制約したり、逆に円滑に進むように支援したりします。
これら三つの側面、理念・行動・モノは、それぞれが独立しているわけではなく、互いに結びついています。特に理念と行動は、一方が他方を規定するだけの一方通行の関係ではありません。理念が行動の指針となる一方で、日々の行動の積み重ねが、既存の理念を補強したり、時には少しずつ変化させたりして、新しい理念を生み出す源泉にもなるのです。
この三つの側面に分解してルーティンを捉える視点は、ある興味深い現象を浮かび上がらせます。それは、理念と現実の行動との間に「乖離」が生じることがある、という点です。人々が頭で理解している「あるべき姿」と、現場で実際に行われていることの間には、しばしば隔たりが見られます。
この乖離の存在を明らかにした調査があります。ある調査では、旅行代理店のエージェントと大学図書館のレファレンス係の業務を比較分析しました。双方にインタビューを行い、仕事の多様性について尋ねました。これは、ルーティンに対する「理念」の側面を探る試みです。
すると、旅行代理店のエージェントは、扱う商品が「航空券、ホテル、レンタカー」の三種類に限られているため、仕事の多様性は低いと答えました。一方、図書館のレファレンス係は、あらゆる分野の質問に対応する必要があるため、仕事の多様性は非常に高いと認識していました。
ところが、次にそれぞれの実際の業務、すなわち「行動」の側面を観察したところ、インタビューの結果とは正反対の実態が確認されました。旅行代理店の業務は、顧客の複雑な要望に応えるための多様な手続きの連続であり、非常に複雑でした。対照的に、図書館のレファレンス係と利用者とのやり取りは、比較的単純で反復的なパターンで構成されていました。
別の調査でも、同様の乖離が観察されています。ある金融機関の四つの部署を対象に、ルーティンの多様性を調べた研究です。この調査でも、アンケートで尋ねた理念としての多様性と、行動観察によって明らかになった現実の多様性との間で、正反対の結果が得られました。多様性が低いと認識されていた部署の行動は多様性に富み、逆に多様性が高いと認識されていた部署の行動は定型的だったのです。
これらの事例が伝えるのは、ルーティンのある一つの側面だけを見て、その全体像を判断してしまうことの危うさです。人々が「いつも通りの仕事だ」と感じていても、要するに理念が安定していても、日々の行動レベルでは大きな変化が起きている可能性があります。逆に、組織が「新しいやり方を導入した」と宣言し、人々の意識が変わったとしても、客観的に見れば行動パターンは以前とほとんど変わっていないということも起こり得ます。
ルーティンを、理念・行動・モノが相互に作用しあう動的なシステムとして捉えることで、初めて組織の安定と変化の実像に迫ることができるのかもしれません。
組織ルーティンは、個人やグループなど多レベルの相互作用
組織ルーティンを理念・行動・モノという構成要素に分解して見る視点は、その内部の複雑さを解き明かす第一歩となります。しかし、この構造はさらに細かく、異なる階層にまたがる人々の営みによって支えられています。ルーティンは組織全体に帰属するものと見なされることもありますが、その実態は、個人のスキルや習慣、グループ内の相互作用といった、よりミクロなレベルの事象が複雑に絡み合って形成されています。組織という大きな視点から、個々人の世界へと、分析の焦点をさらに絞ってみましょう[2]。
ルーティンを動かしているのは、個々の人間の具体的な行動の連なりです。組織の「新製品開発」といった大きな能力も、突き詰めれば、特定の担当者が特定の順序でタスクをこなしていく一連の行動の連鎖に分解できます。このミクロな行動の連鎖を追跡することで、組織レベルの現象がどのようにして生まれるのかを解明しようとするアプローチがあります。
その分析を可能にする一つの手法として、異なる文字列の類似性を比較するために開発された計算手法を応用するものがあります。この手法を用いると、例えば、ある製品開発プロセスと別の製品開発プロセスが、個々の活動の順序という点でどれくらい似ているか、あるいは異なっているかを客観的な数値として測定できます。
実際に、この手法を用いてイタリアのあるデザイン家具メーカーの新製品開発プロセスを分析した調査が行われました。この会社で過去15年間に実施された90件の新製品開発について、それぞれがどのようなミクロな活動の連鎖で構成されていたかを詳細に記録し、比較分析しました。
その結果、個々の担当者が日々行う試行錯誤や、マニュアルにはない即興的な対応といった小さな行動が、年月を経て組織全体の公式な開発プロセスに少しずつ取り込まれ、組織としての開発能力そのものを進化させていった過程が描き出されました。個人の小さな工夫が、組織という大きな単位の能力を形作っていくダイナミズムが見て取れます。
ルーティンが実行される現場では、行動や認知だけでなく、人々の「感情」やその場の微細な人間関係といった要素も働いています。ある業務を遂行している時、担当者がどのような感情を抱いているか、あるいは同僚との間にどのような非言語的なコミュニケーションが交わされているかが、ルーティンのパフォーマンスに微妙な変化をもたらすことがあります。
こうした目に見えにくい要素を捉えるための方法も考案されています。例えば、調査対象者に携帯端末を渡し、一日の様々な時点でその瞬間の行動や思考、感情をリアルタイムに記録してもらう「経験サンプリング法」という手法があります。これによって、自然な職場環境の中で、個人の内面的な状態がどのように変化し、行動に結びついているのかを追跡できます。
あるいは、ビデオ記録などを用いて、会話の内容だけでなく、視線の動きや身振り手振りといった非言語的なやり取りを分析する「マイクロエスノグラフィー」という手法も、その場の微細な社会的文脈を明らかにするのに役立ちます。
さらに、同じルーティンであっても、組織内の立場によってその解釈や実行のされ方が異なるという側面も見逃せません。例えば、経営層が考える「あるべきルーティンの姿」と、現場の従業員が日々実践しているルーティンの姿は、必ずしも一致しません。それぞれの階層で、異なる合理性や論理が働いているからです。
このような階層間の認識のずれを捉えるためには、人々の語り、すなわちナラティブを分析する手法が有効です。様々な部署や階層の人々にインタビューを行い、同じルーティンについてどのように認識し、意味づけているかを語ってもらいます。そして、それらの語りを比較分析することで、組織内に存在する多様な視点や、時には対立する利害関係を浮き彫りにすることができます。例えば、経営層は未来を見据えた戦略的な論理でルーティンを語るかもしれませんが、現場は過去の経験の蓄積に基づいた実践的な論理でそれを語るかもしれません。
このように、ルーティンを個人やグループといったミクロなレベルにまで分解し、行動、認知、感情、階層ごとの解釈といった様々な要素の相互作用を分析することで、組織のルーティンが持つ多層的で動的な性質が明らかになります。日々の行動の積み重ねが組織の公式な理解を変え、その変化がさらに組織全体の価値観や信念にまで及んでいく。ルーティンは、組織のミクロとマクロをつなぐ結節点として、絶えず創造と再創造を繰り返しています。
新ルーティンの導入は、個人の曖昧な認知と動機が左右する
個人の行動や感情が組織ルーティンを形作るというミクロな視点は、組織が変化しようとする時に、いっそうその複雑な様相を現します。新しい制度が導入されたとき、現場では何が起こるのでしょうか。ある日本の消費者向け電子機器メーカーで、新しい人事評価制度の導入プロセスを長期間にわたって追跡した調査が、その過程を克明に物語っています[3]。この事例は、新しいルール、すなわち新しいルーティンが組織に根付く過程で、個人の「曖昧な理解」と「納得感」がいかに繊細に絡み合うかを示しています。
この企業は、市場競争の激化に対応するため、従来の年功序列的な文化から、個人の能力と成果をより評価する文化へと転換を図ろうとしていました。その変革の柱として、グローバルに統一された新しい人事評価ルーティンが導入されることになりました。この新しいルーティンは、個人の能力を複数の項目で評価し、その結果をもとに社員をランク付けし、継続的なフィードバックを行うというものでした。
しかし、経営層からこの新しい方針が打ち出された当初、現場の管理職や人事担当者の間には、高いレベルの「曖昧さ」と「懐疑」が広がりました。まず、認知的な側面での曖昧さがありました。新しい制度で使われる「イノベーション」や「コンピテンシー」といった言葉が具体的に何を指すのか、その定義が不明確でした。また、新しい制度が従来のやり方と本質的に何が違うのか、どこまでが本気で変わるのかが分からず、多くの人が混乱と不確実性を感じていました。
この認知的な曖昧さは、動機的な側面、すなわち変化に対する懐疑論を増幅させました。管理職たちは、この新しい制度が本当に組織のためになるのかという点に疑問を抱きました。新しい取り組みに対応する時間的な余裕が現場にはないのではないか、という懸念もありました。もう一つの懐疑は、この制度の真の目的は、実はリストラを正当化するための口実ではないかという不信感でした。
こうした疑念は、新しい制度に真剣に取り組む意欲を削ぎました。認知的な混乱が、変化を受け入れたくないという動機的な抵抗を生み出し、人々は新しい制度をどこか遠巻きに眺める「様子見」のアプローチを取るようになりました。
新しい人事評価ルーティンの具体的な手順が本社から通達されました。しかし、この詳細な手順の提示は、現場の曖昧さを解消するどころか、かえって増大させる結果となりました。各評価項目が最終的な処遇にどう結びつくのかといった肝心な部分が不明確なままでした。強制的に社員をランク付けすることへの反発もありました。チームワークを重んじる文化の中で、同僚を優劣で分けることは、現場の管理職にとって受け入れがたいものだったのです。
曖昧な認知と低い動機を抱えたまま、管理職たちは新しいルーティンの実行を始めました。最初の段階では、多くの管理職が形式的には新しい評価シートを使い、会社からの指示に従いました。しかし、その運用は表面的なものにとどまりました。例えば、評価スコアは後で変更するかもしれない「仮置き」のものとして記録されたり、ランク付けは行われなかったりしました。これは公然とした反抗ではありませんでした。
管理職たちは、会社の目指す効率化の必要性には同意していました。しかし、制度の曖昧さを利用して、自分たちが納得できる範囲で、あるいはチームの和を乱さないように、ルールを柔軟に解釈し、再構成していきました。
この現場での「逸脱」を認識した人事部門は、対応を迫られました。現場からの懸念を本社に伝え、その結果、本社は「遵守または説明」という、より柔軟な方針を打ち出します。これは、基本的には新しいルールに従うべきだが、従えない場合はその理由を説明すれば良いというものでした。この方針転換は、現場にある程度の裁量権を戻すことで、変化への動機を高めようとする試みでした。
しかし、この柔軟な方針は、結果的にルールの形骸化を招きました。管理職たちは、「説明」さえすればルールから逸脱できると考え、非遵守を正当化するための標準的な言い訳を用意するようになりました。こうして、公式に定められたルーティンとは異なる、現場独自の「非公式なルーティン」が定着していったのです。
この状況が大きく動いたのは、予期せぬ外部からの衝撃によってでした。ある日、大規模な地震が発生し、会社の主要工場が被災、企業は深刻な経営危機に直面します。この危機を受けて、経営トップは全社員に向けて結束を呼びかけました。会社の存続という共通の脅威は、それまでばらばらだった社員の意識を一つにしました。効率化の必要性が、誰もが否定できない喫緊の課題として共有されました。
この危機的状況は、人事評価ルーティンにも変化をもたらしました。これまで開発目的で使われることになっていたフィードバックは、短期的な業務上のミスを修正するためのものへとその主眼が移りました。ランク付けも、より厳格に適用されるようになります。現場の管理職たちも、会社の存続のためには、個人のパフォーマンスを厳しく評価することもやむを得ないと考えるようになりました。
当初の制度が持っていた理念の一部は失われましたが、危機への対応という実用的な目的の下で、ルーティンは新たな形で再構成され、組織に定着していきました。
この事例は、新しいルーティンが、経営層の意図通りに直線的に導入されるのではなく、現場の個々人の認知と動機との相互作用、予期せぬ環境変化との遭遇を経て、複雑な経路をたどりながら、ゆっくりと組織の一部になっていく過程を浮き彫りにしています。
脚注
[1] Pentland, B. T., and Feldman, M. S. (2005). Organizational routines as a unit of analysis. Industrial and Corporate Change, 14(5), 793-815.
[2] Salvato, C., and Rerup, C. (2011). Beyond collective entities: Multilevel research on organizational routines and capabilities. Journal of Management, 37(2), 468-490.
[3] Stiles, P., Trevor, J., Farndale, E., Morris, S. S., Paauwe, J., Stahl, G. K., and Wright, P. (2015). Changing routine: Reframing performance management within a multinational. Journal of Management Studies, 52(1), 63-88.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。
